Ⅰ 事案の概要
1. 労働者である原告(以下、「X」といいます。)は、就業時間外である昭和44年1月1日未明に、Yを誹謗中傷するビラ約350枚を使用者である会社(以下、「Y」といいます。)の従業員社宅のポストに投函して配布しました。
2. 昭和44年1月29日、Yは、賞罰委員会を開催し、Xは同委員会に出席し、事案について説明あるいは返答を行ない、かつ意見を述べました。同委員会の審議の結果、Xは一方的解釈をもってYを中傷誹謗したビラを作成し、深夜ひそかにY社宅に多数配布した旨認定しました。そして、かかる行為は、従業員およびその家族のYに対する不信感の醸成を企図するものであり、Yと従業員との信頼関係を破壊し、ひいては企業秩序の紊乱を招く不都合な行為であって、就業規則第78条第5号に該当し、同第79条第1項第1号の譴責処分に付すべきであるとの結論に達しました。
そのため、Yにおいては、同委員会の決定に基づき、同月31日、Xに対し、懲戒理由を口頭で説明し、Xを譴責に付する旨の辞令を交付しました。
3. Xは、譴責処分が無効であるとして、譴責無効及び慰謝料の支払いを求めて訴えを提起しました。
Ⅱ 本判決の内容
1. 本判決では、以下のように職場外でされた職務遂行に関係のない行為であっても、懲戒処分の対象となる場合がある旨を示しました。
2. 使用者が懲戒処分を行いえる理由について
本判決では、労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負う旨述べています。他方、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図る必要があることから、労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものである旨述べています。
3. 職務との関連性が無い場合について
本判決においては、労働者は、その職場外における職務遂行に関係のない行為について、使用者による規制を受けるべきいわれはないものと解するのが相当である旨述べています。このことからすれば、原則として、職務との関連性が無い場合、行為に関しては懲戒処分を行いえないようにも思われます。
もっとも、本判決においては、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有することもあるため、使用者は、企業秩序の維持確保のために、職務との関連性がない行為をも規制の対象とし、労働者に懲戒処分を課すことが許される場合がある旨述べて おります。
4. 本判決における判断について
本件では、Xの配布したビラの内容が大部分事実に基づかず、又は事実を誇張歪曲してYを非難攻撃し、全体としてこれを中傷誹謗するものと認めました。その上で、ビラの配布は労働者の会社に対する不信感を醸成して企業秩序を乱し、又はそのおそれがあったものとした原審の認定判断は、誤っているとはいえない旨判示しました。
そして、ビラの配布は、就業時間外に職場外であるYの従業員社宅において職務遂行に関係なく行われたものではあるが、前記就業規則所定の懲戒事由にあたると解することができ、これを理由としてXに対して懲戒処分として譴責を課したことは懲戒権者に認められる裁量権の範囲を超えるものとは認められないと判示しました。
Ⅲ 本判決から見る実務における留意事項
1. 従業員が、業務を遂行しない場合や業務の遂行能力が欠ける場合は、懲戒処分の対象になります。しかし、本判決のように、業務時間外に職場外で職務遂行に関係なく行われた行為や、私生活上の非行、例えば業務外で暴行事件を起こし逮捕等された場合などには懲戒処分の対象とならない可能性もあります。
2. このように、業務時間外に職場外で職務遂行に関係なく行われた行為や、私生活上の非行などは、原則として企業秩序の問題とは無関係なものとして懲戒処分の対象となりませんが、例外的に、企業秩序に影響を及ぼす場合(会社の評判を著しく傷つけるなど)に限って、懲戒処分の対象となりうることになると考えられます。
具体的には、犯罪行為の態様、当該労働者の地位、会社へ生じた具体的な損害を踏まえて、企業秩序に影響を及ぼすのかどうかという観点から判断をする必要があると考えられます。
そのため、例えば、従業員が私生活上の非行を行ったり、又は逮捕されたからといって直ちに懲戒処分を行うのではなく、どのような行為を行ったか、またかかる行為によってどのような影響があったのか等を調査し、また従業員の地位等を考慮して懲戒処分を行うのか否か又はどのような懲戒処分を行うかを慎重に判断する必要がありますのでご留意いただければと思います。
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