Ⅰ 事案の概要
本件は、タクシー会社Yに乗務員として勤務するXらが、Yの賃金規定のうち、歩合給の計算に当たり残業手当等に相当する額を控除する旨の規定が無効であり、Yは、控除された残業手当等相当額の賃金支払義務を負うと主張して、Yに対し、未払賃金およびこれに対する遅延損害金の支払い、付加金の支払いを求めた事案です。
Yの賃金規則には、基本給・服務手当を支給する旨の規定がある他に、割増金(深夜手当・残業手当・公出手当)及び歩合給の支給があり、割増金及び問題となっている歩合給の計算方法は以下のとおりです。
まず、割増金及び歩合給を算出するためには、対象額Aを割り出します。
- 1 対象額A ={(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53}+{(公出内揚高-公出内基礎控除額)×0.62}
- 2 歩合給 =対象額A-{割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費}
Xらは、当該歩合給の定めが、時間外労働をどれだけ行っても、対象額Aが割増賃金と交通費の合計額を下回らない限り、支給額が増加せず、Xらに対して全く割増賃金が支払われないのと同様の結果になることから、上記2の歩合給に関する規定(以下、「本件規定」といいます。)は、割増賃金について規定した労働基準法37条に違反する無効な規定であり、控除された割増賃金相当額が未払いであると主張し、主位的に割増賃金及び付加金の請求を、予備的に歩合給の一部としてその支払いを求めました。
Ⅱ 東京地裁平成27年1月28日判決
(1)
本件の主な争点としては、本件規定が有効であるか否かという点にあります。
まず、本判決は、労働基準法37条が「時間外、休日及び深夜(以下、「時間外等」という。)の労働に対して割増賃金の支払いを義務付けているのは、それによって、時間外等の労働を抑制し、労働時間制の原則の維持を図るとともに、特別の労働というべき時間外等の労働に対する労働者への補償を行おうとするものと解される。」
と、一般論を適示しました。
その上で、本件賃金規則が、歩合給の計算に当たり、割増金に見合う額を控除するものとしている点について、「割増金と交通費の合計額が対象Aを上回る場合を別にして、揚高が同じである限り、時間外等の労働をしていた場合もしていなかった場合も乗務員に支払われる賃金は全く同じになるのであるから、本件規定は法37条の規制を潜脱するものといわざるを得ない。」とし、「本件規定のうち、歩合給の計算に当たり対象Aから割増金に見合う額を控除している部分は、法37条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして、民法90条により無効であるというべきである」としました。
そして、本件規定は、割増金の中に法定外休日労働にかかる公出手当を他と区別せずに一律に控除しているため、割増金の控除部分全体が無効になるとしました。もっとも、YはXらに対し、割増金である残業手当、深夜手当及び公出手当を支払っていたと認められるため、本件規定が無効となることにより未払いとなる賃金については、歩合給の一部であると認定し、付加金の支払いを命じることはできないとしました。
(2)結論
以上のような判断のもと、本判決は、Xらの請求の一部を認め、Yに対し、歩合給の一部として、未払いの賃金の支払いを命じる判断を行いました。なお、Xら及びYは双方控訴(Xらについては付加金の請求が認められなかった点が不服であったと思料されます。)しましたが、東京高裁は第1審の判断をそのまま維持しました。
Ⅲ 本裁判例から見る実務における留意事項
本判決以前にも、割増賃金が支払われる旨の規定があるものの、歩合給の算定においてその支払いが相殺されるような計算式が用いられ、時間外労働等の有無・時間数にかかわらず、最終的な支給額が常に一定となるという本件と類似の賃金規定が定められているという事例について、そのような賃金規定は無効であると判断した裁判例が複数存在しています。さらに、これらの裁判例では、労働基準法37条違反が認定され、付加金の支払いも命じられています。
以上のような裁判例の傾向を踏まえると、歩合給などの計算において実質的に割増賃金を支払わないのと同じ結果となる賃金規定を定めた場合、労働基準法37条の趣旨に反するものとして、無効と判断される可能性が高いということができるでしょう。
したがって、そのような賃金規定を採用している企業においては、割増賃金・付加金を請求されるリスクを回避するために、当該賃金規定の抜本的な見直しが必要となると考えられます。
もっとも、労働者に支払う賃金が多くなればなるほど、割増賃金の算定基礎賃金を最低賃金に違反しない範囲で低く抑えておくなどの方策も考えられます。
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