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昇給制度

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

本ページでは、【昇給】の制度のうち、主に「定期昇給」に焦点を当てて解説していきます。定期昇給制度のメリット・デメリット、会社が負う法的義務等を確認したうえで、労使トラブルを予防するために、定期昇給制度の導入・運営において問題となり得る点も押さえておきましょう。

昇給の定義

【昇給】とは、労働者の勤続年数、昇格といった個々の会社への貢献度に応じて賃金を上げる制度のことをいい、「定期昇給」と「ベースアップ」に大別することができます。

では、具体的にどんな性質を有する制度なのか、また、「定期昇給」と「ベースアップ」にはどんな違いがあるのか、次項より順に確認していきしょう。

昇給の機能的性質

昇給には、以下の4つの機能的性質があると考えられます。

  • ①労働者の年齢、勤続年数、職務遂行能力等の変化に伴って、賃金を調整するための機能
  • ②労働者が定額給に対して抱く刺激性の欠如の補完として、労働意識を刺激するための機能
  • ③労働者の生活水準の高まりとともに増加する生活費に応じて、生活水準を維持するための機能
  • ④労働者の賃金を計画的に引き上げることができるよう、会社の運営を安定させるための機能

昇格や昇進との違い

【昇格】

【昇格】とは、労働者が試験を受けたり、上席者が推薦したりした場合等に、労働者の会社内における職能資格制度、職務等級制度、役割等級制度上の等級が上がることをいいます。通常、社内資格・等級は社外の者には知り得ません。また、多くの場合、これらの等級は労働者に支払う賃金額を決定するための基準となっており、【昇格】とともに【昇給】するのが一般的です。

ただし、【昇格】が必ずしも【昇進】に結び付くわけではありません。

【昇進】

【昇進】とは、役員、上席者らの適正な人事評価を経て、人事異動等に伴い現在よりも高位の役職に任命することをいいます。課長から部長になる等、肩書に変化があるため、社外の者も認識できるところが【昇格】と異なります。

また、就かせるべき役職に空きがなければ、【昇格】して【昇進】の条件が整っていたとしても、直ちに【昇進】できるわけではありあません。そのため、会社の賃金制度によっては、【昇進】のタイミングで必ずしも【昇給】にはならないケースもあります。

「定期昇給」について

「定期昇給」とは、毎年一定の時期を決めて、定期的に賃金を昇給させる制度のことです。

昭和初期から日本の代表的な制度として多くの会社で導入されており、労働者の年齢や学歴、勤続年数に応じて能力にかかわらず賃金が上がる仕組みであることから、年功序列賃金制度とも呼ばれています。

しかしながら近年は、労働者個人や会社の業績を加味して昇給額を決定する等、成果主義を採り入れている会社もあります。

いずれにしろ、会社は就業規則等における賃金規定に基づいて、昇給させる必要があります。

定期昇給とベースアップの違い

「定期昇給」が労働者個人の賃金を上昇させる制度であるのに対し、「ベースアップ」は労働者全員の基本給を一律に上昇させる制度を指します。

これらの詳しい違いについては以下のページで説明していますので、併せてご覧ください。

賃金の引き上げ「ベースアップ」について

定期昇給のメリット・デメリット

多くの会社が導入する「定期昇給」制度ですが、本制度にデメリットはないのでしょうか?

ここで、本制度のメリット・デメリットをそれぞれ確認しておきましょう。

メリット

毎年一定数の退職者数、入社人数が見込まれることから、会社の人件費負担は大きく変わらず、昇給に関して一定基準を設けておくことで管理がしやすいことがメリットです。安定して人材を確保できれば、生産性の向上も期待できます。

労働者側からみても、年齢や勤続年数が上がるほど一定額昇給することがあらかじめわかっているため、長期就労の意欲向上に繋がります。安定した昇給の見込みがあれば、将来の生活設計を立てやすくなるといったこともメリットといえるでしょう。

デメリット

人件費の硬直化から、経営状況によっては大規模なリストラを実行せざるを得なくなるおそれがあります。リスク回避のためには、経営状況により定期昇給が行えない旨の定めを賃金規定に記載するといった整備も必要です。

労働者からしても、業務における成果が昇給に直結しないため、仮に同じような成果を上げても年齢や勤続年数によって賃金差が生じることに不満を抱くことも考えられます。また、賃金規定に基づき成果が昇給に反映されるとしても、決められた“一定の時期”までにタイムラグがあると、成果を出すことへのモチベーションの維持が難しくなるといったことがデメリットとしてあげられるでしょう。

