運行時間外手当を導入する賃金規定の改定の有効性等(あさと物流事件) ~神戸地裁令和6年5月13日判決~ニューズレター2025.12.vol.168

Ⅰ 事案の概要

被告は、貨物自動車運送事業、自動車運送取扱事業等を目的とする株式会社です。
原告は、平成14年9月頃から、被告において正社員で大型・牽引車の運転手として雇用され、主に長距離輸送業務に従事している労働者です。

被告の就業規則は、賃金に関する事項については別途定めることとされていて、平成26年5月19日から施行された賃金規定(以下「本件規定」といいます。)において、大型牽引車の運転者について、以下のように定められました。

ア 賃金等の構成(第2条)

賃金は、基準内賃金及び基準外手当から構成され、①基準内賃金は、基本給、精勤手当、愛車手当、危険物手当から、②基準外手当は、通勤手当、時間外勤務手当、休日勤務手当、深夜勤務手当、家族手当、運行時間外手当、有給手当から構成される。

イ 運行時間外手当(第19条)

運行に伴い発生する時間外、深夜及び休日労働に対する割増賃金を、下記の算定基準で算出される運行時間外手当により支給する。
運行時間外手当は、本件規定の定める時間外勤務手当、深夜勤務手当及び休日勤務手当に充当し、運行時間外手当が法定の割増賃金の金額に満たない場合には、その不足額を支給する。

【算定基準(別表)】

  1. 大型(10トン)車 月間運賃収入の14パーセント
  2. 牽引車 月間運賃収入の15パーセント
  3. 一運行当たりの片道実車距離が200キロメートル以上の場合、1日につき1000円
  4. 法定休日出勤1日につき1万円
  5. B社クリーニング作業を伴う場合、1回につき2000円
  6. その他、運行上必要に応じて負荷手当を支給

平成26年5月19日に本件規定が施行される以前の賃金規定(以下「旧規定」といいます。)では、大型・牽引車の運転者について、次のように定められており、旧規定下での被告での運用として、時間外労働等に対する割増賃金は歩合給に含まれるものとされ、時間外労務手当や休日出勤手当の項目での割増賃金は支給されていませんでしたが、規定においてはその内容が明記されていませんでした。

ア 給与体系及び形態

給与は、基本給、歩合給、職務給、班長手当、無事故手当、皆勤手当、愛車手当、運行手当、距離手当、家族手当、通勤手当、危険物連行手当、時間外労務手当、休日出勤手当から構成され、月払制とする。

イ 歩合給は、運賃収入に対して次の割合で計算する。

  1. ローリー 運賃収入の14パーセント
  2. トレーラー 運賃収入の15パーセント

そのような状況の中で、原告が、被告に対して、雇用契約に基づく未払割増賃金請求として、令和2年4月分から令和4年7月分までの未払割増賃金と遅延損害金、労働基準法114条に基づく付加金と遅延損害金の支払いを求めた事案です。

Ⅱ 争点

本件の争点は、いくつかありますが、本ニューズレターでは、以下の2つの争点についてご紹介します。

争点① 賃金規定の改定が有効といえるか
争点② 運行時間外手当は、割増賃金の基礎となる賃金に含まれるか、また割増賃金への充当は認められるか

Ⅲ 判決のポイント

判決では、各争点について以下のように判断し、原告の請求を認めました。

争点①について

裁判所は、
「本件における賃金規定の改定は、旧規定においては通常の労働の対価として規定され、割増賃金の基礎とされるべき歩合給が、同一の計算方法であるにもかかわらず、時間外手当等への允当の対象とされる基準外手当である運行時間外手当として取り扱われるように変更するものであるところ、旧規定においては、基本給及び歩合給を基礎として算定された割増賃金が、歩合給とは別に支払われることになる一方、本件規定においては、運行時間外手当は基準外賃金となることから割増賃金算定の是礎から除外されるだけでなく、さらに運行時間外手当が、基準内賃金を基礎として算定された割増賃金に充当されることになるから、上記賃金規定の変更は、労働者に支払われるべき割増賃金の算定において、大きな不利益変更となるというべきである」、

被告が被告自身の認識とも異なる未払の割増賃金はないものとの解釈を説明会において話し、賃金規定の改定等に係る合意書の取り交わしに応じなければ、旧規定の内容と運用が異なることから誤解を招いたことへのお詫びとしての迷惑料も支払わないとして被告が従業員と合意書の取り交わしを進めたことなどを指摘し、「これらの被告の対応は、旧規定における割増賃金の算定方法や支払の有効性について誤解を生じさせ、ひいては、賃金規定の改定における不利益性の理解を妨げるものというべきであって、被告から真摯かつ正確な説明がなされたものとは認め難い」、などとして、「改定によって生じる不利益性についての労働者の十分な理解を得てなされたものとは認め難く、既に改定から相当期間が経過していることを考慮しても、労働者の自由な意思に基づくとみられる客観的合理的な理由は認められないから、上記改定による不利益変更は無効である」と判断しました。

また、不利益性の程度と、被告の対応から、上記改定による不利益変更が合理的なものであるとまでは認められない、と判断し、この点でも有効性を認めませんでした。

争点②について

裁判所は、「本件における賃金規定の改定は、不利益変更として無効であるから、」争点②について「判断するまでもなく、本件規定における運行時間外手当はこれに対応する旧規定における歩合給等と同様に、割増賃金の算定の基礎に含まれる一方、割増賃金への充当は認められないというべきである。そして、運行時間外手当のうち運賃収入に一定割合を乗じて算出する部分は、旧規定の歩合給に対応するものであるから、歩合給としての割増賃金の算定の基礎とし、その余の部分は固定給として取り扱うべきである。」と運行時間外手当の性質について判断し、割増賃金への充当を否定しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

賃金規定以外の就業規則であっても、その必要性や合理性について検討した上で、変更に伴う不利益の内容について真摯かつ正確な説明を行い、労働者から理解を得た上で変更を進めることが重要となります。支給額に影響し、労働者の生活にも直結する賃金規定の改定については、重要な労働条件に関する大きな不利益変更となることが予見されることから、特に慎重に対応するよう留意すべきでしょう。

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