退職した従業員から損害賠償請求されたら?会社側の対応を弁護士が解説

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

会社が、退職した従業員から突然損害賠償請求をされる、ということは珍しいことではありません。
経営者としては、「円満に辞めたはずなのに」「法外な請求ではないか」と驚きや戸惑いを感じるのが自然でしょう。

しかし、感情的な反発や放置は禁物です。法的なリスクを放置すれば、企業の社会的信用や経営に大きなダメージを与える恐れがあるため、まずは冷静に状況を把握し、相手の主張に法的根拠があるのかを見極めることが重要です。

本記事では、元従業員から訴えられた際の適切な初動対応と、争点となりやすいケースを弁護士が詳しく解説します。

目次

退職した従業員から会社が損害賠償請求されるケースとは?

退職した従業員から損害賠償請求される場合、元従業員が「何を理由に請求しているのか」によって、会社が取るべき対策は変わります。まずはよくあるトラブルのケースについて解説します。

パワハラ・セクハラに関する請求

パワハラ防止法が施行され、ハラスメント防止への対応が厳格化している昨今、退職後の従業員から、在籍時のパワハラ・セクハラを理由に、損害賠償請求されるケースが少なくありません。

そもそも、パワハラとは以下3つの要素をすべて満たすものをいいます。

  • ①優越的な関係を背景とした言動であって
  • ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
  • ③労働者の就業環境が害されるもの

また、セクハラとは、「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」をいいます。

会社は、従業員からパワハラやセクハラを理由に損害賠償請求された場合、従業員の精神的苦痛への慰謝料に加え、従業員が退職しなければ得られたはずの賃金相当額である逸失利益も賠償しなければならない可能性があります(民法415条1項本文、民法709条)。

詳しくは以下の記事をご覧ください。

長時間労働に関する請求

およそ月80時間を超える長時間労働がある場合、会社が安全配慮義務に違反したことで従業員に損害が生じたとして、長時間労働を理由とした損害賠償請求が認められる可能性が高まります。

このような状況で従業員が疾患を発症したような場合は、会社において損害賠償責任を回避することが困難となります。また、従業員が結果的に疾患を発症しなかったという場合であっても、「心身の不調を来す危険があるような長時間労働」により、会社が従業員の「人格的利益を侵害」したとして、損害賠償責任が認められた裁判例も存在します(長崎地裁大村支部令和元年9月26日判決)。

未払い賃金に関する請求

賃金の未払いは労働基準法違反となります(労働基準法24条、労働基準法37条)。
賃金未払いの主な類型は、時間外・休日・深夜労働の割増賃金の未払い、固定残業制(みなし残業制)の割増賃金の未払い、フレックスタイムや変形労働時間制の割増賃金の未払い、管理監督者の割増賃金の未払い、賃金支払い5原則の違反があります。

会社としては、賃金未払いの事実があった場合、従業員から未払賃金や遅延損害金の損害賠償請求をされる可能性がある他、労働基準監督署への申告がされる可能性があり、民事上の責任のみならず刑事上の責任も科される可能性があります(6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金。労働基準法119条)。

詳しくは以下の記事をご覧ください。

労働災害に関する請求

従業員が業務中に怪我や病気を負った場合や、死亡した場合の、労働災害による損害が、労災保険の給付範囲を超えるときは、従業員が会社に対し安全配慮義務違反(労働契約法5条)に基づき損害賠償を請求できます(民法415条1項本文)。

従業員が会社に対し、労働災害に関する請求をした場合は、治療費や慰謝料、休業損害などを請求する可能性があることはもちろん、後遺障害や死亡時の逸失利益のような、将来生じることが予想される損害についても、請求される可能性があります。

詳しくは以下の記事をご覧ください。

不当解雇・退職強要・雇止めに関する請求

会社は、従業員から不当解雇や退職強要、違法な雇止めによって損害賠償請求された場合、慰謝料や、従業員が労務提供できなかった期間に対応する賃金(バックペイ)の賠償責任を負う可能性があります。

