Ⅰ 事案の概要
1 本件はXらがY社に対して、①正社員との通勤手当の差額、②就業規則の変更により廃止された皆勤手当の支払いを求めた事件となります。
本件に関する主な事情は以下のとおりです。
2 Y社においては、期間の定めのない労働条件の正社員と期間の定めのある労働条件で雇われたパート社員とで別々に就業規則等が定められており、その各々で定められた通勤手当については正社員につき毎月1万円、パート社員につき毎月5000円と差額が生じておりました。
3 正社員とパート社員について、職務内容については、配送作業の一部は正社員のみが行うものの、その他の作業については正社員とパート社員は同様の業務に従事しており、正社員・パート社員とも、転勤が言い渡された例はないとのことでした。また、正社員・パート社員ともに最も多い通勤手段は自家用車との事情も存していました。
4 その後、Y社において就業規則が変更されることとなり、その一内容としてパート社員に定められていた皆勤手当制度(月5000円)が廃止されることとなりました。従前の皆勤手当は、一日でも欠勤すれば支給されないものの、Xらはほぼ毎月支給を受けていたことが事情として認定されています。就業規則の改定にあたっては、Y社の顧問社労士が従業員全員に個別に質問し、原告ら以外の従業員は全て同意書に署名していたとの事情が認められています。
Ⅱ 判決のポイント
裁判所は以下のような判断のもと、①通勤手当に差を設けることは労働契約法20条に違反するものとして、不法行為に基づき当該差額の支払いを認容し、②皆勤手当を廃止する就業規則の変更は合理性を有さず無効であるとして、労働契約に基づき皆勤手当の支払いを認容しました。
1 ①通勤手当の差異について
裁判所は、労働契約法20条の不合理性の判断は、正社員とパート社員との間の労働条件の相違について、「職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、個々の労働条件ごとに判断されるべき」との一般論を示した上で、「Ⅰ 事案の概要」に記載しましたY社における正社員とパート社員の業務態様等を認定しました。
その上で、ⅰ正社員とパート社員のいずれの職務内容も同一の市場での作業を中核とし、ⅱどちらの通勤態様も自家用車が多く、かつⅲ通勤経路に差があるといった事情もうかがわれないという要素から、通勤手当に関する正社員とパート社員との相違には合理性が認められないと判断しました。
なお、本件において、Y社側は「通勤手当」につき、実際に通勤に要する費用に拘らず一律に支払われるものであって、かつ月に3回以上欠勤すれば不支給となるものであったことからその実質は通勤手当ではなく、いわゆる皆勤手当の一種であるとの主張を行っていました。この点につき裁判所は、どの従業員についても通勤に要する実費が通勤手当として支給されている金額を上回るものであって、通勤費用を填補する役割を有していたこと、一定額を支給することはY社にとって手間を省略する要素を有していたこと、皆勤手当とは別個に「通勤手当」として支給し、また通勤手当として申告することで非課税という扱いを受けていたことから、被告の主張を退けています。
2 ②皆勤手当の廃止
裁判所は皆勤手当を廃止することの合理性(労働契約法10条)を判断するにあたり必要な事実として、「Ⅰ 事案の概要」記載の事実等を認定しました。
Y社からは、皆勤手当の廃止と同時に計画年休制度を導入したため、従業員の実質賃金及び実質労働時間に変更はないことや会社の業績悪化という廃止すべき必要性がある旨の反論がなされました。
これら事実・反論を踏まえ、裁判所は、本件が賃金に関する不利益変更であり、原告らの総支給額の5パーセント程度という僅少とは言い難い金額であることからその合理性の判断は慎重であるべきであるとしました。
その上で、まずY社が導入した計画年休制度は、あくまで有給休暇の取得日時を指定するものに過ぎず、賃金を増加させ、労働日数を減少させるものではないとしました。業績の悪化については裏付ける証拠がないとして被告の主張を排斥しました。
また、裁判所は就業規則の変更について、パート社員に限っても30人中25人が同意していたとしても、合理性は認められないとして、皆勤手当の廃止を無効としました。
Ⅲ 本事例から見る実務における留意事項
本件の意義としては、①通勤手当につき、正社員とパート社員に差を設けることが労働契約法20条に反するという傾向が示されたこと、②労働者との協議等を行っていたとしても、就業規則の不利益変更が無効になる場合が存することが示されたことにあると考えられます。
特に、①につきましては、そもそも、労働契約法20条の制定後、「同一労働同一賃金原則」(同一の労働に従事する労働者には同一の賃金が支払われなければならないとする原則)を規定したものとして、正社員とパート社員等の待遇の違いにつきその有効性が争われることが多くなりました。一般に裁判所は同条を「同一労働同一賃金」を規定したものとは考えていないようですが(最高裁平成29年(受)第442号同30年6月1日第二小法廷判決も賃金に関する労働条件が職務内容や変更範囲から一義的に定まるものではないとしています。)、それでも本件のように、職務の内容を含めた諸要素を加味した上で、正社員とパート社員とで手当等に差を設ける規定が無効とされる場合がありえることとなります。正社員とパート社員等の間で異なる待遇を設けておられる企業は少なくありませんが、本件のようにパート社員からその無効を争われ、結果として正社員の待遇との差額につき支払わなければならなくなるリスクは避けて通れるものではありません。本稿執筆時点(平成30年8月31日)において、一定の手当につき有期労働者に対して正社員と同様の手当を付与することとした場合に関する助成金制度もございます。当該助成金の手続・要件等について弁護士等の専門家にご相談されるのも今後の紛争を未然に防ぐ良い方法かと考えられます。
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