合併時の労務管理

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
合併とは、複数の会社を1つに統合する組織再編の方法です。既存の会社に加わる「吸収合併」と、新会社を設立して合体する「新設合併」の2つに分けられます。
では、合併される会社の労働者はどうなるのでしょうか。「合併先で同じように働けるのか」「リストラされてしまうのか」など様々な不安が生まれるでしょう。
そこで本記事では、合併時の労務管理について詳しく解説していきます。労働条件や就業規則変更の有無、合併時の注意点などを取り上げますので、ぜひ一度ご確認ください。
目次
合併による労働契約の承継について
合併では、消滅会社の権利義務すべてが承継会社(又は新設会社)に移ります。つまり、全労働者の労働契約はそのまま引き継がれ、従来の労働条件が維持されることになります。なお、この承継について労働者の同意を得る必要はありません。
また、正社員だけでなく、契約社員やパート、アルバイト、嘱託職員なども承継の対象です。
しかし、複数の会社を統合すると、1つの会社に複数の労働条件が混在し、人事管理が複雑になります。また、「同じ仕事をしているのに労働条件が違う」という事態が起こり、労働者が不満を抱くおそれもあります。
そこで、合併時は、あらかじめ承継会社の労働条件を統一させておくのが一般的です。
合併後の労働条件等の変更について
合併時は、従来の労働条件が自動的に引き継がれます。そこで、承継先の労働条件を揃えるため、承継対象者の労働条件を変更するのが通常です。
ただし、会社が勝手に変更できるものではないので、手順には注意が必要です。以下で詳しくみていきます。
合併後の就業規則
合併後、消滅会社の就業規則はそのまま承継会社に引き継がれます。そのため、承継対象者には元会社の就業規則が、もともと承継会社で働いていた者には承継先の就業規則が適用され、人事管理がややこしくなります。
そこで、承継対象者の就業規則を変更し、社内のルールを統一させるケースが多いです。
もっとも、労働条件の不利益変更にあたる場合(労働条件を引き下げる場合)、就業規則の変更には労働者本人の同意が必要です。会社が一方的に変更することは基本的にできません。
別々の就業規則を適用することは可能か
就業規則は事業場単位で作成するものであるため、社内に複数の就業規則があっても法的には問題ありません。それぞれの適用範囲を明確にし、社内に備え付けておけば、別々の就業規則を適用することも可能です。
しかし、複数の就業規則があると労務管理が大変ですし、労働者が不公平感を抱く可能性があるため、あまりメリットはありません。例えば、「仕事内容は同じなのに、賃金や退職金の算定方法が違う」などの不満を招くおそれがあります。
そのため、合併前(又は合併後)に、承継先の就業規則を1つに統一しておくことをおすすめします。
なお、労働者の同意がなかなか得られない場合、運用開始までに猶予期間を設けるなど譲歩案を提示するのも効果的です。
合併後の福利厚生
家賃補助や施設割引といった福利厚生も、基本的に消滅会社の規定がそのまま承継されます。したがって、承継会社でも従来の制度を利用することができます。
ただし、コスト削減などの理由から、福利厚生の一部が廃止または不利に変更される可能性はあります。例えば、社宅の廃止などが考えられます。
その場合も、あらかじめ労働者に十分な説明を行い、合意を得たうえで実行することが重要です。経営難などの事情があっても、会社が一方的に変更することは認められません。
また、社宅の廃止は労働者の生活にも影響するため、手当や補助を上乗せするなどの措置がとられるケースもあります。
合併後の給与
給与については、合併後に猶予期間を設けつつ、徐々に統一していくのが一般的です。
具体的には、合併前に新たな給与体系を定め、労働者に周知しておきます。ただし、合併後すぐに反映するのではなく、数年は従来の給与を保証するというケースが多いです。
なお、合併によって給与がアップする場合、差額分は調整給などの名目で支給することもあります。
減給を行う場合
合併によって業務・役割が軽減された場合や、業績が低迷している場合など、減給せざるを得ないケースもあります。また、承継先の給与水準の方が低い場合、そちらに合わせて給与を引き下げることも多いです。
ただし、減給は労働条件の不利益変更にあたるため、基本的に労働者全員から個別に合意を得る必要があります。給与削減案などを作成・周知し、合意書を提出させるのが良いでしょう。
また、労働組合がある場合、減給に関する労働協約を締結するという方法もあります。労働者の4分の3以上が組合に加入している場合、組合員・非組合員いずれにも労働協約の効果が及びます。
合併時の退職金制度
退職金の扱いについては、特に注意が必要です。
合併によって退職金を減額する場合、労働者が納得のうえで合意したと客観的に証明しなければなりません。例えば、変更の内容を説明するだけでなく、協議の経緯や議事録なども記録しておくのが望ましいでしょう。
合併時の退職金については、以下のページでも詳しく解説しています。
合併に伴う社員の待遇
合併によって労働条件や就業規則はそのまま承継されますが、例外はあるのでしょうか。
例えば、「合併の種類によってルールも違うのか」「役員なども同様に承継されるのか」など様々な疑問が浮かびます。これらの点について、以下でみていきましょう。
吸収合併された場合の社員の待遇
前提として、合併では消滅会社のすべての権利義務がそのまま承継されます。したがって、完全に他社に吸収される「吸収合併」でも、新会社に複数の会社を統合する「新設合併」でも、労働者の雇用契約や就業規則、労働条件などは従来のものが維持されます。
また、労働者自体も承継されるので、合併がリストラや人員整理に直結するわけではありません。
なお、子会社が親会社に吸収される場合も同様です。
ただし、合併後は、不公平感をなくすために労働条件を統一するのが一般的です。承継会社(吸収する側)に合わせて変更するケースが多いですが、混乱やトラブルを避けるため、一定の猶予期間を設けることもできます。
役員等管理職の扱い
管理職(役職者)については、合併前後で待遇が変わってしまう可能性があります。合併によって部署が統合されれば、各ポジションに余剰人員が生じるためです。つまり、合併後も管理職の座が保証されるとは限らず、降格することも十分あり得ます。
ただし、降格には合理的な理由が必要であり、その判断基準は就業規則で明確に定める必要があります。これに違反した場合、人事権の濫用として降格が無効になる可能性があるため注意しましょう。
なお、役員の待遇にも注意が必要です。
承継会社の役員については、合併後もその地位は変わりません。よって、当初の任期満了まで役員を続行します。
一方、消滅会社の役員は、合併後当然に承継会社の役員に就任できるわけではありません。承継会社の役員となるには、合併前に、承継会社の株主総会で選任の決議を得ることが必要になります。
有給休暇や勤続年数はどうなるか
合併の場合、有給休暇の残日数や勤続年数もそのまま引き継がれます。そのため、承継会社が有給休暇の取得を拒否したり、勤続年数をリセットしたりすることは認められません。
また、合併前や合併後に有給休暇の買取りを求められるケースもあります。例えば、「合併後は有休を取りにくいから、その分お金を支払ってほしい」といった理由です。
しかし、有給休暇の買取りが認められるのは退職時の未消化分などに限られるため、応じないようにしましょう。
希望退職の募集に応じてもよいか
合併によって余剰人員が生じた場合、解雇の前に希望退職などを検討しましょう。解雇は相当の合理性がないと認められず、無効になるケースも多いためです。
希望退職とは、退職金を上乗せするなどの優遇措置を提示し、退職希望者を募る制度です。労働者のメリットも大きいため、人員整理を行うのに有効な手法といえます。
ただし、優遇措置の内容によっては優秀な人材が辞めてしまうというリスクがあります。また、退職希望者が多いと、逆に人手不足になるおそれもあります。
そのため、最終的には会社の承認が必要である旨も定めておくことをおすすめします。
社員への告知義務
合併については、社員への告知義務がありません。これは、合併は労働者の意思に関係なく、すべての労働契約が包括的に承継されるためです。
そこで、労働者に不安を与えないよう、内部的に手続きを進めることも可能です。
しかし、いずれにせよ、合併後の労働条件については労働者と協議する必要があります。特に労働条件の引下げについては揉めやすいので、早めに告知して合意を求めるのが賢明でしょう。
合併に伴う人事整理
合併は業務効率アップや資金力強化など様々なメリットがありますが、余剰人員が発生するリスクも伴います。
人員整理の方法は「解雇」がイメージしやすいですが、解雇は簡単に認められるものではありません。まずは他の方法を検討し、労働者の不利益をできるだけ減らす努力が必要です。
人員整理の詳しい手順は、以下のページをご覧ください。
会社側の不利益変更の必要性について
合併の背景に業績悪化や赤字拡大がある場合、労働条件の不利益変更(労働条件の引下げ)もやむを得ないでしょう。例えば、給与の減額や福利厚生の廃止などが代表的です。
ただし、不利益変更には労働者の同意が必要であり、会社が勝手に行うことはできません。違反した場合、労働トラブルの元になるため注意が必要です。
不利益変更の正しい手順は、以下のページをご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある