産業医への健康相談の体制整備、健康情報の適正な取扱いの改正要点

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
働き方改革の一環である労働安全衛生法の改正によって、2019年4月以降、産業医の機能が強化されました。この労働安全衛生法の改正ポイントとしては3つ挙げられますが、今回はそのうちの「労働者に対する健康相談の体制整備・労働者の健康情報の適正な取扱いルールの推進」についてご紹介します。
働き方改革による労働安全衛生法の改正についてご興味をお持ちの方へ向けて、事業者の方の視点から解説しますので、活用していただければ幸いです。
目次
働き方改革による、産業医への健康相談体制の強化や情報の取扱いルールの整備
働き方改革における、「産業医の機能強化」を図る労働安全衛生法の改正の一部分として、「労働者に対する健康相談の体制を整備すること」及び「労働者の健康情報※の適正な取扱いを推進すること」という2項目が設けられました。具体的には、事業者に対して、労働者から産業医等への健康相談ができるような体制を整えるよう努力義務を課すとともに、労働者の健康に関する情報を適正に取り扱うことを奨励するものです。
これらは、働き方改革における産業医の機能強化の一環として、産業医による健康相談や健康診断の実施がスムーズに行われるようにするべく作られた規定です。
なお、産業医に関する説明は、下記の記事に譲ります。
※本稿にいう「健康情報」とは、「労働者の心身の状態に関する情報」を指します。
産業医の活動環境の整備
労働安全衛生法のまた別の改正点に、「産業医の活動環境の整備」もあります。改正前は、事業者は産業医からの勧告を尊重する義務を負うにすぎませんでしたが、改正後は、勧告の内容について衛生委員会への報告が必須になる等、産業医の影響力が強まりました。詳しくは下記の記事をご確認ください。
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改正の目的
今回の法改正は、過度な長時間労働や精神的な不調等の問題を抱える労働者を見逃さず、過労死やメンタルヘルスの問題を未然に防ぐことを目的としてなされました。
産業医は、心身の健康に問題を抱える労働者を発見するとともに、医学的な観点から、その企業における働き方の問題点を指摘して改善するよう勧告することができます。したがって、産業医による健康相談等を労働者が安心して受けられる体制を整備したり、産業医の勧告の効力を強めたりする等、産業医の機能を強化すれば、より労働者の健康を確保することにつながります。
こうした産業医の機能面に着目し、今回の改正が行われたと考えられます。
健康相談の体制整備、健康情報の適正な取扱いに関する改正の要点
今回、産業医の機能を強めるべく規定された「労働者に対する健康相談の体制整備」及び「労働者の健康情報の適正な取扱いルールの推進」の2項目を説明する際のポイントとして、「健康相談に適切に対応するための体制整備」、「労働者の健康情報の取扱い」、「産業医等の業務の内容等の周知」の3つが挙げられます。それぞれ、詳しくは以下をご覧ください。
健康相談に適切に対応するための体制整備
事業者は、産業医等が産業医学の専門的観点に基づき労働者の健康を適切に管理できるようにするために、産業医等が労働者から健康相談を受け適切に対応していくための体制を整えることや、その他の必要な措置を講じる努力義務を負っています(労働安全衛生法13条の3)。言い換えると、事業者には、労働者から直接産業医等に健康相談をすることができる環境作り、及び産業医等がより一層効果的に活動できる環境作りをすることが求められているといえます。
事業者が体制整備のためにすべきこと
産業医等が労働者の健康相談を直接受け、適切に対応できる体制を整備するために、事業者は、各事業場への掲示や書面での通知、企業のサーバーへのアップロード等によって、労働者に対して下記の事項を周知しなければなりません。(労働者50人未満の事業場の事業者は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識を有する医師又は保健師について、下記の事項を周知する努力義務を負うに留まります。)
- ・産業医の業務内容
- ・産業医への健康相談の申出方法(健康相談の日時・場所等を含みます)
- ・事業場における労働者の健康情報の取扱方法
なお、産業医等による健康相談等は、個人のプライバシーが確保される場所で実施できるように配慮する必要があります。また、相談等の結果得られた労働者の健康情報は、各事業場で「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(以下、「心身の状態の情報指針」とします)に基づき定められた取扱規程に則り、適切に取り扱わなければなりません。
労働者の健康情報の取扱い
事業者は、労働者の健康情報を収集・保管・使用する必要がある場合、労働者の健康確保に必要な範囲内で情報を収集し、収集をした目的の枠内で保管・使用しなければなりません(労安衛法104条1項)。ただし、労働者本人の同意がある、又は次項で挙げるような、その他正当な事由がある場合は例外とされます。
また、事業者は、労働者の健康情報を適正に管理するための措置を講じる必要があります(同条2項)。
なぜ、こうした労働者の健康情報を適切に取り扱う旨の規定が設けられたのかというと、労働者が抱える「不調を訴えたら雇用管理上不利益を受けるのではないか」といった不安を解消し、安心して事業場の健康診断等を受診できるようにするためです。そのためにも、事業者は、「心身の状態の情報指針」や「事業場における労働者の健康情報等の取扱規程を策定するための手引き」に基づいて事業場ごとに定めた、健康情報の取扱い指針等に則って、適切に情報を管理することが求められます。
「その他の正当な事由がある場合」とは
労働安全衛生法104条1項がただし書で認める例外に該当する「その他正当な事由がある場合」とは、以下の①~④の場合をいいます。
- ①法令に基づく場合
- ②人の生命、身体又は財産保護のために必要があるものの、本人の同意を得ることが困難である場合
- ③公衆衛生の向上、児童の健全な育成の推進のために特に必要があるものの、本人の同意を得ることが困難である場合
- ④国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要があるものの、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがある場合
産業医等の業務の内容等の周知
産業医等を選任した事業者は、当該事業場での産業医の具体的な業務内容、産業医に対する健康相談の申出方法、産業医による労働者の健康情報の取扱い方法について、労働者に周知する必要があります(労安衛法101条2項)。
これに対して、労働者50人未満の事業場の事業者は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識を有する医師又は保健師に関する事項を周知するよう努めなければなりません(同条3項)。
なお、周知の方法としては、下記の3通りが考えられます。
- ・常に各作業場の見やすい場所に掲示し、備え付ける
- ・書面を労働者に交付する
- ・磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録するとともに、各作業場に労働者が当該記録の内容を常に確認できる機器を設置する
「事業場における産業医の業務の具体的な内容」とは
事業者は、産業医等を選任し、「事業場における産業医の業務の具体的な内容」、つまり産業医が当該事業場で行っている業務についても周知します。その際、労働安全衛生規則14条1項各号で定義する、産業医等の職務と比べられるような形にしておくことが望ましいでしょう。以下、同項で定められている産業医等の職務を抜粋しました。
- ・健康診断・面接指導等の実施及びその結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること
- ・作業環境の維持管理に関すること
- ・作業の管理に関すること
- ・健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること
- ・衛生教育に関すること
- ・労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること
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事業者の責務
これまでに説明してきたとおり、事業者は、産業医等がより効果的に労働者の健康を確保できる体制を整備するとともに、労働者の健康情報を適切に管理するよう努めなければなりません。たとえ健康診断等で産業医が労働者の異変を察知しても、産業医に適切な措置を講じる手段がなければ意味がないからです。
また、健康情報が適切に扱われないとなれば、雇用管理上被る不利益への不安から、労働者は産業医の健康診断等の受診を避けるようになり、結果として、防げたはずの健康問題の発生を防げなくなってしまうおそれがあります。
長時間労働が常態化していたり、精神的・身体的な不調を抱えていたりする労働者を見逃さず、過労死や健康障害の問題発生を防ぐためにも、事業者には、事業場内での健康情報の適正な取扱いルールを明確にしたうえで、労働者が産業医等に直接相談できる体制等の整備をすることが求められます。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある