企業が講ずべき「母性健康管理措置」について

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
近年、女性の社会進出が進んできましたが、女性に安定して働いてもらうためには、妊娠中・出産後も働き続けることができる職場環境に整える必要があります。
そこで、雇用機会均等法によって定められたのが「母性健康管理措置」です。これは、事業主に対して、雇用する女性労働者の母性を尊重することを義務づける制度です。
さらに、新型コロナウイルス感染症に対応するために、休暇制度導入のための助成金や、休暇取得支援のための助成金も設けられています。
本記事では、母性健康管理措置の概要や事業主の具体的な義務の内容等について、事業主が気をつけなければならないポイントを踏まえながら説明します。
目次
企業が講じるべき「母性健康管理措置」とは
母性健康管理措置とは、男女雇用機会均等法に定められている、妊産婦(妊娠中及び産後1年以内の女性労働者)が安心して働くことができる条件を整備するために設けられた措置です。
具体的には、次のような措置を行う必要があります。
- (1)保健指導又は健康診査を受けるための時間の確保(雇用機会均等法12条)
- (2)指導事項を守ることができるようにするための措置(雇用機会均等法13条)
- (3)妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止(雇用機会均等法9条)
- (4)労使間の紛争の解決(雇用機会均等法15条~27条)
妊産婦からの申し出によってこれらの措置を行うことは企業の義務とされているため、従わなければ是正を求められることになります。
対象となる労働者
母性健康管理措置の対象は「女性労働者」です。特段の除外を認める規定も設けられていないことから、非正規社員であっても対象となります。
そのため、正社員だけでなく、契約社員や派遣社員、パート、アルバイト等の非正規社員も対象となります。
なお、派遣労働者に関しては、派遣元事業主と派遣先事業主の双方が、母性健康管理措置を講じる義務を負います。
(1)保健指導又は健康診査を受けるための時間の確保(雇用機会均等法12条)
事業主は、雇用する妊産婦である女性労働者が、必要な保健指導を受けたり、健康診査を受けたりするのに必要な時間を確保できるよう対策を講じなければなりません。
妊産婦は、母体や胎児の健康のために保険指導や健康診査を受ける必要があるためです。
・保健指導又は健康診査とは
妊産婦本人を対象とする産科に関する診察や諸検査、これらの結果に基づき行われる個別の保険指導をいいます。
・保健指導または健康診査を受けるために必要な時間とは
健康診査等の受診時間や保険指導を直接受けている時間だけでなく、医療機関等での待ち時間や移動の往復時間も含まれます。
確保すべき受診回数
妊産婦の身体の状態は時間とともに変化していくので、その時々に応じて、受診に必要な時間(頻度)も異なります。そのため、妊娠中に確保しなければならない受診回数は、妊娠週数等によって定められています。
以下で、必要とされる受診の頻度を場合分けして解説します。
妊娠中の場合
下表をご覧いただくとわかるように、妊娠週数ごとに、必要とされる受診の頻度や時間は異なります。なお、受診回数の「1回」とは、健康診査とその結果に基づく保健指導を合わせたものであり、それぞれを別の日に行う場合は両方を合わせて「1回」とカウントします。
また、医師または助産師が下表と異なる指示をした場合には、その指示に従い、必要とされる時間を確保できるようにしなければなりません。
妊娠週数 | 確保しなければならない受診回数 |
---|---|
0週~23週まで | 4週間に1回 |
24週~35週まで | 2週間に1回 |
36週~出産まで | 1週間に1回 |
産後(出産後1年以内)の場合
事業主は、出産後1年以内の女性労働者が、医師または助産師から健康診査等を受けるよう指示されたときは、その指示に従い、受診に必要な時間を確保できるようにしなければなりません。
目安として、産後の経過が良好な場合は、一般的に産後休業期間中にあたる産後4週前後に1回、受診することになります。これに対して、産後の回復が芳しくなく、健康診査等を受診する必要がある場合には、医師等の指示どおり、必要な時間を確保できるようにする必要があります。
受診時間の付与方法
健康診査等を受けるために必要な時間を付与する方法や付与単位に関しては、基本的に事業主が決めることになりますが、なるべく労使間で話し合うことが望ましいでしょう。
労働者ごとに通院する医療機関等と勤務地間の距離は異なり、受診に要する時間も異なります。そのため、健康診査等にかかる時間の付与単位は、時間単位や半日単位でも取れるようにする等、融通が利くものにしましょう。
通院日や通院する医療機関等は、基本的に本人の希望を優先させましょう。事業主の指示によって、通院日等を休日に変更させることは基本的にできません。
もしも、業務の都合等により、やむを得ず通院日の変更を行わせる場合には、基本的に本人の希望に従って通院日を決定してください。
受診中の給料は無給としてよいか?
