本採用拒否の合理的な理由と試用期間延長について

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

昭和では一社終身雇用が当たり前でしたが、令和となった今はどうでしょうか。大卒3年以内の離職率は30%を超え、中途採用は50%にも達しているといわれます。入社前とイメージが違ったというミスマッチを防ぐためにもお試し期間は労使ともに必要不可欠といえます。もし、試用期間だけでは判断できないとなれば期間延長を検討することもあるでしょう。もしくは試用期間満了で本採用拒否という選択をすることもあります。本稿では本採用拒否や試用期間延長を選択する場合の注意点について解説していきます。

本採用拒否や試用期間の延長は認められるのか?

試用期間終了後の本採用拒否や試用期間の延長は、いずれも労働者にとって不利益となる行為です。そのため会社側が自由に行うことはできず、一定の要件を満たしていることが必要となります。しかし採用面で会社にとって重要な手段でもありますので、法的に正しい手続きを把握しておきましょう。

本採用拒否と試用期間延長は試用期間を経て行われる手続きです。そもそも試用期間とはどう定義づけられているでしょうか。

試用期間の意義と一般的な期間

試用期間は、最終的に本採用の成否を決定するまで解約権が留保されている期間です。
採用面接を複数回おこなったとしても、その人の仕事ぶりが完全に分かるわけではありません。面接では分からない労働者の資質や能力等をしっかり観察した上で本採用の決断するために試用期間を設定する会社は多いでしょう。

試用期間の長さについて法的定めはありませんが、一般的には1~6ヶ月の期間がほとんどです。法的制限がないとはいえ、1年を超える試用期間は認められないとした裁判例もあります。試用期間は1年以内を目安として設定しましょう。

試用期間を設ける意義については下記ページよりご確認下さい。

試用期間の延長が認められるための要件とは?

試用期間はいつ契約終了となるか分からないので、労働者は非常に不安定な立場におかれます。そのような状況を延長することは労働者にとって不利益となりますので、理由無く試用期間の延長を行った場合には無効と判断される可能性もあります。

試用期間の延長を行うには、原則として以下の2点を満たしておく必要があります。

  • 就業規則に延長する可能性や延長理由、期間などが定められている
  • 試用期間延長を選択する正当な理由がある

就業規則の表現は会社によって異なり、「延長することがある」「延長することができる」等様々です。自社の就業規則に記載があるのか事前に確認しておきましょう。また、延長する判断に至った資料等があれば記録化して残しておきましょう。

試用期間を延長する「特段の事情」とは?

試用期間の延長は労働者にとって不利な期間を延ばすことになりますので、延長するには特段の事情が必要とされています。会社が社員としての適格性を判断するためにさらに時間が必要であったり、延長期間で労働者の業務態度等が改善されるか確認したい等の理由が一般的でしょう。

ただし、延長の回数も無制限ではありません。不当に繰り返せば試用期間ではなく通常の労働期間と認定される可能性もあります。延長を複数回行う必要がある場合は、できるだけ最低限にとどめるようにしましょう。

延長が認められる基準について下記ページをご参考下さい。

就業規則に定めていなかった場合は?

試用期間の延長を就業規則に定めていなかった場合、延長することは労働者に想定外の状況となります。

この場合、延長事由の合理性はより強く求められる可能性があります。規定は無いが、試用期間の延長がどうしても必要という場合には労働者の同意を個別に得ておきましょう。延長の理由について丁寧に説明を行った上で同意を得ることも大切です。

なお、延長規定も同意もない事案で延長が認められた裁判例があります。延長の合理的な理由とその延長期間が当初の期間を超えないのであれば許容されると判示しています。しかし、規定も同意もない状態はリスクが高く、原則に従って運用するのが一番のリスク回避といえるでしょう。

試用期間の延長はどの程度まで認められるのか?

試用期間は法律で期間の長さが定められていませんので、延長についても法的な制限はありません。

しかし、延長することで通算の試用期間があまりにも長くなると労働者に不当な不利益を強いることになります。試用期間が長すぎると司法の場では不適切と判断される可能性もありますので注意が必要です。

試用期間を延長する場合は、元の試用期間とあわせて1年以内を目安にしておくとよいでしょう。

試用期間満了後、本採用を拒否することは可能か?

試用期間は適格性の判定期間ですので、この期間を経て本採用はできないと決断することもあるでしょう。その場合、会社は労働者に本採用拒否の意思表示をしなければなりません。

しかし本採用拒否は解雇の一種です。どのような理由でも認められるわけではありませんので、慎重に判断しましょう。本採用拒否がどのような場合に認められるのか確認しておきましょう。

本採用拒否の詳細については下記ページでご確認下さい。

留保解約権行使の適法性について

本採用拒否は試用期間中に留保されていた解約権の行使にあたります。つまり解雇の一種ですので客観的に合理的な理由があり、解雇することが社会通念上相当だといえる必要があります(労契法16条)。ただし、本採用後の解雇と比べれば有効とされる範囲は広くなっていますので、認められやすいといえるでしょう。

本採用拒否は慎重に判断するべきですが、もし決断できずに本採用となった場合には解雇のハードルが上がってしまうリスクも踏まえて検討しましょう。

本採用拒否が認められるための「合理的な理由」とは?

本採用拒否には合理的な理由が必要となりますが、一般的にはどういった理由があるでしょうか。裁判例では、「採用前には知り得なかった事実が、試用期間を通して知るに至り、雇用継続することが適当でない場合に本採用拒否は客観的に相当であると認められる」とされています。つまり、採用時に資料等で知り得た事実であれば本採用拒否の理由とすることはできません。

以下、本採用拒否の理由として多い例について解説していきます。

試用期間中の社員に問題があった場合は?

問題がある場合、その程度や内容によっては本採用拒否が通常よりも認められやすくなる傾向があります。たとえば無断の遅刻欠勤等を繰り返すといった問題行動の場合、注意指導しても改善しないようであれば厳格に本採用拒否を適用しても許容されやすいでしょう。

今後長期に雇用するにあたって、不適格となるような兆候であれば欠格事由として認められます。また、協調性がない場合や、社内社外問わずトラブルになるような言動を繰り返している場合なども基本的には認められることが多くなっています。

試用期間中の社員に問題があるときの対応については下記ページで詳細解説しています。

能力不足を理由とした本採用拒否は可能?

試用期間中に能力不足がみられた場合に、能力不足を理由とした本採用拒否を容易にできると考えるのは危険です。多くの裁判例で丁寧に指導を繰り返すことも会社の義務と判断されています。教育の甲斐無く改善が見込まれないといった事情があれば本採用拒否は可能ですが、指導や改善に向けた教育を行わずに、突然本採用拒否をするのは控えるべきでしょう。

また、新卒社員と中途採用者では判断に差が出てくる可能性があります。新卒者は即戦力ではないため、指導の十分性が大きな要素となります。しかし中途採用者は通常、一定の経験等を前提とした採用ですので、新卒採用者よりも能力不足による本採用拒否が認められる傾向にあります。

一定の能力があることを前提として採用した場合

特別な資格や特殊技能があることを前提として採用していた場合は、試用期間はその能力の程度を判定するための期間となります。試用期間中の業務レベルが、会社が求める水準に達していないのであれば、本採用拒否については通常よりも認められやすいといえるでしょう。

もし、採用時に必要と明示していた技能等を、実は持っていなかったということであれば経歴詐称にもあたります。その場合は会社との信頼関係の破壊に繋がりますので、基本的に本採用拒否は認められるでしょう。

新卒採用と中途採用における違いは以下のページで解説しています。

試用期間中でも合理的理由があれば解雇できるのか?

試用期間中は会社に教育や指導が義務づけられているといえるでしょう。その期間中に解雇するには、十分に指導を行ったという根拠と、契約を一方的に破棄しても仕方ないと認められる事情が必要です。

指導によって矯正し得る言動等を放置しながら期間中に解雇した場合には、尽くすべき義務を果たしていないとして解雇無効になる可能性が高いでしょう。試用期間中にどういった業務ができるようになって欲しいかを伝え、なかなか改善されない場合には、このままでは本採用が難しいといった点も伝えるようにしましょう。

注意指導を繰り返し、なおかつ強制不能であったという事実を指導票等で記録化する等明確にしておかなければ、試用期間中の解雇は難しいといえます。

「本採用拒否」と「試用期間中の解雇」については下記ページで解説しています。

合理的な理由なく本採用拒否することのリスク

合理的な理由がないまま本採用拒否をした場合、どのようなリスクが考えられるでしょうか。

裁判になれば、合理性のない不当処分として解雇無効になる可能性はかなり高くなります。そうなれば破棄した労働契約が継続していることになりますので、遡って未払の賃金を支払う(バックペイ)等金銭的負担が発生します。たとえ数ヶ月の期間であっても気軽に解約できるわけではありませんので、リスクを踏まえて判断することが重要です。

また、理由無く解雇するという事実は、社内の他の社員にも影響するかもしれません。簡単に解雇する会社なのだと不安が広がれば、長く働くという意識は低下するでしょう。社員の定着率が下がれば会社の業績にも繋がっていきますので、本採用拒否の判断は慎重に行いましょう。

不当な処分を行うことのリスクについては下記ページで解説しています。

本採用拒否に関する裁判例

試用期間は教育し、能力を判定する期間ですので、特に新卒の労働者については厳しい判断がされます。しかし、新卒採用者であろうと問題行動の内容如何によっては、会社は判断する必要があります。

ではどの程度の事由があれば新卒採用者に対しての本採用拒否は認められるのでしょうか。新卒採用者について、試用期間中の本採用拒否が認められた裁判例についてご紹介します。

事件の概要
Xは地盤調査等を行う会社Yに技術社員として新卒採用されました。その際、6ヶ月の試用期間が設定されており、この期間についてはXだけでなく新入社員に一律設定となっていました。

Xが行う業務には、周囲を把握する能力や、安全配慮能力、危険予知能力、時間管理能力、ルール遵守が必要としてY社は繰り返し指導を行いました。しかし、Xはルールや時間を遵守せず、睡眠不足による集中力の低下についても改善することがなかったため、Y社は指導を継続しても技術社員としての能力が身につく見込みがないと評価するに至りました。

結果としてXは6ヶ月の試用期間中の4ヶ月経過時点で職務不適格として解雇(本採用拒否)されました。この通知に対し、Xは本採用拒否が解雇権の濫用にあたるとして解雇無効を訴えました。

裁判所の判断
(平成23年(ネ)1506号・平成24年2月10日・大阪高等裁判所・控訴審・日本基礎技術事件)

試用期間途中の本採用拒否について、裁判所は通常の解雇よりも広い範囲における解雇の事由が認められるべきと判断しました。Xのルールや時間を遵守せず、集中力が欠如した行動については、本人や周りの者の身体・生命への危険を有する問題行動として認定しています。

Y社が繰り返し指導を行ったにもかかわらず、Xの改善の程度は期待を下回るだけでなく睡眠不足については改善とまでいえない状況であり、今後技術社員として必要な能力を身につける見込みはないとの評価は妥当としています。また、Xは改善の必要性は十分認識しており、改善の努力をする機会も十分に与えられていたとして、Y社の行った本採用拒否には相当性があり、有効とされました。

ポイント・解説
本採用拒否には、合理的な理由が必要です。
また、能力不足を理由とするには十分な指導を行った上で改善の見込みがないという評価の妥当性が必要です。

本事案については、Xに指導員が2名つく濃密な指導体制やXが宿泊する施設に泊まり込んで指導するなど、研修体制は十分であり、ルールや規則の遵守についても繰り返し指導されたことが認定されています。求める作業レベルについても「3分の1の時間で作業を終了して下さい」「このままでは現場で働くことはできない」等具体的な指導が行われていました。

Xは技術社員であることから試用期間であってもチームで作業を行う場合や危険な機器類を扱う場合のルール遵守が強く求められます。それにもかかわらず、Xは事前の指導に反する行動をとっており、その行為が本人及び周囲の作業員の生命身体に係わる危険な行為と判断されました。

Xは問題行動について具体的危険性はなかったと主張しましたが、このような行為をほうっておくことは会社としての安全配慮義務違反を免れないため、問題行動として解雇事由の評価をすることは妥当と判断されています。


新卒社員の試用期間中の本採用拒否には、注意指導の丁寧さが重要視されます。指導記録等をつど作成し経緯を客観的に証明できる体制を作っておくことは非常に重要です。

また、本件のように試用期間途中であっても他の社員を危険に晒すような行為が改善されず繰り返されるのであれば、会社は周囲の安全確保のためにも早期の決断が必要です。もし判断に迷うようであれば弁護士へ相談してみましょう。

本採用拒否や試用期間の延長でトラブルにならないためにも、企業法務に詳しい弁護士にご相談ください

本採用拒否や試用期間の延長は、自社で長く活躍してもらう社員を選別するために必要な手段です。

自社の方向性にそぐわない社員が正社員となれば、社内環境にも影響が出るかもしれません。採用計画に基づいた適切な社員を採用するためにも本採用拒否や試用期間の延長を正しく行える制度整備を進めることは非常に重要です。

法的判断が伴う制度ですので、疑問点等あれば弁護士へご相談下さい。企業法務に詳しい弁護士であれば就業規則等の整備だけでなく、トラブルが発生した場合にも対応が可能です。

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執筆弁護士

執行役員 弁護士 谷川 聖治
弁護士法人ALG&Associates 執行役員 弁護士谷川 聖治(愛知県弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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