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2023年から中小企業の割増賃金率が引き上げられます

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

2010年の労働基準法改正では、長時間労働を防ぎ労働者の健康を確保するといった目的から、時間外労働に対する法定割増賃金率が改定されましたが、中小企業への適用は猶予されていました。しかし、働き方改革関連法の成立により、この猶予措置が終了することが決定しました。

では、中小企業における時間外労働に対する法定割増賃金率は、いつ、どのように改定されるのでしょうか?こうした疑問について解説していきます。

月60時間を超える残業に対する法定割増賃金率引き上げ

過去行われてきた労働基準法の改正により、法定割増賃金率は、下表のように引き上げられました。引き上げ後の割増率や現在の割増賃金の種類、支払われる条件についても、下表で確認することができます(労働基準法37条1項参照)。

ただし、中小企業については、現在労働基準法37条1項ただし書の適用が猶予されているため、時間外労働が1ヶ月60時間を超えたときでも、2010年の法改正前と同様に、25%以上であれば良いとされています(労基法付則138条)。

種類 支払う条件 割増率
時間外
(時間外手当・残業手当)
法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えたとき 25%以上
時間外労働が限度時間(1ヶ月45時間・1年360時間等)を超えたとき 25%以上(※1)
時間外労働が1ヶ月60時間を超えたとき(※2) 50%以上
休日(休日手当) 法定休日(週1日)に勤務させたとき 35%以上
深夜(深夜手当) 22時から5時までの間に勤務させたとき 25%以上

(※1)25%を超える率とするよう努めることが必要です。
(※2)事業場で労使協定を締結すれば、法定割増賃金率の引き上げ分(例:25%から50%に引き上げた差の25%分)の割増賃金の支払に代えて、有給休暇を付与する制度(代替休暇制度)を設けることができます。

しかし、2019年4月から順次施行される働き方改革関連法により、当該猶予期間が2023年3月までとされることになりました。したがって、2023年4月以降は、中小企業においても時間外労働が1ヶ月60時間を超えたときには、時間外労働に対する法定割増賃金率50%以上に引き上げられます。
※2020年7月現在

猶予されていた中小企業とは

経営体力が強いとは言い切れない中小企業では、時間外労働を抑制するために業務体制を見直したり、新たな労働者を雇い入れたりすることは容易ではなく、また、やむを得ずに時間外労働をさせた場合に生じる負担は経営するうえで大きな重荷になります。

そのため、下表のとおりの基準を設け、この基準以下となる企業を「中小企業」として、法定割増賃金率の引き上げを猶予していました。

【2023年4月まで法定割増賃金率の引き上げが猶予される中小企業】
業種 資本金の額又は出資の総額 常時使用する労働者数
小売業 5000万円以下 50人以下
サービス業 5000万円以下 100人以下
卸売業 1億円以下 100人以下
その他 3億円以下 300人以下

2023年4月1日をまたいで賃金計算をする場合の割増賃金率

月給制で1ヶ月の賃金の起算日と締日が月をまたぐ等の理由により、賃金計算の対象となる期間が2023年4月1日を挟むことは、賃金計算期間内で、月60時間超の時間外労働時間にかかる法定割増賃金率が変わることを意味します。このような場合、4月1日からの時間外労働時間を合計し60時間を超過する部分に対しては、50%以上の割増賃金率が適用されます。

割増賃金制度の機能

なぜ、使用者に時間外労働等について割増賃金を支払うことが義務づけられたのかというと、割増賃金制度には”長時間労働を抑制する機能“が期待できるからです。

時間外労働に対して賃金を上乗せしなければならないとすると、労働者に時間外労働を課した使用者は、通常の賃金よりも多くの出費を強いられることになります。そのため、企業において労働者1人当たりの時間外労働をできる限り減らす取り組みがなされるようになり、結果、長時間労働を抑制する効果が期待されます。

改正の目的

中小企業において割増賃金率の引き上げが猶予されていたのは、中小企業では長時間労働による弊害が問題にならなかったからではありません。中小企業でも当然長時間労働は抑制されるべきであったものの、中小企業の経営体力という政策的な理由により猶予されていただけです。

働き方改革のもとでより良い労働環境を実現すべく、今回の法改正によって、満を持して中小企業における割増賃金率の引き上げも実施されることになりました。

管理監督者への適用

割増賃金率の引き上げは、雇用形態を問わずにパートタイマーや派遣社員にも適用されます。しかし、「監督もしくは管理の地位にある者」、つまり「管理監督者」に対しては、そもそも時間外労働に対する割増賃金を支払う義務を負わないので、法定割増賃金率の引き上げは適用されません

なお、「管理監督者」とは、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」と定義されており、管理監督者に当たるか否かは、職務内容責任・権限勤務態様待遇等を総合考慮し、客観的に判断されます。この判断は、役職の名称等に左右されません。

そのため、たとえ“営業所長”“店長“といった肩書を持ち、社内で管理職とされていても、上記の要素を踏まえた結果、管理監督者には当たらないと判断されるような労働者に対しては、時間外労働に対する法定割増賃金率の引き上げが適用されます。

勤務形態による時間外労働時間の取扱い

変形労働時間制の場合

「変形労働時間制」では、労働時間を1日単位ではなく、週・月・年単位で計算します。そのため、1日8時間・週40時間の法定労働時間を超えても直ちには時間外労働とはなりません。

変形労働時間制の下では、以下①~③により時間外労働時間となる時間をそれぞれの起算日から累積することによって、対象期間における時間外労働時間が算出されます。そして、時間外労働時間数に見合った割増賃金率を用いて割増賃金を計算することになります。

①1日当たりの時間外労働時間

  • ・所定労働時間が8時間を超える日:所定労働時間を超えた時間
  • ・所定労働時間が8時間以内とされている日:8時間を超えた時間

②1週間当たりの時間外労働時間
①で時間外労働となる時間を除いて

  • ・所定労働時間が40時間を超える週:所定労働時間を超えた時間
  • ・所定労働時間が40時間以下とされている週:40時間を超えた時間

③変形労働時間制の対象期間における時間外労働時間
①②で時間外労働となる時間を除いて

  • ・対象期間における法定労働時間の総枠を超えた時間
    ※「1週間の法定労働時間×変形期間の日数÷7」で算定します。

フレックスタイム制の場合

「フレックスタイム制」は、一定期間(清算期間)の総所定労働時間を定めておき、始業・終業時刻を労働者が自由に決められる労働時間制度です。したがって、1日8時間の法定労働時間を超過して働いてもすぐには時間外労働時間とはならず、清算期間における法定労働時間を超えて働いた時間が時間外労働とされます。

この時間外労働時間を起算日から累積し、法定労働時間の総枠を超えた時間数に見合う割増賃金率を適用し、割増賃金を計算します。

なお、清算期間は、3ヶ月以内の期間で定めることができますが、清算期間が1ヶ月を超える場合、労使協定の届出が必要となります。

また、清算期間が1ヶ月を超える場合の割増賃金を計算するには、まず清算期間の開始日から1ヶ月ごとに区分します。その各期間を平均し、1週間当たりの労働時間が50時間を超えた分は割増賃金を支払う必要があります。

例えば、清算期間が3ヶ月で、実労働時間が4月220時間、5月230時間、6月120時間であった場合に、割増賃金を支払わなければならない労働時間は以下のとおりです。

割増賃金を支払わなければならない労働時間

みなし労働時間制の場合

「みなし労働時間制」は、実際の労働時間にかかわらず、事前に定めた時間分は働いたと“みなす”制度です。つまり、所定労働時間分は働いたものとする制度であることから、実労働時間が所定労働時間内に収まる場合、時間外労働時間は発生しないと誤解されることもあります。

