過労死による労災認定|認定基準や企業が行うべき対応について
富山労基署が出血性胃潰瘍によりお亡くなりになられた事案について異例の労災認定したことについてYouTubeで配信しています。
労災認定されるためには、業務遂行性と業務起因性が要求されますが、業務起因性については業務と傷病との間に相当因果関係が必要になります。とはいえ、相当因果関係の内容は抽象的なため、実務上、脳血管疾患及び虚血性心疾患等や心理的負荷による精神障害については認定基準が定められています。
動画では、過労による労災が認められる基準の内容や、なぜ今回の富山労基署の労災認定が異例なのかについて解説しています。

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者が「過労死」や「過労自殺」に至るという痛ましい事態は、後を絶ちません。
過労死や過労自殺は労災に認定される可能性があり、また、それによって事業主はさまざまな責任が問われるおそれがあるため十分注意が必要です。
本記事では、過労死や過労自殺で労災が認められる条件や、過労死等が発生してしまったときの企業への影響、過労死等の予防策などについて詳しく解説します。
目次
過労死とは
過労死とは、過労死等防止対策推進法2条において、「過労死等」として次のように定義づけられている死亡等を指します。
- 業務での過重な負荷によって生じた“脳血管疾患”又は“心臓疾患”による死亡
- 業務での強い心理的負荷によって生じた“精神障害”による自殺又は死亡
- 死亡には至らなかった、これらの脳血管疾患又は心臓疾患
過労死の基準になる労働時間は「過労死ライン」と呼ばれており、時間外労働が「1ヶ月に100時間超え」「2ヶ月間~6ヶ月間に月平均80時間超え」に達すると、過労死であったと判断されやすくなります。
脳・心臓疾患
脳・心臓疾患は、加齢や生活習慣等によって自然に発症するものだと考えられているため、すべてを労災だと認定することはできません。
しかし、厚生労働省は、過重負荷により自然経過を著しく超えて発症した疾患については、労災補償の対象になると定めています(平成13年12月12日基発1063号)。
実際の裁判でも、仕事が原因で脳・心臓疾患を発症したことが明らかであれば、労災補償を認める傾向にあります。
なお、発症と業務の関連性を判断するときには、発症に近い時期における負荷や、長期間にわたる疲労の蓄積も考慮されます。さらに、業務の過重性については、労働時間や勤務形態等から総合的に判断すべきとされています。
精神障害・過労自殺
過重労働によるストレス等によって生じた精神障害は、一定の認定基準を満たす場合、労災補償の対象になります。
また、労災にあたる精神障害を発症した労働者が自殺した場合も、労災補償の対象になり得ます。一方、「労働者の故意による死亡等については保険給付を行わない」と定められており、“自殺=故意”ではないかという考えもあります(労災保険法12条の2の2第1項)。
しかし、厚生労働省は、「業務上の精神障害によって」自殺が行われたと認められる場合には、故意には該当しないとしています(平成11年9月14日基発545号)。
なお、精神障害や過労自殺の原因は、過重労働だけでなくハラスメント等も挙げられます。そのため、会社は職場環境の改善にも取り組む必要があります。
職場における精神障害や過労自殺の現状について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
過労死ラインについて
過労死ラインとは、病気や死亡といった健康障害の発生リスクが高まるとされる時間外労働のことです。
過労死ラインの具体的な内容は、
- 発症前1ヶ月の100時間を超える時間外労働
- 発症前2ヶ月間~6ヶ月間における、月平均80時間を超える時間外労働
となっています。
かつては、労働者の健康障害と業務との関連性を証明できず、労災が認められないことが多くありました。そこで、労災認定の判断基準を明確化するため、過労死ラインが設けられました。
そのため、過労死ラインを超えて勤務した場合、労災認定されるリスクが高まります。
また、一般的に、発症前6ヶ月を平均して月45時間を超える時間外労働を行った場合、業務と健康障害の関連性が強まるとされるため注意しましょう。
さらに、2019年4月から始まった「働き方改革」では、時間外労働の上限や罰則について具体的に定めてられています。詳しくは以下のページをご覧ください。
2021年に見直された認定基準について
2021年に、過労死を判断するときに考慮される要素が月単位の労働時間だけではなくなりました。例えば、死亡する直前の1週間がほとんど不眠不休であった場合等には、負荷が大きかったと判断されるでしょう。
また、職場環境が極めて高温多湿であったり、負担の大きな肉体労働を継続していたりすると、過労死と判断される確率が上昇すると考えられます。
厚生労働省が定める認定要件
脳・心臓疾患の労災認定にあたっては、「業務上の過重負荷によって発症したか」が判断基準となります。具体的には、次のいずれかの要件を満たす場合、労災が認定されるリスクが高いといえます。
- ①長時間の過重業務
- ②異常な出来事
- ③短期間の過重業務
これらの要件について、以下で解説します。
長時間の過重業務
労働者が死亡する前の1ヶ月と、死亡する前の2ヶ月~6ヶ月を平均した労働時間について、時間外労働の長さを計算します。
また、時間外労働が基準に達していなくても、他に負荷の大きな要因があれば考慮されます。
代表的な要因として次のものが挙げられます。
- 1日の労働時間の長さ
- 勤務を終えてから次の勤務が始まるまでの短さ
- 勤務する時間帯の変動の多さ
なお、労災が認定されるための「業務起因性」については、以下のページをご覧ください。
異常な出来事
発症直前から前日までにおける、強い精神的・身体的負荷がかかる突発的又は予測困難な事態や、急激で著しい作業環境の変化のことをいいます。なお、異常な出来事が発生した時間や場所が明確でないといけません。例えば、以下のような状況が挙げられます。
- 業務中に重大事故が発生し、その救護活動や事故処理に携わったことで強い精神的・身体的負荷を負った場合
- 猛暑の中、水分補給の機会が十分とれない状況で作業した場合
- 温度差が激しい場所を頻繁に行き来した場合
短期間の過重業務
発症前おおむね1週間において、特に過重な業務に従事した場合です。
「特に過重な業務」とは、日常業務と比べ、特に重い精神的・身体的負荷がかかると“客観的に”認められる業務を指します。よって、さまざまな負荷要因を考慮し、同僚(又は同種)の労働者にとっても重い精神的・身体的負荷だといえる必要があります。負荷要因として、以下のようなものが挙げられます。
- 労働時間(長時間労働など)
- 不規則な勤務形態(交代制勤務など)
- 深夜勤務
- 出張が多いこと
- 作業環境(騒音・職場の気温など)
- 精神的緊張を伴うこと
脳・心臓疾患の認定基準
労働基準法施行規則別表1の2第8号では、長時間労働等を原因とする脳・心臓疾患のうち、医学的観点に基づき、労災補償の対象となる“業務上の疾患”を列挙しています。
列挙されているのは、下の表に掲載した疾病です。
脳血管疾患 |
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虚血性心疾患等 |
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また、これに該当しない疾病であっても、業務起因性が認められる場合には、保険給付の対象となる場合(原因の特定できない脳卒中や急性心不全等のケース)があります。
精神障害・過労自殺の認定基準
精神障害や過労自殺によって労災が認定されるには、次の3つの要件を満たす必要があります。
- 認定基準の対象である精神障害を発症していること
- 精神障害の発症前およそ6ヶ月間に、“業務による強い心理的負荷”があったと認められること
- 精神障害が、業務以外の心理的負荷や労働者自身の事情により発病したとは認められないこと
精神障害や自殺の原因(死因)は、さまざまなものが考えられるため、一概に労災と結びつけることはできません。そのため、上記のような要件を満たす必要があります。
なお、“業務による強い心理的負荷”とは、業務上の具体的な出来事が原因で発生したものをいいます。例えば、次のものが挙げられます。
- 業務中に発生した重大事故
- 業務上の重大なミス
- 突然の配置転換や退職
- 職場内での嫌がらせ
- 長時間労働
労働者の心理的負荷を減らすには、日頃から労働者のメンタルヘルスに配慮することが重要です。メンタルヘルス問題と労災のかかわりについては、以下のページでご確認ください。
労災対象となる精神障害
労災の対象となる精神障害は、「ICD-10」における国際疾病分類に準拠しています。具体的には、下表の障害を発症すると、労災が認定される可能性があります。
分類コード | 疾病の内容 |
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F0 | 症状性を含む器質性精神障害 |
F1 | 精神作用物質使用による精神および行動の障害 |
F2 | 統合失調症 統合失調症型障害および妄想性障害 |
F3 | 気分[感情]障害 |
F4 | 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害 |
F5 | 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群 |
F6 | 成人のパーソナリティおよび行動の障害 |
F7 | 精神遅滞〔知的障害〕 |
F8 | 心理的発達の障害 |
F9 | 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害 |
(出典:https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120215-01.pdf)
このうち、業務との関連性が認められやすいものは、「F3(うつ病)」や「F4(急性ストレス反応)」になります。
なお、「F0(認知症や頭部外傷)」及び「F1(アルコール・薬物障害)」は労災対象から除外されるためご注意ください。
長時間労働による心理的負荷
長時間労働による“強い心理的負荷”が認められるには、心理的負荷の強度が「強」であることが必要です。心理的負荷の強度は、厚生労働省が定めた「業務による心理的負荷評価表」に基づいて判定されます。
心理的負荷が「強」となる目安は、以下のとおりです。
“特別な出来事”としての“極度の長時間労働” |
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“具体的な出来事”としての長時間労働 |
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他の出来事と関連した長時間労働 |
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遺書の取り扱い
遺書があった場合、その内容や文章、作成時の状況等を踏まえ、過労自殺の経緯に関する資料として評価されるのが通常です。
この点、「遺書を残しているのだから、正常な認識や選択ができた」という考えもあるでしょう。しかし、実際の裁判では、「遺書の存在自体で、正常な認識や選択能力が著しく害されていなかったと判断することは、必ずしも妥当ではない」という判断が下されています。
過労死等が発生した場合の対応
過労死等が発生した場合、原因究明や再発防止のため、労働基準監督署による立ち入り検査が行われる場合があります。
検査では、主に次のような書類の提出が求められることが多いです。
- 雇用契約書
- 就業規則
- 賃金台帳
- 出勤簿、タイムカード
- 健康診断の結果
これらの資料は、事前に準備しておくべきでしょう。
また、検査後には、是正報告書を提出します。提出を怠ると再調査や送検といったリスクもあるため、しっかり対応することが重要です。
なお、労災発生時に会社がとるべき初動対応については、以下のページで詳しく解説しています。併せてご覧ください。
遺族への労災保険給付
過労死が労災と認定された場合、遺族は以下のような労災保険給付を受けることができます。
- 遺族(補償)等年金
- 遺族(補償)等一時金
- 遺族特別支給金
- 遺族特別年金
- 遺族特別一時金
- 葬祭料
なお、労災によって労働者が死亡又は休業した場合、事業主は遅滞なく「労働者死傷病報告書」を労働基準監督署に提出しなければなりません(労安衛則97条1項)。
また、事業主は、遺族が労災申請に用いる「労災保険給付等の請求書」において、“負傷又は発病の年月日”“災害の原因及び発生状況等”の証明をする必要があります(労災保険法施行規則12条の2第2項)。
企業に問われる責任
事業主は、労働者が安全に働けるよう配慮する「安全配慮義務」を負っています(労契法5条)。過労死が発生した場合、事業主が安全配慮義務に違反したとして、遺族から損害賠償請求される可能性があります。
また、会社は過労死によって刑事責任が問われるおそれもあります。
その他にも、過労死が発生した会社は社会的イメージが低下し、「ブラック企業」とみなされて、さまざまな社会的制裁を受けるおそれがあります。
それにより、次のような事態が発生すると考えられます。
- 減収や不買行動による経済的損失
- 株価の下落
- 離職者の増加
- 新入社員の獲得困難
違法行為に対する罰則
違法行為 | 罰則 |
---|---|
時間外労働の上限規制違反 | 6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金 |
労災隠しによる違反 | 50万円以下の罰金 |
違法行為があった場合、会社は上の表のような罰則を受けるおそれがあります。
「時間外労働の上限規制違反」は、労働基準法36条6項で定められた時間外労働の上限を超えて労働者を働かせた場合の刑罰です(労基法119条)。この規程は、2019年4月の「働き方改革」実施に伴い、新たに設けられました。
「労災隠しによる違反」は、労災発生後に労働基準監督署への報告を怠ったり、虚偽の報告をしたりした場合の刑罰です(労安衛法120条5項)。
「労災隠し」について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
過労死等の予防・再発防止策
過労死等の防止策として、次のものが挙げられます。
- 労働時間を正確に把握して、労働者の残業時間を把握する
- 長時間労働をしている従業員に、産業医や社内看護師などへの相談を促す
- アプリで従業員の健康を管理する
もしも過労死等が発生してしまった場合には、会社は再発防止策を徹底することが求められます。
その場合、まずは過労死等が発生した原因を究明する必要があります。また、過度な残業ができないように、残業を禁止する時間を設けて消灯する等の具体的な対策を行うことも重要です。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある