賃金の支払いに関する労働基準法の定めについて

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働の対償である賃金の支払いは、労使間のやり取りのなかでも非常に重要なものです。そのため、労働基準法によって、賃金の支払い方法に関する5つのルールである「賃金支払いの5原則」が定められています。今回は、この「賃金支払いの5原則」について解説します。
目次
「賃金支払いの5原則」について
労働基準法24条は、使用者が労働者に賃金を支払ううえでのルールとして、「賃金支払いの5原則」を定めています。具体的には、次の5つの原則を指します。
- ①通貨払いの原則
- ②直接払いの原則
- ③全額払いの原則
- ④毎月1回以上払いの原則
- ⑤一定期日払いの原則
なお、④毎月1回以上払いの原則、⑤一定期日払いの原則を併せて「毎月一定期払いの原則」と称し、「賃金支払いの4原則」とする場合もあります。
労働基準法
(賃金の支払)第24条
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2 賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
賃金の定義
賃金の定義は、労働基準法11条に定められています。下記の記事で詳しく説明しているので、こちらをご確認ください。
就業規則の規定
就業規則には、必ず記載しておかなければならない「絶対的必要記載事項」というものがあり、労使間で明確にしておかなければならない「賃金に関する事項」もこれに当たります。具体的には、就業規則に、賃金の決定・計算方法、支払時期および支払方法等について記載する必要があります。
賃金と絶対的必要記載事項の関係については、下記の記事をご覧ください。
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通貨払いの原則
「通貨払いの原則」とは、その名のとおり、賃金は通貨(国内で強制通用力のある貨幣)で支払わなければならないという原則をいいます(労基法24条第1項本文)。
これは、価格が不明瞭かつ換価にも不便である現物による支給を禁じ、労働者が賃金を受け取る権利を損なわないようにするものです。つまり、賃金は、日本銀行券と鋳造貨幣で支払わなければいけません。
外貨や手形での支払い
たとえ外国人労働者に対して支払う賃金であっても、日本国内で働いている以上、日本の労働基準法が適用されるため、日本国内で強制通用力のない外貨での支払いは、認められません。
また、小切手による支払いおよび手形支払いも換価が不便であり労働者に危険を与えることから、通貨払いの原則に違反するので許されません。
なお、ビットコイン等、仮想通貨も通貨の定義に当てはまらないため、賃金の支払には使えません。ただし、後述のように労働協約を結び、賃金の支払いに仮想通貨を当てることを可能にするケースも増加傾向にあります。
現物支給が認められるケース
以下の場合には、賃金の支払いとして現物支給をすることが認められます(労基法24条第1項但書)。
- ①法令で認められている場合
このように規定されているものの、現行の法令で現物支給を認めているものはありません。 - ②労働協約で定めた場合
労働組合と書面で合意して、労働協約を締結した場合、現物支給が認められます。全額払い原則の例外と異なり、多数組合との協定であることは要しません。具体例としては、通勤手当の代わりに通勤定期券そのものを支給するといったケースがよくみられます。なお、支給する現物について、評価額を定めておく必要があります。 - ③厚生労働省令で定める場合
退職手当の支払いについて、労働者の同意が得られた場合、小切手や郵便為替を交付する方法で支払うことが認められます(労基則7条の2第2項)。
金融機関への振込について
労働者の同意を得られた場合に、労働者の指定する本人名義の預貯金口座に、所定の賃金支払日に振り込まれた賃金の全額を労働者が払い出せるように振り込むことは認められています(労基則7条の2第1項)。
直接払いの原則
「直接払いの原則」とは、賃金は、労働者本人に対して直接支払わなければならないという原則をいいます(労基法24条第1項本文)。
これは、賃金の受取りに第三者が介在することで、賃金が不当に搾取されてしまうリスクの発生を防止することを目的としています。
代理人への支払い
賃金の不当搾取を防止する観点から、代理人に賃金を支払うことは禁じられています。
したがって、親権者等の法定代理人をはじめ、労働者の任意代理人への支払いも許されません。たとえ労働者が代理人に対して「賃金を受領する権限を与える」旨の意思表示をしていても無効とされます。
また、労働者は「賃金債権(賃金を受け取る権利)」を譲渡することができますが、仮に労働者が債権譲渡した場合でも、使用者は労働者に対して賃金を直接支払う必要があると判断した裁判例があります(最高裁昭和43年3月12日第3小法廷判決、小倉電話局事件)。したがって、使用者が労働者ではなく譲受人に賃金を支払った場合に、労働者から賃金の支払いを請求されたときは、労働者本人に賃金を支払わなければならないとされます。
未成年者への支払い
未成年者は、独立して賃金を請求することができます(労基法59条)。そして、親権者または後見人が、未成年者を代理してその賃金を受け取ることは禁止されています(同法同条)。
歴史的に、親権者や代理人による代理受領の結果、労働者本人である未成年者が様々な弊害を受けてきたことを背景に、このような規制がなされました。
労働者の使者への支払い
代理人への賃金支払いは認められていない一方、使者への支払は認められています(昭和63年3月14日基発第150号)。
例えば、秘書を使いに出して賃金を取って来させたり、労働者が病気療養しているなか、配偶者に賃金を受け取りに行かせることは適法です。
全額払いの原則
「全額払いの原則」とは、賃金について、所定の支払日に支払うことが確定している全額を支払わなければならないという原則をいいます(労基法24条第1項本文)。
労働者は、賃金の全額が支払われることを想定して生活設計をしているため、支払日になって賃金が減額されたり支払いそのものがされなかったりした場合、生活に支障が出てしまいます。こうした事態を防ぎ、労働者の生活の安定を図るために定められたのが本原則です。
また、賃金が全額支払われないことにより、労働者が自由に退職できなくなってしまう事態を防ぐことも意図しています。
賃金控除が認められるケース
「賃金控除」とは、履行期の到来している賃金請求権にかかる賃金の一部を差し引き、全額を支払わないことをいいます。
全額払いの原則に違反しない、賃金控除の例は2つあります。
①法令に基づく控除
使用者が、賃金から税金(所得税法183条、地方税法321条の5、国税徴収法32条)や健康保険料(健保法167条)、厚生年金保険料(厚年法84条)等、社会保険料を控除して、労働者に代わり、控除した分を行政官庁等に支払うことは認められています。いわゆる天引きです。
②労使協定に基づく控除
労働者と使用者間で、書面によって、一定の項目の価額を賃金から控除することを認める労使協定を締結した場合、賃金から当該項目の価額を控除しても、全額払いの原則に違反しません。なお、社内の物品の購買費用、社宅(寮)やその他福利厚生施設の費用、組合費用、労働に必要な物資の費用等、事理明白なものについてのみ、労使協定に基づく控除が認められます(昭和27年9月20日基発第675号)。
遅刻・欠勤時の端数処理
全額払いの原則が禁止する「賃金控除」とは、賃金請求権が発生したことを前提として、発生した賃金の一部を差し引き全額を支払わないことです。したがって、遅刻や欠勤をした等、賃金請求権の発生という前提を欠く場合、その部分については全額払いの原則の適用対象とならないため、遅刻や欠勤分に応じ減額して賃金を支払うことは、賃金控除とはみなされず、全額払いの原則に違反しません。
ただし、例えば5分遅刻した場合に、30分の遅刻として賃金カットすることは、実際に請求権が発生しない部分より多くの減額をすることになるため、原則に違反すると解されます。もっとも、遅刻や欠勤は、社内秩序違反として懲戒処分の対象になります。よって、懲戒処分(減給の制裁)として、労働基準法91条の制限内で行う限りは、許されます。
労働基準法
(制裁規定の制限)第91条
就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
懲戒処分としての減給の詳細については、下記の記事をご覧ください。
賃金債権の相殺について
労働者に確実に賃金の全額を受け取らせ、生活の安定を図ろうとする「全額払いの原則」の趣旨を考慮すると、賃金債権を受働債権(相殺される側の債権)として相殺することは禁止されると考えられます。ケース別に解説します。
①前借金(ぜんしゃくきん)との相殺
前借金とは、将来の労務の提供の対価で弁済する約束で、使用者からする借金です。こうした前借金と後に得る賃金債権との相殺を許すと、労働者に不当な労働が強いられるおそれがあるため、労働基準法によって禁止されています(労基法17条)。
前借金との相殺の禁止は、罰則がより重く(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(労基法119条))、労使協定による例外も認められていません。
②損害賠償請求権との相殺
「全額払いの原則」の趣旨は、労働者の生活の安定を図るというものであり、使用者が労働者に対して持つ債権によって労働者の賃金債権を相殺することは許されないという趣旨も含むと解して、損害賠償請求権との相殺を認めなかった判例(最高裁昭和31年11月2日第2小法廷判決、関西精機賃金請求事件)があります。
この判例の考えに則った裁判例もあるとおり、損害賠償請求権との相殺も認められていません。
③合意相殺
賃金債権について合意相殺をすることに関しては、労働者が自由意思で相殺に同意した場合で、自由意思によって同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、全額払いの原則に違反しないと判断した判例があります(最高裁平成2年11月26日第2小法廷判決、日新製鋼事件・上告審)。
つまり、労働者が自由意思により相殺に同意したと客観的に認められる場合には、使用者による賃金債権との相殺が可能になると考えられます。
過払い賃金の相殺
賃金の過払いがあったときに、後の賃金から過払分を差し引く「調整的相殺」が許されるか否かは、労働者の経済生活の安定に左右されます。つまり、その時期、方法、金額等の観点から、過払分を控除しても、労働者の経済生活が不安定にならないと認められるのであれば、全額払いの原則違反とはなりません。
なぜかというと、遅刻、欠勤等が賃金支払日に接着してなされることが考え得ることや、賃金を計算するうえで誤りが完全には防げないことからもわかるように、過払いは避け難いものだからです。また、過払いの場合、実質的にみれば、本来支払われるべき賃金が全額支払われており、労働者の生活の安定を害するおそれが少ないことも理由のひとつに挙げられます。
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毎月1回以上払いの原則
「毎月1回以上払いの原則」とは、毎月1日から末日までの間に、少なくとも1回は賃金を支払わなければならないという原則をいいます(労基法24条第2項本文)。賃金を支払う間隔が開きすぎることによって、労働者の生活上の不安を除くことを目的とするものです。
年俸制の取り扱い
月額ではなく、1年単位で賃金を定める「年棒制」も、就業規則等で明確に定めている限り認められます。もっとも、年棒制といっても、1年に1回の支払いで済ませることは、毎月1回以上払いの原則に違反するため許されません。なぜなら、年棒制を採用する場合でも、労働者の生活の安定を図る必要があることに変わりはないからです。
年棒制を採用する場合でも、年棒を12で割り毎月一定額を支払うというように、毎月分割して支払う必要があります。
ただし、年棒を前もって全額支払う場合には、労働者の生活が不安定になるおそれはないため、例外的に全額払いの原則には違反しないとされます。
原則の適用を受けない賃金
臨時に支払われる賃金や賞与(ボーナス)、その他労働基準法施行規則8条で掲げるものは、毎月1回以上払いの原則の適用対象となりません。例えば、私傷病手当、加療見舞金および退職金等は、臨時的・突発的な事由に基づいて支払われる賃金といえるので、原則の適用外となります。
労働基準法施行規則
第8条
法第24条第2項但書の規定による臨時に支払われる賃金、賞与に準ずるものは次に掲げるものとする。
- ①1箇月を超える期間の出勤成績によつて支給される精勤手当
- ②1箇月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
- ③1箇月を超える期間にわたる事由によつて算定される奨励加給又は能率手当
なお、賞与については下記の記事で説明しています。
一定期日払いの原則
「一定期日払いの原則」とは、賃金は、毎月一定の期日を定めて、定期的に支払わなければならないという原則をいいます(労基法24条第2項本文)。支払日が不安定で間隔が一定しないと、労働者の計画的な生活に支障が生じるため、これを防ぐ目的で定められました。
一定期日払いの原則に則った、支払日の特定の方法としては、「毎月20日」というように暦日を指定する方法や、月給制の場合に「月末」、週休の場合に「日曜日」と定めること等が挙げられます。ただし、「毎月10日~20日までの間に支払う」というように、日を特定しない方法は原則に違反します。また、「毎月第3土曜日」というように指定する方法も、月によっては大きく変動してしまうため、許されません。
非常時払いの違法性
労働基準法25条に規定される、「賃金の非常時払い」は、賃金の控除には当たらないため、「一定期日払いの原則」に違反しません。
これは、使用者に、出産、疾病、災害、その他労働基準法施行規則9条各号で定める非常の場合の費用を必要とする労働者から請求を受けた場合には、支払日前であっても、既に行われた労働に対する賃金の支払いをしなければならないと義務づける制度です。
労働基準法施行規則
第9条
法第25条に規定する非常の場合は、次に掲げるものとする。
- ①労働者の収入によつて生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、又は災害をうけた場合
- ②労働者又はその収入によつて生計を維持する者が結婚し、又は死亡した場合
- ③労働者又はその収入によつて生計を維持する者がやむを得ない事由により一週間以上にわたつて帰郷する場合
詳しくは下記の記事をご覧ください。賃金の非常時払い
支払日が休日となる場合の注意点
支払日が所定の休日や金融機関の休業日に当たる場合には、支払日を繰り上げ・繰り下げることが認められます。
ただし、支払日が1日の場合に前日支払いに、月末の場合に翌日支払いにしてしまうと、当該月の賃金の支払いがないことになり、毎月1回以上払いの原則に違反することになってしまうため、注意が必要です。
原則の適用を受けない賃金
臨時に支払われる賃金や賞与(ボーナス)、その他労働基準法施行規則8条で掲げるものは、毎月1回以上払いの原則の適用対象になりません。
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賃金支払いの5原則に関する判例
賃金支払いの5原則のうち、「直接払いの原則」と「全額払いの原則」について判断した判例をひとつずつご紹介します。
直接払いの原則に関する判例
【最高裁 昭和43年3月12日第3小法廷判決、小倉電話局事件】
- 事案の概要
Y公社に勤務するAは自身の退職金を受け取る債権(退職金債権)をBに譲渡し、さらにBがXに譲渡したところ、翻意して、当該債権譲渡はXの強迫を原因とするものだとして取消しの意思表示を行い、Yにもその旨を通知しました。
その後、Aの退職に伴い、YはAに退職金を支給しました。そこで、賃金債権の譲受人であるXは、Yに対して退職金の一部の支払いを求めて提訴したものの、第一審、第二審ともにYの主張が認められたため、上告しました。
- 裁判所の判断
まず、公社の職員であったAが受け取る退職手当は、「労働の対償」である「賃金」に該当するとして、労働基準法24条1項本文の規定(直接払いの原則)が適用ないし準用されると解しました。
そのうえで、退職手当を受け取る権利については、譲渡を禁止する規定はないため、譲渡自体を無効と解すべき根拠はないとしつつも、同条同項が直接払いの原則の違反者に対する罰則を設けて、直接払いの原則の履行を強制している趣旨からすれば、労働者が賃金を受け取る前に当該債権を他に譲渡したとしてもなお同条同項が適用されるので、使用者は労働者に直接賃金を支払わなければならず、賃金債権の譲受人が自ら使用者に賃金の支払いを求めることはできないと判示しました。
そして、退職手当も直接払いの原則が適用される賃金である以上、本事案においても、XからYに対して退職手当の支払いを求めることは許されないと判断し、上告を棄却しました。
全額払いの原則に関する判例
【最高裁 平成2年11月26日第2小法廷判決、日新製鋼事件・上告審】
- 事案の概要
Y1(被上告会社)に在職していたY2(被上告人)はY1の住宅財形融資規定に則って、Y1とA銀行等からそれぞれ借り入れを行いました。なお、Y1への返済については、当該規定や契約証書の定めに基づいて、Y1がY2の毎月の給与および年2回の賞与から所定の元利均等分割返済額を控除するとともに、Y2の退職時には退職金等により、融資残金を直ちに返済することとされていました。
その後、Y2は破産を申し立てることになり、Y1に退職を申し出る際に、各借入金の残債務を退職金等によって返済する手続きをとるよう依頼し、これを承諾したY1は各清算処理を行いました。これに対して、Y2の破産管財人として選任されたX(上告人)は、Y1の当該行為は労働基準法24条が禁止する賃金の相殺であるとして、Y1に改めて退職金を支払うよう請求して提訴しました。第1審・第2審ともに同法同条に違反しないと判断され、第2審では破産法72条1号で認められている否認権の行使も認められなかったため、Xが上告しました。
- 裁判所の判断
労働基準法24条1項本文が定める「全額払いの原則」の趣旨は、労働者に賃金の全額を確実に受領させることにより、経済生活の保護を図るものです。したがって、使用者が労働者に対して持つ債権を用いて労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも含むとしたうえで、労働者が自由な意思に基づいて相殺することに同意した場合には、当該同意が労働者の自由意思によるものだと認められる合理的な理由が客観的に存在するときは、同意を得て行った相殺は全額払いの原則に違反するものとはいえないと解しました。
本事案では、Y2はY1に対して残債務を退職金等で返済する手続を執ってくれるよう自発的に依頼しており、委任状の作成や提出の過程にも強要にわたるような事情はまったくうかがえず、清算処理手続き終了後、Y1から求められた退職金計算書等への署名押印にも異議なく応じていました。また、各借入金は、借り入れの際、抵当権の設定も受けず、低利かつ相当長期の分割弁済の約定のもとにY2が住宅資金として借り入れたものであり、一部については福利厚生としてY1が利子の一部を負担した等Y2の利益になっており、さらにY2においても本件約定について十分認識していたことがうかがえました。
これらの事情を考慮すると、本件相殺に関するY2の同意は、Y2の自由意思によって行われたものだと認められる合理的な理由が客観的に存在していたというべきであると判断できます。
そのため、裁判所は、本件相殺が労働基準法24条1項本文に違反しないとした原審の判断は、正当として是認できるとし、上告を棄却しました。
労働基準法違反に対する罰則
労働基準法24条に定める、「賃金支払いの5原則」のいずれかひとつにでも違反した場合、使用者は、30万円以下の罰金に処されるおそれがあります(労基法120条1号)。
給与明細の発行義務
労働基準法は、給与明細の発行義務に関して明記していません。しかし、労働基準法に関する行政通達では、賃金を口座へ振り込む方法で支払う場合には、「賃金の支払に関する計算書を交付すること」としています(平成10年9月10日基発第530号)。
この点、所得税法では、給与明細を発行することが明確に義務とされています(所得税法231条)。
したがって、使用者は、口座振り込み以外の方法でも給与明細を発行する必要があります。
賃金の未払いについて
賃金を所定の支払日に支払わないことは法律上当然に違法です。この場合、労働者は支払日の翌日からの遅延損害金を含めて、未払いの賃金を請求することができます。
詳しくは下記の記事をご覧ください。未払い賃金
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある