労働安全衛生法

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者の心身の健康を守るため、事業主は「安全衛生対策」を行うことが義務付けられています。具体的な対策は労働安全衛生法で定められており、怠った場合は罰則を受けるおそれもあります。また、2019年の法改正により、事業主の責務はより厳格になっています。
労働者が健康で生き生きと働くことは、生産性を向上させるだけでなく、職場環境の改善にもつながります。また、メンタル不調による休職や離職を防ぎ、人手不足に陥るリスクも軽減できるなど、事業主にとっても様々なメリットがあるでしょう。
本記事では、労働安全衛生法の内容や事業主の責務、安全衛生対策の重要性などを解説していきます。快適な職場をつくるため、ぜひご覧ください。
目次
労働安全衛生法とは
労働安全衛生法とは、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境を維持することを目的とした法律です(労安衛法1条)。
労働安全衛生法
(目的)第1条
この法律は、労働基準法(昭和22年法律第49号)と相まって、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。
この法律は、労働基準法から独立するような形で制定されました。また、労働災害を防止するために、労働者を危険から守るための決まりが設けられています。
機械や危険物、有害物に関する規制、労働者に対する安全衛生教育等についても定められており、関係者には罰則付きの義務を課しています。
安全衛生管理を実施するメリット
使用者は、労働者がより安心して働ける環境をつくるために、適切な安全衛生管理を行う必要があります。また、安全衛生管理を行うことで、使用者にもさまざまなメリットがあります。
①生産性の向上 | 安全衛生管理が行き届いた職場は、労働者が安全かつ健康に働けるため、生産性の向上が期待できます。 また、安全衛生教育を徹底することで、事故やミスも減り、企業の利益を守ることにもつながります。 |
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②労働者のモチベーション向上 | 快適に働ける環境があれば、労働者のモチベーションもアップします。また、労働者の意見を積極的に取り入れ、安全衛生管理に活かすことで、よりやる気を引き出すことができるでしょう。 |
③コスト削減の効果 | 事故やミスを減らすことで、余計なコストの発生を防ぐことができます。 労災や機械の故障などが起こると、多額の補償や修理費がかかるため、日頃から安全衛生管理を徹底することが重要です。 |
④人手不足の解消 | 安全衛生管理には、労働者の健康管理という目的もあります。 うつ病や過労死などのリスクを早期に発見し、対処することで、人手不足を防止することができます。 また、安全衛生管理が徹底されている企業は、採用活動でのアピールポイントにもなり得ます。 |
労働安全衛生法、施行令、規則の違い
労働安全衛生の内容は膨大なため、以下の3つに分けて規定されています。
- 労働安全衛生法
国会で定められた「法律」です。事業主に対して様々な義務や罰則を定めており、最も拘束力が 強い規定です。
「~しなければならない」等簡潔な文言が多く、事業主の責務をおおまかに定めており、詳細については、施行令や規則に委ねている部分もあります。 - 労働安全衛生法施行令
内閣によって制定された「政令」です。労働安全衛生法の内容を補うもので、各条文で定められた規定の適用範囲や語句の定義などを定めています。 - 労働安全衛生規則
厚生労働大臣によって定められた「省令」です。事業主に求める対応や禁止行為を具体的に定めており、法律と政令の内容を補うものになります。
例えば、法律で“健康診断の実施”が義務付けられているところ、規則ではその“実施項目”などが明記されています。
労働契約法における安全配慮義務
労働契約法
(労働者の安全への配慮)第5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
安全配慮義務とは、労働者が安全で健康に働ける職場をつくるよう、事業主に課せられた義務のことです(労働安全衛生法5条)。
具体的には、作業場の安全確保や労働者の健康管理、メンタルケアなど多岐にわたります。
安全配慮義務を怠って労働災害が発生した場合、労働者から損害賠償請求される可能性もあります。労使トラブルを防ぐためにも、日頃から安全衛生管理を徹底しましょう。
一方、事業主だけでなく、労働者にも「自己保健義務」が課せられています。
これは、労働者も自身の健康管理を積極的に行い、会社の安全衛生管理に協力しなければならないとするものです。
詳しくは以下のページをご覧ください。
労働者の健康保持増進のための措置
労働者の健康管理は、事業主の責務のひとつです。定期健康診断の実施はもちろんのこと、メンタルヘルス対策や過労の防止にも努めなければなりません。
近年、慢性的な長時間労働や過労死、うつ病などのメンタル不調が問題視されています。それらの問題を是正するため、労働安全衛生法では、事業主にさまざまな具体的措置を義務付けています。
どのような措置が必要か、以下でみていきましょう。
メンタルヘルス対策について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
健康診断の実施
使用者は、労働者の健康状態を守るため、医師による健康診断を実施することが義務付けられています(労安衛法66条)。
労働安全衛生法
(健康診断)第66条
事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断(第66条の10、第1項に規定する検査を除く。以下この条及び次条において同じ。)を行わなければならない。
労働者は、基本的に会社が指定した医療機関において健康診断を行います。また、労働者が50人以上いる事業所では、産業医を選任したうえで、健康診断を実施する必要があります。
健康診断の実施義務については、下記のページで詳しく解説しています。
ストレスチェックの実施
常時50人以上の労働者を使用する企業では、年1回、産業医や保健師によるストレスチェックを実施することが義務付けられています。
労働安全衛生法
(心理的な負担の程度を把握するための検査等)第66条の10
事業主は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者(以下この条において「医師等」という。)による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない。
ストレスチェックとは、労働者のストレスの程度を把握し、メンタル不調を未然に防ぐための制度です。また、結果を労働者に通知し、現在どれほどのストレスを抱えているか自覚させることも目的のひとつです。
なお、ストレスチェックの結果、「高ストレス者」と判定された労働者は、医師の面接指導を受けることができます。本人から申し出があった場合、事業主は速やかに面接指導を実施しなければなりません。
ストレスチェックの詳しい内容は、以下のページで解説しています。
長時間労働者に対する面接指導
長時間労働者に対し、医師による面接指導を実施することが義務付けられています。
面接指導の対象は、「月の残業時間が80時間を超え、疲労の蓄積が認められる者」です。
事業主は、対象者に“長時間労働に関する情報”を通知し、本人から申し出があった場合、速やかに面接指導を実施しなければなりません。
長時間労働は、脳や心臓疾患のリスクを高めるだけでなく、うつ病などのメンタル不調にもつながります。場合によっては、過労死につながるおそれもあります。
面接指導を行うだけでなく、医師の意見を聞いたうえで適切な措置を講じることも重要です。
面接指導の詳細やその後の措置については、以下のページで解説しています。
疾病による就業禁止
事業主は、労働者が特定の疾病にかかった場合、当該労働者の就業を禁止しなければなりません(労安衛法68条)。
労働安全衛生法
(疾者の就業禁止)第68条
事業者は、伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるものにかかった労働者については、厚生労働省令で定めるところにより、その就業を禁止しなければならない。
また、本規定によって就業を禁止する場合、あらかじめ医師や産業医の意見を聞くことが義務付けられています。
これは、労働者本人の体調を悪化させないことや、他の従業員に伝染させないことを目的とした規定です。
なお、新型コロナウイルスは「指定感染症」にあたるため、労働安全衛生法だけではなく「感染症法」も適用されます。その結果、事業主の指示によるまでもなく、感染症法に基づき強制的に就業が禁止されます。
よって、就業禁止にあたって医師や産業医の意見聴取も必要ありませんし、休業手当を支払う必要もありません。
なお、疾病による就業禁止は、就業規則に定めておくことをおすすめします。
詳しくは以下のページをご覧ください。
職場環境の管理
使用者は、労働者の健康管理だけではなく、職場の環境に関しても安全・衛生に保つよう努めなくてはいけません。労働者にとって快適な職場環境を整えることにより、ストレスが軽減され、労働者それぞれの能力向上にもつながるでしょう。
以下の項では、快適な職場環境をつくるための措置について説明していきます。

作業環境の改善
労働者が快適で働きやすい作業環境を整備しなければなりません。
例えば、不快と感じないような空気環境、外部からの騒音を遮断する等の音環境、季節や作業に適した温熱条件を整えるなどの措置が大切となります。
作業方法の改善
労働者の心身の負担を軽減するため、相当な筋力を必要とする作業について、見直しや改善が必要です。
例えば、不自然な姿勢や高い緊張状態が続く作業、高温・多湿の場所での長時間の作業、ひたすら荷物を運搬する作業などは、労働者に大きな負荷がかかります。
これらの作業が中心となる職場では、できる限り労働者の負担が軽くなるように、作業方法の改善を図りましょう。
疲労回復施設・設備の設置
作業による労働者の心身の疲労は、なるべく早く回復を図る必要があります。
そのため、疲労やストレスを癒すことができるような休憩室や、汚れを伴った作業や発汗するような作業を行う者に向けたシャワー室、ストレス発散や運動不足を解消できる運動施設などの設備を設置することが望ましいです。
その他の施設・設備
快適な職場環境をつくるために、トイレや洗面所、更衣室、食堂、給湯設備など職場での生活にかかせない場所は、清潔で使いやすいように維持する必要があります。
安全衛生に関する就業規則の定め
安全衛生に関する規定は、就業規則の「相対的必要記載事項」にあたります。
相対的必要記載事項とは、事業所でルールを設ける場合には必ず記載しなければならない項目のことで、以下のような項目を設けるのが一般的です。
- 遵守事項(設備点検の徹底や喫煙場所の指定など)
- 健康診断の実施
- ストレスチェックの実施
- 長時間労働者への面接指導
- 安全衛生教育
- 労働災害に対する補償
- 安全衛生委員会の運営ルール
- 感染症に対する措置
2019年4月の法改正による変更点
2019年に働き方改革が導入されたことに伴い、労働安全衛生法も改正されました。
改正の目的は、長時間度労働などの問題を是正し、労働者に健康障害が生じることを未然に防ぐことにあります。また、それにより、すべての労働者が生き生きと働ける社会の実現を図っています。
改正の主なポイントは、以下の5つです。
- 労働時間の状況の把握
- 長時間労働者に対する面接指導
- 産業医や産業保健機能の強化
- 法令等の周知方法
- 心身の状態に関する情報の取扱い
法改正により、これまで努力義務だったものが義務化されたり、面接指導の対象範囲が拡大されたりと、事業主にとってより厳格な内容となっています。
詳しくは以下のページをご覧ください。
労働安全衛生法違反による罰則
労働安全衛生法に違反した場合、事業主には刑罰が科される可能性があります。具体的には、以下のような行為が罰則の対象となります。
- 健康診断の未実施
- 安全衛生教育の未実施
- 産業医の未選任
- 衛生委員会の未設置
- 疾病者の就業禁止違反
- 書類の保存義務違反
また、安全衛生法には「両罰規定」が定められています。そのため、違反行為を行ったのが従業員の場合、事業主も罰則を受けることになります(労安衛法122条)。
これは、事業主は従業員を指揮監督する立場にあり、その違反行為を防止する責任があると考えられるためです。
労働安全衛生法
(厚生労働省令への委任)第122条
法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用者その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して、第116条、第117条、第119条又は第120条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する。
安全衛生の管理体制について
労働者が安全で衛生的な職場で働くためには、組織的に労働災害の防止をするための体制が整っていることが必要です。具体的には、事業主は様々な管理者を選任し、適切に指示・監督しなければなりません。
例えば、安全にかかわる措置に関する事項を管理する「安全管理者」や、労働者の健康管理を行う「産業医」の選任を行うこと、職場の安全衛生水準を向上させるために「安全衛生委員会」設置することなどが求められます。
詳細については、下記の各ページよりご覧ください。
労働者の危険・健康障害を防止するための措置
事業主は、労働者の危険や健康障害の発生を防ぐため、さまざまな措置を講じる必要があります。
具体的な措置については、以下の施行令や規則において定められています。
- クレーン等安全規則
- 特定化学物質健康障害予防規則
- 高気圧作業安全衛生規則
- 事業所衛生基準規則
- 粉じん障害防止規則など
また、万が一労働災害が発生した場合、二次災害や再発を防ぐため、速やかに原因調査及び被害の拡大防止措置をとることが重要です。
事業主に求められる対応は、以下のページでも解説しています。
安全衛生教育の重要性について
安全衛生教育とは、労働者に作業の危険性や安全対策について理解させるために実施する教育をいいます。労働災害の発生を未然に防いだり、労働者の心身の健康状態を維持したりするのが目的です。
具体的には、雇入れ時や作業方法の変更時の教育、定期的な健康教育などを行います。
また、危険物や有害物質を扱う者だけでなく、デスクワークを行う者も教育の対象となります。事務作業であっても、長時間のパソコン操作による疲労の蓄積やメンタル不調を引き起こす可能性があるため、職務内容に応じた適切な教育を実施することが重要です。
安全衛生教育の詳細は、以下のページでも解説しています。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある