人事評価制度の導入と実施時の留意点

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
人事評価制度の下では、労働者の能力や成果が処遇に影響します。そのため、労働者のモチベーションを高めたり、公正な賃金体系を整えたりするために有効な手段といえるでしょう。
ただし、評価基準や評価方法が曖昧だと、十分な効果が得られないリスクがあります。導入前にしっかり検討し、適切な手順で導入していくことが重要です。また、導入後もの注意点も把握しておくことで、よりスムーズで効果的な運営が可能になるでしょう。
本記事では、人事評価制度の導入時・運営時におけるポイントを詳しく解説していきます。導入を検討されている方は、ぜひ参考になさってください。
目次
人事評価制度の導入方法
人事評価制度とは、労働者の能力・目標の達成具合・企業への貢献度等を評価し、本人の処遇に反映させる制度です。事業主は定期的に評価を行い、評価結果を踏まえて労働者の昇格や昇給(又は降格や減給)について決定することになります。
人事評価の実施は、企業・労働者それぞれにメリットがあると考えられるため、積極的に導入を検討すると良いでしょう。では、導入する際はどのような手順を踏めば良いのか、次項から具体的にご説明します。
なお、人事評価制度の概要やメリット・デメリットは、以下のページで解説しています。併せてご確認ください。
目的・目標の明確化
まず、人事評価を行う目的・目標を明確化します。目標に沿った評価項目を作ることで、的確かつ効果的に制度を運営できるためです。
なお、目的や目標は、企業の経営戦略・課題等によって異なります。例えば、「評価結果を報奨金に反映したい」といった短期的な目的や、「労働者を育成したい」「業績を伸ばしたい」といった中長期的な目標も挙げられるでしょう。
また、目標を定める際は、企業の理念や行動指針を参考にするとスムーズに進みます。
評価項目・基準の決定
労働者の業務内容や働き方を洗い出し、求める成果・能力・行動に沿って評価項目を決定します。例えば、営業職であれば“売上”や“契約件数”を、チームで協同する業務であれば“チームワーク”を重点的に評価するのが有効です。さらに、各等級に求める役割を細分化し、等級ごとに評価項目を設定するのが望ましいでしょう。
また、評価手法も合わせて決定する必要があります。「5段階評価とするのか」「目標の達成度を評価するのか」「誰を評価者とするのか」といった事項を検討しましょう。
ただし、いきなり多くの評価項目や評価手法を設けると、労使双方にとって大きな負担となりかねません。まずはシンプルな内容にして、制度が定着してから適宜見直すことをおすすめします。
アルバイト・パートの評価基準
労働力不足の進行に伴い、アルバイトやパートタイマーの重要性が増しています。そのため、これら労働者にもしっかり人事評価を行い、能力の育成やモチベーションアップを図ることが重要です。
ただし、アルバイトやパートタイマーは正社員と処遇に差があったり、任される役割が限定的だったりする場合があるため、一律で正社員と同じ評価基準を用いるのは不合理といえます。そこで、業務内容に沿った具体的な目標を定め、その達成具合を評価するとともに、個人の働きぶり(ミスの減少や作業スピードアップ等)を正当に評価することも必要でしょう。
パートタイマーの雇用全般については、以下のページで解説しています。人事評価制度以外でも押さえるべきポイントがありますので、確認しておくと安心です。
社内規定の策定
事業主は、決定した人事評価制度の内容を労働者に開示しなければなりません(公正評価義務)。
また、人事評価制度は就業規則における「相対的必要記載事項」にあたるため、導入する企業は規定を設けることが義務付けられています(労基法89条)。
具体的には、以下のような項目を就業規則に記載し、労働者に開示する必要があります。
- 評価対象者(正社員・アルバイト・パートタイマー・契約社員など)
- 評価対象期間
- 評価項目(知識量・規律性・成果など)
- 評価方法(評価者や評価区分など)
- 評価結果の処遇への反映方法
なお、公正評価義務や就業規則の詳細は、以下のページでも詳しく解説しています。併せてご覧ください。
労働者への説明
労働者に制度の目的を理解してもらうため、説明会等を開催します。説明は、制度をよく理解している人事部門が行うのが一般的です。さらに、管理職等の上位層から説明するのが望ましいでしょう。
特に、評価結果と処遇のつながり(○評価の場合、○○円減額する等)は明示しておく必要があります。
また、一方的な説明ではなく、労働者からの質問にも応じるのがポイントです。質疑応答によって労働者の不安が解消され、納得感を高めることができるでしょう。
評価担当者の選定
誰が評価を行うかは、評価結果を左右する重要なポイントです。ふさわしい人物を選定しないと適切な評価がなされず、労働者の不満を招くおそれがあるため注意しましょう。
まず、評価者は労働者の働きぶりを知っている“直属の上司”を選定します。日頃の働き方に沿った適格な評価が可能ですし、労働者も納得しやすいためです。また、評価に基づくフィードバックを行うことで、労働者の育成にもつながります。
また、評価者は、私情を挟まず冷静に評価することが求められます。例えば、「毎日遅くまで頑張っているから高評価にしてあげよう」といった考えは、評価者の主観が含まれており不当といえます。“業務効率”や“実績”といった客観的な評価基準に従って判断できる人物を選びましょう。
人事評価エラーの問題点
人事評価エラーとは、評価者が意図的に又は無意識のうちに心理・感情に影響され、公正な評価ができなくなる現象をいいます。代表例としては、以下のようなものです。
- ハロー効果
労働者の目立った特徴(外見など)に引っ張られ、当該評価が歪められることといいます。評価者の先入観が原因だと考えられます。 - 中心化傾向
労働者の能力や業績にかかわらず、評価を中心値に集中させるなど、当たり障りのない評価をすることをいいます。「部下との関係を悪化させたくない」といった評価者の保身によって発生します。 - 寛大化・厳格化傾向
寛大化傾向とは、全体的に甘いと捉えられるような評価を付けることをいいます。「部下から良い印象を持たれたい」といった思考や、評価基準の理解不足などが原因といえます。
厳格化傾向とは、全体的に厳しい評価を付けることをいいます。評価者自身の能力を基準にしてしまっている結果、部下などに低評価をつけてしまうと考えられます。 - 逆算化傾向
最終的な処遇を決めたうえで、各項目の評価結果を帳尻合わせすることをいいます。昇給や昇格といった最終結果だけを意識するケースで起こりえます。 - 論理誤差
事実を確認せず、評価者の推論に基づいて評価することをいいます。例えば、労働者の出身大学などから業務遂行能力の程度を判断し、評価に反映するといった具合です。 - 対比誤差
評価者の能力を基準として、労働者の能力を比較・評価することをいいます。自身の専門分野において評価する場合、労働者の能力が劣っていると感じ、低評価を付けやすくなります。
評価者研修の実施
評価者に対し、公正な評価を行うための研修を実施します。この研修は、評価者が評価基準や評価方法をしっかり理解するだけでなく、フィードバックのコツを身に付けることにも役立ちます。
また、評価者によって判断が厳しい・甘いという差があると、不公平な結果になりかねません。そのため、評価項目と評価基準の考え方について評価者間で認識を統一させる必要があります。
具体的には、「どういったケースでA評価にするのか」「A評価の定義は何か」といった認識のすり合わせを行い、評価者間のバラつきを防ぎましょう。また、具体的なケースを想定し、実際に評価結果を比較してみるのも有効です。
評価者に求められる能力・人物像については、以下のページでより詳しく解説しています。併せてご確認ください。
人事評価を実施する際の注意点
正しい手順で制度を導入しても、その後の運用で失敗してしまうと十分な効果は得られません。また、適切に運用しないと労働者の不満・不信を招くおそれがあるため注意が必要です。
では、人事評価を実施する際、事業主はどういった点に注意すべきなのでしょうか。以下でいくつかご紹介します。
公正評価義務について
公正評価義務とは、「労働者を評価する場合、その能力や成果に基づいて公正に評価しなければならない」という義務をいいます。人事評価制度の実施にあたり、事業主は公正評価義務を遵守することが求められます。
これに反して恣意的又は不当な評価を行った場合、違法性があるとして労働者から損害賠償請求をされる可能性もあるため注意が必要です。
なお、“公正な評価”と認められるにはいくつか要件を満たす必要があります。詳しくは以下のページで解説しますので、ぜひご覧ください。
絶対評価と相対評価
人事評価の方法には、「絶対評価」と「相対評価」の2つがあります。
絶対評価とは、あらかじめ設定した目標の達成度をもとに評価を行う方法です。達成度が高ければ高評価が付き、低ければ低評価が付くことになります。
一方、相対評価とは、他者との比較によって評価を行う方法です。集団内(部署内)において、労働者を目標達成度や能力に応じて順位付けし、上位者から順に高評価を付けていきます。
労働者の納得感を高めるという点では、「絶対評価」の方が有効といえます。目標達成度という客観要素を用いるので、公平で評価の理由も明確だからです。
この点、相対評価は個人の取り組みを最重視するわけではないので、「成果を上げても高く評価してもらえない」等と労働者の不満を招くおそれがあります。
評価対象期間
労働者を評価する際は、評価期間全体を振り返って判断する必要があります。
評価期間末期の働きぶりによって評価結果が影響されると、「期末誤差」という人事評価エラーになります。この現象は、「直近の出来事の方が印象に残りやすい」という心理によって起こるため、誰でも注意が必要です。対策としては、評価期間中に定期的に記録・面談を行い、評価材料を揃えておくのがおすすめです。
また、評価期間外の成果や行動は、評価対象に含まないよう注意しましょう。
フィードバックの重要性
評価決定後は、労働者に対してフィードバックを行いましょう。
フィードバックによって課題の整理や改善策の共有ができるため、労働者が自発的に行動しやすくなります。また、前向きなアドバイスや高評価の部分も伝えることで、労働者のモチベーションアップにもつながるでしょう。
なお、評価結果の開示・説明は、公正な評価という点でも重視されます。詳しくは以下のページをご覧ください。
人事評価制度と不利益変更
人事評価制度の導入によって労働者に不利な労働条件となる場合、「不利益変更」にあたります。例えば、賃金体系について、年功序列型から人事評価結果に基づく成果主義へ移行する場合です。この場合、労働者との合意なく、一方的に就業規則を変更して労働条件を変えることは、原則として禁止されています(労契法9条)。
ただし、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ変更に合理性がある場合、例外的に就業規則の変更によって労働条件を変えることが可能です(同法10条)。
なお、変更の合理性については、労働者が受ける不利益の程度・変更の必要性・変更後の就業規則の妥当性・労働組合等との交渉状況等を踏まえて判断されることになります。
不利益変更については、以下のページでも詳しく解説しています。ぜひご確認ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある