割増賃金の算定から除外される賃金

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

割増賃金算定の際に除外される賃金・手当(除外賃金)にはどのようなものがあるか、この点について気になる方は多いのではないでしょうか。本コラムでは、一部の賃金・手当が割増賃金算定において除外される趣旨及びその例外を踏まえつつ、除外賃金について詳しく解説していきます。

目次

割増賃金の算定から除外される賃金・手当とは?

以下のものは、割増賃金算定の基礎となる賃金には算入されません。

  • ①家族手当
  • ②通勤手当
  • ③別居手当
  • ④子女教育手当
  • ⑤住宅手当
  • ⑥臨時に支払われた賃金
  • ⑦1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金

これらの賃金・手当は、なぜ割増賃金算定の基礎となる賃金から除外をされるのでしょうか。次項からそれぞれ詳しくみていきます。

また、割増賃金の計算方法について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。

①家族手当

家族手当は、「扶養家族又はこれを基礎とする家族手当額を基準として算出した手当」をいいます。

家族手当に該当するか否かは、名称にかかわらず、その実質によって決まります。例えば、手当の名称が「生活手当」であったとしても、その実質が、家族の人数に応じて支給されるものである場合は、「家族手当」と判断され、除外賃金とされる可能性が高いです(昭和22年9月13日基発第17号)。

除外されないケース

「家族の人数と関係なく一律に支給される賃金・手当」及び「一家を扶養する者に対し一律に支給される賃金・手当」は、家族手当に該当しません(昭和22年11月5日基発第231号、昭和22年12月26日基発第572号)。

この理由は、労働基準法37条5項の趣旨が、労働の内容や量と無関係な“労働者の個人的事情により支払われる家族手当”は、割増賃金算定の基礎に含まないとすることにあります。家族の人数と関係なく一律に支給すると、“労働者の個人的事情”により支払われたものとはいえず、本条の趣旨と合致しないため、割増賃金算定の基礎から除外することはできません。

また、同様の理由より、“独身者に対して一律に支給される賃金”に対しても、「独身者に対して支払われている部分及び扶養家族のあるものにして本人に対して支給されている部分は家族手当でない」とされています(昭和22年11月5日基発第231号)。

②通勤手当

通勤手当とは、通勤距離または通勤に要する実際の費用に応じて算定される手当をいいます。

除外されないケース

通勤手当という名称であったとしても、実質や実態から通勤手当としての性質を有しない場合、通勤手当と認定されない可能性があります。

また、通勤手当も労働の内容や量とは無関係な“労働者の個人的事情”により発生するものですので、通勤距離に関係なく一律に支払われる部分については、通勤手当とは認定されません(昭和23年2月20日基発第297号)。

③別居手当

別居手当(別名単身赴任手当)とは、会社の異動命令等により同一世帯の家族と別居を余儀なくされる労働者に対して支給される手当です。別居手当が割増賃金算入されない理由は、家族手当や通勤手当と同様、労働の内容や量とは無関係な“労働者の個人的事情”により発生するものだからです。

④子女教育手当

子女教育手当とは、労働者の子供が海外で学校教育等を受けるための経費を充当する目的で支給する手当です。子女教育手当が割増賃金算入されない理由も、家族手当等と同様、労働の内容や量とは無関係な“労働者の個人的事情”により発生するものだからです。

⑤住宅手当

住宅手当とは、名称に関係なく、労働者の住宅費用を補助する手当のことをいいます。住宅手当が割増賃金算入されない理由は、家族手当等と同様、労働の内容や量とは無関係な“労働者の個人的事情”により発生するものだからです。

なお、賃料額やローン額に比例して変動する賃金・手当に限り、住宅手当として除外賃金の対象となります(平成11年3月31日基発第170号)。

除外されないケース

住宅手当のうち以下のものは、割増賃金算定の基礎から除外することはできません。

  • 住宅の形態ごとに一律に定額で支給することとされているもの
  • 住宅以外の要素に応じて定率又は定額で支給することとされているもの
  • 全員に一律に定額で支給されているもの

このような支給は、労働者の個人的事情と関係なく一律に支給されることから、制度の趣旨と合致しないためです(平成11年3月31日基発第170号)。

⑥臨時に支払われた賃金

臨時に支払われた賃金とは、以下のものをいいます(昭和22年9月13日基発第17号)。

  • 臨時的、突発的事由にもとづいて支払われたもの(例:私傷病手当等)、
  • 支給条件はあらかじめ確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、且つ非常に稀に発生するもの(例:結婚手当、退職金等)。

