労働条件の不利益変更

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

近時、労働者の権利保護の声が高まる中、例えば経費削減のために、就業規則を改訂して一方的に従業員の給与を下げることは許されるのでしょうか。また、従業員から「一方的な不利益変更は許されないはずだ」と言われたときにどのように対処すべきなのでしょうか。
一口に「不利益変更」と言っても、変更の対象や程度、それまでの経緯等は、各企業にとって千差万別で、同じ事案の解決事例がネット上に転がっているはずもありません。
そんなとき、せめて「労働条件の不利益変更」は何が問題なのか、どのような場合に認められるのか、そもそも不利益変更とは何なのか、といった基本的な知識は知っておきたいですよね。本稿ではそのような「労働条件の不利益変更」の基本知識をお伝えしていきます。

どのような「労働条件」の変更が「不利益変更」にあたるのか?

「労働条件の不利益変更」といったときに、変更の対象となる「労働条件」とは何か。それは基本的には会社と従業員との契約に定められていることと考えて問題ありません(ただし、契約書上に記載されている条件だけとは限りません。)。

では、「不利益変更」とは何か。「不利益」かどうかは、もちろん労働者=従業員にとって不利益かどうかの問題です。では、その「労働者=従業員」とは誰の事でしょうか。例えば、ある労働条件をAからBに変更した場合、従業員XにとってはBの方が利益だが、別の従業員YにとってはBの方が不利益である場合はどうでしょうか。結論としては、不利益かどうかは個々の労働者=従業員ごとに判断されます。つまり、利益になる従業員Xにとっては「不利益変更」ではありませんが、Yにとっては「不利益変更」にあたることになります。

なお、変更後の「不利益がどの程度のものか」という点は、後述する変更後の就業規則の「合理性」において非常に重要な要素になります。

経営悪化による減給などの場合は?

不利益変更の原因が、経営悪化にあったとしても、「労働条件の不利益変更」であることに変わりはありません。ただし、この不利益変更の原因や経緯がどのようなものか、どれだけ会社にとって切羽詰まった状況にあるのかは、後述する変更後の就業規則の「合理性」において重要な要素になります。

労働条件の不利益変更が認められるための条件とは?

いわゆる「労働条件の不利益変更」が認められるのは、以下の場合です。

Ⓐ従業員との「合意」がある(労働契約法9条)
会社が労働者=従業員と「合意」をすれば「労働条件の不利益変更」も認められます。
一方、「合意」なく、就業規則を変更することにより「労働条件の不利益変更」をすることは、原則として認められません。

Ⓑ変更した就業規則を「周知」させ、かつ、「合理性」がある(労働契約法10条)
「合意」がなくとも、変更後の就業規則を従業員に「周知」させ、かつ、労働条件の変更に「合理性」がある場合には、「合意」がなくとも「労働条件の不利益変更」が認められます。

以下、まずは後者Ⓑの場合についてみていきましょう。

労働条件の変更に合理性がある

労働契約法10条は、変更の「合理性」の判断基準として、次の考慮要素をあげています。

①「労働者の受ける不利益の程度」(=従業員側の事情)
今回の不利益変更で、従業員が受ける不利益がどの程度のものかという点を検討します。
極端な例でいうと、当該労働条件の変更によって、従業員の給与が50%もカットされることになったら、家賃が払えなくなる等、生活への支障が生じかねません。従業員にとって不利益の程度が大きいほど、変更の「合理性」は認められにくくなります。

②「労働条件の変更の必要性」(=会社側の事情)
使用者側の事情として、労働条件の不利益変更に至る「原因」や「経緯」をみていきます。

例えば、歴史的な感染症の大流行(=「原因」)により多くの店舗を閉店せざるを得ない状況の中で、経費を削減しなければならず、役員報酬の一部カットや、新卒採用の取止め等もすでに行っているものの、それでもまだ会社を存続させるために必要な利益を確保できないため、従業員の給与も一部カットすることになった(=「経緯」)、という事情があるとします。

これはつまり、他に取り得る手段を尽くしてもなお、会社にとって今回の不利益変更が必要である、ということを意味します。このように、会社にとって変更の必要性が大きいほど、「合理性」が認められやすくなります(例として挙げたような高度の必要性が必ずしも要求されているわけではありませんが、労働者の不利益の程度が類型的に大きい、給与や退職金に関する変更の場合は、従業員に不利益を負わせてもやむを得ないといえるような、高度の必要性が要求されることがあります。)。

③「変更後の就業規則の内容の相当性」(=変更内容)
変更後の就業規則の「内容」の「相当性」を検討します。

例えば、同じ業界の競合他社で、同じ職種の、同程度の役職や勤続年数の社員と比較したときに、今回の変更の「内容」が必要に応じたものなのか、過度なものではないか等が検討されます。それ以外にも、同じ会社内で不利益変更の対象ではない他の社員を優遇するために、不利益変更の対象となる社員に対する一方的な幅寄せといえるような「内容」の変更の場合には、「相当性」が認められにくくなります。その他、不利益変更に対する代替措置(別の労働条件で利益な変更をする措置等)や、経過措置(不利益変更を今すぐに行うのではなく、1年間は現在の労働条件を据え置く等)がとられているかどうかも考慮要素となります。

④「労働組合等との交渉の状況」(=手続)
労働組合に限らず、会社側と従業員側で、話合いをしているかどうか、一方的に決めつけていないかどうか、等の手続面を検討します。お互いが十分に議論を尽くし、譲歩しあった労働条件に変更するのであれば、「合理性」が認められやすくなります。

⑤「その他の就業規則の変更に係る事情」(=その他)
本項については、以下のページでも詳しく解説していますので、併せてご覧ください。

就業規則を周知している

就業規則の変更による「労働条件の不利益変更」には、手続的な要件として、変更後の就業規則を従業員へ「周知」する必要があります。「周知」とは、その事業場の従業員に知らせることを意味します。かかる周知については、実質的に見て従業員たちに対して変更後の就業規則の内容を知り得る状態に置いたことで足りるものと考えられています。

具体的には、事務室内の施錠されていないキャビネット内に備えている場合や、背表紙に「就業規則」と表示されたファイルに編綴され、事業所内の棚や机の上に置いている場合等に、「周知」されていると認められた裁判例があります(東京高等裁判所平成28年5月30日判決、東京地方裁判所平成29年5月15日判決)。

就業規則の扱いについては、以下のページもぜひご一読ください。

労働条件の不利益変更を労働者との「合意」により実施する方法

「労働条件の不利益変更」は「合意」があれば認められます。しかも、合意さえあれば、基本的に変更の「合理性」は不要であると考えられています。ここでは、その「合意」についてみていきます。

「合意」の方法

ここでいう「合意」は、判例上かなりハードルが高めに設定されています。書面を作成し内容を明確に定め、従業員に署名捺印をさせたとしても、なお「合意」が認められない可能性があります。

判例は、変更後の不利益の内容・程度について、どれだけの情報提供・説明をしたか等を考慮して、従業員が「自由な意思」に基づいて署名捺印をしたと認められるような、客観的な事情が必要である旨示しています。具体的にどの程度の不利益の情報提供・説明をすればよいかは事案にもよりますが、説明等をしたことの証拠として録音をしておくと、後に紛争になった際に有力な証拠になり得ます。

パートやアルバイトの合意も必要?

「労働条件の不利益変更」の相手方従業員としては、正社員だけでなく、契約社員や、パート、アルバイト等も含まれます。どのような雇用形態であっても、会社の従業員=労働者である以上は、就業規則を変更することにより労働条件に不利益変更が生じる従業員=労働者との合意が必要になります。

パート従業員に関する情報は、以下のページも併せてご参照ください。

「口頭の合意」は認められる?

労働契約法9条及び判例は、「合意」の形式として、書面の作成を要求しているわけではありません。つまり、理論的には「口頭の合意」も認められる可能性があります。しかしながら、判例は「自由な意思」に基づき合意をしたといえる「客観的な事情」が必要であると示しています。それゆえ、もし従業員が、合意は「自由な意思」に基づくものではなかったと争ってきた場合には、事実上、書面や録音等の証拠が必要となり、これらがなければ裁判所から「自由な意思」に基づく合意ではなかったと認定される可能性があります。

会社に労働組合がある場合

就業規則の変更による「労働条件の不利益変更」の場合に必要なのは、あくまで「労働者」との「合意」であり、「労働組合」との「合意」ではありません。労働組合が労働者を代理することも考えられますが、労働者が「自由な意思」で合意したかどうかという観点からは、「会社」と「労働者」との間に「労働組合」という第三の主体が挟まることで、「労働者」への説明・情報提供が十分になされない可能性が生じてしまいます。

会社としては、労働組合を介することなく、直接労働者に対して、情報提供・説明を行い、労働者の「自由な意思」に基づく合意を取得していく方法が安心でしょう。 なお、会社と労働組合との間の「労働協約」の変更による「労働条件の不利益変更」の場合には、異なる手続や論点がありますので注意が必要です。

「合意」なく、または「相当性」のない、労働条件の不利益変更をするとどうなる?

原則、従業員の合意なく、就業規則の変更による「労働条件の不利益変更」を行うことは認められません。合意がない場合、例外として、変更後の就業規則の「周知」と「合理性」の要件が認められるときを除いて、就業規則変更時の従業員の労働条件は前の労働条件のまま変わりません。

では、合意をしなかった従業員と、合意をした従業員がいた場合はどうなるのでしょうか(「周知」と「合理性」の要件を満たさないことを前提とします。)。

結論としては、合意をした従業員との間では、変更後の就業規則に従った労働条件が労働契約の内容となります。さらに、就業規則を変更した後に入社した従業員についても、変更後の就業規則に従った労働条件が労働契約の内容となります。

つまり、「合意」がなく、「周知」・「合理性」の要件が認められない場合であっても、変更後の就業規則が直ちに無効になるわけではないということです。この点は、しっかりと押さえておきましょう。

後々、労使トラブルが発生する可能性

……以上は、あくまで法律上の話です。実際のところは、
「ちゃんと従業員の合意をとって就業規則を変更したのに、後で弁護士から内容証明郵便が送られてきた」とか、
「うちの変更後の就業規則は、周知もして合理性もあり、変更してから1年間これでやってきたのに、従業員たちが結託して労働審判を起こしてきた」といった事態が想定されます。

なぜなら、「自由な意思」に基づく「合意」や、「合理性」等は、弁護士や裁判官ですら判断が容易ではないものだからです。就業規則の変更当時は、従業員側も(説明をされていても)どのように労働条件が変わるのか、実際に体験するまではわからないのです。問題は後になって、従業員の不満が溜まってから爆発的に生じるものです。

労働者のモチベーションが下がる

労使トラブルに発展するにしろ、しないにしろ、従業員は、不利益に変更された労働条件について、後になって身をもって体験してから、不満を抱く可能性があります。この際、従業員は、
「就業規則の変更について不満だが、書面にサインしてしまったから今更言っても遅いのだろうか」、
「しかし、やはりこのままでは納得ができない。とはいえ、サインしてしまったから……」等、
会社側には話さずに、従業員の中で悶々と悩み、更に他の従業員と相談し合い、不満を募らせていくことが想定されます。このような状況では、労働者は業務に集中できず、ワーク・エンゲージメントの低下、すなわち、会社への貢献意欲の低下を招きかねません。

企業のイメージが悪くなる

近年、ネット上で企業の内情を匿名で投稿するようなサイトが散見されます。

「一方的に給料を下げられるから入社はオススメしません。」
「退職金を支給しないとの書面に無理やりサインさせられました。」
等の事実に反する投稿がされる可能性もあるでしょう。そのような投稿をした従業員を特定し、投稿の削除を請求する法的手続きは、それなりの費用と手間がかかってしまいます。

手続きをとっている間にも情報は拡散し、企業の信用は下がっていく一方です。それゆえ、事後的な対応をするよりも、そのような事態にならないよう、不利益変更段階で適切な対応をとり、これらの事態を予防するべきでしょう。

不利益変更をする際にやってはいけない行為

以上のような不測の事態を避けるために、会社としては、まず、客観的な証拠としての、従業員との「合意」の取得に向かって動くべきでしょう。「合意」なく就業規則変更による「労働条件の不利益変更」を行うことは、後々の労使トラブルに発展するだけでなく、労働審判や裁判になった際、判断の難しい「合理性」等で勝負することになり、予測の立てづらいリスクを抱えることになるからです。

労働条件の不利益変更で争った判例

就業規則を変更することによる「労働条件の不利益変更」に関するリーディングケースである、下記判例をご紹介します。

【最高裁 平成28年2月19日第二小法廷判決 山梨県民信用組合事件】

事件の概要

信用組合が経営難により2度にわたって吸収合併され、その度に退職金支給規程が変更され、従業員の退職金が大幅に減額されました。会社側は、従業員から、1度目には変更への同意書の署名捺印を取得し、2度目には説明会報告書への署名捺印を取得しました。しかし、従業員が定年退職した後になって、署名捺印の効力を争い、会社に対して退職金の請求をしたという事案です。

裁判所の判断

最高裁は、「合意」の有無については慎重に判断すべきであり、従業員の不利益の内容や程度、従業員への情報提供・説明の内容等を踏まえて「自由な意思」に基づき署名捺印がされたと認められる、合理的な理由が、客観的に存在しなければならないという規範を定立しました。

そして、事実について改めて審理するために差し戻された東京高裁の判決では、従業員に対する情報提供・説明は、経営困難による合併の必要性について伝えられたのみで、従業員の不利益の具体的な内容や程度に関する説明等はなされていないものとして、個別の「合意」は認められない旨、判示されました。

ポイント・解説

判例は、同意書等への署名捺印があったとしても、「自由な意思」に基づく署名捺印であったというためには、不利益の内容・程度について説明をしなければならないという、手続的な要件をクリアする必要がある旨を示しており、この点が大きなポイントとなります。

そして、説明の内容については、従業員が受ける不利益の内容・程度を説明しなければなりません。これを説明すると、従業員から署名捺印がもらえないのではないかと考え、会社側としてはその全てについて説明することが憚られるところですが、その説明をしなかったがために、本件では「自由な意思」に基づく「合意」が認められませんでした。

本判決は先例として極めて価値の高いものであり、現在の不利益変更に関する裁判実務は、本判決に従って審理、判決がなされています。それゆえ、企業の労務実務も本判決を踏まえて「労働条件の不利益変更」を行っていく必要があります。

労働条件の不利益変更によるトラブルを回避するためにも、労働問題を専門とする弁護士にご相談ください

就業規則を変更することによる「労働条件の不利益変更」については、まずは「自由な意思」に基づく「合意」を取得していくことになるでしょう。では、「不利益の内容・程度」とは、具体的にどこまでの説明をすれば足りるのでしょうか。この点については、上記判決後、現在まで、裁判例が徐々に蓄積されてきているところですが、まだまだ判決が出てから5年程度しか経っておらず、実際に各社で紛争が生じたときに、類似の事例が見つかるとは限りません。

後になって、変更された就業規則の効力が及ばないとして、変更前の就業規則に基づき給与等を請求されるリスク(従業員が結託して請求してきた場合には、その請求額は何倍にも膨れ上がります。)を避けるためには、就業規則の変更に先立って、労務問題につき経験豊富な弁護士に依頼しておくことが望ましいでしょう。

労務問題のクライアントは、皆さんこぞって、「もっと早く相談すればこうならなかったのでしょうか」と、後悔されています。弁護士の介入方法も訴訟対応だけでなく、交渉対応や、合意書のレビュー等、クライアントのニーズや費用感によって柔軟に対応可能です。迷われたら、まずは一度ご相談いただくことをおすすめします。

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執筆弁護士

弁護士 中村 和茂
弁護士法人ALG&Associates 弁護士中村 和茂

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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