ハラスメントが企業経営に及ぼす悪影響

セクハラ、パワハラ、モラハラ、マタハラ等、ハラスメントと付く言葉が次々増えてきており、ハラスメント対策は経営者にとっては頭が痛い問題だと思います。 弊所顧問先の会社様からもハラスメント問題が生じるたびに、「今後どう対応すべきか」「この事案では賠償しなければならないのか」「問題を起こした従業員の処分はどうすべきなのか」といったご相談をいただきます。確かに、個々の問題を適正に解決することは重要ですが、ハラスメント問題が生じる会社は個々の事案を解決したとしても、ハラスメント問題は継続的かつ頻繁に同様の問題が発生する傾向にあります。
今まで大きな問題になっていないからという油断は禁物です。
ハラスメント問題は企業の根幹を揺るがす問題に発展しかねないという視点を持っていただきたいと思いますので、ハラスメント問題が企業経営にどのようなリスクがあるのかについて改めて解説します。

目次

ハラスメントが企業に及ぼす悪影響とは

一昔前に比べ、ハラスメント問題が従業員個々人の問題ではなく、会社の法的責任であると捉えられるようになり、その対策を行わなければならないという意識は高まってきているでしょう。

しかし、ハラスメント問題が法的な問題というだけでなく、会社の売上や利益、さらには、会社の将来の成長戦略にも大きな影響を及ぼしていると意識されている経営者の方はまだまだ少ないのではないかと思います。

ハラスメントによる会社への悪影響が生じる代表的なものは、以下のものです。

  • 職場環境の悪化による生産性の低下
  • 人材流出のリスク
  • 採用コストの増加
  • 企業イメージの低下

職場環境の悪化による生産性の低下

経営者の方であれば、少なくともハラスメント等で生じた問題の対応に追われた経験があると思います。精神的にも肉体的にも負担がかかって疲れ果てたという記憶があるのではないでしょうか?

当事者の聞き取りから始まり、対応策の会議や、従業員のフォロー等、ハラスメント対応に追われる管理職や経営者の方は、「こんな非生産的な仕事はないな」と感じられるかもしれません。

また、ハラスメント問題が生じた当事者も、その対応のため生産性の高い仕事は難しくなります。

ただ、生産性の低下はこれだけではありません。

ハラスメント問題は、従業員のモチベーションやエンゲージメント(会社との絆)と直結してきます。モチベーションやエンゲージメントと生産性の研究が様々行われており、モチベーションマネジメントやエンゲージマネジメントについては別紙面で解説しますが、ハラスメントが存在する職場内で働く従業員にも悪い影響を与えます。

思うような業績が上がらない一因に、ハラスメント問題が潜んでいる可能性は大いにあります。

人材流出のリスク

ハラスメント問題が生じている従業員が辞めてしまい、「貴重な戦力が・・・」ということは、誰にでもわかると思います。

また、ハラスメントにより周りの従業員のモチベーションやエンゲージメントに悪影響を与え、人材定着に支障が生じるというリスクも解説するまでもないでしょう。

さらに、ハラスメント対応に追われた管理職が疲れ果てて会社を辞めてしまうケースもあります。

もっと恐ろしいのが、連鎖退職です。社員の一人が辞めたことにより、周りの従業員が次々と辞める経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

連鎖退職は、同調行動の一種であり簡単にいえば、「雰囲気」により次々と辞めてしまう現象です。退職理由の多くは、労働環境や人間関係の不満であることから、ハラスメントが常にある会社においては、連鎖退職の危険性と隣り合わせだということがわかるでしょう。

採用コストの増加

今まで採用はハローワークが中心だったという会社も、就活・転職サイトに何十万円・何百万円をかけて掲載するというケースが増えてきました。

昨今では、それでも思うように人が集まらず従業員不足で困っているという声が多く、年々採用コストが増加しています。

ハラスメントによる人材流出が進めば、せっかく採用活動をしても常に従業員不足に陥ってしまい、採用に時間と手間だけでなくお金も余分にかかることになります。

企業イメージの低下

セクハラやパワハラが新聞やメディアで取り上げられると、企業のイメージが一気に低下しますが、現在のインターネット社会では、従業員が会社の評判を書き込む機会に接することが多く、悪い評判はすぐに広がります。

「採用コストの増大」ともつながりますが、現在の若い人たちは、インターネット上の書き込みを調べてから就職活動を行っている方がほとんどです。そのため、一度、ハラスメントの悪評により、企業イメージが低下してしまうと、採用はより困難となります。

実際、弊所のクライアントからも元従業員によるものと思われる掲示板や評価サイトの書き込みを消してもらいたいという相談や依頼はよくあります。

ハラスメント問題と企業への損害賠償リスク

ハラスメント問題と損害賠償は切っても切り離せない関係にあります。会社や役員にはどのような法的責任が生じるのでしょうか?

企業が負う法的責任とは

被害者がハラスメントを受けたときに、加害者に対し、慰謝料等の損害賠償請求ができる可能性がありますが、企業に対しても、加害者の使用者としての責任(使用者責任)や安全配慮義務違反・職場環境配慮義務違反による債務不履行責任としての賠償責任を問う可能性があります。

被害者が、誰に対し損害賠償を請求するのか、どのような法的構成で請求するのかは、被害者の意思に委ねられていますので、誰にどのような請求をしなければならないというルールはありません。

実際にも、セクハラやパワハラの事案では、直接の加害者だけは訴えるが会社は訴えないという判断をする被害者もいます。

また、安全配慮義務違反が問題になった事案では、従業員が過労死した事件において、会社とは別に役員個人の責任が認められた例もあります。

役員賠償に関しては、別のコラムで解説します。

ハラスメントについて損害賠償請求された裁判例

ハラスメント問題は、被害者のメンタルヘルスが関連することが多く、ハラスメント行為の違法性が問題となるだけでなく、会社が被害者のメンタルヘルスについて健康管理できていたかという点も問題になり得ます。

特にハラスメントにより自殺にいたってしまったケースでは、損害賠償請求も高額になり得ます。

平成30年に、ハラスメントにより従業員が自殺した事案について、経営者にとっては非常に気を付けるべき裁判例が出ましたので紹介します。

事件の概要

ゆうちょ銀行に勤めていたA氏は、平成25年7月頃から、書類作成上のミスが多く、日常的に強い口調で上司に叱責されていました。A氏は同僚に職場を「地獄」と書いたメールをしたり、家族や同僚に「死にたい」と言っていたりしたのですが、社内に設置されている相談窓口にパワハラの相談もありませんでした。

平成27年6月頃、A氏が実家に帰省したところ、A氏が実家で自殺したため、母親が自殺の原因は、上司のパワハラが原因であると主張し、ゆうちょ銀行に対し、約8000万円の損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

【徳島地方裁判所 平成30年7月9日判決】

裁判所は、A氏の上司が、A氏に対し日常的に強い口調で叱責を繰り返していたことについて、その相当性に疑問があると言わざるを得ないが、部下のミスを指摘し改善を求めることは、上司としての業務であり、何ら理由なく叱責していないことや、発言内容は人格的非難に及ぶものとまで言えないことから、一連の叱責が、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものとは認められないとして、上司のパワハラの違法性を否定し、会社の使用者責任を否定しました。

しかし、A氏が赴任後の2年間で15kg体重が減少したことや、体調不良の状態であること、上司の一人がA氏の同僚からA氏が死にたがっていることを知らされていたこと等から、A氏が人間関係等に関し何らかのトラブルを抱えていることを、会社は容易に知り得たのであるから、A氏の担当業務軽減以外に何もしなかった会社には安全配慮義務違反があると認めました。

その結果、会社に対して、安全配慮義務違反として6142万5774円の賠償を命じました。

ポイントと解説

本件は、A氏のミスに対する上司の継続的な叱責行為を不法行為としてのパワハラにはあたらないと認定したにもかかわらず、会社の従業員に対する安全配慮義務違反を認め、高額な賠償を命じた興味深い裁判例です。

これまで、パワハラの違法性については、人格的非難がなされたかが一つの分水嶺と考えられてきました。そのため、従業員に対する叱責や指導等が問題となった場合に、それが人格的非難に及ばなければ、業務上の指導の範囲を逸脱しているものではないとされ、損害賠償請求について消極的な判断がなされることが多いイメージでした。

本件は、パワハラについて違法性がない場合でも、会社としては労働契約法5条に基づき従業員の生命、身体等の安全を確保すべく必要な配慮をする義務があることを正面から認めました。

個々の業務上での指導等が違法でなくても、業務に起因して従業員が体調等の不調をきたしており、それを会社が容易に知り得る状況であれば、会社は従業員に対し積極的に職場環境を整える措置を講じなければならないという義務を認め、会社に高額な賠償を認めた点で、会社は、従業員に対し職場環境を整える配慮をより慎重に行わなければならないことを示した裁判例だと考えられます。

企業経営におけるハラスメント対策の重要性

ハラスメントによる悪影響及び法的な賠償責任について解説してきましたが、ハラスメント対策はやらなければならないと抽象的に頭ではわかっている経営者の方がほとんどでしょう。パワハラ防止法が令和2年6月から施行され、防止措置を採ることが義務化されるため、重い腰を上げた方もいるでしょうが、まだまだ形式的に導入しただけで「魂がこもっていない」会社がほとんどではないでしょうか。

ハラスメント対策を従業員のために職場環境を整えるという考えだけでは、形式的な導入で終わってしまい、結局は職場環境の改善にはつながりません。

将来の人事戦略・採用戦略を含め、利益を拡大するために「積極的なハラスメント対策を行うんだ」ということを強く考えていただければと思います。

ハラスメントに関するQ&A

ハラスメントが発生した場合、従業員にはどのような影響がありますか?

下記をご参照ください。

職場でハラスメントが発生した場合、企業名は公表されてしまうのでしょうか?

職場でハラスメントが生じたというその一事実だけで公表されるわけではありません。法律上の制裁として公表できると規定されている法律は、育児・介護法、高年齢者雇用安定法、障害者雇用促進法、労働者派遣法等多数ありますが、令和2年6月1日施行のパワハラ防止法の改正により、パワハラにより防止措置を講じない等の理由で行政から勧告を受け、行政の勧告に従わなかったときには、その旨を公表されることとなりました。
したがって、事前に労働基準監督署から指導や勧告が行われますが、その勧告に従わなかった場合には、公表されてしまう危険性があります。

ハラスメントにより会社の業績が悪化しました。ハラスメントをした従業員に対し、損害賠償を請求することは可能ですか?

ハラスメントにより、会社が使用者責任を追及され被害者に対し損害賠償をした場合には、加害者の従業員に対し、損害賠償の求償という形で賠償請求をすることは可能です。
しかし、例えば、ハラスメントにより被害者が退職をしてしまったことにより、会社の業績が低下してしまった場合等は、ハラスメント行為から生じた損害が間接的であるため、業績低下による損害賠償は難しいと考えられます。
また、判例上、会社は従業員の行為により利益を上げており、従業員のミスは業務に内在するものであることから、信義則上、会社から従業員への損害賠償は一定の制限があります。
もっともハラスメント行為は多種多様であるため、加害行為が悪質なものであり結果が具体的に予見できているような内容であれば、一定の賠償請求が認められる余地があり得るでしょう。

職場におけるハラスメントにはどのようなものがあるのでしょうか?

下記をご参照ください。

パワハラにより、うつ病を発症した従業員から労災請求された場合、どのような手続きが必要ですか?

下記をご参照ください。

ハラスメントによる人材流失を防ぎたいため、退職の申し出を拒否することは可能ですか?

従業員からの退職の申し出を拒否することはできません。民法の規定により、労働者が退職申し入れをしたときから2週間で雇用契約は終了となります。
退職の意思を有する従業員に対し、慰留し引き留めることまでは禁止されていないため、どうしても人材流失を防ぎたい場合には、誠意を持って慰留するしかないでしょう。
ただし、慰留に熱が入り過ぎてしまい、その行為自体がパワハラにあたるようなことがないようにしてください。強い慰留により、従業員が退職できないと誤解し、その結果、鬱になってしまったり、紛争に発展してしまったりという可能性がないとはいえません。

ハラスメントは企業経営に大きな影響を及ぼします。ハラスメントの発生・拡大を防ぐためにも弁護士にご相談ください

ハラスメント対策は、相談窓口を設置する等の厚生労働省の指針に定められた措置を講ずれば済むというわけではありません。先ほど紹介したゆうちょ銀行の裁判例でも相談窓口が設けられていましたが、亡くなられた方は相談されていませんでした。

ハラスメントは、ハラスメントを行っている加害者側は無自覚であることが多く、単純に「ハラスメントには気を付けましょう」という標語だけで、解決される問題ではありません。

パワハラ防止法の施行により、改めてハラスメント対策に対する意識が上がっていると思いますが、これを機に、ハラスメント対策は売上や利益を上げるための中長期的な戦略と位置付けて、社内一丸となって取り組まれてみてはいかがでしょうか。

執筆弁護士

執行役員 弁護士 谷川 聖治
弁護士法人ALG&Associates 執行役員 弁護士谷川 聖治

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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