セクシュアルマイノリティの差別

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
雇用する場面や労働環境において、セクシュアルマイノリティへの差別が問題視されています。セクシュアルマイノリティは仕事に対する適性や能力とはほとんど関係ありませんが、強い偏見によって差別的な扱いを受けるケースが多いのが現実です。
本記事では、セクシュアルマイノリティの雇用にあたって事業主が注意すべき点や、より良い職場環境作りのために知っておくべきポイントを解説していきます。
「そもそもセクシュアルマイノリティとは?」という点から詳しくご説明しますので、ぜひご覧ください。
目次
セクシュアルマイノリティについて
セクシュアルマイノリティとは、“性のあり方における少数者”をいいます。具体的には、「性的指向(好きになる性)」や「性自認(性の自己認識)」における少数派のことで、同性愛者や両性愛者、心と身体の性が一致しない人々などが代表的です。
また、「LGBT」という言葉も浸透してきています。これは、セクシュアルマイノリティのうち、特に広く知られているレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字を取ったもので、セクシュアルマイノリティの総称のひとつとして用いられます。
LGBTは相対的に少数派ですが、精神疾患等の病気ではなく、治療の対象にもあたらないというのが世界的に一般的な認識です。
セクシュアルマイノリティの差別を禁止する法的問題
令和3年6月現在、セクシュアルマイノリティの差別を明確に禁止する法律はありません。
しかし、事業主は、セクシュアルマイノリティであることを理由に応募者を不採用としたり、労働者に不利な処遇をしたりすることは禁止されるべきというのが通例です。
その根拠は、憲法14条1項において「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的・経済的又は社会的関係において差別されない。」と規定されていることにあります。
また、労働基準法3条において、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」と規定されていることも根拠のひとつとなります。
なお、これらの条文で“性的指向”については明記されていませんが、同条は差別の対象を“限定”するものではなく、“例示”したものにすぎないと考えられています。そのため、本人の意思ではコントロールできない性的指向による差別も、同条に違反するものと考えられています。
セクシュアルマイノリティへの差別における罰則
会社がセクシュアルマイノリティの労働者に対する配慮を怠った場合、以下のような規定を根拠として、損害賠償請求や罰則を受ける可能性があります。
- 安全配慮義務違反ないし職場環境配慮義務違反(労契法5条、労安衛法3条1項)
- 職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置(男女雇用機会均等法11条)
- 使用者責任(民法719条)
- 役員等の第三者に対する損害賠償責任(会社法429条1項)
具体的に会社がとるべき措置については、以下をご覧ください。
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セクシュアルマイノリティへのハラスメントの防止
セクハラ指針
セクシュアルマイノリティへの差別は、「セクシュアルハラスメント(以下、セクハラ)」のひとつといえます。
セクハラとは、“性的な言動に対する事業主の言動によって労働者が労働条件で不利益を受けたり、性的な言動により労働者の就業環境が害されたりすること”をいいます。また、事業主は、セクハラを防止するために雇用管理上必要な措置を講じることが義務付けられています(男女雇用機会均等法11条)。
この点、厚生労働省は、同条に基づき、平成18年に「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(セクハラ指針)」を告示しました。同指針では、セクハラ防止のために会社がとるべき10の措置を掲げています。例えば、
- セクハラに関する会社の方針を明確化し、労働者へ周知すること
- 労働者のセクハラに関する相談に対し、適切に対応するための体制を整えること
- セクハラ発覚後は、迅速かつ適切な対応を行うこと
なお、同指針は平成29年に改正され、“同性に対する性的な言動”もセクハラとして追加されました。また、被害を受けた労働者の性的指向や性自認にかかわらず、性的な言動であればセクハラにあたるとされ、会社が留意すべき範囲が拡大されました。
人事院規則
人事院規則10-10では、国家公務員のセクハラ防止について定めています。同規則は、セクハラを「他人を不快にさせる性的な言動や他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動」と定義するとともに、各省庁の長に対してセクハラ防止のために必要な措置を講じるよう義務付けています。
なお、同規則における「性的な言動」とは、“性的な関心や欲求に基づくもの”“性別によって役割分担すべきという意識に基づく言動”のみでしたが、平成28年の改正により、“性的指向や性自認に関する偏見に基づく言動”も追加されました。それと同時に、セクハラ行為として、“性的指向や性自認をからかい・いじめの対象にすることや、それらを本人の承諾なしに第三者に漏らすこと”を禁止する旨も追加されました。
また、同改正では、セクハラの苦情相談にあたる職員を“同性”から“希望する性”にするといった変更も行われ、注目を集めています。
雇用・労働におけるセクシュアルマイノリティの課題
セクハラ防止に向けた法整備が進む一方で、具体的な対策をとる会社は少ないのが現実です。セクシュアルマイノリティは未だ「無理解・誤解や偏見・差別」といった課題を抱えており、さまざまな場面で不利益を受けています。
また、このような不利益によってセクシュアルマイノリティの健康が害されたり、勤労意欲が低下したりするリスクもあるため、事業主としては、課題解決に向けた積極的な施策を講じることも重要といえます。
では、具体的にどのような課題があるのか、以下でみていきましょう。
採用選考時
採用選考におけるセクシュアルマイノリティの課題として、以下のようなものがあります。
- 履歴書に記載した“戸籍上の性”と“性自認”が異なると伝えたところ、内定を取り消される
- 性自認に基づいて応募書類を提出したところ、戸籍上の性との不一致を理由に不採用とされる
- 戸籍上の性と見た目(スーツ、髪型等)が異なることにより、不採用とされる
- 採用条件において“男性募集”“女性募集”等、性別に関する記載がある
差別的な言動・不当な取り扱い
職場において、セクシュアルマイノリティは以下のような差別的言動・不当な取り扱いを受けることがあります。
- 性的指向や性自認を理由に、解雇されたり退職を強要されたりする
- 性自認による外見や振る舞いを理由に、営業職から事務職へ配置転換される
- セクシュアルマイノリティであることを人事に伝えたところ、職場内で言いふらされた
- 同性パートナーが家族として認められないため赴任先に同行させることができず、単身赴任を命じられた
福利厚生
会社の福利厚生について不利益を受けるのは、主に同性パートナーです。
基本的に同性パートナーは事実婚であるともみなされさないため、夫婦であれば利用できる福利厚生(慶弔休暇・手当・社員寮の利用等)の対象外になったり、法律上遺族年金を受給できなかったりする不利益を受けることがあります。
その一方で、社会的には同性パートナーにも法律上事実婚関係を認めるべきだとする意見書が提出される等、同性パートナーの保護を図る動きも高まってきています(令和元年6月現在)。
施設の使用・服装規制
差別的な言動や対応以外にも、セクシュアルマイノリティは職場においてさまざまな困難に直面することがあります。例えば、以下のような場合です。
- トイレ、更衣室、社員寮等、男女別に決められた施設を利用することに苦痛を感じる
- 戸籍上の性における服装規程(制服やスーツ、髪型等)を強要される
雇用・労働におけるセクシュアルマイノリティへの対応
事業主は、セクシュアルマイノリティが抱える課題を率先して解決していくことが求められます。具体的な取り組みとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 就業規則等の社内規定において、「セクシュアルマイノリティへの差別を禁止する」旨を明記する
- セクシュアルマイノリティに関する社内研修を行い、労働者が知識や理解を深めたり、偏見をなくしたりする機会を作る
- 同性パートナーも夫婦とみなし、夫婦と同様に福利厚生を利用できるようにする
- 採用選考において、外見にとらわれない評価や判断を行う
- 設備の利用や服務規定における配慮を行う(性別に関係なく利用できる多目的トイレを設置する、性自認に応じて制服を自由に選択できるようにする等)
PRIDE指標について
会社のセクシュアルマイノリティへの取り組みの評価方法として、「PRIDE指標」があります。
PRIDE指標は任意団体によって定められた指標で、セクシュアルマイノリティに関する“人事制度”や“社会貢献活動”における達成度に応じて、点数が加算されるというものです。
PRIDE指標の目的は、セクシュアルマイノリティが働きやすい職場環境について会社が理解することです。また、優れた取り組みをした会社を公表することで、セクシュアルマイノリティへの取り組みを後押ししたり、良い職場づくりのための具体的な方法を周知したりすることも目的のひとつとされています。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある