在職中・退職後の競業行為の禁止について

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
競業避止義務とは、企業に在職中、もしくは退職した後に、その企業の利益に反する競業行為をしない義務を、取締役や従業員が負うものです。競業行為とは、例えば、重要な顧客情報や企業独自のノウハウを競業他社に流出させたり、大勢の同僚や部下を引き抜いて競業他社へ転職をしたり、退職後すぐに同業の会社を立ち上げたりすることをいいます。
ここでは、そのような競業行為を、在職中・退職後に禁止することに関して詳しく解説します。
競業行為全般、および引き抜きに関しては、以下のページで解説していますので、ご参照ください。
目次
在職中の競業行為
従業員が在職中に行う競業行為としては、ほかの従業員の引き抜き、企業秘密の漏えい、顧客を奪うこと等、企業の事業に営業を及ぼすことが挙げられます。
次項から、在職中の競業行為について詳しく解説します。
取締役の競業避止義務(在職中)
取締役の在職中の競業行為は、会社法により禁止されています。
取締役が自己または第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、株主総会において当該取引につき事実を開示し、その承認を受けなければなりません(会社法356条1項1号)。また、取締役会設置会社においては、同様に、事実を開示しなければならないことになっています(同法365条1項)。
つまり、取締役が個人で競業行為をしたり、競業行為をする他社の代表者になったりすることは、株主総会または取締役会で承認された場合を除き禁止されており、上記の義務に違反した場合、損害を賠償する責任を負います(同法423条1項、2項)。
従業員の競業避止義務(在職中)
在職中の従業員の競業行為を禁止する法律はありませんが、誠実義務(労働契約法3条4項、信義則と同義)に基づき、競業避止義務を負います。
例えば、在職している企業と競業する会社の設立を準備すること、ほかの社員を大勢引き抜こうとすること、ノウハウや顧客情報等を競業他社に漏えいすること等をしてはいけない義務を負います。これらに違反した場合、就業規則の定めがあれば懲戒、解雇の対象となり、一概にはいえませんが、あまりに悪質であれば損害賠償請求や、退職金の不支給・減額が認められる場合もあります。
退職後の競業行為
憲法では、職業選択の自由が保障されています(憲法22条)ので、転職も個人の自由です。競業避止義務を負わせることができるのは憲法で保障された自由を侵害しない範囲に限られますので、原則として、退職した従業員に競業避止義務を課すことはできません。退職時に競業避止義務を負う誓約書を書かせることはできますが、従業員は署名の拒否もできますし、仮に署名したとしても、その有効性が確実に保証されるものではありません。
取締役の競業避止義務(退職後)
取締役に対して競業行為を禁止することは、退職後にはできません。一般の従業員と変わらず、職業選択の自由があるからです。
ただし、退職後すぐに競業他社に転職し、顧客情報やノウハウを流出させる等、企業の利益を損なう行為があれば、損害賠償請求が認められることもあります。
また、個人的な特約を結び、退職後も競業行為を行わないと誓約していた場合、制限の時間、場所的範囲、対象となる職種の範囲、代償の有無等が合理的であると認められれば有効となり得、退職金の返還や没収が認められる場合もあります。代償の有無に関しては、企業の利益や該当元取締役の不利益、社会的な利害等を鑑みて総合的に判断されます。
従業員の競業避止義務(退職後)
一般の従業員にも、退職後に競業避止義務はありません。憲法により、職業選択の自由が保障されているからです。
個人的に退職後も競業行為をしないという特約を交わしていた場合は、取締役と同じく、その制限の期間、場所的範囲、対象となる職種の範囲、代償の有無等を勘案して、それが合理的なものであれば有効となり得ます。ただし、憲法で保障されている職業選択の自由を制限する制約である以上、それが自由意志に基づくものであるかどうか、慎重に検討されるでしょう。
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競業避止義務の有効性を判断する基準
憲法では職業選択の自由が保障されていますので、退職した元従業員に競業避止義務を負わせることは、その自由を侵害するおそれがあります。
では、どのような場合に退職後に競業避止義務を課す規定が有効になるかは、基本的に『公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする(民法90条)』に照らして勘案されます。また、多くの裁判例では、過去の競業避止義務に関する代表的な裁判例(奈良地方裁判所 昭和45年10月23日判決 フォセコ・ジャパン・リミティッド事件)に照らし、①期限の期間、②場所の範囲、③制限の対象となる職種の範囲、④代償の有無により、課された義務に合理性があるかどうかで判断されています。
さらに、職業選択の自由を制限してでも守るべき企業の利益があるかどうか、対象となる従業員が就いていた地位といった基準でも判断されます。以下で、その基準を解説します。
守るべき企業の利益があるか
個人の職業選択の自由を制限しても守るべき企業の利益であるかどうかは、営業秘密や、それに準じるような独自の営業方針や経営戦略、ノウハウかどうかで判断されます。営業秘密とは、秘密管理性(秘密として管理されている情報であること)、有用性(その情報が活用され、利益をもたらしていること)、非公知性(誰もがアクセスできる情報ではないこと)、これらすべての要件を満たしている情報のことをいいます。
従業員の地位
対象とする従業員の地位を定めず、従業員全員に競業避止義務を課すことは、無効と判断される傾向にあります。
また、特定の地位にある従業員を形式的に全員対象としているだけの規定も、合理性に欠けるとして無効と判断される場合が多いです。
従業員に地位を理由として競業避止義務を課す場合、その地位が営業秘密、またはそれに準じる機密性の高い情報、ノウハウ等に触れられるものであったか否かで、有効かどうか判断されます。
地域的限定
競業避止義務が対象とする地域に関しては、企業の事業内容と、禁止した行為の範囲との合理性を鑑みて判断されます。
不必要に広い地域での広範な競業行為を禁止しても、その禁止行為は合理性を欠くとして無効と判断される可能性が高いでしょう。反対に、例えば特定地域で多数の店舗を展開しているチェーン店が、その地域での競業行為を禁止するといったことは、有効と判断され得ます。
競業避止義務の存続期間
競業行為が禁止される期間に関しては、競業行為を禁止されることで従業員が受けるであろう不利益と、該当業種の特徴や特殊性、企業の守られるべき利益を保護するための競業避止義務の合理性、企業の情報・ノウハウ等の重要性等、諸々の事情を鑑みて判断されます。
個々の事情により判断されるため、3年間の競業避止禁止を有効とした裁判例もあれば、2年間の禁止を無効とした裁判例もあります。
禁止される競業行為の範囲
禁止される競業行為の範囲に関しては、競業企業への転職を全面的に、あるいは抽象的に禁止するだけでは、合理性に欠けるとして認められない傾向にあります。業務内容、職種を特定し、禁止とする競業行為を限定的にした方が、企業側の守られるべき利益とのバランスが保たれているとして、有効と判断され得るでしょう。
代償措置
競業避止義務に代償措置と呼べるものがない場合、その有効性は否定される傾向にあります。例えば、競業避止義務を課す代わりに退職金を上乗せしたり、在職中であれば秘密保持手当を支給したりする等の措置をとれば、有効と認められる可能性も高くなります。
しかし、十分な代償措置をとっていても競業避止義務が無効と判断された裁判例もあれば、不十分とされつつも有効と認められた裁判例もあります。有効性は、代償処置の有無だけでなく、ほかのさまざまな要因も含め、全般的な合理性によって判断されると考えるべきでしょう。
競業避止義務に違反した場合
従業員が競業避止義務に違反した場合、使用者としてとるべき措置を以下のページで解説していますので、ご一読ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある