公益通報者保護法の概要

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
企業の不正行為は、社員からの通報によって判明することも少なくありません。消費者や労働者などの健康や利益を守るためにも、疑わしいことがあればすぐに通報することが重要です(公益通報)。
公益通報者保護法は、公益通報を行った労働者を守るための法律です。通報者を解雇や不利益な扱いから保護し、安心して通報できるようルールを定めています。
また、2020年には法改正が行われ、公益通報制度の充実と強化が図られています。事業主に課せられる義務も増えたため、しっかり対応する必要があります。
本記事では、公益通報者保護法の内容やポイントをわかりやすく解説します。ぜひご覧ください。
制度について
公益通報者保護法とは、公益通報(いわゆる内部告発)を行った労働者を守るための法律です。
公益通報として典型的に想定されているのは、社内で行われている不正を、内部の人間が密告することです。社内の不正リスクを早期に発見・是正するために有効な制度とされています。なお、外部者(取引先など)や退職者からの通報も公益通報には含まれる場合があります。
本法では、労働者などの通報者保護の内容として、以下が定められています。
- 解雇の無効
- 不利益取扱いの禁止
- 損害賠償請求の禁止
つまり、公益通報がなされたことを理由に、通報者を解雇・減給・降格・自宅待機など不当に扱うことは認められません。
この義務はすべての事業主に課せられるため、必ず遵守しましょう。
また、公益通報者保護法では、公益通報制度が適切に運用されるよう、事業主にさまざまな対応も義務付けています。
公益通報の概要を知りたい方は、以下のページをご覧ください。
公益通報者保護法の目的
公益通報者保護法の主たる目的は、企業内の不正を通報した通報者を保護することです。また、保護の対象となる事象や通報先などを具体的に定め、労働者が安心して通報できる体制を整えることが求められています。
企業の不正は、内部の人間からの通報によって明らかになることも多いです。しかし、通報した労働者が解雇されたり、通報そのものがもみ消されたりすれば、不正は一向になくなりません。
公益通報者保護法によって企業に適切な対応を義務付けることで、通報者を保護するだけでなく、国民の利益や安全を守ることにもつながるとされています。
また、公益通報制度の導入は、企業にもさまざまなメリットがあります。
例えば、社内の不正リスクを早期に発見・是正することで、外部機関への通報を防ぐことができます。また、企業の自浄作用を促し、コンプライアンスの向上にもつながります。
さらに、公益通報制度を適切に運用することで、取引先からの信用も高まるでしょう。
公益通報の保護対象と要件
公益通報には一定の要件があり、誰が・どこに・何を通報したかがポイントです。以下の要件を満たさないと、保護の対象にはなりません。
通報者 | 企業で働くすべての「労働者」や役員が含まれます。正社員だけでなく、契約社員、派遣労働者、パートタイマー、アルバイトなども含みますし、請負契約等の取引先の労働者を含む場合もあります。なお、退職して1年経過しない労働者や役員も含まれます。 |
---|---|
通報対象 | 「役務提供先」における不正行為(法律の別表に掲げた刑罰や過料対象となる行為)が対象です。 |
通報先 | ①役務提供先:社内の通報窓口など、企業内部への通報 ②行政機関:行政指導や行政処分などの権限を有する機関 ③その他被害の発生・拡大の防止に必要と認められる機関:報道機関、消費者団体、事業者団体、労働組合など |
公益通報の対象(通報対象事実)
公益通報の対象(通報対象事実)となるのは、下記行為です。
一定の法律に違反をする犯罪行為や過料行為、又は刑罰や過料につながる行為
対象となる法律は約500本定められており、“個人の生命”や“消費者の利益”に関するもの、“環境の保全”に関するものなど多岐に渡ります(令和4年6月時点)。
反対に、対象となる法律約500本以外の法律の罰則又は過料に関する規定に違反しても、公益通報保護法による保護は適用されませんので、通報者は注意が必要です。
通報対象事実の具体例は、以下のようなものです。
- 窃盗や横領
- 不正な売上計上
- 談合や贈収賄
- 架空の経費請求
- データ改ざんや品質偽装
- 企業間での価格カルテルの締結
- 安全基準値以上の有害物質を含む食品の販売
- 無許可での産業廃棄物処理
- リコールに関する届出義務・勧告・命令違反
- ハラスメント(暴行や強制わいせつ等の刑事罰の対象に該当するもの)
- 刑罰対象となる違法な長時間労働
- 刑罰対象となる個人情報の悪用
公益通報の要件は、以下のページでも解説しています。
公益通報とならない通報について
公益通報には、①主体、②通報内容、③通報目的、④通報先について一定の要件があるため、例えば、以下のものは対象外となる可能性があります。
- 通報者が、労働基準法9条における「労働者」にあたらないなど、通報の主体に該当しない場合
- 通報内容が、労働者にとっての「労務提供先」の不正行為でない場合
- 一定の法律に違反する犯罪行為や過料行為につながる行為でない場合
- 通報の目的が「不正の目的」である場合(不正に金品を得るため、企業の信用を失墜させるためなど)
- 通報先が定められた行政機関や報道機関などではない場合
上記のいずれかにあたる場合、公益通報者保護法における保護が適用されず、信用毀損に該当してしまうおそれがあるため、通報者は注意が必要です。
ただし、労働契約法やその他の法令によって通報者が保護される可能性もあります。
2020年の公益通報者保護法改正のポイント
公益通報者保護法は、2020年6月に改正されました(2022年6月施行)。
改正の背景には、公益通報の実効性の乏しさがあります。例えば、公益通報制度の運用が義務化されていなかったことや、罰則が不明確だったことが挙げられます。
また、法律において禁止されているにもかかわらず、公益通報を行った労働者が不利益取扱いを受けたという事案も発生していました。さらに、保護対象となる事案が少なすぎるという点も問題視されていました。
そこで改正法では、以下の点がポイントとされています。
- 内部通報制度の体制整備の義務化
- 行政機関等への通報要件の緩和
- 通報者の保護範囲の拡大
- 違反した場合の措置(実行性の確保)
それぞれの詳細は、次項から解説します。
公益通報制度の体制整備の義務化
事業者には、公益通報に適切に対応するための体制整備が義務付けられました。
具体的には、社内に通報窓口を設置したり、外部の通報専門業者と契約したりすることで、労働者がいつでも通報できる環境を整える必要があります。
また、通報後の調査や是正措置を行う担当者(対応業務従事者)の指定も義務付けられています。加えて、対応業務従事者に関する守秘義務も厳格化されており、罰則も定められました。
なお、従業員が300人以下の中小事業者については、これらの対応が努力義務とされています。
行政機関等への通報条件の緩和
労働者が、外部機関に通報するための要件が緩和されました。
行政機関
改正前は、通報対象事実が生じている(又は生じようとしている)証拠を揃えたうえで、通報する必要がありました。
改正後は、通報対象事実の内容と通報者が労働者の場合には、氏名・住所などを一定の法定された事項を書面で提出することで保護を受けられるようになりました(改正公益通報者保護法第3条1項2号)。なお、役員による通報の場合はこの規定は適用されません。
報道機関など
企業に内部告発すると、通報者の特定につながる情報が漏えいされる可能性が高い場合にも、利用可能となりました。例えば、以前内部告発が行われた際、担当者が通報者を公表するような運用がなされている企業などです。
また、生命身体に対する危害が懸念される場合だけではなく、個人の財産に多額の損害が発生しているケースでも、通報可能となりました。
通報者の保護範囲の拡大
通報者の対象には、下記の者が追加されました。
- 退職後1年以内の退職者(労働者であった者)
- 派遣終了から1年以内の者
- 当該企業の役員
- 下請け業者や取引先の労働者又は役員
よって、もう既に公益通報制度を運用している事業主は、公益通報制度の利用者の範囲を拡大させるとともに、社内に周知する必要があるでしょう。
なお、事業主は、公益通報をしたことを理由として、通報者へ損害賠償請求することも禁止されています。
また、通報対象事実の範囲も拡大されています。刑事罰につながる行為だけでなく、過料(行政罰)につながる行為も通報可能となりました。
違反した場合の罰則
公益通報の体制整備や、対応業務従事者の指定を怠った場合、助言・指導・勧告など行政措置の対象となります。また、勧告に従わない場合、社名を公表という制裁的措置も用意されています。
さらに、通報後の調査・是正措置を担う対応業務従事者には、法律上の守秘義務が課せられました。よって、通報者の氏名や住所、社員番号など、通報者を特定できる情報を漏えいすることは禁止されます。
守秘義務に違反した場合、担当者は30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
なお、中小事業者で対応業務従事者を指定した場合も、守秘義務や罰則は同じように適用されます。
法改正に向けて企業が取るべき対応
法改正にあたり、企業には通報制度の体制強化が求められます。社内に通報窓口を設置する、報告後は迅速に調査・是正するなどの対応が必要です。また、対応従事者についても罰則付きの守秘義務を負担することになったことから、その説明や対応方法にあたっての会社の方針などの研修も行っておく必要があります。
その他、通報者となり得る労働者に対しては、通報しても不利益取扱いを受けないことや、守秘義務があることを説明し、労働者を安心させることも重要です。また、経営陣や経営幹部と切り離した第三者的地位にある窓口を設置することが望ましいでしょう。
同時に、通報されるような事象が生じないようにコンプライアンスの強化を図り、不正を未然に防ぐことも重要となります。教育や研修を行い、コンプライアンス向上を目指しましょう。
公益通報者保護規程の策定
公益通報制度を導入する際は、対応が迅速かつ適切に行われるようにするためにも規程を設けて対応すべきでしょう。規程には、以下の事項を盛り込むのが一般的です。
- 制度の概要
公益通報制度の目的、利用者、通報の方法、通報の対象となる事案など - 通報後の対応
調査を実施する部署や対応従事者となる担当者の指定方法、調査の流れ、調査結果の報告、是正措置の実施などについて - 通報者の保護
公益通報をしても不利益取扱いは受けないこと、不利益取扱いを行った者は懲戒処分の対象となること、対応従事者が守秘義務を負担すること、個人情報や名誉・プライバシーの保護も守秘義務に含まれることなど