健康診査等を受けている間の賃金(給与)に関する、法律の規定はありません。そのため、就業規則等で「受診中の賃金は無給とする。」と定めることも違法ではありません。
もっとも、こうした取り決めは、労使間の協議を踏まえて決定していくことが望ましいでしょう。
指導事項を守ることができるようにするための措置(雇用機会均等法13条)
事業主は、妊産婦である女性労働者が、保健指導又は健康診査において主治医等から指導された場合には、指導事項を守ることができるようにするための措置を講じなければなりません(雇均法13条1項)。指導された内容が具体的でなかったとしても、女性労働者を介して事業主から主治医に連絡を取って判断を求める等の対応が必要です。
措置の内容を決定した事業主は、決定後速やかに、可能であれば書面によって、女性労働者に対してその内容を明示しましょう。
具体的な措置内容
事業主が講じることを求められる具体的な措置としては、以下のものが挙げられます。
- ①妊娠中の通勤緩和
- ②妊娠中の休憩に関する措置
- ③妊娠中又は出産後の症状等に対応する措置
- ④新型コロナウイルス感染症に関する措置
次項以下で詳しくみていきましょう。
①妊娠中の通勤緩和
妊娠中は、つわりといった体調不良や流産・早産等の危険を抱えており、通勤時の混雑に起因する苦痛によって、これらが悪化してしまうおそれがあります。
そこで、事業主は、女性労働者が健康診査等で「通勤緩和」の指導を受けた場合には、本人の申出により、混雑を避けて通勤するための措置を講じる必要があります。
そのときには、当該女性労働者の心身の状態や通勤事情を考慮して、措置の内容を決めることが望ましいでしょう。
採用されることが多い通勤緩和の措置の例としては、次のようなものが挙げられます。
- 時差通勤の適用
- フレックスタイム制度の適用
- 勤務時間の短縮(1日30分~60分程度)
- 混雑の少ない交通手段・通勤経路への変更
②妊娠中の休憩に関する措置
事業主は、妊娠中の女性労働者が健康診査等で「休憩に関する措置」について指導を受けた場合には、本人の申出に基づき、休憩時間の伸長等、必要な措置を講じなければなりません。
ただし、妊娠中の女性の勤務内容や心身の状態は一人ひとり異なるので、各々の事情を考慮して講じる措置を決定しましょう。
休憩に関する措置の例としては、次のようなものが挙げられます。
- 休憩時間の伸長
- 休憩回数の増数
- 休憩時間帯の変更
また、次のような配慮もすると良いでしょう。
- 女性労働者が横になれる休憩室を設ける
- 立ち仕事に従事している場合はその傍に椅子を置く
③妊娠中又は出産後の症状等に対応する措置
事業主は、妊産婦である女性労働者が健康診査等で指導を受けた場合には、本人の申出に基づき、当該女性労働者が指導事項を守ることができるようにするための措置を講じなければなりません。
措置の具体的な内容としては、以下のようなものが挙げられます。
- ①負担の大きい作業の制限・負担の小さい作業(座り仕事、デスクワーク等)への転換
<負担の大きい作業の例>- 重量物を取り扱う作業
- 外回り等、連続して歩行しなければならない作業
- 常に全身の運動を伴う作業
- 頻繁に階段を昇り降りしなければならない作業
- 腹部を圧迫する等、不自然な姿勢をとらなければならない作業
- 全身の振動を伴う作業
- ②勤務時間の短縮
- ③症状軽快までの休業期間の付与
<休業する必要がある症状の例>- つわり
- 切迫流産
- 産後うつ
- ④作業環境の変更
<変更の例>
- つわりの症状が酷い妊娠中の女性労働者を、通気性の悪い勤務場所から移動させる
④新型コロナウイルス感染症に関する措置
新型コロナウイルス感染症の流行に対応するために、母性健康管理措置が追加されました。これは、新型コロナウイルスへの感染リスクについての心理的ストレスにより、母体や胎児の健康保持に影響があるとされることに対応するものです。
医師や助産師の指導を受けた妊産婦が企業に申し出た場合には、必要な措置を講じる義務が生じます。
具体的には、次のような措置を講じるべきだとされています。
- 妊娠中の通勤緩和
- 妊娠中の休憩に関する措置
- 妊娠中又は出産後の症状等に関する措置(作業の制限、勤務時間の短縮、休業等)
なお、この措置の適用期間は2023年9月30日まで延長されています。感染症法による位置づけが変わっても、すぐに措置を解除できるわけではないと考えられるため注意しましょう。
医師による具体的な指導がない・措置内容が不明確な場合
通勤緩和や休憩に関する措置について、医師等から具体的な指導がない場合、又は症状等に対応する措置について、その指導に基づく措置の内容が不明確な場合でも、事業主は適切な対応をとらなければなりません。
通勤緩和や休憩について、女性労働者本人から申出があったときは、事業主は、当該女性労働者の通勤事情や勤務内容を考慮して、次に挙げるような適切な対応をとる必要があります。
<適切な対応の例>
- 女性労働者本人を介して担当医等と連絡をとり、判断を求める
- 企業内の産業保健スタッフに判断を求める
- 機会均等推進責任者に判断を求める
- ただちに通勤緩和や休憩に関する措置を講じる
また、女性労働者の妊娠の経過に異常がある場合等には、企業内の産業保健スタッフに相談する等して対応を決める必要があります。
「母性健康管理指導事項連絡カード」について
母性健康管理指導事項連絡カードとは、医師等が女性労働者に対して指示した事項を事業主へ伝えるためのカードです。
担当医や助産師による健康診査等の結果、通勤緩和や勤務時間に関する措置等が必要であると認められる指導事項があると判断された場合に、本カードへの必要事項の記入をもって発行されます。
当該女性労働者が本カードを提出して措置を申し出た場合、事業主は、カードの記載内容に従った適切な措置を講じなければなりません。また、カードを扱う際には、プライバシーの保護に留意が必要です。
妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止(雇用機会均等法9条)
事業主は、女性労働者が妊娠・出産・産前産後休業を取得したことを理由とする不利益な取扱いや、雇用機会均等法で定める母性健康管理措置、労働基準法で定める母性保護措置等を受けたことを理由とする不利益な取扱いをしてはなりません(雇均法9条)。
不利益な取扱いには、以下のような処分等が当てはまります。
- 解雇
- 契約の更新をしない、あるいは更新できる回数を引き下げる
- 正社員から非正規社員にする
- 降格させる
- 不利益になる自宅待機を強要する
- 減給する、あるいは賞与を引き下げる
- 昇進、昇格の評価において不利益な評価を行う
- 嫌がらせ等により就業環境を害する
労使間の紛争の解決(雇用機会均等法15条~27条)
事業主が母性健康管理措置を講じず、事業主と労働者間で紛争が生じた場合には、紛争解決援助の申出を行うことが認められています(均等法15~27条)。
都道府県労働局の労働相談コーナーでは、法令や裁判例の情報提供に加えて、労働局長から、紛争・問題解決に必要な助言を行ってもらえます。その際は、労使双方から事情聴取がされますので、適切な措置を取っていない場合には、事業主に対して指導・勧告がなされる可能もあります。
さらに、調停において調停委員に仲介してもらって話し合うことにより、円滑かつ迅速な解決を図ることが可能です。
これらの方法により、裁判を行うことが費用等の問題で難しかったとしても、一定の範囲で紛争の解決が可能です。
母性健康管理措置に関する就業規則の規定
母性健康管理措置を推進するために、就業規則等を整備しておく必要があります。就業規則等の定めがなくても措置を講じることは可能ですが、具体的な手続きや取り扱いを明らかにするためにも、就業規則に明確に規定するのが望ましいでしょう。
また、休暇は就業規則に必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)であるため、保健指導を受ける等のために特別な休暇制度を導入するときには、就業規則に規定する必要があります。
母性健康管理措置を講じなかった企業への罰則
企業が母性健康管理措置を講じなかったときには、まず是正指導が行われます。そして、是正指導にも応じなかった場合には、企業名が公表されるリスクがあります。
企業名が公表されてしまうと、いわゆるブラック企業であると世間から認識されてしまうなど、企業の社会的評価が下がってしまう(消費者が離れてしまったり、採用等が難しくなってしまったりする)リスクがあります。
労働基準法で定められる「母性保護規定」について
労働基準法は女性の妊娠・出産機能をかんがみて、女性労働者を保護するため、次の1~7を定めています。違反した場合には6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられるおそれがあるため注意が必要です。
- 産前産後休業
- 育児時間
- 変形労働時間制の適用制限
- 時間外・休日労働・深夜労働の制限
- 妊産婦の坑内労働の禁止
- 妊産婦の危険有害業務の禁止
- 軽易業務への転換
母性保護規定についてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある