公益通報を巡る内部資料の持ち出し行為等に対する懲戒処分の適法性が争われた事例(京都市(児童相談所職員)事件)~大阪高裁令和2年6月19日判決~ニューズレター 2022.1.vol.121

Ⅰ 事案の概要

本件は、京都市の職員として児童相談所に勤務していたXが、公益通報を目的として、当該児童相談所の要保護児童の個人情報を外部に持ち出した行為等について、京都市から停職3日の懲戒処分を受けたため、その懲戒処分の取り消しを求めた事件です。

2 事実関係

⑴ Xは、平成9年4月1日、事務職員として京都市に採用され、平成24年4月23日からは、保健福祉局児童福祉センター児童相談所支援課に配属となり、京都市児童相談所において主任として勤務することとなりました。

⑵ 京都市内にある児童養護施設である社会福祉法人Aに入所している女子児童C(当時17歳)の母親は、京都市児童相談所に対して、平成26年8月20日及び同月22日、Aの施設長Bが、Cと性的行為を行おうとしている旨の相談をしていました。

⑶ Xは、平成26年秋頃から、勤務時間中に、繰り返しCの個人情報を業務用パソコンで閲覧して(懲戒対象行為①)、本件相談があったことを知りました。

⑷ また、Xは、閲覧していたCのデータの1頁を出力して複写し、そのうちの1枚を自宅へ持ち出したうえ、その後、無断で破棄しました(懲戒対象行為②)。

⑸ さらに、Xは、平成27年1月の京都市児童相談所の新年会及び同年3月の職員組合と保健福祉局との交渉の場で、京都市児童相談所の本件相談に対する対応を問題視するような発言をしました(懲戒対象行為③)。

⑹ Xは、京都市児童相談所が本件相談を放置したとして問題視し、平成27年3月以降、2回に渡り、京都市の公益通報の外部通報相談員の弁護士に対して公益通報を行いました。

⑺ この間、Bは、平成27年9月8日、「Cを平成26年8月〇日、自己を相手に性交させ、もって児童に淫行させた」ものとして、児童福祉法34条1項6号違反の罪で逮捕され、平成29年1月20日、有罪判決を受けました。

⑻ 京都市長は、平成27年12月4日付けで、Xに対して、Xが行った懲戒対象行為①から③が、地方公務員法29条1項各号の懲戒事由に該当するとして、3日間の停職とする懲戒処分をしました。

Ⅱ 争点

1 本件各懲戒対象行為の有無及び懲戒事由該当性
2 本件懲戒処分に裁量権の逸脱又は濫用の違法があるか否か

Ⅲ 判決のポイント

1 本件各懲戒対象行為の有無及び懲戒事由該当性について

本判決は、Xが、本件各懲戒対象行為とおおむね合致する行為を行ったことを認め、本件懲戒対象①及び③については、地方公務員法29条1項各号の懲戒事由のいずれにも該当せず、本件懲戒対象行為②についてのみ、同法29条1項1号及び2号の懲戒事由該当性が認められる、としました。

2 本件懲戒処分に裁量権の逸脱又は濫用の違法があるか否かについて

懲戒処分に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かの判断基準については、いわゆる神戸税関事件(最三小判昭和52年12月20日民集31巻7号1101頁・労判288号22頁)を明示したうえで、「地方公務員法29条1項各号の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、行うとしていかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督に当たる懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員および社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており、裁判所が上記処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか、またはいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を逸脱または濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである」としました。

そのうえで、本判決では、「Xは、事案が発覚した後、廃棄行為が不適切であると認め、反省の態度を示している。Xに懲戒処分歴はなく、人事評価も良好であり、勤務態度も熱心と評価されていた」こと、「少なくともXにとっては、重要な証拠を手元に置いておくという証拠保全ないし自己防衛という重要な目的を有していた」ほか、「当該複写記録にかかる個人情報を外部に流出するなどの不当な動機、目的をもって行われた行為であるとまでは認められないのであるから、その原因や動機において、強く非難すべき点は見出しがたい」こと、京都市長自身も、本件懲戒処分をするに当たり、本件懲戒対象行為②のみであれば、減給が相当であると判断していたことなどを考慮すると、停職3日の懲戒処分は「重きに失するといわざるを得ない」として、懲戒処分を取り消した1審判決を維持しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

1 公務員に対する懲戒処分の裁量権逸脱又は濫用の判断について

公務員に対する懲戒処分の裁量権逸脱又は濫用の判断については、先例となっている神戸税関事件(最三小判昭和52年12月20日民集31巻7号1101頁・労判288号22頁)を引用したうえで踏襲しており、今後も同様に判断されるものと考えられます。

2 本件各懲戒対象行為が公益通報である内部通報に付随して行われたものである点について

Xの行為は、公益通報である内部通報に付随して行われたものですが、この点がどのように判断に影響を与えたかは一概には言えず今後も検討が必要になるでしょう。この点については、公務員に関するものではありませんが、労働者が使用者の管理している顧客の信用情報を不法に入手して、衆議院議員及び県警に交付して機密情報を漏洩し、使用者の信用を失墜させたとして懲戒解雇されたいわゆる宮崎信用金庫事件(福岡高裁宮崎支部平成14年7月2日労判833号48頁)が参考になります。同判決では、労働者がもっぱら使用者内部の不正疑惑を解明する目的で行動していたもので、実際に疑惑解明につながったケースもあり、内部の不正を糺すという観点からはむしろ使用者の利益に合致するところもあるというべきであるから、労働者の行為の違法性が大きく減殺されることは明らかであると判示しています。

3 実務における留意点

前述した宮崎信用金庫事件は、公益通報者保護法(平成18年4月1日施行)の施行前の裁判例となりますので、現在では同法によって、内部告発の正当性の判断がされることになります。

法制度の充実を背景に、公益通報者の保護が重要視されていますが、公益通報者の保護を充実させることは、企業内部の自浄作用を促すことにもなるため、コンプライアンスの精神を見直すきっかけとなります。ひいては企業の価値や社会的信用を高めることにつながり、最終的には企業の利益となるものといえます。

公益通報者保護法は、令和2年に改正され、公益通報者の保護の拡充や保護要件の緩和など、公益通報者の保護が強化されました。使用者側においては、改正公益通報者保護法に則った体制の整備や、公益通報者保護法及び体制の周知をしていくことが必要となるでしょう。

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