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異動

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

使用者は、労働契約に基づき、労働者から労務の提供を受けることになります。また、それに附随する指示や命令を日常的に行うことになります。中でも、労働者に対する人事異動の命令は、労働者に不利益が生じることもあるため、命令の根拠を定めておくことや、命令の内容について十分に検討しておく必要があります。人事権を濫用することは、優秀な人材の離職を招いたり、権利の濫用として紛争に発展したりするおそれがあり、使用者にとっても大きな不利益となりかねません。

このページでは、使用者が労働者に対して人事異動を命じる際に注意すべきことを中心に、具体的な法規定等を交えて解説していきます。

人事権行使による人事異動

【人事権】は、広義では、労働者を企業組織の構成員として受け入れ、組織の中で活用すること、そして究極的には普通解雇という方法で労働契約関係を一方的に終了させる権限まで含まれています。人事権には、採用、配置、異動、人事考課、昇進、解雇といった、企業組織における労働者の地位の変動や処遇に関する使用者の決定権限等、様々な場面があります。これらには、労働者に有利な人事権の行使もあれば、不利益を生じさせる人事権の行使もあります。

このうち、労働者に不利益を生じさせるような人事権の行使に関しては、法律や判例等による重要な規制(例:解雇規制、均等待遇の原則、男女の雇用機会均等、不当労働行為の禁止等)を受けています。また、労働協約、就業規則、労働契約等に根拠規定が定められていなければ、人事権を行使する要件を欠いている場面も考えられます。つまり、使用者は、こういった規制の範囲内で【人事権】を行使する方法を検討していかなければなりません。

人事異動の意義

人事異動は、組織の活性化や、従業員の育成を目的として行うことが一般的です。

企業戦略の実現のためには、従業員を適材適所へ配置し、業務の効率化を図る必要があります。人材育成の観点からは、人事異動によって他の業務に携わることで、視野を広げ、能力を高めることが期待できるといった側面もあります。また、従業員の能力が高ければ、スキルやノウハウを水平展開することで、組織体としての成長に相乗効果が得られることもあるかもしれません。

定期的な人事異動は、業務のマンネリ化を解消し、従業員の意欲低下、ひいては企業全体の生産性の低下を防止するためにも有用です。加えて、人員を入れ替えることで風通しの良い職場環境を整え、対立した人間関係の緩和を試みたり、不正を防止したりする目的を有する場合もあります。

これらのように、企業が行う人事異動の背景には様々な理由があり、使用者は状況に応じて人事異動を行う必要性を判断しながら、人事異動を実施しているでしょう。

人事異動の有効性

人事異動の有効性は、①就業規則や労働契約に、根拠規定が存在しているか否か(例えば、業務の都合により、配置転換、転勤等の人事異動を命じることがある、といった定め)、②当該根拠規定の要件を充足し、業務上の必要性が認められること、③不当な動機や目的で行われたものではないこと、④通常甘受すべき程度を著しく超えるような不利益を労働者に与えていないこと、といった要素を考慮して判断されます(最高裁 昭和61年7月14日第二小法廷判決、東亜ペイント事件参照)。これらの要件を充足していない場合には、人事権の濫用として人事異動に関する命令が無効となることになります。

なお、労働契約において職種や勤務地を限定するような合意がある場合には、使用者の人事異動の権限は制限されることになるため、注意が必要です。

【人事権の濫用】については、<7-1人事権の濫用>に説明を譲ります。

就業規則の整備による紛争防止

人事異動について就業規則に明示し、従業員に周知することは、使用者の人事異動の権限を明確にし、紛争の防止及び紛争発生時の円滑な解決のためにも重要です。

例として、厚生労働省が公表しているモデル就業規則(平成31年3月)の8条をみてみましょう。

モデル就業規則

(人事異動)第8条

1 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。

2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。

3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。

このように、就業規則によって使用者と労働者の権利・義務が明確になっていれば、使用者は要件を意識して人事異動の必要性を検討しつつ人事管理を行うことにつながり、コンプライアンス意識を高められるでしょう。また、労働者に対しても、根拠を明示して人事異動を説明することで、無用な紛争の抑止が期待できます。仮に訴訟に発展するような紛争が生じた場合にも、命令の根拠規定が存在していることや、当該規定に基づきいかなる説明を行ったのかといった点は重要です。

人事異動の種類

人事異動は、配置換えや転勤といった《所属企業内の人事異動》、出向や転籍といった《所属企業外の人事異動》の2つに大別されます。基本的には、所属企業内の人事異動の方が労働者に与える影響は小さく、所属企業外への人事異動の方が影響は大きくなりそうです。これらの人事異動の例として、以下の4項目について個別にみていきましょう。

配転

同一勤務地で所属部署・業務内容が変わる“配置換え”や、同一企業内で転居の要否にかかわらず勤務地が変わる“転勤”のことを指します。配置換えと転勤を合わせた言葉が「配転」です。

出向

企業との雇用契約を継続したまま、他企業に勤務してそこで業務に従事させることをいいます。通常、対象者の労働条件は出向元企業に準ずることとなりますが、業務の指揮命令権は出向先企業に移すことが一般的です。しかしながら、出向条件の設定や出向先での不祥事等に対する懲戒処分の方法といった、出向特有の問題点もあります。

出向についてのより詳しい内容は、以下のページでご覧いただけます。

異動 出向

転籍

在籍する企業との雇用契約を一度解除し、転籍先企業と雇用契約を締結して勤務し、転籍先企業の業務に従事させることをいいます。業務の指揮命令権だけでなく、対象者の雇用も転籍先企業に移る点が、“出向”とは異なります。

転籍についてのより詳しい内容は、以下のページでご覧いただけます。

人事異動における転籍に関する規定について

昇格・降格

企業内での地位が上がることを“昇格”、反対に、企業内での地位が下がることを“降格”等といいます。企業によって、呼び方は異なることもあり、“昇進”や“昇級”等により給与の上昇を伴うものや、降格のほか、“降職”や“降級”等により給与の減額を伴うものもあります。

給与の減額等を伴う降格については、法的な問題点もあります。詳しい内容は以下のページをご覧ください。

異動 降格

企業組織再編成に伴う労働者の異動

合併の場合

合併には、①吸収合併と②新設合併の2種類があります。いずれも、2つ以上の会社の一方又は全部の会社が解散(消滅)し、消滅する会社の権利義務をすべて、①の場合は存続会社、②の場合は新設会社に承継(包括承継)させることをいいます。

会社法では、存続会社又は新設会社は、①の場合は「効力発生日に」、②の場合は「その成立の日に」、「消滅会社の権利義務を承継する」ものとしています(会社法750条、754条)。

この承継する権利義務の中には労使間の労働契約も含まれています。したがって、消滅会社の労働者の雇用は、労働者の同意がなくとも、自動的に存続会社又は新設会社に承継されます。

事業譲渡の場合

事業譲渡とは、事業の一部又は全部を他社に譲渡することをいいます。事業譲渡においては、譲渡会社と譲受会社との間で合意した権利義務のみが承継(特定承継)されます。したがって、譲渡会社の労働者の雇用を承継させるためには、譲渡会社と譲受会社間で労働契約を承継する旨の合意が必要です。加えて、転籍について労働者に個別の同意を得る必要もあります(厚生労働省「事業譲渡等指針」参照)。

事業譲渡等指針

(1)労働契約の承継に関する基本原則

事業譲渡における権利義務の承継の性質は、個別の債権者の同意を必要とするいわゆる特定承継であるため、事業譲渡を行う会社等は、労働契約の承継を予定している労働者と譲渡会社等との間で締結している労働契約を、当該事業を譲り受ける会社等に承継させる場合には、承継予定労働者から、個別の承諾を得る必要がある。

会社分割の場合

会社分割とは、事業に関する権利義務の一部又は全部を承継会社(合併における存続会社に同じ)又は新設会社に承継(部分的包括承継)させることをいいます。合併との相違点は、部分的に包括承継が生じる点であり、承継させたくない労働者を残すといった判断がなされるおそれがあります。そのため、労働契約承継法によって、労働者保護が図られています。

まず、承継事業を主として従事する労働者の雇用は、分割契約又は分割計画に承継される者として記載されている場合には、原則として承継会社に承継され(労働承継法3条)、記載されていない場合には、労働者の異議申立てによって承継会社へ承継されることとなります(労働承継法4条1項)。主として従事する労働者からあえて外すために人事異動等を行ったとしても、適用を免れるものではありませんし、そのような人事異動は、人事権の濫用と評価されるおそれがあります。

他方で、承継事業に従として従事する労働者及び承継事業に従事していない労働者の雇用は、承継される者として記載されていない場合には、原則として分割会社に残留することになります。なお、記載されている場合であっても、労働者の異議申立てによって分割会社に残留することができます(労働承継法5条1項、3項)。

人事異動を行う際の注意点

権利の濫用や労働契約違反等と認められる人事異動は無効となり、異動前の状態が維持されます。そのため、人事異動を行う際には、有効な就業規則等に配転命令権の根拠があること、業務上の必要性と労働者が受ける不利益の程度を踏まえて判断すること、労働契約による合意の範囲外の異動でないこと等に注意しなければなりません。

また、育児介護休業法等においては、人事異動による不利益に関する配慮事項等も定められており、法令上の規制にも注意が必要です。

人事権の濫用

以下のようなケースの人事異動は、人事権の濫用であるとして無効となる場合があります(労契法3条5項)。

  • (ア) 業務上、人事異動の必要性がない
  • (イ) 労働者への嫌がらせのため等、人事異動に不当な動機や目的がある
  • (ウ) 人事異動によって、労働者が通常甘受すべき程度を著しく越える“不利益”を負わせる

例えば、(ウ)に掲げる“不利益”の中には、人事異動によって子供の養育や家族の介護が困難となる場合等が含まれています。使用者は、このような個別の事情に配慮して人事異動を行うべきとされています(育介法26条)。

労働契約法

(労働契約の原則)第3条

5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

育児介護休業法

(労働者の配置に関する配慮)第26条

事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。

人事異動における男女平等

男女雇用機会均等法では、使用者は、雇用管理のすべての段階において、「労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない」(雇均法6条)と定めています。

人事異動の拒否

日本の正社員の多くは、長期的に働くことを前提として雇用されているため、使用者からの解雇に関する規制が厳しい反面、使用者が持つ人事権は広く認められやすい傾向にあります。労働者が人事異動を拒否できるケースは、限定的であるといえるでしょう。

人事異動の拒否についてのより詳しい内容は、以下のページに説明を譲ります。

異動 人事異動の拒否

異動における業務の引継ぎ

人事異動は、主に、業務の効率化、組織の活性化等を目的として行われますが、人事異動に際し後任者への引継ぎがなされず、業務の運営に支障を来すようであれば、本来の趣旨を違えてしまいます。引継ぎ業務によるトラブルを回避するためには、就業規則等に、引継ぎ業務を義務化する旨や、引継ぎを怠った場合の処遇等を記載しておくと良いでしょう。

しかし、異動の対象となる労働者から有給休暇を請求された場合、使用者は、有給の取得を当然に拒否することはできません。当該労働者の有休取得の時季を変更できるのは、“業務の正常な運営を妨げる”場合に限定されているため、有給の取得が業務の引継ぎに与える影響を踏まえて、時季変更権を行使する必要があります。

ワークライフバランスへの配慮

「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」(労契法3条3項)として、人事異動の決定においては、労働者のワークライフバランスへの配慮がなされることが求められます。

少子高齢化や長時間労働が深刻化している日本の社会情勢からみれば、短時間勤務制・フレックス制・テレワーク制のような勤務形態の多様化や、各種休暇取得の促進等、育児や介護と仕事の両立をかなえるための制度を整備し、対応することは急務です。

労働人口の減少に対し、使用者が必要な人材を確保するためにも、使用者側の事情だけでなく、労働者のワークライフバランスへ配慮した人事異動が求められる時代となっています。人事異動を労働者にとって不利益な出来事とするのではなく、それによって労働者のモチベーションの上昇へ繋げることができれば、組織全体の生産性の向上、ひいては企業のイメージアップにも繋がります。

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