身元保証契約に関する法律上の定め

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
身元保証契約は、労働者の身上を保証する重要な手続きです。企業が労働者の身元を把握し、不要なトラブルを防ぐため、主に入社時に締結されています。
ただし、身元保証人の責任は重く、精神的負担も大きいため、法律で様々な規制が設けられています。これに違反すると契約が無効になったり、十分な補償を受けられなかったりするため注意が必要です。
本記事では、身元保証契約の内容や法律の定めについて詳しく解説していきます。「知らずに法律違反をしていた」という事態を避けるため、ぜひご覧ください。
目次
身元保証契約について
身元保証契約とは、企業と労働者の身元保証人が締結する、損害賠償責任に関する契約です。
労働者が企業に何らかの損害を与えたとき、本人の代わりに身元保証人が賠償金を支払うと約束させるものです。つまり、労働者が起こした損害を担保するための契約といえます。
例えば、以下のようなケースで役立つでしょう。
- 会社の金が使いこまれた
- 機密情報を漏洩された
- 会社の備品が壊された、又は紛失された
- 経費を水増し請求された
これらの事態を想定すると、社員とはいえ、素性が不確かな者を雇用するのはリスクを伴います。身元保証契約を締結することで、労働者に資力がない場合や、音信不通になった場合も、保証人に賠償金を求めることができます。
身元保証書
身元保証書とは、労働者の身元を第三者に保証させるための書類です。「経歴に問題がないこと」、「自社で健全に働けること」等を誓約させます。
その他、損害賠償金の担保や緊急連絡先の確保といった重要な役割があります。また、労働者本人に責任の重さを自覚させる効果もあるでしょう。
なお、身元保証書には、労働者本人と身元保証人の署名・捺印を求めるのが一般的です。それぞれ別の印鑑で、また身元保証人については実印を押してもらうのが望ましいでしょう。
身元保証人
身元保証人は、両親や兄弟、配偶者等を立てるのが一般的です。また、同意が得られれば友人でも可能です。
ただし、経済状況が安定している人を選ぶことが重要です。身元保証人は損害賠償金を肩代わりする可能性があるので、いざという時に資力がなければ意味がありません。定職に就いている人や収入が安定している人、持ち家がある人等がふさわしいでしょう。
一方、高齢者は選ばないようにしましょう。身元保証人の損害賠償責任は相続されないので、契約期間中に保証人が亡くなると、賠償金を受け取れないおそれがあります。
なお、身元保証人の条件は企業が指定できるため、上記を踏まえて決めることをおすすめします。
身元保証に関する法律
身元保証契約のルールは、法律で明確に定められています(以下、身元保証法といいます)。
これは、本来無関係である第三者(身元保証人)の保護を図ることを目的としています。
では、身元保証法のポイントについて次項からみていきましょう。
身元保証人の責任範囲
労働者が問題を起こしても、身元保証人が全責任を負うとは限りません。
身元保証契約には時間的制限があったり、裁判所が賠償金額を決定したりするため、こちらの請求が認められないケースもあります。
では、適切な補償を受けるため企業はどんなことに注意すべきでしょうか。身元保証法の内容を踏まえ、以下で解説していきます。
保証責任の制限
身元保証人といっても、労働者が与えた損害の全責任を負わせるのは酷といえます。
そこで、身元保証法は、保証人の責任を軽減するための規定を設けています。
例えば、身元保証人の責任の度合や賠償金額は、最終的に裁判所が決定するというものです。よって、身元保証人の責任が軽いと判断されれば、賠償金も減額されます。
裁判所は、主に以下の事情を考慮して合理的な判断を下します(身元保証法5条)。
- 労働者の監督における使用者の過失の有無
- 身元保証人になった経緯
- 身元保証人になるのにどれほど注意を払ったか
- 労働者の任務や身上の変化
実務上、頼みを断れず仕方なく身元保証人になったことや、損害の発生において使用者にも落ち度があったこと等が考慮され、賠償金が減額されるケースがほとんどです。
また、労働者の管理監督義務は身元保証人ではなく使用者にあるため、労働者の故意や重過失を証明しない限り、十分な賠償金は得られないでしょう。
身元保証の存続期間
身元保証契約の効力は、一定期間が経つと消滅します。際限なく身元保証人に損害賠償責任を負わせるのは酷であり、過度な負担がかかるからです。また、長期間身元保証契約が有効であるとすると、労働者本人の状況(業務上の責任の重さ、身元保証人との関係性等)が変わっていることも想定され、身元保証人に再考の機会を付与するという趣旨もあると考えられます。
有効期間については、以下のとおり定められています。
- 当事者間の定めがない場合:基本的に3年間(身元保証法1条)。
- 当事者間で期限を決める場合:最長5年(同法2条1項)
身元保証契約の更新
身元保証契約は更新できますが、5年が限度とされています(身元保証法2条2項)。
また、基本的に自動更新はできず、たとえ契約書に定めがあっても認められません。例えば、「契約満了時に異議がなければ更新する」といった条項は無効になります。
もっとも、身元保証契約は、入社直後で素性の知れない労働者に向けたものと考えられています。そのため、入社後数年経った労働者に更新を求めるケースは少ないでしょう。
また、定年後の再雇用や契約社員の更新、役員就任などのタイミングでは、身元保証契約を締結し直す必要があります。これは、雇用契約の区切りによって身元保証契約も効力を失うためです。
また、身元保証契約の有効期間が残っていても同様です。例えば、5年間の身元保証契約を締結し、その半年後に定年・再雇用した場合も、再度契約書を提出してもらう必要があります。
使用者の通知義務
以下の事由が生じた場合、使用者は、身元保証人へその旨を速やかに通知しなければなりません(身元保証法3条)。
- 労働者に不適任・不誠実な事柄があり、身元保証人の責任が発生しそうなとき
(例:健康障害がみられる場合、横領や不正申告の事実が発覚した場合) - 労働者の任務・任地の変更により、身元保証人の責任が重くなったり、監督が困難になったりするとき
(例:管理監督者への昇進、内勤から工場勤務への変更)
なお、この通知を受けた身元保証人は、使用者に保証契約の解除を求めることができます(同法4条)。ただし、過去に遡って解除することはできません。
また、通知される前でも、上記事情を知った身元保証人は契約解除を求めることができます。
一方、身元保証人が解除権を行使しない限り、当該契約は有効のままです。
強行法規との関連
身元保証法は、どんな状況でも強制的に適用される強行法規にあたります。
したがって、たとえ当事者同士の合意があっても、それが身元保証法に反する内容であれば契約は無効となります(同法6条)。 例えば、身元保証契約の有効期間は最長5年なので、当事者の意思で10年と定めることはできません。
強行法規について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
民法改正と身元保証への影響
2020年4月の民法改正により、身元保証契約の締結時に賠償金の上限額(極度額)を定めることが義務付けられました。また、極度額の定めがない根保証契約※はすべて無効となります(民法465条の2)。
※根保証契約とは、保証の限度が決まっておらず、債務者がどれほどの責任を負うか不明確な契約をいいます。
この規定は、身元保証人の保護を強化することを目的としています。無制限に損害賠償責任が認められると、本来無関係であるはずの第三者に大きな負担がかかり、破産を招くおそれもあります。
そこで、あらかじめ責任の上限を定め、身元保証人がリスクを想定しやすいよう配慮しています。
賠償極度額の設定
賠償金の上限額(極度額)は、企業が自由に設定できます。ただし、高過ぎると誰も身元保証人になってくれず、逆に低過ぎると身元保証契約が無意味になりかねないため、妥当な金額を決める必要があります。
労働者の年収や業務内容によって金額は変わりますが、実務上では100万~1,000万円が相場とされています。
また、具体的に「〇円」と定めるのが基本ですが、併せて「給与の〇ヶ月分」など計算の根拠も書くと丁寧でしょう。
実際に損害が発生した場合、最終的には、極度額の範囲内で裁判所が賠償金を決定することになります。
メンタルヘルス情報の開示
労働者がメンタルヘルス不調になった場合、本人の同意なく、身元保証人にその旨を知らせることができる可能性があります。
事業主は、労働者の不適任によって身元保証人に責任が生じる見込みがある場合、速やかに保証人へ通知しなければなりません(身元保証法3条1号)。
この“不適任”とは、“業務に支障が出る状態”をいい、健康障害も含まれます。よって、メンタルヘルス不調によって問題が発生しそうな場合、事業主はその旨を身元保証人に通知することができる可能性があります。
とはいえ、労働者に無断で通知すると、個人情報保護等の点からトラブルになりやすいといえます。まずは労働者本人に対し、「通知が義務付けられていること」、「当該労働者のために必要な措置であること」を説明し、理解を得るのが賢明でしょう。
労働者のメンタルヘルス管理については、以下のページで詳しく解説しています。
身元保証書の提出拒否
身元保証書の提出を求められた場合、労働者は拒否できないのが基本です。身元保証書は「企業の保険」となる重要な書類であり、提出義務を課すのは合理的だからです。
また、提出義務に従わない労働者を懲戒処分にすることも可能ですが、これは就業規則に規定があることが前提です。具体的には、以下2点が明示されている必要があります。
- 身元保証書の提出が、採用の条件であること
- 身元保証書を出さない場合、懲戒処分の対象になること(懲戒事由)
なお、身元保証書の不提出によって解雇する場合、30日以上前の解雇予告は不要と判断される可能性があります。これは、書類の提出義務違反は労働者の責任であり、予告義務が適用されないためです(労働基準法20条1項ただし書)。
ただし、上記の規定だけで当然に処分できるわけではありません。身元保証書の重要性や提出を求めた経緯・回数などを踏まえ、相当といえる場合に処分が認められます。
懲戒処分や解雇の手続きについては、以下のページで詳しく解説しています。
内定取消しの可否
身元保証書を提出しない場合、内定取消しにすることもできます。
身元保証書は企業のリスクを減らすだけでなく、労働者本人に重大性を自覚させたり、横領や情報流出といったトラブルを防いだりする役割もあるため、「提出=採用の条件」とすることは問題ありません。
ただし、採用条件として就業規則で定め、従わないときは内定取消しの対象となることも明示しておく必要があります。また、「採用決定から1週間以内」「入社日の前日まで」など提出期限も定めておきましょう。
内定取消しの手続きや注意点は、以下のページでも解説しています。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある