Ⅰ 事案の概要
本件の原告Xは、都市銀行である被告Yに勤務する銀行員でした。原告Xは、優れた営業成績を収めていた一方で、他の従業員に対する厳しい言動や、上司への反抗的な態度が問題視されており、被告Yは繰り返し改善指導を行っていました。
指導にもかかわらず改善が見られないことから、被告Yは2016年3月から4月にかけて原告Xに対し、退職勧奨を行いました。その後、原告Xは自宅待機を命じられ、被告Yは待機期間中も賃金を支払いました。
しかし、原告Xは2016年8月9日の面談で職場復帰を明確に希望したにもかかわらず、被告Yは具体的な復帰先を提示することもなく、自宅待機命令を約4年半にわたり継続しました。
その後、被告Yは自宅待機命令を解除し、就労意思や健康状態の回答、及び出社を求める業務命令を原告Xに発しました。しかし、原告Xは、ハラスメントに関する調査報告書の内容に不服があること、当該調査報告書を作成した弁護士の言動に不信及び恐怖を感じていること、精神疾患によって自殺未遂をするなど重症であったこと、出社先が不明であったことなどを理由として、これらの命令に応じず、反対に被告Yの役員やマスメディアに対して、組織的パワーハラスメントを訴える「内部告発」や「内部通報」の書面を送り続けました。
この状況を受けて、被告Yは原告Xに対し、厳重注意、譴責処分、1か月間の出勤停止処分といった懲戒処分を段階的に行い、最終的に就業規則違反を理由に懲戒解雇しました。
この処分に対し、原告Xは、被告Yに対し、主として以下の3つの請求を行いました。
- 地位確認
被告Yの原告Xに対する解雇が無効であり、労働契約上の地位があることの確認 - 未払い賃金
出勤停止期間及び解雇後の賃金・賞与の支払い - 損害賠償
退職強要、自宅待機命令、懲戒処分等が違法であるとして、不法行為または債務不履行に基づく損害賠償3300万円(慰謝料1500万円、逸失利益1500万円、弁護士費用300万円)の支払い
Ⅱ 争点
本件における主要な争点は以下の3点です。
1. 本件解雇の有効性(請求①に対する判断)
約4年半にわたる自宅待機命令に続く懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当性を欠くものとして無効となるか。
2. 原告の賃金請求権の有無及びその金額(請求②に対する判断)
出勤停止処分及び解雇後の賃金請求が認められるか。
3. 不法行為または債務不履行の成否及び損害額(請求③に対する判断)
退職勧奨、自宅待機命令、懲戒解雇処分等一連の行為が不法行為を構成するか、またその場合の損害額はいくらか。
Ⅲ 判決のポイント
裁判所の判断のポイントは以下のとおりです。
1. 本件解雇の有効性
裁判所は、以下の理由から本件懲戒解雇を有効と判断しました。
ア 懲戒事由該当性
原告Xが被告Yの業務命令(就労意思や健康状態の回答、出社命令など)に繰り返し従わず、欠勤を続けたことは、たとえ被告Yによる自宅待機命令が違法であるとしても原告Xが業務命令に従わなくてもよいということにはならず、就業規則に定める懲戒事由に該当すると認定しました。
イ 正当な理由の不存在
裁判所は、原告Xの主張する正当な理由(被告弁護士への不信感、精神的疾患、出社命令の具体性不足など)はいずれも認めませんでした。
たとえ、先行する違法な自宅待機命令があったとしても、それをもってその後の業務命令に従わなくて良いことにはならないと判断しました。
ウ 客観的合理性及び社会通念上の相当性
業務命令違反と欠勤の程度が重大で企業秩序に与える影響が大きかったこと、被告Yが厳重注意や譴責、出勤停止と段階を踏んで改善の機会を与えたこと、そして原告Xに改善の可能性がなかったことから、本件懲戒解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると結論付けました。
2. 原告の賃金請求権
裁判所は、本件出勤停止処分及び本件解雇は有効であるため、原告Xの賃金請求は理由がないとして否定しました。
3. 不法行為及び損害賠償
他方で、裁判所は、本件自宅待機命令について不法行為の成立を認めました。
ア 退職勧奨の違法性
約4年半にわたる自宅待機命令は「通常想定し難い異常な事態」であり、ポストを用意することが困難であるとして退職することを勧める発言がされつつ、復帰先も提示されない状態であったことは、実質的に退職勧奨が継続していた状態だと指摘しました。退職勧奨は、任意のものでなければならず、強制にわたることは許されません。
原告Xが職場復帰を明確に希望した2016年8月9日以降、被告Yは具体的な復帰先の調整を始めるべきだったにもかかわらず、退職以外の選択肢を与えない状態を続け、復帰先を提示せず、原告Xの抗議や内部通報にも直ちに対応しなかったことは、社会通念上許容される限度を超えた違法な退職勧奨であると判断しました。
イ 消滅時効の不成立
被告Yは、不法行為に基づく損害賠償請求について消滅時効を援用しましたが、約4年半にわたる自宅待機命令は「一連一帯のもの」であり、日々の精神的苦痛が可分なものとして日々慰謝料が発生すると解するのは実態にそぐわないため、消滅時効は自宅待機命令が終了した2020年10月頃から進行すると判断しました。
4. 損害額
裁判所は、以下の損害額を認めました。
ア 慰謝料 300万円
長期間にわたる自宅待機命令や、原告Xが精神障害を発病したことなどを考慮して算定されました。この金額は、同種事案と比較して比較的高額であると評価されています。
イ 弁護士費用 30万円
ウ 逸失利益
認められませんでした。
裁判所は、原告Xの勤務状況に問題があったことを指摘し、自宅待機命令がなかったとしても、従前と同様の年収を得ていた蓋然性は低いと判断しました。
Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項
本判決は、企業が問題のある従業員に対応するうえで、特に以下の点に注意すべきであることを示唆しています。
1. 自宅待機命令の期間
本件の自宅待機命令は、約4年半という極めて長期間に及びました。
裁判所は、この長期間の待機命令を「通常想定し難い異常な事態」と指摘し、その間退職以外の選択肢が与えられていなかったことから、実質的な退職勧奨として違法と判断しました。
賃金を支払い続ける自宅待機命令であったとしても、漫然と長期化させることは、法的なリスクを伴います。自宅待機命令の期間は短期間にとどめ、復帰先の具体的な調整を速やかに行う必要があります。
2. 先行する会社の違法行為と業務命令の有効性
本判決は、「被告が先行して違法な行為をすれば、原告は、以後、被告の業務命令に従わなくてよいということにはならない」と明確に述べています。
会社の違法行為が、その後の適法な業務命令に従わないことを正当化する理由とは認められませんので、たとえ、会社として誤った判断があったとしてもその後の判断を適法に行っていくことで、適切な対応に戻していくことは可能です。
3. 損害賠償額の算定
本件では、慰謝料として300万円が認められました。これは、自宅待機命令の期間が非常に長かったことや、自殺未遂に至るなど精神的な苦痛が甚大だったことが影響していると考えられます。
一方で、逸失利益は認められませんでした。これは、退職勧奨に至る過程で従業員自身の勤務態度に問題があったことが考慮されたためです。問題社員への対応では、会社の不法行為が認められた場合でも、従業員側の事情が損害賠償額に影響を及ぼす可能性があります。
4. 消滅時効の考え方
本件では、自宅待機命令という継続的な違法行為について、時効の起算日が違法行為の終了時であると判断されました。これは、退職勧奨やハラスメントが長期間にわたって行われる事案において、被害者の請求権を保護する観点から重要な裁判例です。
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