フレックスタイム制の改正|清算期間の延長
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲(東京弁護士会)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある
労働者自身で日々の始業・終業時刻や労働時間の長さを決めることができる「フレックスタイム制」は、私生活と仕事の調和や効率的な働き方の実現を図ろうとする制度だといえます。そして、より柔軟な働き方の選択を可能にするために、働き方改革の一環として、フレックスタイム制に関する法改正が行われました。
今回の改正により、フレックスタイム制はどのように変わったのでしょうか?働き方改革に伴う法改正によるフレックスタイム制の変更点についてまとめますので、フレックスタイム制を導入している、あるいは導入を検討している使用者の方に役立てていただければ幸いです。
目次
フレックスタイム制の清算期間の延長
政府が主導する働き方改革によって、フレックスタイム制に関する法改正が行われた結果、フレックスタイム制の清算期間の上限が“3ヶ月”に延長されました(労基法32条の3第1項2号)。
2019年4月に改正後の労働基準法が施行されるまでは、清算期間の上限は“1ヶ月”までと定められていたため、労働時間の調整は月内で行うしかありませんでした。しかし、当該改正によって、3ヶ月単位で総労働時間をまとめて考えられるようになったため、月をまたいだ労働時間の調整が可能になり、より柔軟な働き方ができるようになりました。
改正後のフレックスタイム制の活用事例としては、資格取得を目指す労働者であれば、資格試験の前月及び当月は早く退社して勉強時間を確保し、資格試験後の月は長時間働くことで労働時間の釣り合いをとるといったようなケースが考えられます。
フレックスタイム制とは
「フレックスタイム制」とは、一定の期間における総労働時間の範囲内で、労働者自身が日々の始業・終業時刻や労働時間の長さを決められる制度であり、弾力的労働時間制度の一種に当たります。労働者が私生活と仕事の調和を図れるように、また、効率的に働けるように、柔軟な働き方を実現させることを目的として、1987年に行われた労働基準法の改正により、1988年4月から正式に導入されました。
このように、フレックスタイム制は労働時間の効率的な配分を可能にするため、使用者としては、労働生産性の向上や、労働者市場での企業価値の向上、労働者の定着率の向上といったメリットを得ることができます。
改正の目的や背景
フレックスタイム制の清算時間の上限延長という今回の法改正は、従来のフレックスタイム制に一層の柔軟性を持たせて会社への導入率を上げることにより、働き方改革を促進するために行われました。
2015年度の厚生労働省の調査によると、従来のフレックスタイム制を導入している会社の割合は、企業規模が1000人以上の会社であっても21.7%程度に留まっており、とても普及しているとはいえませんでした。その理由のひとつとして、従来の制度では、月末近くで時間外労働が発生してしまうと割増賃金を支払わなければならなくなる等、活用しにくかったことが挙げられると考えられます。そのため、月をまたいだ労働時間の調整を可能にするという、今回の法改正が行われたものと思われます。
清算期間3ヶ月の注意点
もっとも、法改正がなされたからといって、漫然と清算期間を延長することはできません。清算期間を延長させるうえで注意すべきポイントがいくつかあるので、次項より解説していきます。
繁忙月に労働時間を偏らせることはできない
清算期間を1ヶ月超3ヶ月以下に設定した場合でも、清算期間における月別の労働時間を繁忙月に偏らせることはできません。具体的には、繁忙月であっても、1ヶ月の労働時間が週平均50時間を超えることは許されません。
なぜなら、清算期間が1ヶ月を超える場合には次の条件を満たさなければならないからです。
- ①清算期間における総労働時間が法定労働時間の総枠を超えない
=清算期間全体の労働時間が週平均40時間を超えない - ②1ヶ月の労働時間が週平均50時間を超えない
上記のいずれかの限度を超えて労働させた場合、限度を超えた労働時間は時間外労働とされます。そのため、たとえ繁忙月と閑散月の差が大きい会社でも、繁忙月の労働時間を過度に増やして閑散月との釣り合いをとることは許されません。
労使協定の届出が必要
清算期間について1ヶ月を超えた期間で設定する場合には、フレックスタイム制を導入するための2要件(後述します)に併せて、「労使協定の届出」が必要になります。
つまり、清算期間が1ヶ月を超えるフレックスタイム制を導入する場合には、その旨について労使間で書面契約し、所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。
届出を怠った場合の罰則
フレックスタイム制の清算期間が1ヶ月を超えるにもかかわらず、その旨の労使協定を所轄の労働基準監督署に届け出なかった場合、30万円以下の罰金に処せられます(労基法120条1号)。届出を怠らないよう注意しましょう。
フレックスタイム制導入の要件
そもそもフレックスタイム制を導入するためには、次の2つの要件を満たす必要があります。
【フレックスタイム制導入の要件】
- (1)就業規則等への規定
- (2)所定事項に関する労使協定の締結
※なお、清算期間が1ヶ月を超える場合には、「労使協定の届出」も必要になります。
(1)について
フレックスタイム制の導入にあたっては、就業規則やこれに準ずる規定等に、「始業・終業の時刻について、労働者自身の決定に委ねる旨」を定めなければなりません。
(2)について
(1)に加えて、労使協定で以下の事項を定めることによって、フレックスタイム制の基本的な枠組みを規定する必要があります。
- ①対象となる労働者の範囲
- ②清算期間
- ③清算期間における総労働時間(所定労働時間)
- ④標準となる1日の労働時間
- ⑤コアタイム(※任意で記載します)
- ⑥フレキシブルタイム(※任意で記載します)
労使協定で定めるべき事項
対象となる労働者の範囲
まず、フレックスタイム制を適用する対象者の範囲を明らかにする必要があります。対象となる労働者の範囲としては、“全労働者(全従業員)”、“開発部職員”、“特定の個人のみ”等、いろいろな設定が考えられます。
清算期間
「清算期間」とは、フレックスタイム制において、労働者が働くべき所定の時間を定める一定期間をいいます。労使協定では、期間の長さ(例:2ヶ月間)だけでなく、清算期間の起算日(例:隔月の1日)も定めておく必要があります。
清算期間における総労働時間(所定労働時間)
「清算期間における総労働時間」とは、労働契約によって働かなければならないと定められた、清算期間内の労働時間、つまり所定労働時間をいいます。換言すれば、フレックスタイム制では、所定労働時間を決めるにあたり、清算期間を単位にすることになります。
労使協定では、フレックスタイム制の基本的な枠組みのひとつとして、下文に示す法定労働時間の総枠を上限に、清算期間における総労働時間についても定めておく必要があります。
標準となる1日の労働時間
「標準となる1日の労働時間」とは、年次有給休暇(以下、「有休」とします)を取得した際に、取得日の賃金計算の基礎となる労働時間の長さであり、労使協定で定めることが必須とされる事項です。これは、清算期間における総労働時間を、清算期間中の所定労働日数で除した時間を基準に定められます。
なお、フレックスタイム制の対象とされる労働者が有休を取得したときは、取得日1日ごとに、標準となる1日の労働時間分働いたものとして扱わなければなりません。
コアタイム(※任意記載)
「コアタイム」とは、労働日1日の中で労働者が働くことが必須とされる時間帯ですが、フレックスタイム制の導入にあたり必ずしも設けなければならないものではありません。
コアタイムを設ける場合は、開始・終了時刻について労使協定を締結しておく必要があります。なお、「〇日はコアタイムを設けるが、△日は設けない」「〇日は10時~15時、×日は9時~14時をコアタイムとする」といったように、自由に時間帯を定めることができます。
また、コアタイムを設けず、労働者による出勤日の自由選択を可能にすることもできますが、その場合でも所定休日は定めておく必要があります。
フレキシブルタイム(※任意記載)
「フレキシブルタイム」とは、労働者が自身で労働時間を決定できる時間帯、つまり、始業及び終業時間を自由に決定できる時間帯をいいます。コアタイムと同様、設定が必須とはされない事項です。
フレキシブルタイムを設ける際にも、開始・終了時刻を労使協定で定めなければなりませんが、コアタイムと同様、自由に時間帯を設定することができます。
フレックスタイム制の労務管理の注意点
フレックスタイム制の対象となる労働者は、日々の労働時間を自由に決定できるので、1日・1週間当たりの実労働時間が法定労働時間を超過しても、当然には時間外労働をしたことにはなりません。逆にいえば、標準となる1日の労働時間に達しない場合でも、ただちに欠勤となるわけではありません。このように、フレックスタイム制における時間外労働は、通常の労働時間制度と同様の計算方法が使えないため、次項以下で説明するように、労務管理上注意が必要になります。
より理解を深めたい方は、下記の記事も併せてご覧ください。
時間外労働となる場合
フレックスタイム制では、清算期間における総労働時間のうち、法定労働時間の総枠を超えて労働した時間が時間外労働となります(下記②)。そして、法改正によって可能になった清算期間の延長を行い1ヶ月を超える清算期間を設定した場合には、さらに労働時間の制限が課されるため、時間外労働とされるケースが増えます。
1ヶ月を超える清算期間を設定した場合、具体的には以下①②の時間が時間外労働とされます。
【清算期間が1ヶ月を超える場合の時間外労働】
- ①1ヶ月ごとの週平均50時間を超えた労働時間
- ②清算期間における総労働時間のうち、法定労働時間の総枠を超えて労働した時間
(ただし、①の労働時間を除きます)
そのため、各月の労働時間が1週間当たり50時間を超える場合や、清算期間を通じて法定労働時間の総枠を超えて労働させる場合には、36協定を締結し、所轄の労働基準監督署へ届け出なければなりません。
また、フレックスタイム制では、清算期間を単位として時間外労働について判断するので、36協定では、「1日」単位ではなく「1ヶ月」「1年」単位で延長時間を協定することになります。
なお、フレックスタイム制の対象労働者が休日労働をした場合には、休日労働の時間は、清算期間における総労働時間や時間外労働とは別のものとされるため、割増賃金の支払いが必要です。
総労働時間を下回った場合
フレックスタイム制の下では、清算期間における実労働時間が、総労働時間(所定労働時間)を下回る可能性があります。このようなケースでは、足りない時間分について、賃金を減額するか、翌月分の総労働時間に加算して労働させることができます。
なお、次の清算期間における総労働時間にこれを上積みして働かせることは、法定労働時間の総枠に収まる限り許されます。なぜかというと、一度賃金を過払いし、次の清算期間でこの過払分を清算するものと解釈されるためです。
ただし、逆のパターンで、超過勤務分を次の清算期間の総労働時間から差し引くことは、「賃金支払いの5原則」に違反するため許されません。きちんと残業代(時間外手当)を支払いましょう。
清算期間の途中で賃金清算が必要な場合
1ヶ月を超える清算期間を設定したフレックスタイム制では、期間中に入社、退職、異動等を行ったために、フレックスタイム制の下で実際に働いた期間が清算期間よりも短くなる場合があります。このような場合には、清算期間の途中で賃金清算が必要になります。
具体的には、フレックスタイム制の下で働いた期間における労働時間を平均して、週40時間を超えて働いた時間分について清算し、割増賃金を支払うことになります。つまり、清算期間の途中で賃金清算をする場合、使用者は、通常であれば時間外労働とはならない時間に対して、割増賃金を支払わなければならなくなるケースがあるということです。
清算期間の上限が延長されたことによるメリット
清算期間の上限が3ヶ月まで延長されたことによって、月ごとに労働時間が異なったり、繁忙月や閑散月があったりするといった、年間の労働時間の配分に偏りがあるケースでも、フレックスタイム制を導入しやすくなりました。また、当該法改正によって労働者がより柔軟で効率的な働き方ができるようになるとともに、使用者としても、労働生産性の向上や残業代等のコスト削減が期待できるといったメリットを得られるようになりました。
清算期間の上限が延長されたことによるデメリット
1ヶ月を超える清算期間を設定したフレックスタイム制は、清算期間の途中で異動や昇給があった場合には賃金清算が必要になるケースが発生する等、従前のフレックスタイム制以上に労働時間の計算が複雑なので、計算ミスによって時間外手当の規定や労働時間の上限規制に違反してしまうおそれがあります。
このように、清算期間の上限を3ヶ月まで延長することによって、従来の制度より手続的な負担が増加してしまった事実は否めません。