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人事異動の拒否

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

多くの企業では、必要に応じて人事異動がなされることが一般的ですが、人事異動の辞令に対して、労働者が快諾してくれるとは限りません。ときには、拒否の意思を示してくるケースもあるでしょう。では、企業は、労働者から人事異動を拒否された際、受け入れるべきなのでしょうか。

労働者が抱える事情はさまざまであり、場合によっては柔軟な対応が必要になってきます。このページでは、どういった対応を検討すべきか、解説していきます。

まずは、企業が命じた人事異動が、すべて有効なものであるとは限らない、ということを知っておく必要があります。

人事異動の拒否について

就業規則等に、“業務上の都合により、配置転換や転勤を命じることがある”といった人事異動に関する定めがある場合、勤務地や職種を限定することについて合意がある場合を除き、労働者は原則として、人事異動を拒否することはできません。

一般的に、日本の正社員は長期的な雇用が前提となっているため、使用者には、労働者を容易に解雇できないよう厳しい規制が課されています。その一方で、在籍する労働者を有効的に活用するために、業務命令として人事異動を命じることができる権利が比較的広く認められています。

内示段階で拒否される場合

“内示”とは、一般的には、人事異動の正式な業務命令となる“辞令”が下りる前の段階で、対象の労働者やその上司等に対して、内々に人事異動の決定を知らせるものとして使用されている言葉といえるでしょう。その法的な性質は、内示の伝え方等によって左右されますが、使用者の人事異動に関する意思が確定的に提示されている限りは、業務命令としての人事異動であるといえるでしょう。

人事異動に際し、業務の引継ぎや転居の手続等が生じることを考慮して、辞令の1週間~1ヶ月前に内示を出すことが多いです。労働者は、この間に自らの意向や不利益が生じる背景事情等を伝えて、使用者側と協議をすることは可能ですが、内示段階であっても、使用者の意思が確定的であれば、人事異動は業務命令ですから、最終的には従う義務があります。

人事異動の拒否が認められるケース

権利の濫用が認められる場合

人事異動に業務上の必要性が認められない場合や異動目的が不当である場合、人選が合理的でない場合、労働者に通常甘受すべき不利益を著しく超える不利益を生じさせるような場合には、権利の濫用であるとして、人事異動が無効となる場合があります。つまり、人事異動の拒否が認められる可能性があります。

したがって、自主退職を促す目的で閑職にまわしたり、報復人事のような意図を持っていたり等、嫌がらせのような不当な動機に基づいた人事異動においても、拒否が認められるケースがあります。使用者としては、業務上の必要性を検討することが重要であり、これらの動機をもって人事異動を行うことがないように留意する必要があります。

配慮を欠いた人事異動の場合

例えば、要介護認定を受けている同居家族を介護できる者が自分以外にいない、あるいは、特定の病院でしか治療が受けられない病気を患っている、といったやむを得ない事情を抱えている労働者に対して、転居を伴う遠方への人事異動を命じたらどうでしょう。

使用者は、労働者のワークライフバランスに配慮して人事異動を命じなければなりません(労契法3条3項)。上記のようなケースでは、労働者が被る不利益が著しいと認められる可能性があり、使用者側の配慮が不十分であるとして、人事異動を拒否できるケースもあります(育介法26条)。ただし、拒否できるかどうかは“不利益の程度”の評価によるため、あくまでもケースバイケースとなります。

労働契約法

(労働契約の原則)第3条

3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

育児・介護休業法

(労働者の配置に関する配慮)第26条

事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。

人事異動命令を拒否された場合の対応

正当な理由に基づく人事異動を拒否したケースでは、労働者に対し、人事異動の命令は雇用契約上原則として拒否できないこと、業務上の必要性があること、異動の目的等を改めて説明し、説得を試みます。それでも拒否の姿勢を貫くのであれば、その理由を確認し、当該理由が労働者にとって通常甘受するべき不利益を著しく超える不利益といえる事情であるかどうかについて検討しつつ、個別の事情に応じて対処していくことになります。

使用者が、人事異動の拒否が認められると判断した場合、人事異動の取下げを検討する必要があります。

他方で、労働者の事情を慎重に検討したものの、労働者が被る不利益が“著しい”とまではいえないといった場合には、労働者が人事異動を許容し得る労働条件を聴取し、対応できる内容かどうかを検討する等して調整する方法も視野に入れましょう。

待遇の見直し等の検討

労働者の待遇を見直すことによって、人事異動を受け入れてもらえるケースもあります。例えば、給与の増額や、人事異動に伴って要する引越し費用の負担、単身赴任手当の支給、帰宅のための休日の付与等が考えられます。

使用者が、労働者の事情に合わせて条件を提案したうえで、労働者の希望と照らして対応できる範囲で妥結できれば、双方にとってプラスの状態で人事異動を実現することができます。

異動命令拒否の姿勢を変えない場合

就業規則等に人事異動に関する明確な規定があり、権利の濫用にも該当しない有効な人事異動を拒否することは、業務命令違反です。このような場合に安易に人事異動の拒否を受容すれば、組織の統制が乱れ運営に支障を来すことも考えられます。そのため、懲戒解雇を検討しなければならないケースもあるでしょう。

しかし、優れた人材を手放すのは使用者も不本意であり、企業の大きな損失です。また、交渉や説得等、なんらの努力もなく労働者を懲戒解雇にすると、裁判で処分の有効性について争われた場合に、使用者に不利に評価されるおそれがあります。

そのため、直ちに懲戒解雇とするのではなく、双方の主張の妥結点を探る等して、説得を試みることが望ましいでしょう。

懲戒解雇も可能

再三の説得にもかかわらず、正当な理由なく拒否の姿勢を変えない労働者に対しては、業務命令違反として懲戒解雇に処することも可能です。ただし、この場合でも解雇権濫用となるような処分は許されませんので、慎重な判断が求められます。

一方、懲戒処分のなかでも最も重い処罰である懲戒解雇となった労働者には、さまざまな不利益が生じます。例えば、解雇予告手当を受け取れない、3ヶ月は失業保険も受け取れない、再就職活動において不都合が生じるといったことがあげられます。

このようなことから、労働者の退職後までトラブルが尾を引くことも考えられるため、懲戒解雇ではなく労働者に自己都合退職を促す等した方が、穏便に解決できる場合もあります。

懲戒処分の一つである懲戒解雇について、以下のページでさらに詳しく説明していますので、ぜひご覧ください。

懲戒処分 懲戒解雇・諭旨解雇

異動拒否による懲戒解雇の場合の退職金

懲戒解雇の場合の退職金の扱いについては、退職金規程において減額あるいは不支給とする旨を定めているケースが多くあります。しかしながら、そのような規定があったとしても、退職金を減額や不支給とすることは容易ではないという考え方が一般的です。裁判例では、退職金の減額及び不支給は、“それまでの勤続の功労を抹消又は減殺するほどの重大な背信行為があった場合”に限るとする立場を採用することが多く、この要件を充足することが容易ではないからです。

なお、そもそも懲戒解雇の場合の退職金の扱いについて明確な規定がない場合には、退職金を減額・不支給とすることはできません。

異動拒否で退職した場合の退職理由

就業規則等に人事異動に関する明確な規定がある等、正当な理由をもってなされた人事異動の命令を拒否して自分から退職する場合は、基本的にはいわゆる《自己都合退職》として扱われ、失業保険等の特定受給資格者に該当しません。一方、業務命令を拒否した結果、懲戒解雇となる場合には、原則として解雇によるものとして、いわゆる《会社都合退職》となり、特定受給資格者に該当しますが、労働者の責めに帰すべき重大な理由がある場合には、特定受給資格者に該当しないものと評価されることがあります。また、退職勧奨を受けたことを理由とした退職についても、特定受給資格者になる場合があります。

人事異動命令が有効とならない場合や、通勤が困難な土地への異動を命じられた等、退職せざるを得ない事情がある場合には、労働者の責に帰すべき重大な理由があるとまでは評価されず、特定受給資格者に該当する余地はあります。

退職や解雇については、以下のページでさらに詳しく解説していますので、併せてご覧ください。

退職及び解雇
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