消費者庁のガイドラインに基づく制度整備
消費者庁は、事業主が公益通報の内容を適切に取り扱うための指針として、公益通報者保護法のガイドラインを公表しています。
ガイドラインは民間事業者・行政機関それぞれに向けて作成されており、主に以下の事項が定められています。
- 通報対応の仕組みの整備
- 通報に関する秘密義務、個人情報保護の徹底
- 通報者への対応状況の通知
①通報対応への仕組みの整備
ガイドラインにおいては、必要な体制の整備として、主に「総合的な窓口の設置」及び「内部規程の制定及び運用」が求められています。
社内に設置する通報窓口については、人事部や総務部を窓口とするケースが多いですが、内部の人間に通報するのをためらう労働者もいるでしょう。
また、通報内容は経営陣や経営幹部に関わる内容であることも想定されるため、上層部から独立して窓口を設置することがより適切といえます。
そこで、社外の法律事務所や通報専門業者と提携し、中立性及び公正性の確保できる外部の通報窓口も併用するのが望ましいといえ、ガイドラインにおいてもそのような対応が推奨されています。
また、弁護士など法令上の守秘義務を元々負担している専門家のサポートを受けることで、問題をより早く解決できる可能性もあります。
②秘密保持・個人情報保護の徹底
企業の内部から通報があった際は、まず、通報者の秘密を保持し、個人情報や名誉・プライバシーの保護を徹底しましょう。対応従事者に対する守秘義務の教育を実施しておくことが出発点となります。
通報者が誰であるか広く知れ渡ってしまうようなことがあれば、たとえ法令上不利益取扱いが禁止されているとしても、通報者が不利益な取扱いを受けてしまうおそれが生じます。通報者、また、通報内容の情報を共有する範囲は厳密に定め、情報の漏えいが起こらないようにしなければなりません。
③通報者への対応状況の通知
調査によって法令違反行為が判明した場合、速やかに是正措置を講じ、被害の発生・拡大防止を図る必要があります。また、再発防止策を徹底し、コンプライアンス向上に努めましょう。
また、ガイドラインでは、調査結果や是正措置の内容について、速やかに通報者へ通知しなければならないとしています。
通知がなされないと、通報者は「進捗がわからない」「不正は是正されたのか」「通報は間違っていたのか」などさまざまな不安を抱きます。会社の信用低下にもつながりますので、通知することが求められています。なお、匿名の通報で通知ができないときや通報者本人が希望しない場合にまで、通知することが求められるわけではありません。
また、通知にあたっては、調査協力者や通報対象者が特定されることにつながらないよう名誉・プライバシーに十分配慮することが必要です。
公益通報制度の周知・啓発
制度の導入後は、社内で周知し、窓口の利用対象者や利用方法、通報後の流れなどを具体的に社内で共有しましょう。
なお、パートやアルバイト、派遣労働者も含めすべての従業員へ周知しなければなりません。
周知方法は、社内報や掲示板、メール、回覧版などを活用する方法があります。
また、公益通報に関する定期的な社員研修を行うことも重要です。
労働者等に向けては、通報することのメリットや効果、通報しても不当な扱いを受けないこと、匿名性も守られることなどを説明すれば、通報のハードルを下げて、不正の早期発覚につなげることができます。
また、経営陣に向けては、労働者に対する不利益取扱いの禁止、対応従事者の守秘義務の徹底や通報者の個人情報や名誉・プライバシーの取扱い、義務を怠った場合の罰則などを十分理解し、誤った対応がなされないように徹底しましょう。
内部通報制度認証の取得
内部通報制度認証とは、企業の公益通報制度を公的に評価し、認証を与える制度です。本制度には、以下の2種類があります。
- 【自己適合宣言制度※】
事業者が、認証基準に従って自社の公益通報制度を評価し、指定登録機関が確認、登録する制度 - 【第三者認証制度】
中立的な第三者機関が、企業の公益通報制度を評価、認証する制度(まだ導入されていません)。
本制度は、企業のコンプライアンス意識を高めることにつながります。また、顧客や取引先からの信頼獲得、ブランド価値の向上、人材の獲得など外部へのアピールとしてもさまざまなメリットが考えられます。
ただし、コストの増加や評価にかかる労力などデメリットも押さえておくべきでしょう。
※2022年6月時点で、公益通報窓口が義務化された法改正の実情に適合させるために自己適合宣言制度は当面休止されています。
企業の様々な人事・労務問題は弁護士へ
企業側人事労務に関するご相談 初回1時間 来所・zoom相談無料※
会社・経営者側専門となりますので労働者側のご相談は受付けておりません
受付時間:平日 10:00~20:00 / 土日祝 10:00~18:30
平日 10:00~20:00 / 土日祝 10:00~18:30
※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円) ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。 ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。 ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある