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賃金の引き上げ「ベースアップ」について弁護士が解説

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

「ベースアップ」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?簡単にいえば「労働者の賃金を上げる」、といった意味になります。賃金の引上げは、労働者にとっては嬉しいことであり、モチベーションが上がるため、業務の生産性が向上すると期待できるでしょう。この点は会社側にとっても相乗効果が期待されますが、ベースアップを実施するには概要をきちんと把握する必要があります。

本記事では、ベースアップをすることで生じる注意点や効果等について解説していきます。

賃金引き上げの「ベースアップ」について

「ベースアップ」とは、労働者の基本給の水準を上げることで、略して「ベア」ともいわれます。個人の年齢や勤続年数、能力等に関係なく、全労働者の基本給の水準を上げます。

ベースアップは、景気の影響を大きく受けます。そして、ベースアップが実現するのは、労働組合と会社との交渉がまとまった後になります。

基本給については、下記のページにて賃金の構成と共に解説していますので、ご覧ください。

賃金を構成する要素

「定期昇給」との違い

全労働者の基本給そのものが上がるベースアップに対し、定期昇給は、労働者一人ひとりの年齢や勤続年数等の一定期間によって基本給が上がっていきます。ベースアップは一律で上がりますが、定期昇給は個人差が出ます。

ベースアップに関する法的義務

ベースアップや定期昇給に関して法律上の規定はないため、必ずしも行う必要はありません。

しかしながら、就業規則や労働協約、労働契約等にあらかじめ定めている場合は、会社が行うべき時期に実施する必要があります。

ベースアップ実施による効果

実際にベースアップを行うことで、得られる効果はいくつかあります。

まずは、労働者の業務へのモチベーションの高まりが期待されるでしょう。賃金が上がることで、労働者の生活が豊かになったり、普段の業務を評価されたと感じられたりして、より業務に励むことができるでしょう。

さらに、労働者の確保にもつながることが見込まれます。求職者は、就職先を選ぶにあたり、待遇を重視する人も多いでしょう。ベースアップは、既存の労働者だけではなく求職者にも該当するため、ベースアップをすることで求人数も増え、優秀な人材の獲得を図れます。

最低賃金法におけるベースアップの必要性

最低賃金とは、法律に基づいて定められている金額であり、使用者はその最低賃金以上の賃金を支払わなければなりません。

会社が労働者に最低賃金以下の給与を支払っている場合、最低賃金法違反により罰則に科されます。さらに、最低賃金との差額を支払うことになります。そういったことにならないためにも、毎年見直されている最低賃金に合わせて、会社の賃金の引き上げが必要となります。

ベースアップと関連性の深い「春闘」とは

「春闘」とは、各企業の労働組合が労働条件の改善(ベースアップ等)を要求し、使用者と交渉し決定することをいいます。毎年春頃に行われることから、春季闘争といい、「春闘」と略されて呼ばれています。

春闘で要求する内容は、主に給与や賞与等になります。しかし、金銭にかかわる内容だけでなく、労働環境や働くうえでの条件等も含まれています。

賃金引き上げ(ベースアップ)の導入方法

賃金は、労働者にとって重要な労働条件になります。そのため、賃金に関すること等を含む労働条件を変更する際は、労働者の合意が必要となります(労契法9条)。しかし、ベースアップは個人に対してではなく、労働者全員に対しての導入になるため、個別の合意は不要となります。そのため、原則は労働協約や就業規則の改訂を行わないと、ベースアップの実施はできません。そのため就業規則を改訂した際は、必ず労働者への周知が必要となります。

さらに、ベースアップを実施する際には、定率及び定額のよる配分が考えられるため、賃金表を分けて作成し、変更することになります。

労働契約法

(就業規則による労働契約の内容の変更)第9条
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。

新規採用者に対するベースアップ

ベースアップはメリットもありますが、会社にとってはリスクを伴う場合もあります。

新規採用者へのアピールとして、新規採用者の初任給のみベースアップを実施する方法がとられています。そうすることで、新規採用が増えても、全体の固定費用は増えないような対処をとることができます。

しかし、新規採用者の初任給が既存の労働者の給与よりも高額になると、不満を持ち、抗議活動や退職(離職)する労働者も増えるといったリスクが高くなります。そうならないためにも、新規採用者の給与のみをベースアップする際は細心の注意を払う必要があります。

ベースアップの遡及(そきゅう)払いについて

ベースアップを実施する場合、過去の賃金分に遡って支払うことも可能です。しかし、遡及払いすることで、問題が生じるケースが出てきます。本項では、2つのケースに分けて解説していきます。

割増賃金がある場合

ベースアップの遡及期間に割増賃金が発生していた場合、割増賃金の取り扱いについては当事者が決めていくことになります。

遡及期間の決まりがない場合、ベースアップに伴い、労使間の交渉が長引き、妥結した時点から遡及して適用する例が多くなっています。そのような場合、後日に差額分の賃金を一括として支払う際、「それは各月に支払われたものとして取扱う。」(昭和22年11月5日基発第233号)として、臨時に支払われたものとは取り扱わないことを通例としています。

割増賃金についての詳細は、下記のページをご覧ください。

割増賃金請求

退職者への取り扱い

ベースアップの遡及払いに関して、遡及払いの対象に退職者を含めるか含めないかは、当事者の自由です。法律上の定めがないため、退職者を対象外にしたとしても、違法にはなりません。国の通達においても、「新給与決定後過去に遡及して賃金を支払うことを取決める場合に、その支払対象を在職者のみとするかもしくは退職者をも含めるかは当事者の自由である」(昭和23年12月4日基収第4092号)としています。

退職に関する詳細は、下記のページをご覧ください。

退職及び解雇

退職者がベースアップの遡及払いを求めた裁判例

ここでは、実際に退職者がベースアップの遡及払いを求めた裁判例をご紹介します。

【大阪地方裁判所 昭和57年1月29日判決、東大阪市環境保全公社事件】

事件の概要

原告2人は被告公社に勤務していましたが、2人が退職後、被告公社がベースアップを実施しました。ベースアップは、過去に遡る形で行われましたが、当時、原告2人は既に退職していたため、2人はベースアップにかかる差額給与の支給を受けられませんでした。

原告2人は、遡って実施した年月に在職していたことを理由として、ベースアップにかかる差額給与の支払いを求め訴訟を起こしました。

裁判所の判断

裁判所は、ベースアップに伴う被告公社の給与規程の改正は、原告らが退職後になされたことを指摘し、それがいつから(どこまで遡って)適用されるか、いかなる時期に在職した職員に適用されるかについては、被告公社において自由に定めうるものとし、その結果、新給与規程を適用されなかったからといって、原告らの在職中に取得した権利を奪うことにはならないとして、原告らの請求を全て棄却しました。

ベースアップを実施する際の注意点

一度ベースアップをしてしまうと、簡単には下げられなくなります。そのため、会社の業績が好調であっても、ベースアップすることに慎重にならなくてはなりません。

例えば、将来的に会社が業績悪化等によってベースダウンを行う場合、労働者の合意なしに実施することは禁止されています(労契法9条)。労働条件を変更するには、労働契約法10条に該当する場合であるため、容易いことではありません。したがって、ベースダウンを実施する際は、労働者にメリット・デメリット(倒産等)を十分に説明し、合意を得ることが必要となります。

賃金の引き下げについては、下記のページにて解説していますのでご覧ください。

賃金引き下げによる労働条件の変更について
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