除外されないケース

支給額があらかじめ予測される賃金に関しては、臨時に支払われた賃金に該当しない場合があります。例えば、皆勤手当や無事故手当等が挙げられます。
これは、臨時に支払われた賃金が除外賃金とされる趣旨が、その賃金が通常の労働時間又は労働日の賃金ではなく、割増賃金の算定基礎に算入し計算することが困難だというところにあります。

皆勤手当や無事故手当等は、突発的なものでなく、かつ支給されるケースが非常に稀なものでもありません。また、支給されることがあらかじめ予測できることから、制度の趣旨と合致せず、割増賃金算定の基礎から除外することはできないと考えられます。

⑦1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金

1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金の代表例としては、賞与等があります。
これらが除外賃金とされるのは、賞与等が、計算技術上、割増賃金の基礎に参入するのが困難だからです。

この制度趣旨からすると、定期的に支給され、支払額が確定しているものついては、名称の如何にかかわらず、1ヶ月を超える期間ごとに支払われた賃金として認定されない可能性があります。

割増賃金の算定を誤るとどのようなリスクがあるか?

割増賃金の算定を誤ると、労働者より割増賃金支払請求を受ける可能性があるだけでなく、支払いが遅延している期間の利息(年3%)に相当する「遅延損害金」が発生します。なお、労働者の退職後の未払期間の利率は年14.6%と非常に高額になっています(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項)。

また、割増賃金の不支給について悪質性が認められる場合、裁判所より「付加金」の支払いを命じられる可能性があります。この「付加金」というのは、労働者に対して賃金等を支払わない悪質な使用者に対して、未払いの割増賃金等と同額の金銭の支払いを命じるという制裁措置です。付加金の支払いは必ず命じられるものではありませんが、裁判所より支払いを命じられると、多大な経済的損失を被る可能性があるため注意が必要です。

遅延損害金や付加金を考慮すると、割増賃金の算定を誤ることは、本来支払うべきであった賃金よりも高額になる可能性もあります。そのため、割増賃金を適切に算定することは、会社として必須であるといえるでしょう。

遅延損害金や付加金については、以下のページでも詳しく解説しています。

就業規則に除外賃金の規定を設ける必要性

除外賃金に該当するか否かは、その名称にかかわらず、賃金としての実態によって判断されます。
そのため、会社としては「家族手当」や「通勤手当」として支払う意図であっても、労働者の個人的事情と関係なく、一律に労働者に支給している等の事情がある場合には、除外賃金として認定されない可能性があります。

このようなリスクを未然に防ぐには、就業規則等で規定を設け、手当を除外賃金とする体制を構築しておくことが重要です。例えば、「家族手当」の場合、「18歳未満の子一人につき月額●円」といった文言を記載しておくと良いでしょう。

割増賃金の除外賃金に関する裁判例

除外賃金の該当性は、どのような形で紛争化するのでしょうか。裁判例を踏まえながら解説していきます。

事件の概要

【奈良地方裁判所 昭和56年6月26日判決、壺阪観光事件】

タクシー及び観光バスによる旅客運送事業を営む会社に雇用されていた労働者が、会社より「家族手当」、「通勤手当」、「乗客サービス手当」、「特別報奨金」等の賃金・手当を支給されていたところ、当該労働者が、会社に対して割増賃金支払請求訴訟を提起しました。

裁判では、これらの賃金・手当が割増賃金の基礎となるかどうかが争点となりました。

裁判所の判断

裁判所は、割増賃金算定の基礎となる賃金・手当にあたるかどうか(除外賃金該当性)の判断において、除外賃金に該当するものは、①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金・手当に限定されるとしました。また、これらの賃金・手当の名称のみにとらわれず、労働者の一身的諸事情の存否や労働時間の多寡にかかわらず一律に支給されているものについては、除外賃金にはあたらないと判示しました。

この基準に基づき、裁判所は、本件で争いとなっている各手当は、以下の理由から除外賃金に該当しないと判断しました。

  • 「家族手当」、「通勤手当」→労働者各自の個別的事情にかかわらず、無条件で一律に一定額支払われているものであるため
  • 「乗客サービス手当」→①から⑦の除外賃金いずれにも該当せず、かつ、一定の不行跡がない限り、原則として支給されるものであるため
  • 「特別報奨金」→1ヶ月の売上げが一定水準に達した者すべてに対して、一律一定に支給されるものであるため

ポイント・解説

この裁判例からも分かるように、除外賃金に該当するためには、➀家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当、⑥臨時に支払われた賃金、⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金・手当のいずれかに該当するだけでなく、労働の内容や量とは関係ない“労働者の個人的事情”によって支給される賃金・手当であることが必要です。

また、労働者各自の個別的事情に関係なく、一律に支給される賃金・手当については、その名称にかかわらず、除外賃金に該当しないと判断されています。このことから、除外賃金該当性は、賃金・手当の実質が重要視されるとご理解いただけるでしょう。

割増賃金を正しく算定するためにも、不明点があれば弁護士にご相談ください。

本コラムを見ても、「割増賃金の算定は難しそうだな…」と思われる会社も多いでしょう。割増賃金の算定に関し、不安に思われる場合には、ぜひお気軽に弁護士法人ALGにご相談ください。

よくある質問

管理職への役付手当や役職手当は割増賃金の算定から除外できますか?

管理職への役付手当や役職手当は、労働基準法37条5項及び労働基準法施行規則21条が規定する“除外賃金”に該当しないため、割増賃金の算定から除外することはできません。

別居手当は割増賃金の算定から除外できますか?

別居手当は、労基法37条5項及び労規則21条1号が規定する除外賃金に該当するため、割増賃金の算定から除外することができます。

皆勤手当は割増賃金の算定から除外できますか?

皆勤手当は、一見「臨時に支払われた賃金」にあたり、除外賃金に該当するようにも思われます。
しかし、「臨時に支払われた賃金」には以下の要件があり、皆勤手当はこれらに該当しないため、割増賃金の算定から除外することはできません。

  • 突発的に発生するものであること
  • 支給されるケースが非常に稀なものであること

営業手当は割増賃金の算定から除外できますか?

営業手当は、労基法37条5項及び労規則21条1号が規定する除外賃金に該当しないため、割増賃金の算定から除外することはできません。
ただし、営業手当が「固定残業代」として支払われていた場合、これを割増賃金算定の基礎に加えると割増賃金の二重評価につながってしまうため、割増賃金の算定から除外することができます。

家族手当ではなく、「扶養手当」や「生活手当」という名称で支給している場合、割増賃金の算定から除外できますか?

「扶養手当」や「生活手当」という名称であっても、家族の人数に応じて支給されるなど、その実質が家族手当としての性質を有している場合には、「家族手当」として割増賃金の算定から除外することができます。

家族がいる労働者との均衡上、独身者にも家族手当を一定額支給している場合、独身者に支払っている部分は割増賃金から除外できますか?

独身者にも一定額の家族手当が支給されている場合、“労働者の個人的な事情”により支払われている賃金とは評価できません。よって、当該賃金は「家族手当」には該当せず、割増賃金の算定から除外することはできません。

家族手当を「家賃の〇%」のように支給している場合、割増賃金の算定から除外できますか?

家族手当を「家賃の○%」という形で支給している場合、扶養家族の人数に応じて支給されているものではないため、労基法第37条5項が規定する「家族手当」には該当せず、割増賃金の算定から除外することはできません。

住宅手当について「賃貸2万円、持ち家1万円」のように定額支給をしている場合、割増賃金の算定から除外できますか?

このような一律給付の場合、“労働者の個人的な事情”により支払われている賃金とは評価できないため、割増賃金の算定から除外することはできません。

臨時勤務により一律支給した手当は、割増賃金の算定から除外できますか?

臨時勤務により一律支給した手当は、「臨時に支払われた賃金」(労規則21条4号)として、割増賃金の算定から除外することができます。
ただし、この手当が日常的に支払われている場合、臨時的、突発的事由に基づいて支払われる賃金とはいえないため、「臨時に支払われた賃金」に該当せず、割増賃金の算定から除外できない可能性があります。

賞与は割増賃金の算定から除外できますか?

賞与は、「1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金」(労規則21条5号)として、割増賃金の算定から除外することができます。
もっとも、“賞与”という名称であっても、以下のものは割増賃金の算定から除外することはできません。

  • 定期的に支給されるもの
  • その支払額が予め確定しているもの

賞与の詳しい説明は、以下のページをご覧ください。

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執筆弁護士

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この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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