退職代行への適切な対応方法とは

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

企業経営において従業員と退職に関する話合いをすること自体は珍しいことではありません。
しかし、退職代行と名乗る人物から唐突に書面が届き、退職代行との交渉をしなければならなくなった場合どのように対応すべきなのか、経験がなく迷われることも多いでしょう。
本稿では退職代行への具体的な対応方法についてみていきましょう。

退職代行サービスとは

そもそも退職代行とは何か。
まず、退職代行は労働関係各法に明確な定義がある用語ではありません。
そのため、個々の事案によって退職代行が意味する内容が多少違う可能性はありますが、基本的には次のようなサービスの事を指します。

退職代行サービス
従業員が退職するに際して、退職に関する会社側との話合いを第三者に委託し、委託された代理人が当該従業員に代わり会社側と退職に関する話合いを行うこと(通常、退職代行の対価として報酬を受け取ることも含みます。)

従業員が退職代行サービスを利用する理由は様々ですが、典型例としては会社に対して退職を申し出たものの、会社側から引き留められて中々退職出来ない場合に、従業員が自分の代わりにはっきりと退職を申し出て退職できるよう会社と話を付けてほしいという理由が散見されます。

従業員が退職代行を利用したとき会社はどう対応すべき?

前提として、無期契約の従業員は退職の申し出をしてから2週間経過時点で一方的に退職できます(民法627条1項)。
このことは退職代行が入っても、入らなくても同じです(上記典型例では、従業員がそのことを知らないために、退職代行を利用して「辞めさせてほしい」と思うのです。)。

そのため、会社としては退職の申し出に対しては基本的に受け入れざるを得ません。
ただし、退職代行の場合は、適法に従業員の代理が行われているかが独立して問題になります。

退職代行について、より詳しくお知りになりたい方は以下のページもご覧ください。

誰が退職代行を行っているかで対応が異なる

退職代行と一言で言っても、個々の事案で様々な違いがあります。
その違いが顕著に表れるのは、従業員本人と、退職代行との関係性です。
想定される関係性としては、主に次の3つがあります。

  • ① 弁護士
  • ② 親族や友人
  • ③ ①と②以外の第三者

この3者の違いは、いわゆる非弁行為の問題として適法な退職代行(代理)か否かに関係してきます。

非弁行為の問題とは、弁護士以外の人物が、代理人として、対価を受け取ったうえで法的な交渉等を行うことは許されないというルールに反しているか否かの問題です(弁護士法72条)。

退職代行が①弁護士である場合には、もちろん非弁行為にはなりません。
退職代行が②の場合、親族や友人といった関係性ゆえに、従業員本人からの「対価の受取り」がないときには、非弁行為になりえません。
退職代行が③の場合も、②と同様対価の授受が問題となりますが、②でない場合には基本的に対価を受領している可能性が高いため、非弁行為の該当性が問題となります。

実際に非弁行為に該当するかは個々の事案ごとで判断が異なりますが、退職の意思の伝達と付随的な連絡をするのみであれば非弁行為にはあたらず、他方で会社側と退職に関して紛争に発展した場合、残業代の請求等に発展した場合に、弁護士以外の退職代行がなお交渉を続けることは非弁行為に該当する可能性があります。

非弁行為に該当する退職代行(単なる退職の意思の伝達に留まらない事案に発展する場合)は従業員と退職代行との間の代理権授受の有効性に疑念が生じるため、当該退職代行業者との交渉は避けるべきでしょう。

退職代行による退職の申し入れを拒否することはできるのか?

前述のとおり、無期契約の従業員は退職の申し出をしてから2週間経過時点で一方的に退職できます(民法627条1項)。これは退職代行が入っても入らなくても同じです。
それゆえ、退職代行からの申入れが退職の意思表示のみであれば、基本的に拒否することはできません。

退職代行が違法なものかは前述の非弁行為に該当するか否かの問題として考えることになります。

退職金や解決金を支払わなければならないのか?

退職代行が、退職の意思の申し出に留まらず、会社に支払義務のない退職金や解決金の支払を要求してくる場合には注意が必要です。

前提として、退職金は就業規則等に制度がない限り支払う必要がありません。
また、会社からの退職勧奨事案であれば解決金の支払を行うことは一般的ですが、従業員側からの退職の申し出の際には会社側が解決金を支払う必要は基本的にありません。

他方、退職代行(弁護士)が残業代請求等の金銭請求をしてきている場合に、当該金銭請求が法的に認められるのであれば、退職の際に解決金を支払うことで金銭請求にかかる紛争を一挙に解決することはあります。

退職代行への適切な対応方法

では、退職代行から書面が届いた際に、どのように対応すべきか、具体的に見ていきましょう。

委任状の提出を求める

そもそも、退職代行が従業員本人から有効に委任を受けているか疑義が生じる場合には、その点を確認することから始めます。具体的には、退職代行弁護士に委任状の写しの提出を求めることが考えられます。

従業員本人に退職の意思を確認する

本人の意思に基づいて退職代行が行動しているのか疑念が生じた場合、一度従業員本人に確認の連絡を入れることも考えられます。
退職に関する条件について退職代行と認識がずれている場合や、そもそも退職をする意思自体があまりないような場合もあり得なくはないからです。

ただし適法に代理人が選任されており、本人への連絡を控えるように当該代理人から申し出を受けている際には、それにもかかわらず執拗に本人へ連絡することが不法行為を構成し損害賠償責任を負う可能性もありますので注意が必要です。

退職日を決定する

本人の退職の意思が間違いない場合には、前述のとおり基本的に退職に応じるほかありません。
もっとも、細かい条件については交渉が可能です。

いつ退職するかについては、就業規則の定めや、社内での引継ぎ等を理由に、会社側にとって都合の良い退職日を退職代行へ提案することができます。
そこでまずは、相手方に提案する業務上支障のない退職日を決定しましょう。

退職日の決定について、より詳しくお知りになりたい方は以下のページもご覧ください。

退職事由を検討する

退職が従業員都合か、それとも事業主都合かによって、従業員が雇用保険をいつからいくら受給できるかにつき大きな違いがあります。

企業側によっては、事業主都合としても大きな影響がないケースもあり、その場合にはあえて事業主都合による退職であるという譲歩を認めつつ、他方で上述の退職日等で会社側に有利な条件を提示することも考えられます。

退職事由について、より詳しくお知りになりたい方は以下のページもご覧ください。

回答書を作成して送付する

以上の内容を検討したうえで、退職代行に対して回答書面を作成し送付します。
後に「言った・言わない」の問題にならないよう、書面等の証拠として残る形でやり取りをすることが望ましいでしょう。

退職日までの実務上の対応について

退職代行が入っている場合も、従業員が退職するまでには業務の引継ぎや有給休暇の取扱い等、何点か注意点があります。

業務引き継ぎの依頼

従業員が退職するにあたり、当該従業員が担当していた業務を後任の従業員に引き継がせる必要がある場合は、その旨指示をすることになります。この際、退職代行が個々の業務内容や業務命令についてまで間に入らない場合は問題ありません。

他方、退職代行が業務上の指示を含む全ての連絡を通すように主張する場合には、注意が必要です。言われるがまま退職代行を通していては指示が届くまでにタイムラグがありますし、都度のやり取りがストレスフルになってしまいます。

そのような場合、「退職代行はあくまで退職に関する事項を受任しているにすぎず、個々の業務指示を受け取る権限を有していないはずである。」とか、「一つ一つの業務指示につき退職代行を通すことは現実的ではなく、業務命令として、直接従業員が会社側とやり取りをするよう求める。これに違反する場合は懲戒処分等も検討する。」等、毅然と対応することが望ましいでしょう。

退職についてより詳しくお知りになりたい方は、以下のページもご覧ください。

有給休暇の取り扱い

退職日までに残った有給休暇の取得を申請された場合、会社側は原則としてこれに応じざるを得ません。
この点、有給休暇を取得させることで前述の業務引継ぎに支障が生じる可能性があるため要注意です。

業務引継ぎに支障が出る場合には、会社側から退職代行に対して有給休暇の買取りを提案し、最終的に精算をするなどして業務引継ぎを優先してもらうよう交渉することも考えられます。

有給休暇について、より詳しくお知りになりたい方は以下のページもご覧ください。

貸与物の返還請求

従業員は退職するまでに会社からの貸与物を返還する義務を負います。

有給休暇の取得等が重なると宅配便等でのやり取りが必要になってしまうため、退職に関する交渉の中で貸与物の返還については早期に認識をすり合わせておく必要があります。
早期の対応ができるよう、予め貸与物の返還リストを作成しておき、リストに従って返還する旨伝えることが望ましいところです。

貸与物の返還請求について、より詳しくお知りになりたい方は以下のページもご覧ください。

退職代行に対して会社がやってはいけない対応とは?

まず気を付けたいのは、退職代行は労働者側の権利を存分に主張してきますので、そのような権利主張に対して感情的になり、「解雇だ!」と啖呵を切ってしまうことは避けるべきです。従業員側が話合いによる退職を求めていたのに対して会社から解雇を言い渡されると、態度を翻して解雇無効による地位確認の紛争に発展し、会社側が法的に不利な立場になる可能性があるからです。

また、適法に選任された退職代行を無視することも交渉上得策ではありません。従業員側に弁護士が入り、退職に関する連絡は弁護士を通すようにと言われたのを無視して直接従業員と退職に関するやり取りを行うことは、不法行為が成立する可能性も否定できず、従業員側に有利なカードを与えてしまうことになりかねないからです。

そして、退職代行が非弁行為に該当し得る事案であるにもかかわらず、退職代行業者とやり取りを続けてしまうことも避けたいところです。弁護士法違反を行う退職代行業者は会社側に対して不当な金銭請求をしてくる可能性もあり、その当・不当が明らかでないまま金銭の支払を合意してしまう可能性があるからです。

退職代行が利用された場合のリスク

退職代行は、労働者の権利を最大限に主張してくるため、例えば業務引継ぎが十分に行われないまま有給休暇を取得して退職してしまうことや、退職に際して署名を求めている誓約書への署名拒否、残業代請求等の関連紛争への発展等のリスクがあります。

退職代行の利用に至らないためにしておくべきこと

従業員が退職代行を利用する背景には、従業員自らが退職を切り出しづらいと感じていることや、退職に関わる法的問題に発展する可能性が高い事情等があると考えられます。

具体的には、従業員が上司よりハラスメントを受けている場合には退職を切り出しづらいでしょうし、会社の労働時間管理が杜撰ゆえ残業代請求が認められるような事案では退職代行の弁護士が介入してくる可能性が高まります。

企業としては、従業員の退職が紛争に発展しないように、日ごろの業務の中でハラスメントや未払い残業代が発生しないように対策を講じる必要があると言えるでしょう。

退職代行の利用に至らないためにしておくべきことについて、より詳しくお知りになりたい方は以下のページもご覧ください。

退職代行に関する裁判例

退職代行に関して、退職代行業者と、退職代行の依頼者との間で、非弁行為の該当性が争われた比較的新しい裁判例(東京地方裁判所令和2年2月3日判決)をご紹介します。

事件の概要

本件では、ある会社で働いていた原告が会社を退職したいと思い、退職代行業者である被告に退職代行を依頼しました。
被告は依頼を受けて会社に対して、原告の退職の意思を伝えたところ、会社としては雇用契約ではなく業務委託契約であるとの回答が返ってきました。

そこで被告は、依頼者である原告に対して会社との認識をまず先にすり合わせてもらう必要があり、それまでは退職代行業務の継続は出来かねる旨伝えました。

結局、被告を利用せずに会社を退職したものの、原告は被告の退職代行が非弁行為に該当するとして、その報酬5万円の返還(及び50万円の慰謝料)を被告に請求した、という事案です。

裁判所の判断

裁判所はまず、非弁行為該当性(弁護士法72条に規定する「その他一般の法律事件」の意義)に関して次のような判断を示しました。

法的紛議が顕在化している必要まではないが、紛議が生じる抽象的なおそれや可能性があるというだけでは足りず、当該事案において、法的紛議が生じることがほぼ不可避であるといえるような事実関係が存在することが必要であると解するのが相当である

そして、本件の退職代行については、退職の意思の伝達と、それに伴い生じる付随的な連絡(私物の郵送依頼や離職票の送付依頼等)が委託契約の内容になっていたことが認定されました。

他方で、退職の意思を示しただけで法的紛議が生じることがほぼ不可避であるといえる事情は存在せず、会社側から「雇用契約ではなく業務委託契約である」旨の回答があり、法的紛議に発展したといえる状況になった時点で退職代行業務を中止しており、それ以降、会社との交渉等を一切行っていないことから、本件退職代行においては、法的な紛議が生じることがほぼ不可避であるような事実関係は存在していなかったとして、非弁行為には該当しないと判断されました。

ポイント・解説

本件のポイントは、退職代行業者が、会社側から法的紛争に発展するような回答がなされた時点で、すぐに退職代行業務を中止して会社との交渉を行わなかった、という点にあります。

非弁行為に該当するためには、裁判所が示しているように、「法的紛議が生じることがほぼ不可避であるといえるような事実関係」が存在していること等、一定程度の法的な事件性が生じている状況が不可欠なものと考えられます。

例えば会社側が、退職代行から退職の意思が伝達されたにすぎず、さらにこれに対して何ら異議を述べず退職の申出を受理するような場合には、非弁行為の問題にはならないでしょう。

もっとも、本裁判例のように、会社としても従業員の退職については法的に主張したいことがある、というような場合には、会社側からのアクションによって、退職代行業者が手に負えない非弁行為に該当してくる可能性があります。業者を退けるために、あえて法的な主張を行うことも会社側がとりうる1つの選択肢といえるかもしれません。

退職代行の対応方法でお悩みなら、まずは弁護士に相談することをおすすめします。

以上のように、退職代行が弁護士でない場合、複雑な非弁行為の問題が関係してきます。

また、退職代行が弁護士である場合も、労働者の権利を全面的に主張してくるのに対して会社側としても反論したいという思いを抱くことは多分にありえ、労働法務について正確な知識と実務経験に基づいた毅然とした対応が必要になってきます。普段の業務を行いながら退職代行への対応をしなければならないことの負担を避けるという利点も踏まえ、退職代行の対応については会社側としても弁護士に依頼することが有用かと考えます。

退職代行の対応についてお悩みであれば、一度弁護士にご相談してみてください。

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執筆弁護士

弁護士 中村 和茂
弁護士法人ALG&Associates 弁護士中村 和茂

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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