共同設立者の労働者性と賃金減額の成否~東京地裁平成28年10月6日判決~ニューズレター 2017.8.vol.68

Ⅰ 事案の概要

1 本件はXがY社(美容院を経営する株式会社)に対して、Y社との間で成立している労働契約に基づき、未払賃金の支払いを求めた事件であり、これに対してY社は①Xは共同経営者であるからX・Y社間に労働契約は存しないこと、②仮に労働契約に基づく賃金請求権が存するとしてもXは賃金減額に同意しているから未払賃金はないとの反論を行いました。

事件に至るまでの主な経緯は以下の通りです。

2 XとY社代表者はいずれも美容師であり、かつ従前より知り合いであったところ、平成22年8月頃、新たな美容院を共同経営する旨の話し合いを行い、翌23年1月27日にY社を設立、同年3月17日には同社による美容院を開業しました。

Y社の代表取締役としてY社代表者のみが登記され、Xは代表取締役や取締役への就任登記がされていませんでした。また、Y社設立にあたっての出資金300万円についてもXは負担していませんでした。もっとも、Xも「取締役」との肩書を付した名刺は所持しており、また元々X自身が経営していた美容院より機材を持ち込み、また同院での従業員4名がY社において雇用されていました。

3 Y社において、取締役会が開催されたことはなく、XとY社代表者の2人が意見を交換し合うことや全員でミーティングを開くといったことがあるに過ぎませんでした。また、実際にY社の代表印を用いるのはY社代表者しかおらず、Xが独断で代表印を用いることもありませんでした。また、Y社代表者は不在がちである一方、Xは週一日を除いて出勤して美容師としての業務に従事していました。

4 XはY社において、月額57万円の給与(雇用保険料等は控除)を受けていたのに対し、Xとほぼ同額の報酬が支給されることになっていたY社代表者は、少なくとも平成23年4月から同年8月までの間には月額80万円を報酬として受け取っていました。

5 以上のような事実関係を前提として、Xへの給与は平成23年7月分について47万円、翌8月分から平成25年2月分までについては月額22万円しか支払われませんでした。そこで、Xが未払賃金の支払いをY社に求めました。

Ⅱ  判決のポイント

裁判所は以下のような判断のもと、Xの労働者性を肯定し、105万円の範囲(Xによる請求額は255万円)で請求を認容しました。

1 Xの労働者性(従業員性)

まず、裁判所は、Y社においては、Xが週5、6日程度は美容師として業務を行わざるを得ないことから勤務時間、場所等について自由に決定できる立場になく、会計上「給与」の名目で報酬を支給されており、取締役・代表取締役などとしての就任登記がなされていないことから、原則としてXの従業員としての地位を全く否定することは困難であると示しました。

また、零細企業であり、かつ専門家である美容師の集団であって取締役と従業員の役割が判然としないという特徴を有する美容院においても、本件では各美容師がY社という会社組織の指揮命令下で稼働するという側面が認められる以上、代表取締役に該当するというような特段の事情が認められない限り、従業員性は否定できないとしました。

そして、裁判所は、その特段の事情の有無の判断に当たって、確かにXはY社の経営に一定程度関与する姿勢を見せていて実際に事実上の影響を及ぼしうる立場にあったとはしながらも、Y社で取締役会が開催されたことがないことや店舗の賃貸や運営資金の調達などに関する対外的な折衝や契約締結行為などのY社の様々な業務執行行為に及んでいたのがY社代表者のみであることからすれば、XがY社の実質的な代表取締役とは言えず、せいぜい使用人兼務役員のような立場であったと判断しました。

2 従業員としての賃金部分

XがY社の従業員たる美容師の中で最も多くの指名客を有し、売り上げに占める割合も 5 割弱に及んでいたことからすれば、Xの従業員としての賃金が、Xに次ぐ稼働実績を残す一般従業員(賃金月額 37 万円)を下回るとは考え難いこと、及び、美容師としての稼働実績から一般従業員よりもXのほうが高額の報酬を得ることにつき、Y社代表者も理解しうるものと供述していることから、少なくとも、Xが得ていた月額 57 万円の報酬のうち 37 万円が従業員としての賃金相当額であると認定しました。

3 賃金減額への合意の有無

Y社代表者の供述を含めても、経営状況が悪化した場合に、互いに報酬額を減額する方向での変更がありうることを当初から合意していたことを認めるに足りる証拠がなく、仮に共同経営の話し合いの際に、経営状況に合わせて報酬を変更する旨を合意する話し合いがあったとしても抽象的な内容に過ぎないとしました。また、減額が大きいことやXが少なくとも口頭でそのような安い報酬ではやっていけない旨述べていたこと、さらにXがY社を辞めることにしたこと等の事情からXとY社間での合意は認められないものと判断しました。

Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項

本件は、会社において取締役として取り扱っていた人物の労働契約法上の労働者性が問題となった上で、当該人物が使用人兼務取締役として労働者性が肯定された事案です。裁判所は上記のように、不在がちである代表取締役との対比を踏まえて、勤務態様や報酬の会計上の取扱い、登記がなされていないことなどから原則的に労働者性が認められるものとしました。Y社の主張が受け入れられなかった理由としては、登記がなされていなかったことやXと他の従業員の勤務実態に差異を設けていなかったこと、取締役会が開催されておらず取締役としての活動と認められる領域がほとんどなかったことなどが挙げられます。特に、勤務実態が異ならない点(むしろ、他の労働者よりもよく働いていたこと)がある限りは、従業員兼務取締役としての認定は避けられないと考えられます。

本判決は、会社の設立に協力し、取締役として扱われていた者であっても、その労働態様等から指揮命令を受ける立場にあることや使用従属関係を判断した上で労働者性が肯定されることになることを示しており、これは他の裁判例にもみられる判断方法ですので、労働者性につき争点となることが考えられる場合には、常日頃の当該従業員の労働態様について注意を払うことが肝要かと思われます。

また、本件では賃金減額に対する同意の有無も問題となり、裁判所は同意の存在を否定しています。これまでの裁判例においても厳格に判断される要素ではありましたが、本件においても、賃金減額についての事前の包括的同意を否定しています。従業員の賃金を減額するにあたっては安易に従業員の同意があるものと判断しないことが重要になることが考えられます。

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