事業場外労働みなし制適用の可否(セントリオン・ヘルスケア・ジャパン事件)~東京高等裁判所令和4年11月16日判決~ニューズレター2024.12.vol.156

Ⅰ 事案の概要

原告は、被告会社で医療情報担当者として勤務しており、営業先への移動や訪問に多くの時間を割いていたため、自宅から営業先へ直行し、その後自宅へ直帰することが基本となっていました。そのため、原告には、事業場外労働のみなし制(労働基準法38条の2参照)が適用されており、被告会社では、みなし時間は所定労働時間である8時間として、取り扱われていました(労働基準法32条参照)。

被告会社は、外出業務における不正を防止するため、勤怠管理システム(以下「本件システム」といいます。)を導入し、原告に対し、スマートフォンで同システムにログインすること、スマートフォンの位置情報をオンにすること、「出勤」「退勤」の操作によって出退勤時刻を記録することを義務付けました。

また、被告会社は、就業規則を改定し、原告が月40時間(40時間分は固定残業代が支払われていました。)を超えて残業する場合は、上司に対し事前申請させる等して残業代を支払う制度を導入しました。被告会社は、本件システム導入後も、原告に対し、事業場外労働のみなし制を適用していました。

原告は被告会社を退職後、被告会社に対し、営業先への移動や訪問に多くの時間を割いていたことを理由として、その分の残業代を本件システム導入前も含めて請求しました。これに対し被告会社は、原告については労働基準法38条の2による事業場外労働のみなし制が有効に適用されるため、原告に対して支給すべき残業代はない等と、反論しました。

Ⅱ 争点

本件の争点は、労働基準法38条の2による事業場外労働のみなし制が適用される「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かでした。

Ⅲ 判決のポイント

東京高等裁判所は、本件の判断枠組みを以下のとおり示しました。

  • 事業場外労働のみなし制が適用される「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かは、「使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りるか」という観点から判断する。
  • これは、業務の性質、内容、業務の遂行の態様、状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときは、その方法、内容やその実施の態様、状況等を総合して判断する(最判平成26年1月24日阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件参照)。

以上の判断枠組みを踏まえて、東京高等裁判所は、本件システム導入前までは「労働時間を算定し難いとき」に該当するが、被告会社が本件システムを導入した後は、原告の事業場外労働につき、「使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認めるに足りる」とはいえず、「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとして、事業場外労働のみなし制の適用を否定しました。

この点についての原審と控訴審との判断が異なりますが、その判断の分かれ目になった事情は、主に以下の2点です。

⑴本件システムの役割、目的

  • 被告会社が、本件システム上の承認ボタンを押すことで記録を確定し、不適切な打刻には注意喚起しており、原告の始業終業時刻を把握可能になっていたこと。
  • 被告会社が、原告による不正を防止する目的で、本件システムを用いて、位置情報付きで出退勤打刻をさせるようにしていたこと。
  • 週報の提出を求めており、週報には時刻の記載はないものの、事後的にではあるが、営業先と内容とを具体的に報告させ、把握することが可能であったこと。

⑵月40時間を超える残業の事前申請制度の実施

  • 被告会社は、原告に対し、原告が、月40時間を超えて残業をする場合、➀必要とされる残業時間を明らかにした上で残業申請をさせ、➁上司が残業を必要と認めた場合に、原告に対し、訪問先等、当日の業務に関して具体的指示を行い、➂原告の業務内容について具体的な報告をさせ、④後日、当該勤務内容と原告が本件システムに登録した打刻記録等を対照した上で、残業代を支払うという運用を採用していたこと。

→本件システムや残業の事前申請制度導入によって、直行直帰の事業場外労働であっても、始業及び終業時刻を正確に把握することは可能であり、打刻の正確性や労働実態に疑問が生じれば、原告に業務の遂行状況について随時報告させたり、上司から確認したりすることも可能であったといえる。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

本判決は、「本件システムが導入されたこと」だけではなく、「週報で具体的な内容を把握可能であったこと」、「月40時間超の残業をする場合の事前申請制度が運用されたこと」にも触れたうえで、被告会社が原告の勤怠を管理することができるようになったと認定しています。なお、事業場外労働のみなし制の適用が否定されつつも、社外で行っていた通勤時間や自宅での業務に関しては、被告会社の指示に反して行っていたものとして時間外労働があったとは認められず、労働者である原告の保護ばかりされているわけでもありません。

事業場外労働のみなし制に関して、本件システムのような勤怠管理システムを導入したとしても、「具体的な勤務の状況を把握することが困難と認められるかどうか」という検討は別途必要となります。会社からの指示や労働者からの報告の内容次第では、相互に補完しあって勤務の状況を具体的に把握可能であるとされる可能性も考えられます。

また、事業場外労働のみなし制を採用する場合には、「労働時間を算定し難いとき」に該当するよう、労働者の事業場外での業務をどこまで把握しようとするか(報告を求めるか)、事業場外のスケジュール設定にどこまでの裁量を労働者に持たせるか等を、業務上の管理や情報共有の必要性等とのバランスを考慮しながら検討する必要があります。

例えば、労働者に対し、営業先と営業結果をスケジュール方式で詳細に報告することを義務付ける、会社側からいつでも電話で呼出しが可能な状態にしている等の場合には、事業場外労働のみなし制は認められない可能性が高いといえます。

以上のことから、事業場外での勤怠管理を可能とするシステムを導入している場合や検討する場合には、当該システムからどのような情報を把握できるのか、報告義務の程度や会社からの指示の程度等と照らし合わせて、「具体的な勤務の状況を把握することが困難といえるかどうか」を検討し、事業場外労働のみなし制が認められない、という事態が生じないよう、備えておくのが重要といえます。

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