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メンタルヘルスと労災

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 執行役員弁護士家永 勲(東京弁護士会)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

世の中には数多くの企業が存在し、業務の内容や労働者の個性等は千差万別です。そのため、中には、業務によるストレスでメンタルヘルスが不調に陥り、精神障害の発症やそれが原因となって自殺といった事態が生じる場合があります。したがって、企業側としては、労働者のメンタルヘルスが良好に保たれているかを日々チェックする視点を持つべきでしょう。

本記事では、メンタルヘルス問題の労災としての取扱いについて解説し、このような事態を予防するために企業側としてどのような視点を持っておくべきかをお伝えしていきます。

労災認定基準に加わったメンタルヘルス問題

労災保険給付の対象である「業務上の疾病」(労働基準法第75条第2項、同法施行規則別表第1の2第9号)の認定に関し、厚生労働省は、かつて「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(平成11年9月14日付基発第544号)に従って判断を行っていました。しかし、平成23年、厚生労働省は、この指針を廃止し、新たに「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23年12月26日基発1226第1号)を定め(以下、この基準を「認定基準」といいます。)、「業務上の疾病」を認定する際の基準についてより詳しく定めました。

認定基準によると、「業務上の疾病」とは、以下の3つすべてに該当するものをいいます(以下、この3つの要件を「認定3要件」といいます。)。

  1. 対象疾病を発症していること
  2. 対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発症したとは認められないこと

メンタルヘルス問題における労災認定の基準

労働基準監督署による認定

認定基準の認定要件に関する基本的な考え方としては、心理的負荷が非常に大きければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さくても破綻が要ずるとする「ストレス-脆弱性理論」に依拠しています。

そして、認定3要件の②における「強い心理的負荷」とは、精神障害を発病した労働者がその出来事及び出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者(職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者)が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されます。

労働基準監督署は、厚生労働省の通達である認定基準に則って認定を行いますので、上記の「同種の労働者」を基準に判断します。

裁判所による認定

裁判例をみても、多くの裁判例では上に述べた「同種の労働者」と同趣旨の平均的労働者を基準に判断を行っています。

しかし、裁判例の中には、「業務の軽減措置を受けることなく日常業務を遂行できる健康状態にある者の中で、その性格傾向等が最も脆弱である者(ただし、同種労働者の性格傾向等の多様さとして通常想定される範囲内の者)」(名古屋地方裁判所 平成23年12月14日判決、ジェイフォン事件)や、「何らかの素因を有しながらも、特段の職務の軽減を要せず、当該労働者と同種の業務に従事し遂行することができる程度の心身の健康状態を有する労働者(相対的に適応能力、ストレス適処能力の低い者も含む)」(名古屋高等裁判所 平成19年10月31日判決、中部電力事件)のように、平均的労働者の範囲に含まれる者に違いがあります。

労災認定による企業のリスク

労災保険のメリット制によるリスク

事業の種類ごとに定められている労災保険率ですが、同種事業でも作業工程、機械設備、作業環境等の利害により、個々の事業場の災害率には差が生じます。そこで、労災保険制度上、使用者の保険料負担の公平性の観点と、労働災害防止努力の促進を目的として、その事業場の労働災害の多寡に応じて、一定の範囲内で労災保険率又は労災保険料額を増額される制度が用意されており、これをメリット制といいます。

もっとも、事業場の労働災害の多寡を考慮するので、通勤災害といった業務災害以外のものとは適用対象外となっています。また、重機の使用や高所作業等災害率が高い事業場においては、労災保険料額が増加してしまうおそれもあります。

安全配慮義務違反を問われる

認定基準等に従って労災認定を受けた労働者に対しては労災保険から保険金が支給されますが、精神的苦痛に伴う慰謝料等はこの保険金によってカバーされません。そのため、労働者が、企業側に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をする場合があります。

メンタルヘルスに関する安全配慮義務については、下記のページをご覧ください。

メンタルヘルス 使用者の配慮義務

精神障害で労災を申請したいといわれた場合

社内での事実関係の調査

認定3要件に従うと、精神障害で労災を申請したいという労働者が現れたとき、まずは、当該労働者が対象疾病を発症しているかどうかを確認します。そして、対象疾病のいずれかを発症していたことが判明した場合は、その発症時期に併せ、発症前のおおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷を生じるような事実がなかったか、業務以外の心理的負荷及び個体側要因となるような事情がないか等を確認すべきでしょう。具体的にどのような事実関係の有無を調査すればよいかについては、認定基準の別表1(業務による心理的負荷に関する事実について)と別表2(業務以外の心理的負荷及び個体側要因について)が参考になります。

労働者との認識乖離には意見の申出を行う

労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」といいます。)に基づいて保険給付を受けるべき者は、使用者に対し、対象となる業務災害又は通勤災害に関して、「負傷又は発病の年月日」、「災害の原因及びその発生状況」等を証明してもらう必要があります。そして、使用者は、その保険給付を受けるべき者から必要な証明を求められたときは、すみやかに証明を行う義務を負っています(労災保険法施行規則23条第2項)。

しかし、使用者側としては、場合によっては「負傷又は疾病の発症は業務災害によるものではない」のように労働者側との認識にズレがあることもあります。そこで、使用者は、労災認定を判断する労働基準監督署に対し、使用者自身の意見を申し出ることが認められています(同規則23条の2)。

