うつ病等の診断を受けていない社員の自殺と業務起因性~東京地裁平成28年9月1日判決~ニューズレター 2017.9.vol.69

Ⅰ 事案の概要

1 Aは、コンビニエンスストアのフランチャイズ事業等を運営するC社に、コンビニ店長として勤務していましたが、平成21年1月下旬、自殺しました。Aの遺族であるXが、所轄労基署に対し労災給付を求めましたが、不支給処分(本件不支給処分)がなされたので、本件不支給処分の取消しを求めたのが本件訴訟です。

2 一審判決(東京地裁平成27年12月17日判決)は、次の論理で業務起因性を否定し、Xの請求を棄却しました。

まず、地裁は、Aがうつ病の診断を受けていなかったため、うつ病診断ガイドラインにAの行動等を当てはめて検討し、うつ病の発症を否定しました。一方、地裁は、適応障害の発症を認定し、業務起因性を肯定しました。

次に、地裁は、Aが自殺の約1か月前、勤務店舗レジの現金を十万円単位で持ち出し返却するという行動を繰り返したこと、及び居住していた住居とは別に居室(後に同居室で自殺)を賃借したことにつき、いずれも業務外の行動であり、両行動によりXが心理的負荷を受けたと認定しました。

そして、業務起因性のある適応障害のストレス原因は自殺前に解消されていること、業務外の行動で一定の心理的負荷があったことを根拠に、自殺の業務起因性を否定しました。

3 これに対し、本判決(東京高裁平成28年9月1日判決)は、自殺の業務起因性を認め、原判決を取り消し、Xの控訴を認容しました(確定)。

Ⅱ  判決のポイント

1 本判決のポイントは、東京高裁が、自殺の業務起因性の判断にあたって、Aの時間外労働時間を重視したことです。

2 まず、本判決は、自殺に至るまでのAの行動を分析し、①Aが父の病気という虚偽の事実を理由に退職を希望したことはAの追い詰められた精神状態を示すものであること、②居住していた住居及び別に賃借した居室の状況からは、Aに強い希死念慮と精神状態の混乱がうかがわれること、③勤務店舗レジの現金を十万円単位で持ち出し返却するという行動を繰り返したことは、これまで不正を行ったことが一切ないAからすると異常な行動といえることなどを認定しました。 そして、本判決は、Aの行動等に関する諸事情は、中等症うつ病の診断基準に合致するとして、Aが、遅くとも平成20年12月中旬には、うつ病又は適応障害(本件精神障害)を発症していたと認定しました。

3 次に、本判決は、長時間労働、連続勤務、及びノルマが、Aに強い心理的負荷を与え、本件精神障害を発病させたとして、本件精神障害の業務起因性を認めました。

上記発病原因のうち、本判決は、長時間労働の認定と評価を丁寧に行っています。

まず、本判決は、本件精神障害を発病した平成20年12月中旬からさかのぼって6か月前から4か月前までは、時間外労働時間が連続して80時間を超えていたことを認定しました。また、本判決は、平成20年1月中旬から同年6月中旬までの間、Aの時間外労働時間は、毎月概ね120時間を超えていたこと、起算日によっては1か月160時間を超えていたことを認定し、これら時間外労働を『看過することができない』と指摘し、時間外労働時間を軽視した原判決を暗に批判しました。加えて、コンビニ店長というAの業務からすると、労働密度は決して低いとはいえないとして、本件精神障害発病前の1年間の時間外労働は、『相当に過酷なものであった』と評価しました。

そして、本判決は、発病前数か月の時間外労働時間が平均70時間に若干軽減されたことを考慮しても、長時間労働による心理的負荷の程度は、『相当に強度なものであった』と結論付けました。

Ⅲ 本判決からみる実務における留意事項

1 はじめに

本判決は、【A】長時間労働削減の重要性、その前提としての【B】労働時間及び労働内容の把握を正確に行うことの重要性を示唆します。

2 長時間労働削減の重要性

(1) リスクマネジメントの観点から

本判決は、労災認定が争われた事案に過ぎません。もっとも、企業に対する労災民事訴訟でも、労災認定の結論が重視されます。本判決におけるAのように長時間労働を行っていた労働者が自殺し又は病気にかかった場合、会社は、多額の賠償責任を負いかねません。

労働者がうつ病等の明確な診断を受けていなくても、裁判上うつ病又は適応障害等の精神障害の発症が認定され得る、精神障害の発症が業務起因性を有するかの判断にあたって、労働時間の長さ及び労働密度が重視されるという本判決の特徴を踏まえると、労災民訴のリスクマネジメントの観点から、長時間労働が続いている労働者に対しては、労働者からの精神障害等疾病の申告がなくとも、ストレスチェックを随時受けさせる、産業医に受診させる、長時間労働を削減するといった措置を採っておいた方が安全です。

また、割増賃金(残業代)の削減の観点から、長時間労働削減は必要不可欠です。1か月の時間外労働時間が60時間を超えた場合、割増賃金は5割になります(労基法37条1項但書)。なお、Aはコンビニ店長という地位にありましたが、各裁判例に照らすと、管理監督者(労基法41条2号)として割増賃金の支払いが不要になるという結論にはなりにくいものと思われます。

(2) 労働生産性向上の観点から

リスクマネジメントという消極的な理由のみならず、労働生産性向上の観点からも、長時間労働の削減は重要です。長時間労働で有名だった大手企業が、労働生産性向上と残業代削減のために1000億円もの投資をすると発表したことは記憶に新しいところです。

3 労働時間及び労働内容の把握の重要性

長時間労働の削減のためには、労働時間及び労働内容を正確に把握していることが前提になります。

使用者には、労働時間を適正に把握する責務があります(平成13.4.6基発第339号通達)。

労働者ごとの労働生産性を把握し、削減可能な無駄な業務がないか検討し、労働生産性を向上させるために、労働内容の把握は重要です。また、労働時間がそれほど長くなくても、業務負荷が高い場合には、労災認定がなされるリスクが高くなることから、労働内容を把握することが重要になります。

4 おわりに

本件で、労働時間及び労働内容が正確に把握され、長時間労働の削減がなされていれば、Aの自殺という結果は起きなかったのではないでしょうか。家族、学校、企業、社会で大切に育ててきた人間が、自殺で人生を終えてしまうことは企業にとっても不幸です。このような不幸な結果を生じさせないため、ひいては企業の生産性向上のため、労働時間及び労働内容の適正把握と長時間労働の削減は重要です。遠慮なくご相談ください。

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