能力不足を理由とする解雇の有効性及びパワハラに基づく損害賠償が争われた事案~東京地裁平成27年1月13日判決~ニューズレター 2016.2.vol.50

Ⅰ 事案の概要

本件は、被告である弁護士法人Y(債務整理事件を多数扱う法律事務所)に事務職員として雇用され、その後解雇されたXが、Yに対し、解雇が無効であることを主張して、解雇後の賃金及び賞与の支払等を求め、併せて上司である事務局長Aから継続的にパワーハラスメントを受けたとして、慰謝料及び弁護士費用の支払を請求した事案です。

Yは、反論として、Xから8ヶ月間で合計9通の始末書の提出を受けていること等を指摘し、Xは「重大なミスを短期間に繰り返し犯しており、Yにおいて求められている能力や適格性を満たしていなかった」ために、解雇事由を定めたXの就業規則の条項「従業員の就業状況または職務能力が著しく不良で、就業に適さないと認められる場合」及び「前号のほか、やむを得ない事由がある場合」に該当するから、本件解雇は有効である旨を主張しました。また、Yは、事務局長Aがパワハラ行為と評価されるようなことをしていないと主張して争いました。

裁判では、(1)Yの主張する解雇事由が存在するか否か、(2)Aのパワハラ行為の有無等が争点となりました。

Ⅱ  裁判所の判断

(1)解雇事由の有無について

裁判所は、XがYに対して提出した合計9通の始末書の内容について検討を行い、当該始末書に記載されたミスが、Xの能力不足から生じたミスと評価できるか、当該ミスの発生についてXに重大な帰責性があったといえるか等を検討しました。そして、始末書に記載されているミスの内容が「支払が1日遅れたことや過払金の請求が遅れたこと」、「支払方法の変更を行ったこと」等であることを指摘し、いずれもXの能力不足というよりもYの業務処理体制が不適切であったことに起因することや、XのミスがあったとしてもYに実害が生じていないために重大なミスとはいえない等と評価しました。そして、Xについて、Yの就業規則上の「従業員の就業状況または職務能力が著しく不良で、就業に適さないと認められる場合」にも「前号のほか、やむを得ない事由がある場合」にも該当しないと判断しました。結局、YによるXの解雇は無効と判断され、裁判所は、Xの賃金請求と在籍を前提とした賞与の請求等を認め、Yに対して合計500万円超の支払を命じています。

(2)Aのパワハラ行為の有無について

裁判所は、事務局長Aによる次の①乃至④の行為を認定し、それぞれ次のように評価しました。

①Xが報酬金を計上しないというミスを繰り返したことに対して、Aが大きく乱雑な字で「X様へ はぁ~??(中略)報酬を計上しないの??ボランティア??はぁ~??理解不能。今後は全件Bさんにチェックしてもらう様にして下さい」と記載したA4の用紙をXの机の上に置いた行為

裁判所は、Aがこのような文書を置いたことは、「その文面自体から業務指導の範囲を超えた原告に対する嫌がらせとみるほかない」と評価し、当該Aの行為を「不法行為に当たる」と判断しました。

②XがYに対して業務体制の改善の提案をしたところ、AがXに対して「徹底的にやるぞ」などと不利益を課すことをほのめかす発言をした行為

裁判所は、当該行為について、端的に、「不法行為を構成する」と判断しています。

③弁護士費用の一部を精算していなかったXに対し、Aが他の職員の前でXを名指しして「これこそ横領だよ」などと言った行為

裁判所は、当該行為について、「Xを犯罪者呼ばわりしたことは、不法行為に当たる」と判断しています。

④Aが、Xの接客態度について、「気持ち悪い接客をしているからこういう気持ち悪いお客さんにつきまとわれるんだよ。Xさんはこういう気持ち悪い男が好きなのか」と言った行為

裁判所は、当該行為について、「Xに対する侮辱であって、不法行為に当たる」と判断しています。

結局、裁判所は、AのXに対する上記の不法行為の態様を考慮して、Xに対する慰謝料を20万円、弁護士費用2万円を不法行為に基づく損害賠償相当額と認定し、同金額の支払をYに命じています。

Ⅲ 本判決からみる実務における留意事項

解雇の有効性をめぐっては、判例により解雇権濫用法理が確立し、平成19年に制定された労働契約法により「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められています(労働契約法16条)。実務上、解雇の合理性・相当性の立証責任は使用者側に課されており、解雇の合理性・相当性が認められるハードルは高いものと考えられています。とりわけ、本件のように能力不足を理由として解雇を行う場合、使用者側としては、例えば、特定の専門職に限定したものであって専門的な知識と能力を充分に有していることを前提として採用されたこと、それにもかかわらず知識や能力の不足により業務に適応する可能性が認められないこと、などの具体的な事実を的確に主張・立証していく必要があります。

本件では、YはXに始末書を繰り返し提出させており、始末書の蓄積等をもって就業規則上の解雇事由に該当することを主張しましたが、始末書に記載された内容がYの業務に重大な影響を及ぼさないことや、そもそも始末書に記載されたミスの内容について、事務所全体が防止措置をとってこなかったことが問題であること等から、当該ミスは軽微なものであるか、ミス自体がXの責任とはいえず、結局解雇事由に該当しないと判断されています。能力不足による解雇をする場合、使用者側が始末書等の客観的証拠を積み重ねることは多いですが、本裁判例は、当該始末書に記載されたミスの内容やそれによって使用者側に生じた影響等を厳しい視点で評価した一例であると考えられます。

また、本件では、事務局長Aの行った行為を取り上げ、それぞれの行為についてその評価がなされています。特に、Aは、Xのミスをとがめる又はミスの回復の指示することを目的としたかのような書面を作成してXに交付していますが、その書面は、文面全体から「業務指導の範囲を超えた原告に対する嫌がらせ」と評価されています。従業員がミスをした際に、業務指導の一環として書面の交付等を行うことは多いと思われますが、書面の記載内容や交付の態様によっては、パワハラ行為等と認定されて不法行為責任を追及される恐れがある点に留意が必要です。

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