公益通報・内部告発

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
公益通報(内部告発)とは、社内で違法行為等を発見した労働者等が、事業者が定める内外の通報窓口等に公益通報を行うことをいいます。社内の不正を早期に発見し、被害の発生や拡大を防ぐのに効果的です。
また、公益通報を行った者は、公益通報者保護法により保護が図られています。例えば、事業主は、公益通報がなされたことを理由に労働者を解雇・処分することはできません。
その他、公益通報制度を適切に運用するため、企業にはさまざまな対応が求められます。怠った場合、行政処分や刑事罰の対象になり得るため注意が必要です。
本記事では、公益通報の要件や企業に求められる対応について詳しく解説します。ぜひご覧ください。
目次
公益通報とは
公益通報とは、会社の不正行為のうち一定のものを、従業員等が、不正目的を持たずに、一定の通報先に通報することをいいます。
通報先は、労務提供先(会社)や処分・勧告の権限を有する行政機関、監督官庁などと定められています。
公益通報制度の目的は、会社の不正リスクを早期に発見・是正することです。
そのため、公益通報を行った従業員は、公益通報者保護法によって会社の不利益取扱いから保護されます。
公益通報者の保護制度~公益通報者保護法~
公益通報者保護法とは、公益通報を行った労働者を保護するための法律です。2004年に制定され、2006年に施行されました。
具体的には、企業に対し、公益通報を行ったことを理由とする不利益取扱いを禁止しています。
不利益取扱いとは、解雇・降格・減給・けん責・不当な人事異動など、労働者に不利な処置をとることです。公益通報がなされたことを理由に不利益取扱いをした場合、当該措置は無効となります。
また、事業主は、労働者が通報しやすい体制を整備することも求められています。
例えば、従業員数が300人以上の場合、内部通報窓口の設置や、通報後の是正措置を行う担当者を置くことなどが義務付けられています(300人未満の場合は努力義務)。
公益通報者保護法についてより詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
2020年6月の法改正について
公益通報者保護法は、通報の実効性をより高めるため、2020年に改正されました(2022年6月施行)。改正法では、以下の内容が追加されています。
- 通報しやすい体制の強化
事業者に対し、社内の内部通報窓口の設置や、是正措置を行う担当者の配置などが義務付けられました(従業員数300人以下の中小事業者は努力義務)。 - 行政機関などへの通報要件の緩和
労働者が外部機関へ通報するとき、通報内容と自身の氏名・住所などを提出するだけで保護を受けられるようになりました(不正行為の証拠書類の提出は不要)。 - 通報者の範囲拡大
退職後1年以内の退職者や、役員も保護の対象になりました。 - 罰則等の強化
通報体制の整備を怠った場合、助言・指導・勧告など行政処分の対象となります。
また、事業主は通報者に対して守秘義務を負い、違反した場合は刑事罰が科せられます。
内部通報と内部告発の違い
公益通報(内部告発)は、行政機関や監督官庁などに会社の不正を通報する制度です。また、新聞やテレビなどのメディアへ通報することもあります。
そのため、世間に不正行為を知らせ、会社の責任を追及するのが主な目的とされています。
一方、内部通報は、会社が用意した社内窓口に通報する制度です。不正行為の被害を未然に防いだり、被害を最小限に抑えたりするのが目的とされています。
組織として改善の余地が残されるため、会社の自浄作用を促すのに効果的です。
公益通報制度の意義
不正行為を早期に発見できる
役員など一部の者が不正に関与している場合、違法行為が発見しにくいという問題があります。
不正に疑念をもった従業員がしかるべき機関に通報することで、問題が大きくなる前に発見・是正することができます。
コンプライアンス(法令遵守)につながる
公益通報は、会社の自浄作用を促し、コンプライアンスの徹底や見直しにつながります。従業員の信頼や安心感を確保するためにも有効でしょう。
