副業・兼業における労働時間の通算について(タイミー事件)~東京地裁令和7年3月27日判決~ニューズレター2026.5.vol.173

Ⅰ 事案の概要

本件は、アプリケーションソフトウェアを利用して日雇い労働者を求める事業者(求人者)と、求職者との間の労働契約成立を斡旋するマッチングサービスを提供する株式会社タイミー(以下、「Y社」)に対し、同サービスを利用して就労した労働者(以下、「X」)が、未払賃金及び割増賃金ならびにこれらに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。

Y社が提供するサービスの利用規約には、Y社が、求人者の求職者に対する賃金債務につき、併存的債務引き受けを行い、求人者に代わって求職者の指定する金融機関口座に振り込む方法により支払う旨の定めがされていました。Xは、上記利用規約に同意し、求人者であるB社との間で労働契約を締結し、令和5年7月19日の午後11時45分から午後1時まで勤務しました。

Xの主張の根拠は以下のとおりです。

Xは、B社での就労直前まで、別の会社(C社)で同月17日午前5時から同月19日午前9時までの間に、合計43時間にわたり、原告の自宅においてC社の労働者として業務に従事しました。この時間とその後に行われたB社での就労を通算すると、労基法32条が定める法定労働時間を超過するため、併存的債務引受人であるY社は割増賃金の支払義務を負います。

Ⅱ 争点

本件の争点は、Xの割増賃金請求の可否です。具体的には、①労基法38条1項の規定に基づき労働時間を通算する場合、後から労働契約を締結した事業主(本件のB社、および債務引受人であるY社)は、労働者が他社で法定労働時間を超えて働いている事実を知らなかった場合であっても、割増賃金支払義務を負うのか、②プラットフォーム事業者(Y社)や求人者(B社)には、労働者からの申告を待たずに自ら他の事業主の下での労働状況を確認する自発的な調査義務を負うのか(他社での労働時間を知らないことに責任があるのか)、です。

なお、Y社は、賃金の振込先口座を登録するよう求める再三の連絡に対しXが応じなかったとして、賃金を供託しており、当該供託の有効性についても争点となっていますが、異なる争点であるため、本記事においては割愛します。

Ⅲ 判決のポイント

裁判所は、事実認定のレベルで、そもそも合計43時間にわたりC社で労働者として業務に従事した事実が認められないとし、Xの請求をいずれも棄却しました。

それに加えて、傍論部分において、争点①および②に関して判断しました。

まず、労基法38条1項の「事業場を異にする場合」における労働時間の通算に関して、①「当該労働者が他の事業主の下でも労働しており、かつ、同所での労働時間数と通算すると労基法32条所定の労働時間を超えることを当該事業主が知らなかったときには、同事業主の下における労働に関し、当該事業主は、労基法38条1項による割増賃金の支払義務を負わない。」と判断しました。

さらに、②「労基法38条1項の規定を念頭に置いて、原告の申告等がない場合にも、自ら、他の事業者の下での労働について原告に確認する義務を負っていたものと解すべき根拠は見出せ」ない、と判示しました。

Ⅳ 本事例からみる実務における留意事項

⑴ これまでの行政解釈

労基法38条1項では「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されてます。

ここでいう、「事業場を異にする場合」について、行政解釈〔昭和23.5.14基発769号〕は、事業主を異にする場合をも含むとの見解を示しており、要するに副業先との間でも客観的に労働時間を通算するとしてきました。

近時の行政通達〔令和2年9月1日基発0901第3号〕においては、このような通算制の立場を基礎にしつつ、「労働者からの申告等がなかった場合には労働時間の通算は要せず、また、労働者からの申告等により把握した他の使用者の事業場における労働時間が事実と異なっていた場合でも労働者からの申告等によって通算していれば足りる」との見解が示されており、実務的な運用緩和が図られていました。

なお、厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、割増賃金計算や時間外労働の上限規制との関係における労働時間の通算方法について、①所定労働時間については、所定労働時間を通算して、自らの事業場の法定労働時間を超える部分がある場合には、時間的に後から労働契約を締結した使用者における当該超える部分が時間外労働になる。②所定外労働時間については、所定労働時間の通算に加えて、所定外労働時間を当該所定外労働が行われる順に通算し、自らの事業場の法定労働時間を超える部分がある場合には、当該超える部分が時間外労働となる、としています。

⑵ 本事例の意義

本事例は傍論ではあるが、労働者が、他の事業主の下でも労働しており、かつ、同所での労働時間数と通算すると労基法32条所定の労働時間を超えることを副業先が知らなかったときには、副業先には、副業先における労働に関し、労基法38条1項による割増賃金の支払義務を負わないと判示した点が特徴的であり、副業先との労働時間通算における問題点を顕在化させたものといえます。しかしながら、当該裁判例の存在を理由に、労働者からの申告を受けなければ、労働時間の通算が不要と判断することには留意が必要です。

⑶ 事業主の運用と法改正への動向

本事例によれば、企業自らの積極的な調査義務は否定されています。本事例においては、「知らなかった」ことにより割増賃金支払義務を否定されてますが、「就労状況を比較的容易に把握することができた」などとして本業先企業に対して安全配慮義務違反を認めた裁判例もあり(大阪高判令和4年10月14日)、健康管理の観点からの労働時間の把握の必要性は残っています。また、安全配慮義務や秘密保持義務等との関係で、副業等によるリスクを回避するためにも、就業規則や雇用契約において、副業先の有無や労働時間の事前報告を義務づける「自己申告制度」を備えておくべきです。

兼業・副業が推奨されるなかで、労働時間の通算規定を維持することの問題点が浮き彫りになっており、現在、労働基準関係法制研究会においては、割増賃金算定時の労働時間通算を不要とする方向で議論が進められています(厚生労働省「労働基準関係法制研究会報告書」令和7年1月8日)。今後の法改正の行方についても注視が必要です。

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