定期昇給の法的義務

労働基準法には、昇給を義務付ける規定はありません。しかし、就業規則や労働協約等で「毎年●月に昇給する」旨の定めがあり、また、賃金規定に具体的な昇給額や昇給率の定めがある場合には、会社に法的義務が生じます。

他方で、就業規則や労働協約等に「昇給する場合がある」のような定めがあるものの、具体的な昇給額・率の定めがない場合には、会社は昇給に対して努力義務があるに留まり、法的義務は負わないものとされています。

不平等・不公平の問題点

全く同じ業務を遂行しているにもかかわらず、正規雇用か非正規雇用か、男性か女性か、自国の人間か外国人かといったことで差別化し、一部の労働者に対して昇給させないような、明らかに不平等・不公平な扱いをすることは違法です。

パートタイマーの定期昇給

パートタイマーにおいても、労働契約上で昇給の有無を明示し、定期昇給制度を導入することも、なしとすることも可能です。

ただし、正規雇用者と同じ業務内容で、責任の程度、人事異動の範囲等も同じである場合に、パートタイマーと正規雇用者との間に賃金格差が生じるような不合理な取扱いをしてはならないとされています(短時有期法8条)。

定期昇給の導入方法

これから定期昇給制度を導入するには、賃金規定にその旨記載する必要があるため、就業規則等の変更を行う必要があります。

昇給制度の導入についての詳しい説明は、以下のページをご覧ください。

昇給制度を導入する際に規定すべき事項

その他の昇給制度

ここで、臨時昇給、自動昇給、考課昇給、普通昇給、特別昇給の5つの昇給制度を紹介します。それぞれ定期昇給との違いを確認してみましょう。

臨時昇給

必要性が生じたときに、臨時で昇給させることを「臨時昇給」といいます。

例えば、会社や特定の労働者個人に、特別な業績向上や業務上の過重負担が認められる場合等に、全ての労働者あるいは特定の労働者に対して行われるケースがあります。

自動昇給

「定期昇給」において、能力や業績にかかわらず、年齢や勤続年数に応じてどの労働者にも均等に、自動的に昇給させる部分のことを「自動昇給」といいます。

考課昇給

人事考課の結果に応じて昇給させることを「考課昇給」といいます。人事考課の基準は会社によって異なりますが、業務内容、成績等によって都度昇給額が変動することが考えられます。

普通昇給

労働者の職務遂行能力の向上を図るため等、一般的な理由に基づいて昇給させることを「普通昇給」といいます。

特別昇給

特殊な業務を担っている、特別な功労がある等、特別な理由に基づいて特定の労働者個人を昇給させることを「特別昇給」といいます。

定期昇給の停止・廃止

定期昇給を一定年齢で停止させたり、定期昇給制度を廃止したりすることは可能でしょうか。順にみていきましょう。

一定年齢到達による停止

年齢や勤続年数に応じた定期昇給において、ある一定年齢に到達すると昇給が停止するようあらかじめ賃金規定に定めている会社が多く、設定年齢の平均は48.9歳であることが調査によりわかっています(公益財団法人日本生産性本部「第14回 日本的雇用・人事の変容に関する調査(https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/R122attached.pdf)」参照)。

新たに昇給停止の年齢を設定する、あるいは引き下げを行う場合には、就業規則等の変更が必要になります。

定期昇給の廃止と不利益変更

定期昇給制度の廃止には、就業規則等の変更が必要になります。ここで問題となるのが、この変更が“不利益変更”に当たるかどうかです。

就業規則等に毎年一定時期に昇給する旨の記載があり、その額や割合が賃金規定において明確に示されている場合、会社は規定に則って昇給させる義務を負います。この場合に定期昇給制度を廃止することは、労働条件の不利益変更に当たります。

また、定期昇給について会社が努力義務を負うに留まる場合でも、制度が廃止されれば労働者は定期昇給の機会を失うことになるため、不利益変更になり得ます。この点、定期昇給の廃止により労働者が被る不利益の程度が大きいケースでは、経過措置、緩和措置といった何らかの配慮が必要であり、そのような措置が講じられていない労働条件の変更には合理性が認められないと判断された裁判例があります。したがってこの場合にも、必要な措置や労働者側の同意なく就業規則等を変更し、定期昇給制度を廃止することは難しいといえます。

定期昇給の不利益変更に関する裁判例

【大阪地方裁判所 平成29年4月10日判決】

事案の概要

農業組合である被告が、就業規則等を変更して取り入れたスタッフ職制度(一定の年齢に達した労働者を“スタッフ職”として処遇し、定期昇給等について他の職員と異なる扱いをする制度)の適用を受けた原告らが、本件就業規則の変更の効力について争った事案です。

裁判所の判断

本件就業規則の変更が不利益変更に該当するか否か?

被告の給与規定によれば、定期昇給等について「…することができる」という形式で定めているにすぎず、従前は被告の裁量によって定期昇給を実施することができたのに対し、スタッフ職制度の新設及び適用によって定期昇給が実施されなくなったことを一般的客観的に対比すると、本件就業規則の変更は、労働者の労働条件を不利益に変更するものであると解するのが相当である。

本件就業規則の変更について原告らの同意があるといえるか?

被告は、原告らが過去にスタッフ職制度について反対の意思表示をしておらず、自己申告書にスタッフ職制度に関する不満を何ら記載しなかった点をもって黙示的な同意があったことを主張するが、これらの消極的な事情をそのように評価することはできない。したがって、本件就業規則の変更について、原告らに明示的ないし黙示的な同意があったとは認められない。

本件就業規則の変更が労働契約法10条の要件を満たすか?

労働契約法

(就業規則による労働契約の内容の変更)10条

使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度労働条件の変更の必要性変更後の就業規則の内容の相当性労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

被告はスタッフ職制度の導入の理由について、被告の事業収支や労働者の高年齢化による雇用問題をあげるが、収支において赤字が恒常化しているとは言い難く、選択定年制により年齢構成が是正されていること、再雇用者希望数が少数であることに照らせば、一定程度の必要性はうかがえるものの、変更に係る高度の必要性があるとまでは認めがたい。

しかしながら、その変更対象が具体的な権利性を欠く定期昇給等に限られることから不利益の程度が大きいとまではいえず、原告らは一定の年齢に達し、過去に継続して定期昇給が実施された結果他の職員に比して賃金も相当程度高額になっていることから、変更後の就業規則の内容についても不相当であるとまではいえず、また、同内容を理解している労働組合においても反対の意思表示をしておらず全職員が出席する研修会においてスタッフ職制度の導入ないしその内容に関する説明をしているが原告ら以外の労働者との間に争いが認められないことから、被告内においてスタッフ職制度が一応定着しているものと評価できる。

これらの点を総合的に勘案すると、本件就業規則等の変更は労働契約法10条所定の合理性を有していると認められるのが相当である。

結論 原告らについても効力が及ぶ。

【大阪地方裁判所堺支部 平成7年7月12日判決、大阪府精神薄弱者コロニー事業団事件】

事案の概要

大阪府全額出資により設立された社会福祉法人である被告が、これまで満63歳定年制としていたところ、就業規則を変更して60歳定年制(60歳に達した日以後の最初の3月31日まで)とし、また、これまで一律昇給停止制度を設けていなかったところ、職員給与規則を改正し58歳昇給停止制を導入したことから、原告らが本件変更、改正規則の無効確認を求めて争った事案です。

裁判所の判断

本件就業規則の変更が不利益変更に該当するか否か?

60歳定年制、58歳昇給停止制のいずれについても、その性質上、労働者にとって重要な労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更であることは明らかであり、合理性が認められない限り原告らにその効力は生じない。

本件就業規則の変更に合理性が認められるか?

両制度の導入については、組織の性格上大阪府から要請を受けて採用せざるを得なかったものであり、運営上高度の必要性があったとまでは到底いえない。

また、60歳定年制の緩和策である退職手当率の引き上げ及び非常勤嘱託制度について、前者は退職手当率の上昇を考慮しても1人あたり1000万~2000万円の減収が生じることから極めて不十分な代替措置であること、後者は実効性がはっきりしないことから、減収分がそのまま損害になる可能性が高い。ましてや、58歳昇給停止制に対する代償措置ないし緩和措置は一切講じられておらず、両制度ともにかなりの不利益を原告らにもたらす制度といえる。

加えて、60歳定年制は時代の流れにそぐわないとの疑念がぬぐいきれない。

以上のことから、本件規則の変更が、当該労使関係における法的規範性を是認できるための合理性を有するものということは困難である。

結論 本件変更、改正規則は無効。

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