過重な業務量及び労働時間等が原因でうつ病を発症したことを理由とした長期間の休職と損害賠償の範囲~東京高裁平成25年11月27日判決~ニューズレター 2014.8.vol.29

Ⅰ 事案の概要

Xは平成12年にシステムエンジニアとしてY社グループに入社し、平成15年にY社に移籍しました。Xは平成17年4月から、上司であるAを中心としたチームを作り、Aの下でXを含む4人が組んで、ソフトウェアの改造・開発の業務に従事していました。

平成17年4月以降AはXに対し、強い口調で仕事に関する注意や指示を行い、Xの業務成果に対し否定的な発言をすることがあり、これに対し、Xは自らの仕事を不合理に否定されていると感じることがありました。

また、同業務に従事して以降Xの残業が多く、当初3カ月間の残業時間が131時間となっており、さらに平成17年10月1日から平成17年12月8日時点のXの残業時間が158時間になっていました。この間、Xは何度か体調不良により出社できない際に休暇を取得していましたが、納期を厳守するように求められていたため、遅れた作業を取り戻すために残業や休日出勤を繰り返していました。

Y社では、従業員が3カ月間を通算して175時間を超える残業をする場合には、産業医の許可を必要としていたため、Y社はXに対し、産業医の診察を受けるよう指示したところ、同医師より同日以降同月27日までの残業を不許可とする旨の指示がなされました。

しかしながら、Xは同月15日までは残業を控えていたものの、それ以降は残業を再開し、同月21日、Y社において残業中、Aから叱責されたことをきっかけとして体が硬直したまま、数時間動けない状態となり、翌日から平成18年2月10日までの間休職しました。なお、Y社は、Xに上記のような症状が現れた翌日に、Xらのチームが担当していた開発業務の進行について、あまりにもタイトなスケジュールで、内容も難しいものであり、従来の作業工程は明らかに不適切であるとして即時停止しています。

その後、Xは復帰したものの、体調不良と寛解状態を繰り返し、同年10月26日からうつ病による傷病休職をすることとなりました。

平成20年11月1日付で試験期間としてフルタイム勤務を前提に仮復職し、軽微な作業を中心に割り当てられていましたが、仮復職後も体調不良を理由に休暇を取ることが多かったため、Y社はXが就労することは困難であると判断し、仮復職を取消し、休職期間満了により、平成21年1月30日付で、Xを解雇しました。

そこで、XはY社及びAを相手取り、平成18年1月から平成24年7月までの逸失利益を含め約4200万円の請求をしました。

Ⅱ 判決の要旨

裁判所は、パワハラを理由とする不法行為責任については、Aの注意・指導が「部下に対する思いやりや配慮に欠けた行動であったということはできるものの、Aに社会的相当性を逸脱した行為があったということはでき」ず、Aに対する不法行為に基づく損害賠償請求、Y社に対する使用者責任に基づく損害賠償請求は理由がない、として否定しました。

他方で、長時間労働による肉体的・精神的疲労の蓄積とAの業務上の指示・指導による精神的ストレスが重なりうつ病を発症したことを認定し、①Xがうつ病を発症した前後には、1 か月当たり 90時間を超える程度の残業があり、②Xの業務の納期がタイトであることを把握していたこと、③XがAの下で仕事することがつらいと感じていることを周りも認識していたこと、④Xが体調を崩しつつあることも同僚らが認識していたこと等を詳細に認定した上で、Y社は、Xが精神障害の発症を予見することが可能であったとして、Xがうつ病を発症したことについては、Y社の安全配慮義務違反を認めました。

これに対し、Y社は、Xがうつになった原因の一つとして、Xのストレスに対するぜい弱性にあることを理由に過失相殺を主張しましたが、裁判所は、業務が相当過度であり強度の心理的負担があったことを理由に過失相殺の主張を否定しました。

一方、Xが休職期間の延長を希望したことや医師からX個人の素質やぜい弱性、ストレス対処能力、生活の自己管理能力等の問題であると指摘されていたことなどを考慮し、「Xのうつ病の症状が遷延化し、Xが長期間にわたり休職を継続したことについては、Xの個人の素質、ぜい弱性、生活の自己管理能力が少なからず寄与しているものとみるべきであ」るとして、うつ病の症状が寛解状態にあり4カ月以上継続した平成18年10月末日までの症状に基づく損害については、「全てY社の安全配慮義務違反と相当因果関係があると認められるが、その後の1年間継続した平成19年10月末日までの損害については、50%の限度において相当因果関係が認められ、それ以降の損害については、相当因果関係が認められない」として、Xの損害額として慰謝料200万円を含めて総額約 534万円の損害を認めました。

Ⅲ 本裁判例から見る実務における留意事項

本裁判例は、Xのパワハラによりうつが生じたという主張は退けながらも、うつ病発生前後で残業が1か月あたり90時間をこえることや、Y社やXの同僚が、Xの会社での人間関係やXの体調を把握していたことを理由として、Y社の安全配慮義務違反を肯定しました。

Y社の過失相殺の主張は、退けられており、その他の裁判例でも見られるとおり、労働者の性格が通常想定される範囲を逸脱するものでない限り、過失相殺を認めるべきではないと考えているものとみられます。

一方、安全配慮義務違反と損害との間の因果関係については、平成18年10月以降1年間について50%の限度で、相当因果関係を認めると判断した点に特徴があります。過失と損害との因果関係について割合的に考えることを、割合的因果関係といいますが、多くの裁判例は否定してきました。

本件については、Xの性格や医師の診断によっても本人のぜい弱性が指摘されていること等を認定したうえで、損害額を低くする方向に認定しており、実務においては、労働者の性格、生活状況、自己管理能力等の素養に関して、今後はより丁寧かつ詳細に主張立証を行っていく必要があります。会社としても当該労働者に対し十分調査をして実態を把握する必要があるでしょう。

また、すぐそばの席にいるにもかかわらずメールのみが送られてきて声をかけられないことがあるなどXが上司や同僚との関係がぎくしゃくして、それも精神的ストレスになっていたことが事実として認定されています。そのため、会社としては、重篤なうつ病になる可能性がある労働者がいる情報がいれば、速やかに社内の人間関係を把握し、配置転換等を検討し、労働者がうつ病を発症する前に対策を行う必要があるでしょう。

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