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労働基準法が定める「賃金の非常時払い」の基礎知識

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

労働基準法25条は、「賃金の非常時払い」という制度を設けています。「非常時」とは、いったいどのようなケースを指すのでしょうか?また、賃金の支払いに関しては5つの原則がありますが、それとどのように関係してくるのでしょうか?

こうした疑問に答えながら、「賃金の非常時払い」の基礎知識について確認していきます。

労働基準法が定める「賃金の非常時払い」

賃金の非常時払い」とは、使用者は、非常の出費(後述します)を必要とした労働者から賃金の支払いを請求された場合は、支払期日を繰り上げ、既になされた労働に対する賃金の支払いをしなければならないとする制度です(労基法25条)。

5つある賃金の支払い原則のひとつである「一定期日払いの原則」(労基法24条2項本文)によって、使用者は「賃金について期日を定めて支払うこと」が義務づけられていますが、賃金の非常時払いは、当該原則の例外にあたります。

一定期日払い等、賃金支払いの5原則の詳細については、下記の記事をご覧ください。

賃金の支払いに関する労働基準法の定めについて

賃金の前借りとの違い

賃金の前借りとは、賃金の支払日前に、労働者が使用者から賃金相当額を借り入れることにより、労使間で金銭消費貸借を行うことをいいます。

前借りと非常時払いは、そもそもの性質からして異なります。前者によって得られる金銭は、あくまで使用者が任意に貸し出す「借金」であるのに対して、後者により得られる金銭は、使用者が労務の対償として支払義務を負う、未払い分の「賃金」となります。違いについて、下表にまとめてみました。

賃金の前借りと非常時払いの違い

非常時払いの請求が認められる事由

非常時払いの請求(労基法25条)にいう「非常の場合」とは、労働基準法施行規則9条各号が掲げる事由です。具体的には、次のとおりです。

労働者自身または労働者の収入によって生計を維持する者(後述します)が、

  • ①出産した場合
  • ②疾病※1にかかった場合
  • ③災害※2に遭った場合
  • ④結婚した場合
  • ⑤死亡した場合
  • ⑥やむを得ない事由により1週間以上帰郷する場合

※1:「疾病」には、業務上の疾病や負傷だけでなく、業務外の私傷病も含まれます。

※2:「災害」には、地震や火災等の自然災害を含みます。

「労働者の収入によって生計を維持する者」とは

労働基準法施行規則9条にいう「労働者の収入によって生計を維持する者」とは、親族かどうかといった観点ではなく、事実上労働者の収入によって生計を維持しているかどうかという観点で判断されます。

したがって、親族以外の同居人であっても含まれるケースはありますし、労働者本人の子であっても、独立して生計を別にしていれば含まれないと考えられています。

既往の労働に対する賃金について

非常時払いにより支払われる賃金は、「既往の労働」に対するもの、つまり既に労務を提供し発生しているものの、未だ支払日を迎えていない未払いのものに限られます。なお、請求時以降、労務の提供があった場合は、その期間の賃金も併せて支払うことになります。

したがって、労務の提供がなされていない期間については、賃金を請求することはできません。例えば、支払期日が毎月20日と定められている場合に3月4日時点で請求できるのは、2月21日~3月4日分の賃金になります。しかし、この時点で3月10日分の賃金を請求することは、賃金の非常時払いとしては認められません。

また、週給あるいは月給制等であるときは、「既往の労働に対する賃金」の算定は、労働基準法施行規則19条各号が規定する方法による日割計算で行います。詳しくは下記の記事をご覧ください。

賃金の計算

非常時払いの支払期日

非常時払いの請求を受けた場合いつまでに支払えば良いのか、支払期日に関する法律上の規定はありません。

しかし、労働者が「非常の出費」という緊急事態に直面して当該請求を行っていることを考慮すると、請求を受けた使用者は、できる限り迅速に支払うべきであると考えられます。

非常時払いの対象・対象外となる賃金

労働基準法にいう「賃金」とは、名称はどうであれ、労働の対償として、使用者が労働者に支払うすべてのものをいいます(労基法11条)。非常時払いにおいて支払義務が定められているのは「既往の労働に対する賃金」ですが、どのようなものがこれに含まれるのでしょうか?

次項より、それぞれの手当について、非常時払いの対象となるのかどうか解説していきます。

残業代・諸手当

賃金には、時間外手当(残業代)といった割増賃金をはじめとする各種手当も含まれます。したがって、この手当のうち既往の労働に対して支払われるものは、非常時払いの対象に含める必要があります。具体的には、時間外手当や休日手当等が対象となると考えられます。

その他の手当や割増賃金についての詳細は、下記の各記事をご覧ください。

会社が支給する給与の諸手当について
割増賃金請求

賞与

賞与が賃金に当たるかどうかはしばしば問題となりますが、労働契約や就業規則等で、支給要件や金額の計算方法等について定められている場合には当たるとされます。したがって、このような場合には、非常時払いの対象となると考えられます。

しかし、賞与については、「既往の労働」に対する金額の算定が可能であるかどうかが問題となる場合があります。例えば、就業規則等で「賞与の金額は基本給の3ヶ月分とする」というように規定されている場合には、「既往の労働」に対する金額を算定することができるため、非常時払いの対象とすることが可能でしょう。

他方、「賞与の金額は、会社の業績、労働者本人の勤務成績、貢献度等を考慮して決定する」というように規定されている場合は、現実的に「既往の労働」に対する金額を算定することは不可能であるため、非常時払いの対象に含めることはできないと考えられます。

退職金

後払い的な性質を有する賃金である“退職金”は、現実に退職して初めて請求権が発生するものであり、会社の業績によっては支給されないおそれがある等、請求権が発生する以前は単なる期待権があるにすぎないと解されることが多いです。しかし、理論上、退職金を在職時に支払うことも可能であり、実際に支払われているケースもあります。

したがって、在職時に支払う旨の合意がなされている場合(就業規則に規定されている場合も含みます)には、退職前でも、非常時払いの対象となる可能性があるといえます。

就業規則への規定について

労使間の取り決めで特に重要な事項のひとつである「賃金の支払時期」は、就業規則で必ず規定しなければならない、「絶対的必要記載事項」です。絶対的必要記載事項は、通常、月給にするのか週給にするのか等、労働基準法に直接規定されておらず、使用者に裁量がある事項を指します。

これに対して、非常時払いは労働基準法25条に規定されている、基本的に使用者に裁量が認められない規定であるため、絶対的必要記載事項とはいえません。したがって、就業規則に重ねて規定する必要はないと考えられます。

非常時払いの拒否に対する罰則

労働基準法25条を参照すればわかるとおり、非常時払いは使用者に課された法定の義務です。この義務に違反して非常時払いを拒否した場合、使用者は30万円以下の罰金に処されます(労基法120条1号)。

また、使用者が非常時払いを拒否したことにより、請求した労働者が損害を被った場合には、労働者から損害賠償請求を求められるリスクがあるため注意が必要です。

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