Ⅰ 事案の概要
本件は、被告に契約社員の運転手として採用された原告A、B、C(以下、原告A、B、C を合わせて「原告ら」といいます。)が、正社員登用試験の受験機会を奪われたことにより将来の賃金及び退職金額で不利な影響を受けたとして損害賠償請求をした事件です。
原告A は、平成20年9月24日に、原告B は平成20年10月27日に、原告C は平成20年11月26日に契約社員として被告に採用され、いずれも平成25年4月26日付で被告の正社員となりました。
被告の契約社員就業規則には、契約社員としての雇用期間が満4年に達した者のうち、勤務成績や健康状態等が適格である場合に、所属長の上申に基づき正社員への登用試験の受験資格を与える旨の規定があります(以下、「本件条文」といいます。)。
原告らは、入社時に被告の担当者からの説明や本件条文の内容から、被告には原告らの雇用期間が4年到達後の直近に行われる正社員登用試験の受験資格を与えることが雇用契約の内容となっているところ、原告らは、被告が原告らに平成25年1月の正社員登用試験に受験資格を与えなかったことが債務不履行(労働契約上の義務違反)、不法行為(原告らの期待を裏切る不法行為)に当たるとして損害賠償請求をしました。
本件の争点は、被告が原告らに対して平成25年1月中旬実施の正社員登用試験の受験資格を与えなかったことが債務不履行(労働契約上の義務違反)、不法行為に当たるか、という点です。
Ⅱ 判決のポイント
まず、裁判所は、正社員登用制度の趣旨目的について、以下の状況(下記(ア)~(ウ))に鑑み、「主として正社員の欠員補充を目的とするものである」と判断しました。
- (ア)もともと被告は、正社員の欠員状況に応じて入社順に正社員に登用していたところ、正社員の欠員状況が激減したため、契約社員につき正社員への採用を前提としない制度としました(その後、正社員登用試験制度を導入しています。)。
- (イ)正社員登用試験の実施回数は、原則年2回とされていましたが、状況により3回~4回行われる年もありました。
- (ウ)被告の正社員登用制度の受験資格(勤続年数)は正社員の人数と契約社員の人数との比率によって算出することとなっており、平成23年度までの試験では正社員の補充が必要であったため、勤続4年に達していない契約社員であっても、正社員登用試験の受験資格を与えることがあった一方で、平成24年度以降は、正社員の欠員数が減少したため、4年より長い勤続年数が求められていたこと
等の事情がありました。
これらの(ア)~(ウ)の事情から考えると、そもそも正社員の欠員が減少したことから正社員登用試験制度を導入したところ、欠員がある場合には、試験回数が増え、受験資格も緩やかになるなど、正社員の欠員状況に応じて試験が行われていると言えます。そのため、裁判所は「主として正社員の欠員補充を目的とするものである」と判断したと思われます。
本件条文に「直近の」正社員登用試験の受験資格を与える文言がなく、上記のように正社員登用試験制度の目的が「主として正社員の欠員補充を目的とするものである」ことから、裁判所は、原告らが主張する「契約社員としての雇用期間が満4年に達した者に対して直近の正社員登用試験の受験資格を与える」という内容が雇用契約の内容となっているとは認められないと判断しました。
また、裁判所は、被告の担当者が雇用期間が満4年に達した者に対して直近の正社員登用試験の受験資格を与える旨の発言を証明するに足りる証拠がないと判断したため、発言自体が立証されていない以上、「契約社員としての雇用期間が満4年に達した者に対して直近の正社員登用試験の受験資格を与える」という内容が雇用契約の内容となっているとは認められないと判断しました。
結局、被告には、原告らに対し、直近の正社員登用試験制度の受験資格を与える法的義務がなく、債務不履行(労働契約上の義務違反)が認められないと判断しました。
上記のように裁判所は、被告の担当者が雇用期間が満4年に達した者に対して直近の正社員登用試験の受験資格を与える旨の説明をしたとは認めませんでした。また、そのほかに原告らが主張する原告らに期待を生じさせるような被告の言動等があったことを認められる証拠もなかったため、被告が原告らに対し、直近の正社員登用試験を受験できるという期待を抱かせたとは認められず、不法行為についても認められないと判断しました。
Ⅲ 本事例からみる実務における留意事項
本件は、就業規則の内容、被告の担当者の説明から、勤続年数4年に達した者に対して、直近の正社員登用試験の受験資格を与えるという雇用契約となっておらず、原告らに対して、そのような期待を生じさせる事情もなかったとして、原告らの請求を棄却した事案です。
正社員へ登用することを前提として、契約社員に採用することがあるかと思います。その場合、就業規則に、例えば「満5年の雇用継続があった場合、直近の正社員登用試験に受験できる資格を与える」などの規定があったり、契約社員に採用する際に「雇用してから満5年経ったら、即、正社員登用試験に受験できる」などの説明をしたりしていると、満5年に達した時点で、直近の正社員登用試験の受験資格を与える雇用契約上の義務が生じる可能性があります。
しかし、必要な正社員の数は、会社の規模、その時の経営状況、経営方針等の様々な事情により、変動すると考えられます。それにもかかわらず、あらかじめ上記のような規定や説明をしてしまうと、正社員を必要としていないのに、正社員登用試験を受験させなければならない義務が生じ、この義務に反すると、損害賠償をしなければならない可能性もあります。
そのため、就業規則においては、「満5年の雇用継続があった場合、正社員登用試験に受験できる資格を与える場合がある。」など使用者における判断の余地を残した定め方にしておくことや、契約社員に正社員登用の可能性を示す場合は、その示し方、示す内容に注意をする必要があると考えられます。
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