Ⅰ 事案の概要
1 本件は、バスの運行等を目的とする株式会社であるY社において、夜行バスの乗車及び運転等の業務に従事していたXらが労働契約に基づき未払賃金等の支払いを求めるとともに、労働基準法114条所定の付加金等の支払いを求めたものです。
2 前提事実
(1)Y社の所定労働時間は、平成24年8月までは1日8時間、平成24年9月以降は1日7時間30分であり、Y社の給与規定には、所定労働時間を超えて労働した場合には、時間単価に労働基準法所定の割増率を乗じた賃金を支払う旨の定めがありました。
(2)Xらが乗ったバス運行は以下のような時間管理が実施されていました。
- 「出庫時刻」:バスで出発地を発した時間
- 「帰庫時刻」:目的地に到着した時間
- 「運転時間」:実際に運転していた時間
- 「休息時間」:出庫時刻から帰庫時刻の間に休憩した時間
(3)Xらが乗ったバスには、2人の従業員が乗務しており、その一方が運転手として勤務している間は、他方は交代運転手としてバスに乗っていました。なお、Xらは、夜間のバス運転1回ごとに、3000円の夜行手当は支給されていましたが、この夜行手当は、夜間走行をした場合に支給されている手当であり、夜間走行がされた際の時間外割増手当又は深夜割増手当に充当されるものでした。
Ⅱ 本判決の内容
1 本件事件の主たる争点
本件事件の主たる争点は、交代運転手としてバスに乗っている時間が労働時間に当たるか、です。
2 主たる争点に関する判断
(1)第1審(横浜地裁小田原支部平成30年3月23日判決)の判断
「労働基準法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう。そして、実作業に従事していない仮眠時間(以下、「不活動仮眠時間」という。)が上記労働時間に該当するか否かは、不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきであるところ、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である(大星ビル管理事件(最高裁平成9年(オ)第609号同14年2月28日第1小法廷判決民集56巻2号361頁))」と従前の最高裁判例に則した基準を提示しました。
その上で、交代運転手の座席は運転手の真後ろにある客席で、以下のような事実を指摘して、交代運転手が休憩するために配慮された環境が提供されていたというべきであって、Xらは、交代運転手として乗車していた間に労働契約上の役務の提供を義務付けられていたとは認められず、労働時間に該当しないと判断しました。
- ①客席が二人用の座席であっても一人で着席していたこと
- ②交代運転手は、交代運転手として乗車している間は休憩するようにY社から指導されており、仮眠するなどしていて休憩していたこと
- ③運転手が制服着用を義務付けられているのに対し、交代運転手は上着を脱ぐことが許容されていたこと
- ④交代運転手が、その着席中に、乗客の要望や苦情に対応することや、運転手の運転を補助することがなかったこと
- ⑤交代運転手は、事故等の非常用にY社から支給された携帯電話を管理していたが、携帯電話機にY社から着信があることはほとんどなく、まれに所用により発信することがある程度であったこと
(2)控訴審の判断
不活動仮眠時間について、一審判決をほぼそのまま引用し、労働時間に該当しないという結論を維持した上で、行政機関から公表されている内容が交代運転手の不活動仮眠時間が労働時間であることを前提にしていないことを指摘して、次のように判断を付加しました。
「国土交通省自動車局の「貸切バス 交替運転手の配置基準(解説)」によれば、・・・運転手が一人では運行距離等に上限があるため、被控訴人は交代運転手を同乗させているのであって、不活動仮眠時間において業務を行わせるために同乗させているものとは認められない」とした上で、「厚生労働省労働基準局の「バス運転手の労働時間等の改善基準のポイント」によれば、交代運転手の非運転時間は拘束時間には含まれるものの、休憩時間であって労働時間ではないことが前提とされていることが明らかである。」とし、「被控訴人において、交代運転手はリクライニングシートで仮眠できる状態であり、飲食することが可能であって、 不活動仮眠時間において労働から離れることが保障されている。被控訴人が休憩や仮眠を指示したことによって、労働契約上の役務の提供が義務付けられたとはいえないから、Xらが不活動仮眠時間において被控訴人の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできない」として、結論として、労働時間該当性を否定しました。
Ⅲ 本件事案からみる実務における留意事項
1 本件は、夜行バスの交代運転手の不活動仮眠時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否かが主に争われた事案です。このような事案に対して、本判決は、大星ビル管理事件の基準に則して判断しました。同最判は、ビル管理会社の従業員が単独で従事する泊り勤務の間に設定されている連続7時間ないし9時間の仮眠時間は、たとえ仮眠時間中であったとしても警報等の対応をしなければならず、それらの対応が皆無に等しいような事情がない限りは、実作業に従事していない時間も含め全体として従業員が使用者の指揮命令下に置かれているものであり、労働基準法32条の労働時間に当たると判断したものです。
2 また、不活動仮眠時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否かが争われ、労働時間該当性を否定した裁判例として、ビル代行事件判決(東京高判平成17年7月20日判決)があります。同判決は、大星ビル事件判決を基準としつつも、4 名体制の警備のうち 2 名が仮眠時間に入り、制服の着用も義務付けられていなかった状況において「実作業への従事の必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に警備員として相当の対応をすべき義務付けがされていないと認めることができるような事情がある」として、労働時間性を否定しています。
3 長距離運転手や夜間の警備業務などにおいては、不活動仮眠時間が労働時間にあたるかどうかについて争われた事件は多くあります。個別具体的な事情によって結論が左右されますが、裁判所は、仮眠の場所的拘束の有無(帰宅の自由の有無)、仮眠の態様(制服の着用など)、仮眠中に業務対応が義務付けられているのか、実際に業務対応を迫られる頻度・所要時間等を勘案して、具体的事情に応じて、不活動仮眠時間が労働からの解放が保障されているのかどうかから判断しているものと考えられます。
裁判例に表れている長距離運転手や夜間警備という職種においては、仮眠時間における労働からの解放が確保されているのか、上記の事情を踏まえて態勢を整えておくよう注意すべきものと考えられます。
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