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昇給制度を導入する際に規定すべき事項

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

昇給は、単に給与が上がるだけではなく、従業員のモチベーションアップにもつながる制度といえます。モチベーションが上がると、業務に対する姿勢も変わり、生産率が上がるといった効果も期待できます。もっとも、昇給制度を導入するうえでは、就業規則の記載が必要となる等、手続面のルールもありますし、昇給の仕組みが不明確であると、従業員に不信感を持たれ、かえって業務へのモチベーションが低下することにもなりかねません。

本記事では、昇給について、また昇給制度を導入するにあたっての注意点等を解説していきます。

定期昇給の導入

会社における昇給に関する事項は、就業規則の絶対的必要記載事項となっています(労基法89条2号)。

就業規則とは、労働者の賃金や労働時間等の労働条件に関すること、職場内の規律等について定めた職場における規則です。そのため、定期昇給制度を導入する場合には、就業規則を改定し、昇給に関する事項を記載する必要があります。

賃金に関する就業規則の変更は、重要な労働条件の変更となりますので、昇給の時期や要件等の明確な決まりを定める必要があります。昇給に関する規定が不明確な場合、従業員からの不平不満の原因になるおそれもあるからです。次項以降にて、解説していきます。

給与規定については、以下のページをご覧ください。

給与規定について

定期昇給とは

定期昇給とは、会社の定めたタイミングで定期的に昇給する制度のことです。昇給のタイミングは会社ごとに様々ですが、年齢や勤続年数に応じた、年功序列の考え方が給与の算定に反映されており、多くの企業で定期昇給制度が採用されています。

より詳しい内容については、以下のページをご覧ください。

定期昇給について

昇給に関する就業規則の定め

就業規則には、必ず記載しなければならない絶対的必要記載事項があり、昇給に関する事項もこれに当てはまります。また、就業規則に昇給に関する規定があれば、昇給は会社の義務ともなります。昇給に関する事項は、従業員にとっても、使用者にとっても、非常に重要な賃金にかかわる労働条件にも該当するため、就業規則に明確に定めて、従業員に周知しておくことが大切となります。

なお、就業規則等に昇給の場合のみの規定をしていると、会社の裁量によって降給を行うことができなくなってしまうため、昇給と降給に関する規定を定めると良いでしょう。

昇給の要件

実際に昇給を実施するには、その根拠をはっきりと決めたうえで、従業員に対して周知を行うと良いでしょう。具体的な昇給の要件としては、従業員の年齢や勤続年数、スキルアップのほか、会社の業績等が挙げられます。昇給の要件を定めた場合には、その要件を就業規則等に記載しておくことで、従業員への周知につながります。

なお、昇給の根拠にかかわらず、入社当初に交わした労働契約等に昇給が確約されていれば、必ず昇給をさせる必要があります。

人事評価制度による基準

人事評価は、従業員の日々の勤務状況を通じて、従業員の能力や仕事ぶりを評価し、昇進、昇給等の決定に役立てることをいいます。人事評価制度を明確に定めておくことによって、従業員の勤務態様のうち、評価の対象となる行為を特定し、段階的に判断することが可能となり、昇給の分かりやすい評価基準として用いられています。

賃金テーブルによる基準

賃金テーブルとは、年齢や評価の良し悪しに応じて、どの程度賃金が上下するかをあらかじめ表にして分かりやすく定めておくものです。昇給の要件や内容を定める場合、賃金テーブルの方法を採用する会社もあります。どのような形で昇給の基準を設ける場合でも、昇給に関する基準を設けるのであれば、就業規則等に定めておく必要があります。

昇給の要件に関する裁判例

【大阪地方裁判所 昭和59年7月18日判決、大阪暁明館事件】

事件の概要

原告らは被告である社会福祉法人の病院に勤務していました。被告の就業規則の付属協定である給与規定には昇給の要件が定めてあり、実質上、「(1)前回の昇給時から1年経過し、(2)うち3ヶ月以上欠勤したことがなく、(3)技能が著しく不良もしくは勤務怠慢等と評定されないとき行う」という要件のみで運用されていました。しかし、原告らは、昭和56年度から58年度の間、給与規定所定の昇給がされていないとして、昇給額、それを基礎とした住宅手当および57年度の夏・冬季各一時金の支払いを求めた事例です。

裁判所の判断

裁判所は、過去に毎年、定期昇給を実施し、上記(2)(3)の昇給欠格要件に該当するとして定期昇給を留保された者がいなかったことに鑑みると、昇給に使用者の意思表示を要するとしても、労働者に上記(1)および(2)の要件があるときは、使用者において上記(3)の欠格要件を主張、立証しない限り、使用者は労働者を昇格させるべき責務を負っているとしました。

また、被告の給与規定は就業規則の付属規定であり、その規定はいずれも合理的で、これらの規定を制定して以来、被告とその労働条件は就業規則および給与規定に従って運用されてきたものであるため、被告の就業規則および給与規定は被告に勤務する労働者のみならず、被告自身も法的に拘束するものというべきである、として原告らの請求を認容しました。

昇給の時期

昇給時期は、毎年1回4月に実施される企業が多いです。その理由としては、多くの企業が4月から新しい事業年度としてスタートしたり、新卒の入社のタイミングが4月であったりといった理由が挙げられます。また、賃金の変更を統一することで、企業側が労務管理をしやすくなるという点も挙げられます。

しかし、例外として4月以外に昇給する場合もあります。例としては、昇進等によって役職が変更となる場合や、転勤や資格取得によって手当等が付く等によって、会社が必要と認めたときには、臨時昇給の可能性があります。また、会社の業績の悪化が著しい場合には、定期昇給を行わないということもありえます。

臨時昇給についての詳細は、以下のページをご覧ください。

臨時昇給について

昇給額と昇給率

昇給額とは、月給の平均が前年の月給の平均と比較し、どの程度増加したのかを示す金額を指します。また、昇給率は昇給前と昇給後を比較し、給与がどのくらいのパーセンテージで上がったかの割合を指します。

昇給額・昇給率の算出方法としては、以下のとおりです。

●【昇給額=昇給前の給与×昇給率】

例えば、昇給率が1%で、給与が25万円だった場合は、25万円×1%=2500円となり、2500円が昇給額となるため、昇給後の給与は25万2500円となります。昇給額を調べる場合は、昇給率と共に確認することとなります。

●【昇給率=昇給後の給与÷昇給前の給与】

例として、1年目の給与が20万円、2年目の給与が20万5000円だったとします。この場合、20万5000円÷20万円=2.5%が昇給率となります。

昇給の平均額

昇給を実施した企業では、どの程度の昇給なのでしょうか?

2019年の大企業、中小企業の平均昇給額、昇給率については、春季生活闘争の結果から、以下のとおりになっています。

大企業の平均昇給額
月給 平均昇給額
20万円 4240円
25万円 5300円
30万円 6360円
中小企業の平均昇給額
月給 平均昇給額
20万円 3740円
25万円 4675円
30万円 5610円

また、従業員が1000人以上の大企業は2.12%、100人未満の中小企業は1.87%の平均昇給率となりました。

上記から従業員の数が多い大企業ほど平均昇給額が高く、従業員の数が少なくなると、平均昇給額も低くなっていくことが分かります。また、中小企業は経済の影響を受けやすく、時期によっては昇給率が不安定になることが、昇給額が低くなる原因の一つです。

昇給の対象外とする規定

定期昇給を行わないことも可能ですが、その際、定期昇給を行わない理由について就業規則等を変更する必要があります。

また、降給の可能性とその条件についても、明確にしておくことも必要です。しかし、降給は、重要な労働条件の不利益変更となりますので、合理的な理由が求められ、原則として使用者が一方的に決める事は認められません。

そのため、「育児休暇で勤務していなかった者は昇給の対象としない」等といった不合理な理由によって、従業員が不利益となるような規定は認められないとされています。合理的な理由の具体例としては、勤務成績や勤務能力が極めて悪いこと、欠勤率が高いこと、懲戒処分を受けたこと等が挙げられます。

昇給や懲戒処分の詳細は、以下のページをご覧ください。

昇給制度について
懲戒処分

昇給通知の必要性

労働基準法では、「労働者の雇入れ時」に労働条件の通知義務があります(労基法15条)。昇給は労働条件の変更のひとつとして捉えられますが、定期昇給が賃金規定によって定められている場合、昇給の際に必ず通知をしなければいけないという法的義務はありません。

しかし、給与は、原則として、使用者と従業員の合意に基づいて変更するものですから、昇給の際に通知をする方が望ましいといえます。特に、臨時の昇給があった場合等は、残業代等と混同してしまい、従業員が、給与が上がったことに気付かないこともありえます。

また、定期昇給の場合でも、昇給額を通知することで、従業員のモチベーションを上げる効果が期待できます。そのため、昇給をする場合には、従業員に対して、辞令を出すのが良いといえます。

昇給による社会保険料の改定

昇給は、従業員の固定賃金が変更となり、社会保険料額にも変動が生じますが、実際に変更となるのは、昇給後3ヶ月分の給与を平均し、標準報酬月額に対して一定の変動があったときです。昇給後、すぐに社会保険料が変更になるわけではないので、注意しましょう。また、給与から控除する社会保険料額を変更するだけでなく、年金事務所へ「報酬月額変更届」を提出しなければなりません。

ただし、変更届を提出する必要があるのは、以下の要件をすべて満たすときになります。

  • ・昇給または降給等によって固定的賃金が変更した場合
  • ・固定的賃金が変更した月以後継続した3ヶ月間に支給された報酬の平均額が、これまでの標準報酬月額と2等級以上の差が生じた場合
  • ・変更月から3ヶ月間の報酬支払いの基礎日数が、いずれも17日以上である場合

定期昇給の導入を検討する際の注意点

企業の業績不振等により、昇給制度の廃止という賃金にかかわる労働条件の変更をする場合、就業規則の変更をする必要があります。

しかし、昇給制度の廃止は、従業員にとって不利益な変更に該当するため、従業員の合意が必要となります(労契法9条)。昇給制度の廃止に従業員全員が同意する場合は極めて稀といえるため、昇給制度の廃止をする場合、就業規則の不利益変更が認められる要件を満たす必要があります。

具体的には、従業員に生じる不利益の程度や就業規則の変更の必要性、代償措置の有無、同業他社の状況等を総合考慮することになります。

このように、定期昇給や昇給制度を導入する場合、事後的に会社の業績が悪化したからといって、簡単に昇給制度を廃止することはできません。昇給制度の導入にあたっては、会社の業績の見通し等、長期的な視点を持って検討していく必要があるといえます。

昇給の廃止についての詳細は、以下のページをご覧ください。

定期昇給の停止・廃止
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