監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
残業した従業員に対しては、基本給に加えて一定の割増賃金を支払うことが義務付けられています。
割増率は労働基準法で具体的に定められていますが、2023年4月には改正も行われているため事業主は注意が必要です。
給与の計算ミスや残業代の未払いが発生すると、罰則や労働トラブルなどさまざまなリスクが生じます。不要なリスクを避けるためにも、割増賃金のルールはきちんと把握しておきましょう。
そこで本記事では、残業代の割増率、具体的な計算例、違反した場合の罰則やリスクなどについてわかりやすく解説していきます。
目次
そもそも残業代とは?
残業代とは、会社が定める「所定労働時間」を超えて働いた場合に支払う賃金のことです。
所定労働時間は、雇用契約書や就業規則で定められたいわゆる“定時”までの時間です。そのため、従業員によって時間が異なることもあります。
一方、「法定労働時間」とは、労働基準法で定められた1日または1週間の労働時間の上限のことです。事業主は、原則として「1日につき8時間、1週につき40時間」を超えて従業員を働かせることが禁止されています(労基法32条)。
よって、所定労働時間も法定労働時間の範囲内で定める必要があります。
残業代と割増賃金の違い
残業代は、従業員が「所定労働時間」を超えて働いた場合に支払う賃金です。
一方、割増賃金は、労働基準法で定められた「法定労働時間」を超えた労働部分に対して支払う賃金です。“割増”とあるように、基本給に一定率上乗せして支払わなければなりません。
なお、法定労働時間は「1日8時間かつ1週間40時間」と定められています。
そのため、例えば所定労働時間が「1日6時間、1週間30時間」の場合、1日2時間残業しても法定労働時間内に収まります(法定内残業)。
この場合、定時を超えた2時間に対しては“残業代”が、それを超えて働いた場合は“割増賃金”が発生することになります。
残業と36協定の関係性
従業員に残業をさせるには、「36協定」を締結しなければなりません。
36協定とは、労使間で交わす“時間外労働”や“休日労働”に関する取り決めのことです。労働基準法により、労働時間の上限は「1日8時間、週40時間」と定められているため、これを超えて働かせる場合は36協定の締結が必須となります。
36協定を締結せずに時間外労働を行わせた場合、罰則の対象となるため注意が必要です。
なお、36協定を締結したからといって無制限に残業が認められるわけではなく、「月45時間、年360時間」の上限は守る必要があります。
36協定を締結する流れは、以下のページで詳しく解説しています。
割増賃金が発生する「3つの労働」と割増率
割増賃金が発生するのは、以下3つの労働です(労基法37条)。
- 時間外労働
- 深夜残業
- 法定休日労働
それぞれ割増率が異なるため、賃金計算では注意が必要です。また、時間外労働が深夜に及ぶなど、割増賃金の要件が2つ以上重なる場合、割増率も合算されます。
さらに、月の時間外労働が60時間を超えた分については、より高い割増率が定められています。
最大「7割5分」と高い割増率になるため、会社はできるだけ残業を減らすなど、人件費の削減に努める必要があるでしょう。
具体的な割増率は、以下の一覧表で整理します。
| 種類 | 概要 | 割増率 |
|---|---|---|
| 時間外労働(法定外残業) | 1日8時間、週40時間を超える労働 | 2割5分 |
| 月60時間を超える残業 | 5割 | |
| 深夜労働 | 午後10時~午前5時の間に行われる労働 | 2割5分 |
| 法定休日労働 | 法定休日(週1日)に行われる労働 | 3割5分 |
| 時間外労働+深夜労働 | 時間外労働が深夜労働に重なる場合 | 5割 |
| 法定休日労働+深夜労働 | 法定休日労働が深夜労働に重なる場合 | 6割 |
| 月60時間を超える残業+深夜労働 | 残業時間が月60時間を超えた状況で、深夜労働を行う場合 | 7割5分 |
時間外労働
時間外労働とは、「1日8時間、週40時間」の法定労働時間を超えて働くことをいいます。従業員が時間外労働を行った場合、会社は2割5分以上の割増賃金を支払わなければなりません。
また、時間外労働が月60時間を超えた場合、超過分については5割以上の割増賃金を支払う必要があります(労基法37条)。
例えば、所定労働時間が9~17時(うち休憩1時間)、週5日勤務の者が、18時まで残業したケースでみてみます。
この場合、定時は超えているものの、実働は8時間となり、法定労働時間に収まるため、割増賃金は発生しません。よって、基本給を時間換算した1時間分を「残業代」として支給すれば足ります。
一方、本ケースで19時まで残業した場合、18時以降は法定外残業となるため、1時間分の割増賃金(2割5分以上)を支払う必要があります。
割増賃金の計算方法は、以下のページでさらに詳しく解説しています。
深夜労働
22時~5時までは深夜労働にあたり、2割5分以上の割増賃金の支払いが必要となります。
また、時間外労働と深夜労働を同時に行う場合、割増率は合算され「5割」となります。
例えば、所定労働時間が10時~19時(休憩1時間)で、23時まで残業した場合、
・22時~23時→5割(時間外労働2割5分+深夜労働2割5分)
の割増賃金を支払う必要があります。
さらに、月の時間外労働が60時間を超えた状況で深夜残業を行った場合、割増率は「7割5分」となります(時間外労働5割+深夜労働2割5分)。
深夜労働の注意点などは、以下のページで解説しています。
法定休日労働
法定休日に労働した場合、3割5分以上の割増賃金を支払う必要があります。
法定休日とは、法律で「週1日または4週に4日以上与えなければならない」とされる休日です。
例えば、土日休みの完全週休二日制の場合、日曜日を「法定休日」に定め、土曜日を「所定休日」とするケースが多くみられます。この場合、土曜日の出勤であれば割増賃金は不要ですが、日曜日に出勤した場合は、3割5分の割増賃金が必要となります。
ただし、土曜日(所定休日)でも、労働時間が週40時間を超える場合は2割5分の割増賃金を支払う必要があります。
また、法定休日と深夜労働が重なった場合、割増率は「3割5分+2割5分=6割」と合算されます。
残業代の計算方法
残業代は、以下の計算式で求めることができます。
割増賃金=1日あたりの基礎賃金×割増率×時間外労働時間数
※1日あたりの基礎賃金=月給÷月の所定労働時間
※月の所定労働時間=年間労働日数×1日の所定労働時間÷12ヶ月
例えば、以下のような月の残業代を計算してみます。
●1日あたりの基礎賃金:2000円
●時間外労働時間:75時間
●深夜残業:10時間(時間外労働が60時間を超える前に行われたもの)
①通常の時間外労働
2000円×1.25(時間外労働割増)×50時間(75時間-10時間-15時間)=12万5000円
②深夜残業
2000円×1.5(時間外労働+深夜労働割増)×10時間=3万円
③60時間超の時間外労働
2000円×1.5(60時間以上の時間外労働割増)×15時間=4万5000円
よって、この月の残業代は、
①+②+③=12万5000円+3万円+4万5000円=20万円となります。
残業代の計算方法や注意点は、以下のページでさらに詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
【2023年4月】月60時間超えの割増賃金率の引き上げ
時間外労働が月60時間を超える場合、5割以上の割増賃金を支給することが義務付けられています(労基法37条)。
当初、この義務は大企業にのみ課せられていましたが、2023年4月より中小企業にも適用されています。従来の2割5分の割増率のまま計算をすると、“違法”になるため注意が必要です。
残業代の未払いは労働トラブルや罰則などさまざまなリスクを伴うため、給与計算を正確に行い、適正額を支給することが重要です。
割増率や計算ミスがあった場合のリスク
給与の計算にミスがあると、支払い不足や過払いが生じ、従業員とトラブルになる可能性があります。
過不足が発覚した際は、速やかに従業員に謝罪と説明を行い、翌月の給与に上乗せする(または控除する)などして調整しましょう。
また、給与額は税金や社会保険料にもかかわるため、ミスがあった場合は税額などの再計算が必要になる可能性もあります。
また、一度でも給与の計算ミスが発生すると、会社の労務管理に不信感をもつ従業員も出てくるでしょう。その結果、信頼関係が失われたり、離職者が増えたりするリスクも想定されるため、給与計算は正確に行うことが重要です。
残業代の未払いは労働基準法違反となるため注意
残業代の未払いは、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」を科せられる可能性があります。
なお、この罰則は割増賃金だけでなく、法定内残業(8時間以内の労働)にも適用されます。つまり、定時を超えて働いた従業員については、割増率が適用されなくとも残業代はしっかり支払わなければならないということです。
また、刑事罰だけでなく、未払い残業代をめぐって訴訟に発展したり、労働基準監督署に通報されたりするリスクも考えられます。裁判沙汰ともなれば、企業のイメージ低下も避けられないでしょう。
従業員から未払い残業代を請求されたときの対応については、以下のページで詳しく解説しています。
割増賃金に関する裁判例
事件の概要
原告Xが、被告Y社に在籍中に法内外の時間外労働及び深夜・休日の労働を行ったとして、法内残業賃金、時間外手当、深夜勤務手当及び休日勤務手当(以下、時間外手当など)の支払いなどを求めた事案です。裁判所の判断
裁判所は、被告は、原告の実労働時間がタイムカードの記載より少ないと主張するが、可能性を指摘するにとどまるもので、喫茶店での休憩や業務外でのインターネットの使用などを裏付ける証拠は見あたらないとしました。
また、一般的なデザイナーについていえば、時間管理が困難な働き方をしている場合もあり得るものの、以下の事情からすると、被告の主張は採用できないとしました。
- タイムカードや勤怠管理表が導入されていたこと
- 原告の日報が日々送信されていたこと
- デザイン集計表が送信されていたことからうかがわれる企画営業グループの業務の実態は、デザインのアイデアのひらめきを待って一見無為な時間を過ごすような業務形態ではなく、顧客の定めた納期に合わせてデザインを量産する状況であることなど
くわえて、被告は、タイムカードの打刻に不正があったことがうかがわれると主張するが、全体の信用性を損なうような証拠は見あたらず、まれに他の従業員が原告不在のまま打刻したことがあっただけであるとしました。
ポイントと解説
会社側としては、タイムカードが実労働時間を反映していないなどと主張することがよくあります。しかし、裁判では、タイムカードに記録がある場合には、適切な反証がないかぎりその記録に従って時間外労働の時間を算定することが多いため、注意が必要です。残業代に関するトラブルでお困りの際は弁護士にご相談ください
未払い残業代でトラブルになると、他の従業員からも次々と未払い分を請求される可能性が高いです。そのような金銭的負担は、会社にとって決して軽いものではないでしょう。
また、残業代を請求した従業員が退職し、労働力不足などの問題に直面することもあります。
残業代のトラブルを防ぐには、「労働時間をきちんと管理すること」「適正額を支払うこと」が何より重要です。しかし、割増率は複雑なため、計算を誤るケースは少なくありません。
また、居残り残業やカラ残業など、従業員側に問題があるケースも多くみられます。
弁護士であれば、残業代の計算や適切な労務管理などについて、具体的にアドバイスすることができます。残業代全般についてお悩みの方は、ぜひ一度弁護士へご相談ください。
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執筆弁護士

- 弁護士法人ALG&Associates
この記事の監修

- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