また、会社が不当解雇や退職強要、違法な雇止めをした場合であって、従業員が職場に復帰することを求めている場合には、会社が当該従業員を再度職場に復帰させなければならない義務を負う可能性もあります。この場合であっても、会社が慰謝料などの金銭債務を免れることはできないため、注意が必要です。

詳しくは以下の記事をご覧ください。

元従業員からの損害賠償請求で会社が被るリスク

会社は元従業員から損害賠償請求された場合、現在生じている損害だけでなく、バックペイのような過去に遡って算出される損害や、逸失利益のような将来生ずべき損害についても、賠償義務を負い、多大な負担を被る可能性があります。
また、元従業員との間の不和が公になった場合は、金銭的な損害のみならず、会社の社会的評価にまでダメージが及ぶことが予想されます。

そのため、会社は、元従業員から損害賠償請求された場合には、被害を最小限に抑えるべく、速やかに以下の対応を取ることが望ましいものと考えられます。

退職後の従業員から損害賠償請求された場合の対応

まずは事実確認をする

会社は、元従業員から損害賠償請求を受けた場合、まずどういった事実を理由に請求されているかを確認する必要があります。

仮にセクハラやパワハラを理由に損害賠償請求されている場合は、誰によって、いつ、どのように行われた行為を問題視しているのかを明らかにしたうえで、そのようなセクハラやパワハラの事実が実際にあったのか、元従業員は会社在籍中にセクハラやパワハラを報告していたか、会社は元従業員から報告されたセクハラやパワハラに対して誠実に対応をしていたかなどの事実を確認する必要があります。

損害賠償請求の根拠となっている事実関係を立証するために、必要な就業規則や契約書などの資料を準備し、メールやSNSなどのデータが存在する場合には、その収集と保存を行っておくことも、その後の法的な争いに備える上で不可欠なステップとなります。

反論方針を検討する

事実確認が完了した後は、損害賠償請求に対する反論方針を検討する必要があります。
相手方が主張する事実について、間違いがあればその旨を指摘し、会社に損害賠償義務がないこと、あるいは損害賠償義務があるとしても元従業員が主張するほど損害額は過大ではないことなどを、主張することになります。

なお、相手方の損害賠償請求が消滅時効にかかっている場合は、会社から時効を援用することで、責任追及を避けることができますので、消滅時効にかかっているか否かは確認する必要があります(民法166条、民法724条)。

書面で対応する

会社において反論方針が固まった場合は、当該反論方針に沿った主張を書面に記載して、元従業員に対し送付します。このとき、会社が元従業員に対し反論書面を送付し、元従業員がこれを受け取ったことを証明するために、内容証明郵便で送付しておくことが望ましいと考えられます。

仮に元従業員から回答期限を定めた請求をされているものの、当該期限までに反論方針が固まっていないという場合は、当該期限自体に法的効力はないため、即座に回答の書面を送付する必要はありません。仮に回答期限までに回答をする場合は、「事実を確認の上、追って回答いたします」などといった一次回答を送ることで、検討の時間を確保することも考えられます。

弁護士に相談する

損害賠償請求の根拠となる事実は、様々なものが想定されるところ、根拠となる事実ごとに、調査すべき事実関係や、反論方針も大きく変わります。
そのため、元従業員から損害賠償請求をされた際には、いかなる事実に基づいて損害賠償請求をされているのか、いかなる事実の調査をすべきか、元従業員に対していかに反論をすべきかを、慎重に判断するには、法律の専門家である弁護士に相談することが確実です。

特に弁護士の名義で元従業員へ回答書面を送付することで、元従業員に対して一定の圧力をかけることができるという効果もありますので、交渉を有利に進めたい場合には弁護士の利用を検討することをお勧めします。

退職後のトラブルを防止するためにやっておくべき対策

会社としては、元従業員から損害賠償請求されるという事態を未然に防ぐことが前提として重要になります。
そこで、会社が元従業員とのトラブルを防ぐためにどのような対策を採ることができるか紹介します。

適切な労務管理

会社において適切な労務管理を行い、従業員の権利を侵害しないよう配慮することが重要です。例えば、従業員が長時間労働にならないよう会社が普段から仕事量を調整することや、退職前に給与計算を正確に行い未払賃金がないかを確認することなどにより、従業員が会社に不満を持つことなく退職できる環境をつくることができ、トラブルの発生を未然に防ぐことができます。

また、問題行動がある従業員には、事情聴取や改善指導を行い、そのプロセスを書面の記録に残すことで、のちの紛争を最小限におさめることも可能です。

相談窓口の設置

従業員がトラブルを抱えた際に、当該トラブルを相談できる窓口をつくることも重要です。
特にハラスメント被害などの相談があった際には、積極的に弁護士を活用するなど、専門的な知見に基づき適切に対応できる体制を構築することが望ましいです。

相談窓口を設置した際には、社内教育などのタイミングで、相談窓口の存在を周知し、従業員が相談窓口を自由に活用できる環境を整えましょう。

退職時の誓約書の作成

従業員が退職するタイミングにおいては、従業員に誓約書のサインを求め、退職した元従業員の義務の対象や、禁止される行為を明確にすることが推奨されます。

会社は、従業員に秘密保持義務や競業避止義務を定めた誓約書にサインさせることで、紛争が拡大することや無用なトラブルが生じることを防ぐことができます。

ただし、憲法22条1項が保障する職業選択の自由との兼ね合いから、競業避止の制限の範囲や期間、代償措置などが不当であれば、当該誓約書が無効と判断される可能性もあるため注意が必要です。

詳しくは以下の記事をご覧ください。

退職した従業員から損害賠償請求された裁判例

事件の概要(平成10年(ワ)第1467号・平成13年3月22日・京都地方裁判所・損害賠償請求事件)

銀行に勤める女性行員(原告)が、当時の銀行の支店長(被告)から、食事後の会員制クラブにおいて強引に身体を触られるなどのセクハラを受け、その後も約1ヶ月間、支店長から執拗に誘いのメールや電話を受け続けることで、心身に不調を来し、職場における孤立感を深め、退職を余儀なくされた事案です。

本訴訟において、女性行員は支店長個人と銀行に対し、それぞれ損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、支店長の言動は女性行員の人格権を侵害するものとして、不法行為にあたると認定するとともに、銀行に対しても、セクハラ対策が不十分であり、事後対応が被害者の心情に配慮するものではなく、結果として被害者を孤立させたと厳しく指摘しました。

そして、銀行のセクハラ対策の不十分さと女性行員の退職との間には相当因果関係があるとして、女性行員が主張した慰謝料や逸失利益の損害の賠償請求を認めました。

ポイント・解説

裁判所は、銀行が従業員らに対し相談窓口を周知していなかったことや、被害者の上司の対応が被害者の心理への配慮に欠くものであったことなどを指摘し、セクハラ対策が不十分であったとしています。

セクハラ事案はその性質から、被害者に「公にしないでほしい」という意向を示される場合もありますが、それを理由に対応を放置することは適切でなく、会社としては、専門的な知見に基づいた相談体制の整備・周知をすることや、セクハラ対策に関する社内教育を実施することが重要です。

よくある質問

退職した従業員から損害賠償請求された場合、会社はまず何をすべきですか?

退職した従業員から損害賠償請求を受けた際、まずは慌てずに事実関係を確認することが重要です。

元従業員からの損害賠償を請求する書面において、回答期限が設けられていたとしても、基本的には当該期限内に回答する必要はありません。
会社としては、「事実を確認の上、追って回答する」などと伝え、速やかに弁護士へ相談するなどの冷静な対応を行ってください。

また、何を根拠とした損害賠償請求なのかが不明な場合には、具体的な反論をする前に、必ず請求の根拠となる事実を明らかにしてもらう必要があります。

内容証明郵便で損害賠償請求が来た場合、会社はどのように対応すべきですか?

内容証明郵便は、将来の訴訟を見据えた確定日付等の証拠力を持ちますが、直ちに法的強制力が発生するわけではありません。しかし、内容証明郵便による請求は本気度を伝える手段でもありますので、会社が内容証明郵便を放置してしまうと「誠意がない」と判断され、訴訟へ発展するリスクが高まるため、受領後は速やかに弁護士へ相談し、事実に反する点には明確に反論する書面を送付すべきです。

内容証明ではなく、口頭やメールで損害賠償請求された場合はどう対処すべきですか?

口頭やメールであっても、法的請求としての効力は否定されません。
特にメールは証拠として残るため、不用意な承諾や謝罪は、請求権の存在を推認させる証拠とされてしまうほか、民法上の「債務の承認」とみなされ、時効を更新させる(民法152条)おそれがあります。

そのため、感情的な返信を避け、口頭で請求された場合も以後のやり取りを全てメールなどの記録に残るものへ切り替えることで、のちのトラブル拡大を避けることが重要です。

退職した従業員から損害賠償請求された場合、どのような証拠や書類を用意すればよいですか?

請求内容に応じ、雇用契約書、就業規則、退職時の誓約書、賃金台帳、タイムカード等の基礎書類に加え、具体的な事案に関する資料を収集します。

ハラスメントの主張に対しては、当時の業務日誌や、メールの送受信履歴、同僚の陳述書などが重要です。これらは、会社が元従業員に安全配慮義務を果たしていたことを立証するための不可欠な資料となります。

退職した従業員からの請求内容が不明確な場合はどうしたらいいですか?

元従業員の請求内容が不明確なまま回答することは、紛争を複雑化させます。この場合、書面等を通じて「具体的にどのような事実に基づき、いくらの賠償を求めているのか」の釈明を求めます。

相手方の主張を特定させることで、会社が調査すべき事実のポイントや、反論の焦点を絞ることができます。

従業員からの損害賠償請求が架空請求や過大請求の場合、会社はどのように立証すべきですか?

会社は元従業員が主張する事実が存在しないことや、請求額が過大であることを客観的証拠で示します。

例えば未払賃金の過大請求に対しては、タイムカードやシフト表等、元従業員の労働時間が分かる資料を用いて、未払賃金額を算出し反論します。

退職した従業員から損害賠償請求された場合、請求される金額はどのように算定されますか?

賠償額は、実損害額(未払い賃金額や治療費、休業損害など)と慰謝料、逸失利益などを合算して算定されます。精神的苦痛に対する慰謝料は、事案の態様や継続期間、被害の程度により裁判相場に基づいて決定されます。

退職後に損害賠償請求されないようにするため、退職前にはどのような確認を行うべきですか?

退職時には、未払賃金や退職金の未払いがないかを確認したうえで、将来の紛争を防止する目的から、「清算条項」を盛り込んだ合意書(退職合意書)を取り交わすことが有効です。

合意書に「退職者と会社との間には、本合意書に定めるものを除き、互いに一切の債権債務が存在しないことを相互に確認する」と明記しておくことで、退職後のトラブルを未然に防ぐことができます。

退職した従業員から損害賠償請求されたらまずは弁護士にご相談ください

元従業員から損害賠償請求を受けた場合、会社の初動対応が不適切であれば、紛争が拡大し高額な賠償義務を負うリスクが高まります。

法的な根拠に基づき、リスクを最小限に抑えつつ適切に問題を解決するためには、専門的な知見を持つ弁護士へ早期に相談し、事実調査や対応方針を協議することをお勧めします。

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執筆弁護士

弁護士 合田 千真
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士合田 千真(東京弁護士会)
弁護士 中山 詢
弁護士法人ALG&Associates 埼玉法律事務所弁護士中山 詢(埼玉弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、企業法務担当執行役員を務め、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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