しかし、みなし労働時間制でも、みなされる労働時間が法定労働時間を超える場合には、超過分が時間外労働となるので、これを起算日から累積させ、その時間数に応じた割増賃金率を適用し、割増賃金を計算することになります。

割増賃金の計算方法

割増賃金の計算方法については下記の記事で説明しています。より理解を深めるためにも、併せてご覧ください。

割増賃金の計算方法

割増率上乗せ分の代替休暇制度について

月60時間を超えて時間外労働をした場合に増加する割増賃金については、金銭の支払いに替えて、有給の休暇(代替休暇)を付与することが認められています。これを「代替休暇制度」といいます。詳細については下記の記事をご覧ください。

割増賃金の支払いに代わる代替休暇制度とは

割増率変更の手続

法定割増賃金率引き上げに関する猶予措置の終了に伴い、月60時間を超える時間外労働時間に対する割増賃金率について、50%未満と定めている中小企業は、自社の割増賃金率を見直さなければならなくなりました。

こうした中小企業は、割増賃金率について定めた就業規則等の変更が必要になります。具体的には、就業規則の変更案を作成し、労働者代表の意見を聴取した後、所轄の労働基準監督署に変更届を提出することになります。

また、併せて「代替休暇制度」を新設する場合には、労使協定を締結し、さらに上述のとおりの就業規則の変更手続をしなければなりません。

違反した場合の罰則

2023年4月以降も、月60時間超の時間外労働時間に対する割増賃金率を50%以上に引き上げない場合には、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられる(労基法37条1項、119条1号)ため、必ず割増賃金の引き上げを行いましょう。

2023年4月までに中小企業が行うべき対応

2023年4月以降の法定割増賃金率の引き上げによって、中業企業は人件費等のコストが増大することになります。そこで、コストの増大を最小限に抑えるためにも、法定割増賃金率が引き上げられるまでに、しっかりとした労務管理体制を整えておく必要があります。中小企業がすべき具体的な対応について、次項より解説していきます。

労働時間の適正把握

初めに、業務内容や作業過程の整理、業務ごとの担当者の確認等を行い、現在の労働者の労働時間が適正といえるかどうかを確認します。併せて、労働者の仕事量にも着目し、労働者間に偏りがあれば改善することで、1ヶ月当たりの時間外労働時間が60時間を超過する労働者の数を減少させることができます。

現状の労働時間が仕事量に応じたものであり、また、仕事量の偏りを是正しても、依然として60時間を超えて時間外労働をする労働者が多い場合は、新たに労働者を雇い入れ、労働者1人当たりの負担を軽減することをご検討ください。人件費はかかりますが、時間外労働時間にかかるコストの削減や労働者の健康確保といった側面もあるため、適切な人数を雇用するのであれば、無駄な支出とはならないでしょう。

業務を効率化し残業時間の削減

例えば、業務のマニュアル化や手作業の工程の機械化等、業務を効率化することによっても、時間外労働(残業)を減らすことができます。また、それ以外にも、生産性の向上といったメリットも得られます。

加えて、勤怠管理システムの見直しも重要です。今後は時間外労働時間に関してますます厳しい目が向けられるようになるため、労働者に対して、労働時間に関するアドバイスや是正勧告ができるような勤怠管理システムの導入も検討するべきでしょう。

もっとも、業務の効率化や新システムの導入のためには、初期投資費用等がかかることもあるため、今後の経営戦略や現在の財務状況等を十分に考慮したうえで行わなければなりません。

代替休暇の検討

代替休暇制度を利用することによっても、金銭的な支出を減らすことができます。また、労働者の健康確保にもつながります。

ただし、制度の導入にあたっては労使協定を締結する必要があることに加え、原則として月60時間を超えることによる法定割増賃金率の増加分のみしか代替休暇の対象とならないことには留意する必要があります。

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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