企業価値が向上する
公益通報制度が整備されている会社は、消費者・取引先・株主などから高い信頼を得ることができます。これは、コンプライアンスの徹底により、経営リスクが抑えられるためです。
また、企業イメージがアップすれば、就職希望者も増えるでしょう。
公益通報の対象となる要件
公益通報と認められるには、以下の要件を満たす必要があります。
- 「通報者」に該当すること
- 「通報対象となる事実」を通報するものであること
- 適切な「通報先」に通報するものであること
- 通報に「不正の目的」がないこと
詳しくは次項をご覧ください。
通報者
公益通報者となるのは、当該事業場で働くすべての労働者です。正社員だけでなく、契約社員、パートタイマー、アルバイト、派遣労働者も含まれます。
また、令和4年6月より、退職後1年以内の退職者や役員も対象となりました。
通報対象となる事実
通報する内容には、以下の要件があります。
- 役務提供先(勤務先・派遣先・取引先)に関するものであること
なお、役務提供先の役員や従業員、代理人などに関するものも含まれます。 - 特定の法律に違反する犯罪行為や過料対象行為、刑罰や過料につながる行為であること
対象となる法律は、約500本あります。それ以外の法律違反については、公益通報者保護法による保護は適用されません。 - 通報しようとする事実が、生じ又はまさに生じようとしていること
企業における通称対象事実の例
通報対象事実の具体例は、以下のようなものです。
- 横領行為
- 不正な売上計上
- 贈収賄
- データ改ざんや品質偽装
- 個人情報の不適切な取扱い
- ハラスメント(暴行や強制わいせつ等の刑事罰の対象に該当するもの)
- 違法な長時間労働
- 産業廃棄物の無断処理
- 安全基準を超えた有害物質の利用
- 届出義務、履行義務、命令義務違反
その他、業種によってさまざまな行為が対象となります。
通報先
通報先は、以下の3つが定められています。優先順位はないため、労働者が自由に選ぶことができます。
事業者内部 | 企業の内部通報窓口、管理職や上司、企業が契約する法律事務所や通報専門業者(事業主は、公益通報を受け付ける窓口の設置が義務又は努力義務となっています。) |
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行政機関 | 労働基準監督署、労働局、公共職業安定所、保健所など、勧告や命令の権限をもつ機関 |
その他 | 報道機関、消費者団体、労働組合など、被害の発生や拡大防止に必要と認められるもの |
通報の目的
公益通報の目的は、会社の不正リスクを早期に発見することです。そのため、労働者が不正な目的で通報した場合は公益通報の対象外となります。
例としては、以下のようなものです。
- 通報を手段にお金をゆすりたかること
- 事業主や行為者の信用を失墜させること
ただし、単に事業主に反感を抱いている程度では、不正な目的にはあたりません。
公益通報(内部告発)がなされた場合の対応
公益通報がなされた場合、通報者の保護を図りつつ、適切な調査や是正措置、再発防止策などをとる必要があります。
企業に求められる具体的な対応について、みていきましょう。
迅速な事実関係の調査
公益通報がなされたら、まず事実関係の調査を行います。以下の流れで行いましょう。
- 事実関係の確認
不正行為の内容、日時、場所、対象者などを整理します。また、その行為に違法性があるかどうか判断します。 - 客観的証拠の収集
不正行為の内容がわかる資料などを揃えます。ハラスメントであればメールの文面、横領であれば領収書などが考えられます。 - 関係者からのヒアリング
通報者や対象者に聞き取りのうえ、詳しい情報を集めます。
ただし、通報者が特定されないよう、匿名性を十分確保する必要があります。また、対象者(加害者)については、脅したり自白を強要したりする行為は避けましょう。
公益通報では、初動調査が特に重要です。通報後は迅速に対応しましょう。
是正措置の実施
調査によって通報内容が違法と認められた場合、速やかに是正措置をとる必要があります。
また、是正措置を講じた後も、当該措置がしっかり機能しているかチェックすることが重要です。十分に機能していなかったり、違法行為が続いたりする場合、是正措置の見直しを行いましょう。
是正措置をとったら、通報者へその旨を報告しましょう。迅速に対応することで、労働者の安心感や信頼感も高まります。
なお、調査によって通報対象事実がないと判明した場合も、通報者への報告は必ず行いましょう。
対外的な公表の検討
内部通報がなされた場合、関係各所や報道機関への公表も検討する必要があります。記者会見を開くケースが多いでしょう。
ただし、調査不十分なまま公表しても、記者からの質問にきちんと答えることはできません。「調査中です」などと繰り返してしまうと、かえって不信感を招くおそれがあります。
そのため、まずは書面による謝罪と説明(今後の調査方針やスケジュール、調査委員会設置の有無など)に留めるのが良いでしょう。
また、不正行為の被害者がいる場合も注意が必要です。この場合、公表時に、被害者がSNSなどで加害者を 誹謗中傷する可能性もあるためです。
公表前は、被害者へ調査結果をきちんと説明し、トラブルを予防しておきましょう。
公益通報制度の整備・運用におけるポイント
労働者が外部機関に通報すれば、企業のイメージダウンは避けられません。
そこで、不正を社内で発見・是正するため、以下のような措置が求められます。
①社内体制や規定の整備
社内に公益通報窓口を設置し、労働者に周知します。通報の方法だけでなく、すべての労働者が利用できることや、通報しても不利益取扱いを受けないことなども明記しましょう。
②社内コンプライアンスの見直し
労働者がコンプライアンスを理解しているか確認します。理解や周知が不十分な場合、研修や教育を行い、不正を未然に防ぎましょう。
③秘密保持と守秘義務の徹底
通報者を保護するため、匿名での通報も認める必要があります。例えば、個人を特定できないアドレスを利用するなどの方法です。
また、通報者の探索や通報内容の漏えいを禁止し、通報者の特定を防ぎましょう。
④制度の評価や改善
導入後は、制度が機能しているか定期的にチェックします。上手く機能していない場合や、外部への通報がなされた場合、制度の見直しが必要です。
事業主に求められる対応は、以下のページでも解説しています。
公益通報制度の問題点
公益通報では、制度の趣旨にそぐわない通報がなされる可能性もあります。例えば、同僚への誹謗中傷や個人的なトラブル、人事労務上の不満などが代表的です。
これらの通報がなされると対応に手間がかかりますし、外部機関に通報されれば企業にはデメリットとなります。
そのため、制度の目的や設計、周知方法には十分注意しましょう。また、弁護士などの専門家に社外通報窓口を委託し、サポートを受けることも可能です。
内部告発に関する事例
ミートホープ食肉偽装事件
食肉加工会社が、偽装表記やデータ改ざんなどを行っていた事件です。社員から内部告発がなされたにもかかわらず、農林水産省は十分な調査を行わず、大きな問題となりました。
最終的には、新聞社の調査によって事件が発覚しています。
三菱リコール隠し事件
三菱自動車が、販売した車の不具合情報を運輸局に報告せず、隠ぺいした事件です。社員による匿名の内部告発により発覚しました。
また、調査により、三菱自動車は運輸局に内密で、ユーザーと個人的にやりとりし、車両を回収・修理していたことも判明しました。
雪印牛肉偽装事件
農林水産省による「国産牛肉買い上げ制度」を悪用し、企業が助成金を不正に得ていた事件です。雪印食品は、輸入した牛肉を国産と偽って買い取らせ、助成金を騙し取っていました。
本件は、牛肉を保管していた取引先の社員からの内部告発によって発覚しています。
その後、雪印食品は経営が悪化し、解体しました。
船場吉兆事件
賞味期限偽装、産地偽装、無許可での酒類販売、客の食べ残しの再利用など、さまざまな違法行為が内部告発によって判明しました。
また、調査の結果、これらの不祥事はパート従業員の独断で行ったことにするよう、経営陣から強要されていたことも判明しています。
事件後、船場吉兆の売上は低下し、破産しました。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある