就業規則違反を発見した場合の対応方法

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

就業規則は、従業員の勤務時間や遵守事項等が定められた会社のルールブックともいうべき存在です。その中には、懲戒手続きに関する規定が設けられているのが通常であり、万一、従業員の中に就業規則に違反した者が出てきた場合、就業規則に定められた懲戒手続きに則って処分が下されることがあります。

もし、就業規則に違反した従業員に対して、規則に則って適正な処分を下さないと、従業員の士気にも関わる上、いざ重大な就業規則違反が見つかったときに従業員を解雇しようとしたとしても、段階的に処分を下していないと、解雇処分が無効と判断されることもあります。

以下では、会社が就業規則に違反した従業員を発見した場合に、どのような対応を取ればよいか等につき解説していきます。

就業規則違反を発見した場合の会社側の対応は?

就業規則に違反する行為を行った従業員がいることが発覚した場合、会社はどのように対処するべきでしょうか。
「就業規則に違反したのだから直ちに処分を下さなければいけない」と焦って懲戒処分を行うのは誤りであり、下記のとおり、適切な手順を踏んで対応する必要があります。

とりわけ、就業規則違反の多い従業員を解雇する場合、解雇の有効性が法的に争われた際、下記のとおりの適切な手順を踏んだか否かという点が裁判所において重視される傾向があります。

違反行為の指摘と指導

まず、従業員が行った就業規則に違反する行為を特定した上で、違反の事実を当該従業員に伝え、是正するように指導することが必要です。そして、違反行為を特定する際には、関係者から綿密なヒアリングを行ったり、帳簿等の客観的証拠資料を収集する等して、しっかりとした根拠に基づいて、事実認定を行う必要があります。

弁明・改善の機会を与える

単に、就業規則に違反する行為があったことが疑われるからといって、直ちに懲戒処分を下すことは適切な対応とはいえません。就業規則に違反する行為を行った従業員に対し、弁明と改善の機会を与えることが必要です。

もし、弁明や改善の機会なくして懲戒処分に及べば、会社が一方的に従業員を処分したとして、手続きに問題があったとみられてしまう可能性があります。

顛末書の提出を求める

就業規則違反を行った従業員に対して、弁明の機会を与えるにあたっては、顛末書の提出を求めるということが考えられます。会社は、従業員から受け取った顛末書を見て、従業員の認識する事実関係を把握し、その申告内容が事実であるか、事実であるとしてどのような懲戒処分が適当であるかという検討材料とします。

始末書提出に関する対応について、詳しくは以下のページもご覧ください。

懲戒処分の検討

所定の弁明手続き等を経て、従業員に対して、就業規則違反行為の内容を勘案して、懲戒処分を下すことが相当と判断する場合には、いよいよ懲戒処分を行うことを検討する段階に入ります。

就業規則違反行為の程度にもよりますが、直ちに懲戒解雇処分を行うことは避けるべきであり、戒告、出勤停止や減給といった処分を下し、以後も就業規則違反を繰り返すようであれば、さらに厳しい処分も検討せざるを得ない旨を示すことが必要になります。

懲戒処分について、詳しくは以下の各ページもご覧ください。

解雇は最終手段

就業規則違反の行為の程度にもよりますが、懲戒解雇は、従業員に減給や降格等の軽い処分を複数回行ったものの、それでもなお改善の余地が見られない上、改善指導を試みても、従業員が指導を拒否するといった事情等があって、初めて検討のテーブルに乗せられる処分です。

そうすると、会社としては、就業規則違反を繰り返す問題従業員に対して、社内秩序維持のために即座に懲戒解雇処分にしたい気持ちがあったとしても、拙速に懲戒解雇処分を下してしまうと、後に裁判で解雇の有効性が争われた際に、より軽い処分を下すことで改善指導の機会を与えなかったとして、解雇の効力が否定される可能性があります。

仮に、解雇が無効とされた場合、従業員は従前どおり従業員の立場を有していたものとして扱われ、解雇されていた期間中の給与を支払うことを余儀なくされます。そのため、従業員の解雇にあたっては、事前の手続きや指導等、慎重に手順を踏む必要があります。

違反した従業員に懲戒処分をする際の注意点

就業規則に違反した従業員に対し、懲戒処分を行う場合、以下の点に注意が必要です。

就業規則に懲戒事由を規定する必要性

会社が従業員を懲戒するためには、就業規則に、懲戒処分の種類(懲戒解雇、降格、減給、出勤停止、戒告等)と懲戒事由を定めることが必要です。

もし、就業規則に違反した従業員に対して、降格処分を下したいと考えたときに、就業規則に従業員を降格処分することができる定めがない場合、会社は従業員を降格処分にすることができません。

また、懲戒事由を複数・具体的に定めておかないと、従業員が会社に不利益を与えるような行為を行ったとしても、当該行為が懲戒事由にあたらないのであれば、会社は従業員を懲戒処分することができません。

懲戒解雇では退職金を減額・不支給にできるか?

就業規則に違反した従業員を懲戒解雇したとしても、当然に当該従業員の退職金を減額・不支給にすることができるわけではありません。

この場合、就業規則において、懲戒解雇対象となった従業員に対する退職金の支給につき、会社の裁量で退職金を減額ないし不支給にすることができる旨の規定を定めておくことが必要になります。

退職金の不支給や減額について、詳しくは以下のページもご覧ください。

就業規則に懲戒事由を定めていなかった場合

前述のとおり、就業規則に懲戒処分の種類や懲戒事由の定めがないと、従業員に対して懲戒処分を下すことができません。

そもそも就業規則に法的効力はあるのか?

会社と従業員との間における労働条件を定めるのは、双方の間で取り交わされる雇用契約書に記載された事項だけではありません。

就業規則の内容が合理的であり、その内容が従業員に周知されている場合には、会社と従業員の間における労働条件になります(労働契約法第7条本文)。就業規則が従業員の労働条件として定められると、就業規則に定められた懲戒処分に関する規定も、従業員に適用されることになります。

就業規則の法的効力について、詳しくは以下のページもご覧ください。

退職後に就業規則違反が発覚した場合はどうする?

従業員の在職中に就業規則違反の事実が発覚するケースがある一方で、従業員が退職してから当該従業員の就業規則違反行為が発覚するケースもあります。こういった場合、会社は、退職者に対してどのように対応をとるべきでしょうか。

損害賠償請求のために違反の証拠を揃えておく

既に退職者は会社の従業員ではない以上、基本的には退職者に対して、戒告や減給等の懲戒処分を行うことは困難です。
しかし、退職者の就業規則違反行為によって、会社に金銭的損害が生じている場合や、就業規則の中に退職金の減額規定があるのであれば、会社としては、退職者に対する損害賠償請求を行ったり、退職金の減額を行った上でその差額の返還を求めるという対応をとることが考えられます。

そこで、会社としては、退職者が行った就業規則違反の事実を証する証拠資料や、会社に生じた損害を証する資料を整えることが必要です。
例えば、在職中に得た営業上のノウハウや顧客の情報を他社に横流しし、退職後にその他社に転職したというような競業避止義務違反の事案においては、退職者が在職中に使用していたパソコンのログや、資料の持ち出し記録を調査する等の対応が考えられます。

就業規則違反者を出さないための企業側の対策

会社としては、就業規則に違反する従業員が現れないよう、あらかじめ就業規則に定められた内容を適宜従業員に周知することが肝要です。

就業規則の周知徹底

就業規則は、ただ作ればいいというわけではなく、従業員に周知していないと、会社と従業員の間の労働条件にはなりません(労働契約法第7条本文)。

具体的な周知方法としては、社員の見やすい掲示板に就業規則を掲示したり、書面として従業員に交付する等の方法が考えられます。口頭での説明だけでは、従業員に「そんなルールがあるなんて知らなかった」と言わせてしまう可能性が十分にあります。
しっかりと就業規則の内容を従業員に周知することで、就業規則の内容が、会社と従業員の間におけるルールになっていることを示すことが重要です。

就業規則の周知義務については以下のページもご覧ください。

定期的な見直しの必要性

労務に関連する法律の改正は目まぐるしく、作ったときには法的に問題のない就業規則であったとしても、数年後には新たに法律が会社に整備を求めた事項について、就業規則が定めを設けていなかったということも往々にしてあり得ます。

こんな時、労務に関する法律的知見を持った弁護士によって、就業規則の定めを定期的にチェックすることが有効です。弁護士による就業規則のチェックを受けることで、最新の労働法制に関する知見を踏まえて、就業規則をアップデートすることができます。

就業規則違反に関する判例

就業規則に違反した従業員に対し、会社が懲戒処分を行った場合、従業員側から処分の効力を法的に争われ、法的紛争に発展することもあります。以下では、就業規則に違反した従業員を会社が懲戒解雇処分としたケースにおいて、懲戒解雇処分の効力が争われた裁判例をご紹介します。

事件の概要
会社が、退職勧奨を行っていた従業員に対して、通勤に2時間を要する部署への配転命令を行ったところ、配転命令を拒否し、話し合いも拒否する姿勢を示したため、当該従業員を懲戒解雇としました。これに対し、従業員側が、違法無効な配転命令・解雇であったとして、労働者の地位にあったことの確認等を求めました(東京高判平成12年11月29日)。

裁判所の判断
裁判所は、配転命令については適法であると判断した一方で、懲戒解雇は無効であると判断しました。
具体的には、配転命令については、会社において配転命令を行う会社経営上の必要性があった上、従業員の職務内容に変更を生じさせるものではなかったため、権利の濫用とまではいえず、有効であるとしました。

他方、懲戒解雇については、当該従業員が従前退職勧奨を受けていた経緯を踏まえ、配転に不当な意図があると疑念を抱くことに無理からぬ事情があったこと、会社側の説明としても、従業員が配転のメリット・デメリットを検討するだけの十分な材料が与えられていなかったことを考慮し、直ちに従業員を解雇することは性急であり、懲戒権の濫用であったと判断し、解雇は無効としました。

ポイントと解説
上記裁判例のポイントとしては、配転命令の適法性自体は肯定したものの、その後の懲戒解雇の有効性が否定された点にあります。
業務命令を拒否したという点では、確かに懲戒事由に該当する事実があったとも考えられますが、やはり懲戒解雇が重大な処分であることを踏まえ、解雇にあたっては十分な手続保障が図られる必要があることを改めて示したものといえるでしょう。

就業規則を違反する従業員の対応でお悩みなら弁護士にご相談下さい

就業規則を作ったものの、いざ就業規則に違反する従業員が現れた時、会社としてどのように対応するべきか判断に困ってしまうこともあります。また、懲戒処分、とりわけ従業員を解雇する場合には、会社において慎重な意思決定と手続きを踏むことが求められ、時には労働関連法令に関する深い知識と経験が求められる場面もあります。

もし、就業規則に違反する従業員に対する対応に苦慮した場合には、労務問題に詳しい弁護士に是非ご相談ください。

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執筆弁護士

弁護士 榊原 誠史
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士榊原 誠史(東京弁護士会)
弁護士 東條 迪彦
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士東條 迪彦(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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