使用者は、労災認定が出れば、安全配慮義務違反等を理由とする民事上の損害賠償責任を別途追及される可能性が高まる場合があります。そのため、労災認定の判断に先んじて使用者側の意見を申し出ておくことの意義は大きいかと思います。

労災隠しは更なるリスクとなる

労働安全衛生法(以下、「労安衛法」といいます。)において、使用者は、労働者が労働災害等により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく所定の様式による報告書を所轄の労働基準監督署に提出しなければなりません(労安衛法100条第1項、労働安全衛生規則(以下、「労安衛則」といいます。)97条)。この報告書の提出を労働者死傷病報告といいます。そして、「労災隠し」とは、この労働者死傷病報告を行わないことを意味します。

使用者は、労働者死傷病報告を怠った場合、50万円以下の罰金刑に処せられる場合があります(労安衛法120条第5号)。そして、報告を怠った場合のみならず、虚偽の報告を行った場合も罰則の対象となります。

このように、労災隠しは、労災認定に続く民事上の責任追及を受けるリスクとは全く別の領域のリスクを生じさせることになりますので、使用者としては、労働基準監督署にも報告しなければならないという意識も常に持っておくことが重要かと思います。

メンタルヘルス不調の労災認定要件

認定基準の対象となる精神障害か

認定3要件の①における「対象疾病」とは、 1.「F2 統合失調症、統合失調型障害及び妄想性障害」 2.「F3 気分[感情]障害」 3.「F4 精神症性障害、ストレス関連障害及び身体表現障害」 を意味します(ICD-10(国際疾病分類)第5章 精神および行動の障害)。ICD-10は、精神障害等の分類方法についてWHOが定めた基準であり、精神障害事案を斉一的に取り扱うため適当であるとして厚生労働省が採用したものになります。

業務によるストレスの程度

認定3要件の②については、精神障害発症前のおおむね6ヶ月の間における対象疾病の発症に関与したと考えられる業務による出来事があったかどうか、あった場合はどのような内容だったか、そしてその後の状況がどのようであったかを具体的に把握します。そして、それらの出来事が与える心理的負 荷の強度がどの程度かを、認定要件の別表1を指標として判断します。

心理的負荷の強度は「強」「中」「弱」という総合評価に分類されますが、後遺障害レベルの怪我や病気、過失による他人の死傷、意思抑圧下での性被害等はそれだけで「強」と認定されます。

発病の原因が業務以外にないか

認定3要件の③については、 1.「業務以外の心理的負荷」と「個体側要因」のいずれも認められない場合 2.上記2つのいずれかは認められるが、それによって対象疾病を発病したことが医学的に明らかであると判断できない場合 のどちらかを満たすかどうかを判断します。「個体側要因」の具体例としては、就業年齢前から存在していた発病と症状が落ち着いて安定している状態を繰り返す精神疾患や、重度のアルコール依存等が挙げられます。

うつ病が労災と認められた裁判例

対象疾病のうち、うつ病のみを捉えて裁判例をみてみますと、平成30年2月6日付通達「上司の『いじめ』による精神障害等の業務上外の認定」(基労補発第0206001号)のきっかけとなった事案で、業務中の結婚指輪の着用禁止を執拗に命じる等した事案(名古屋高等裁判所 平成19年10月31日判決、日研化学事件)や、生理的に必要な最小限度の睡眠時間すら確保できていないこと等を考慮し、長時間労働がうつ病発症の原因の一つと認定した事案(東京地方裁判所 平成22年3月11日判決、日本電気事件)等があります。また、うつ病にかかった者の自殺に関する先駆けの裁判例になったものとしては、自殺行為が業務に起因して発生したうつ病の症状として発現したと認められる場合は、労災保険の給付対象から除外される「故意」(労災保険法12条の2の2第1項)には該当しないと認定した事案があります(名古屋高等裁判所 平成15年7月8日判決、トヨタ自動車事件)。

長時間労働による精神障害の場合の労災認定

上でも少し触れましたが、長時間労働も精神障害による労災認定の判断に考慮されます。具体的には、認定3要件の②の心理的負荷の強度に考慮される事情となります。

極度の長時間労働は、心身の極度の疲弊、消耗を来し、うつ病等の原因となりますので、発病日から起算した直前の「1か月間」におおむね「160時間」を超える時間外労働があった場合には、その長時間労働の事実のみで心理的負荷の総合評価が「強」となります。

他方、長時間労働以外の出来事が特段存在しない場合には、別表Ⅰの項目16である「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」にあてはめて評価します。この項目の平均的な心理的負荷の強度は中程度なのですが、発病日から起算した直前の「2か月間」に「1か月あたりおおむね120時間」以上の時間外労働があり、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合には、心理的負荷の総合評価が「強」となります。

精神障害による自殺の場合の労災認定

業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害と認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識や行為選択能力が妨げられている、もしくは、自殺行為を止める精神的抑制力を妨げられている状態になっていると推定し、業務起因性が認められます。

これに関連して、精神障害によらない自殺は、その主な動機が業務に関連するとしても、本人の主体的な選択が決定的なものである限り、故意の死亡として取り扱われます。他方、業務に起因して発病したうつ病が原因としての自殺は故意の死亡でないことは、上記5-4で述べたとおりです。

ICS-10 第5章「精神および行動の障害」分類
参考:精神障害の労災認定(厚生労働省より)
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