秘密保持義務、競業避止義務に関する誓約書の効力とテンプレートの注意点

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

情報技術が発達し、国際的な企業間競争も激化する中、秘密情報(営業秘密)の保護は、企業にとってますます重要なものとなっています。また、秘密情報は従業員から漏洩するケースが多く、雇用の流動化を背景に、秘密情報の保護は、競業避止義務とも密接な関連を有しています。
本コラムでは、秘密保持や競業避止義務の誓約書に関するご説明をし、誓約書のテンプレートにおける注意点についてもご案内したいと思います。

目次

秘密保持義務・競業避止義務とは

秘密保持義務

秘密保持義務とは、職務上知り得た一定の情報を秘密として保持し、外部に開示・漏洩等しない義務をいいます。秘密保持義務の法的根拠には、不正競争防止法と労働契約(信義則)があります。

不正競争防止法は、「営業秘密」を侵害する一定の行為をした者に対し、損害賠償義務(同法5条)や差止義務を定めています。ただ、「営業秘密」の範囲には限定があり、①秘密管理性(秘密として管理されていること)、②有用性(事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること)、③非公知性(公然と知られていないこと)の3要件を満たすもののみが保護されます(同法2条6項)。

また、労働者が使用者と合意した場合は勿論、明示的な合意がなくとも、労働者が在職中秘密保持義務を負うのは当然であり、判例上も、労働者は在職中、労働契約に付随する義務として、信義則上、使用者の業務上の秘密を守る義務を負うと考えられています。

したがって、使用者は、秘密を漏洩した労働者に対し、懲戒処分をすることが可能であり(ただし、就業規則等の懲戒事由に該当することが必要です。)、債務不履行又は不法行為に基づいて労働者に損害賠償を請求することもできます。また、差止請求が認められる場合もあります。

秘密保持義務については以下のページでも解説しています。併せてご覧ください。

競業避止義務

競業避止義務とは、使用者が営む事業について競争行為(競業)をしない義務をいいます。自ら起業することのみならず、競業他社に就職することも、競業となり得ます。

労働者の競業避止義務については明文の規定はありませんが、在職中については信義則上、労働契約の付随義務として競業避止義務が認められています。これに対し、退職後の競業避止義務については、使用者側には競業を制限したいという要請がある一方で、退職した労働者の職業選択の自由を考慮する必要があります。

競業避止義務については以下のページでも解説しています。併せてご覧ください。

誓約書を作成する意義

法令上や信義則上、労働者が秘密保持義務や競業避止義務を負う場合で、明らかにこれらの義務に違反した労働者に対しては、誓約書がなくとも、損害賠償請求や懲戒処分等を行うことが可能です。

誓約書を作成する意義は、義務の対象やNGとなる行為の内容を誓約書に明確に定めることによって、これらの義務の有無や内容に関する無用の争いを回避するとともに、特に問題となりうる退職後の労働者も秘密保持、競業避止義務を負うということを明確にする、という点にあると考えられます。

誓約書を作成すべきタイミング

誓約書は、入社時、昇進時(特定プロジェクト参画時)、退職時のいずれのタイミングでも取得するべきです。昇進や特定のプロジェクトへの参画等により、労働者が知り得る情報が質的・量的に変化した場合には、その情報も含めた誓約書を作成することが効果的です。

もっとも、退職の際は、労働者側に誓約書にサインするメリットが乏しい場合があり、誓約書へのサインを拒否される可能性があります。そこで、それ以外の場面で誓約書を取得しておくことが重要となります。

誓約書作成の際のポイント

以下では、秘密保持・競業避止の誓約書に記載すべき内容とポイントをご案内します。

秘密保持誓約書に記載すべき内容と留意点

秘密保持誓約書を有効に作成するためには、まず、秘密とされる「情報」の内容、範囲を明確にすることが重要です。なぜなら、秘密とすべき情報の範囲が不明確であると、労働者が何を秘密とすべき情報なのかを判断することができないからです。一例を挙げると以下のような定め方です。

  • 会社の商品又はサービスの企画・開発・設計、製造、原価、価格、ノウハウ等に関する情報
  • 会社の顧客又は取引先との間の取引内容、取引価格、取引履歴、取引予定その他貴社の顧客又は取引先に関する情報
  • 会社及び取引先の役職員(退職・退職者を含みます。)並びに貴社の株主に関する個人情報(氏名、住所、電話番号、メールアドレス、FAX番号等の連絡先)
  • 未公開の特許情報、ソースコードを含むコンピュータプログラム、設計書、仕様書その他のプログラム関連資料
  • 会社の事業計画、経営上・営業上の企画・方針、経理・財務、人事処遇に関する情報
  • その他、会社において秘密として管理され、又は会社が秘密として指定した情報

次に、禁止される行為や義務の内容を明確にする必要があります。例えば以下のような定めです。

 
  • 会社の許可がある場合業務上必要な場合を除いて、秘密情報を複製しないこと、社外に持ち出さないこと、他に開示しないこと、目的外使用をしないこと
  • 会社が定める秘密管理規程の遵守
  • 漏えいや情報の紛失事故が生じたときは直ちに会社に報告すること

その他には、退職後にも秘密保持義務を負うことや違反した場合の責任の内容(損害賠償、差止、懲戒処分等)について規定します。また、会社が行う所持品検査や秘密情報の管理状況に関する調査に異議なく応じることや協力すべきことについても規定しておきましょう。

なお、秘密保持誓約書が仮に有効であったとしても、その管理の実態に照らして、不正競争防止法上の「営業秘密」の要件(①秘密管理性、②有用性、③非公知性)を前提としない限り、秘密情報として保護されない可能性があることに留意が必要です(この点は後述の裁判例を参照して下さい)。

競業避止の誓約書に記載すべき内容と留意点

競業避止義務が問題となる事案では、使用者側の営業活動上の権利と労働者の職業選択の自由とが衝突することになりますので、その調整が特に問題となります。
裁判例では、退職後の競業避止義務は、

  • ① 目的の正当性
  • ② 在職中の地位
  • ③ 競業禁止の期間や地域の範囲
  • ④ 代償措置の有無

などに照らし、競業を禁止することに合理性が認められない場合は、公序良俗(民法90条)に反するものとして無効とされています。したがって、誓約書を作成する際は、このような考慮要素を加味すべきです。

一般には、競業避止義務の内容、地理的範囲、期間は、競業を禁止する正当な目的に照らして必要最小限のものとなるように定めることが必要です。これらの点については、会社が製造、販売、提供等する商品やサービスの内容等に応じてケースバイケースの判断となります。また、代償措置(特別高額な退職金の支給等)についても定めることが望ましいとされています。

ただし、誓約書が有効であっても、事案によっては、競業避止義務が否定される可能性があることには、留意が必要です。

テンプレートをそのまま使用することに問題はないか

インターネットや書籍上には、秘密保持・競業避止義務に関する誓約書の雛形、テンプレートが多数存在しています。

しかしながら、事業の内容(定めるべき秘密保持義務の内容、競業避止義務の内容)は企業毎に千差万別です。安易なテンプレ―トの利用には、裁判で不利な判断がされるリスクが伴います。

したがって、テンプレートを使用するにしても、それが自社の事業内容と誓約書の目的にフィットしたものであるかどうかは、しっかりとチェックする必要があります。

秘密保持や競業避止義務の誓約書が無効になるケース

誓約書を作成していたとしても、当該誓約書を作成するにあたって、会社側が虚偽や誤った事実を述べ、それを前提に労働者が誓約書にサインしていた等の場合は、当該誓約書自体が無効になる可能性もあります。

また、たとえば退職時に労働者が誓約書へのサインを拒んだからといって「誓約書にサインしなければ、退職金を支払わない。」等と会社側が脅迫的な対応をしていた場合にも、当該誓約書は無効となる可能性があります。

誓約書だけでなく就業規則に盛り込んでおくことも重要であること

秘密保持義務や競業避止義務について、誓約書だけでなく就業規則に盛り込んでおくことも重要となります。就業規則に規定し、従業員に周知することにより、従業員に秘密保持義務や競業避止義務を遵守しなければならないことを認識させることができるからです。

また、就業規則に記載しておくことで、懲戒処分の際、懲戒事由該当性に関する無用な議論を回避することができるという利点もあります。

秘密保持義務や競業避止義務に関する裁判例

最後に、秘密保持・競業避止義務に関する裁判例を紹介します。

従業員の秘密保持義務について争われた判例

元従業員の被告が、在職中、自身の転職先に対して原告の取引先等の機密情報を開示し、転職後に当該情報を使用して営業を行った等として、原告が被告に対し秘密保持条項の違反を理由に損害賠償請求した事案(東京地方裁判所 平成29年10月25日判決)において、裁判所は、秘密保持条項の有効性については、その内容が合理的で、被用者の退職後の行動を過度に制約するものでない限り有効としました。しかし他方で、有効とされるのは、不正競争防止法2条6項の「営業秘密」の3要件、すなわち、①秘密管理性、②有用性、③非公知性を前提とする限りにおいてであると判示しました。


これは、本件秘密保持条項を不正競争防止法の「営業秘密」に沿う形で限定解釈をしたものであるという評価があります。このような、実質的に同法の「営業秘密」に当たるような場合にだけ秘密情報を保護するかのような解釈は、事実上弱い立場にある労働者の経済活動の自由を保障する必要があることから採用されたものと考えられるでしょう。

この裁判例からは、秘密保持誓約書が有効とされたとしてもそれだけでは安心できず、業務体制において、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の要件が満たされるようなかたちで当該情報を管理することが望ましいと考えられます。

退職後の競業避止義務について争われた判例

原告を退職して1年以内に、原告と主たる業務内容において直接競合する関係にある会社に転職した元従業員に対し、原告が損害賠償請求をした事案(東京地方裁判所 平成19年4月24日判決)において、裁判所は、以下のように判示し、損害賠償請求を認容しました。

会社の従業員は、元来、職業選択の自由を保障され、退職後は競業避止義務を負わないものであるから、退職後の転職を禁止する本件競業避止条項は、その目的、在職中の被告の地位、転職が禁止される範囲、代償措置の有無等に照らし、転職を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして有効性が否定される

法的に効力のある誓約書を作成するなら、弁護士に相談することをおすすめします

以上のとおり、労働者に秘密保持・競業避止義務に関する誓約書を作成させたとしても、その内容に問題がある場合には、その誓約書が無効となってしまう可能性がありますし、誓約書の作成には、高度の専門性が求められます。

弁護士法人ALGの弁護士であれば、誓約書の作成に関し有効なアドバイスを行うことが可能です。
もしお悩みの場合は、お気軽にお問い合わせください。

よくある質問

秘密保持・競業避止義務に関する誓約書はどのタイミングで取得すべきですか?

秘密保持・競業避止義務に関する誓約書誓約書は、①入社時、②昇進時(特定プロジェクト参画時)、③退職時のいずれのタイミングでも取得するべきです。

「秘密保持誓約書」と「秘密保持契約書(NDA)」の違いは何ですか?

秘密保持誓約書は、労働者側の一方的な意思を表明するために、労働者が一人で作成する書面であるのに対し、秘密保持契約書(NDA)は、使用者と労働者との合意内容を証明するために、両当事者が作成する書面であるという違いがあります。

秘密保持契約書については以下のページでも解説しています。併せてご覧ください。

秘密保持・競業避止に関する誓約書を取得していないと、どのようなデメリットがありますか?

秘密保持・競業避止に関する誓約書を取得していない場合は、一般に、これらの義務の対象や禁止される為の内容が不明確となり、労働者との間で、これらの義務の有無や内容に関する無用の争いが生じる恐れがあります。また、とりわけ退職後の労働者に対しては、秘密保持義務も競業避止義務も貸すことができない可能性が高まるものと考えられます。

従業員から誓約書の署名を拒否された場合はどうしたらいいですか?

あくまで任意の交渉に努めて誓約書の作成を求めるべきです。
会社側が虚偽や誤った事実を述べたり、退職時に「誓約書にサインしなければ、退職金を支払わない。」等と会社側が脅迫的な対応をしていた場合に、当該誓約書が無効になる可能性があります。

秘密保持や競業避止に関する誓約書は、全従業員から取得した方が良いでしょうか?

全従業員から取得するべきです。

誓約書の書き方や書式について法律上の決まりはありますか?

決まりはありませんが、留意点は多数ございますので、作成の際は専門家にご相談ください。

誓約書の署名・押印に関して注意すべき点はありますか?

労働者本人の意思を確認すること、労働者本人が自らの意思で署名・押印をしたことを確認することが必要です。また、誓約書を提示してから署名・押印までの間に一定の考慮期間を与えることも大事です(即時の署名・押印を求めることは得策ではありません)。

秘密保持義務と競業避止義務の誓約書を一体化することは法的に問題ないですか?

問題ありません。

誓約書を電子化しても法的効力は認められますか?

認められますが、各社が提供する電子契約書作成サービスのご案内に従ってください。

取締役の競業避止義務についても、誓約書を取得する必要がありますか?

確かに、取締役の競業避止義務は会社法に規定されていますが(会社法356条1項1号)、誓約書を作成させ、競業避止義務の具体的内容、地域的範囲、期間及び代償措置を具体的に定めることが、紛争予防にもなり、当該取締役に競業避止義務を実効的に守らせることにもつながります。
その意味で、取締役との関係でも、誓約書を取得する必要があるといえます。

取締役の競業避止義務については以下のページでも解説しています。併せてご覧ください。

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執筆弁護士

弁護士 須合 裕二
弁護士法人ALG&Associates 弁護士須合 裕二

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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