みなし残業制

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
みなし残業制とは、実際に働いた時間ではなく、あらかじめ特定された時間を労働時間とみなす制度です。基本的に、労働時間を固定化しつつ、労働者の業務に関する時間配分などに裁量を与えることが目的です。
みなし残業制により、労働者にとっては時間配分について融通が利くようになり、会社にとっては詳細な労務管理まで行う負担を減らすことが期待できる等、双方にとってメリットが生じる場合があります。
固定残業手当とは、給与に一定の残業代を含めて支払う賃金の支払い方法です。労働時間を固定化するのではなく、残業代の支給を固定化することで、時間外労働をしないときにも賃金が減少しないという労働者側にメリットを与えることができます。
しかし、いずれの制度についても、法的な理解が浅いままコスト削減を目的として制度を導入すると、法律に違反すると、これらの制度や手当は法的に無効とされることがあるため、結局コスト削減につながらず、むしろコストが増大するおそれがあります。
このページでは、みなし残業制や固定残業手当がどんな制度又は賃金の支払い方法なのか、導入にあたって会社が気を付けるべき点などを中心に解説します。
目次
みなし労働時間制と固定残業手当とは
固定残業手当とは、あらかじめ決められた時間分の残業代(割増賃金)を、基本給に含めて、あるいは手当として支払う制度のことです。「固定残業代」や「定額残業代」などと呼ばれることもあります。
みなし残業制は法律で定められた制度ではありません。似たような制度として、法律で定められた「みなし労働時間制度」があり、労働時間の把握が難しい労働者等に適用されます。
固定残業手当では、あらかじめ次の労働時間の割増賃金を含めて支払うことが一般的です。
- 時間外労働割増賃金
- 深夜労働割増賃金
- 休日労働割増賃金
なお、「みなし労働時間制度」について詳しく知りたい方は、以下のページでご覧いただけます。
みなし労働時間制の種類
実際には働いた時間を労働時間とすることなく、一定の時間数で固定化するみなし労働時間制には、次のような種類があります。
- 事業場外労働
- 裁量労働制(専門業務型、企画業務型)
これらの制度について、以下で解説します。
事業場外労働
事業場外労働のみなし労働時間制は、次の要件を満たす労働者の労働時間を、前もって定めた時間とみなす制度です。
- 会社の外で働いている
- 会社が実際の労働時間を把握するのが困難である
事業場外労働のみなし労働時間制が適用できるのは、例えば、次のような職業の労働者で、実際の労働時間を把握することが困難な場合です。
- 外回りの営業
- ツアーの添乗員
- 新聞記者
- 自由に出入りできるサテライトオフィスの労働者
- 在宅ワークの労働者
事前に提出したスケジュールに従って働く労働者や、頻繁に連絡して指示されている労働者については、労働時間が把握できるので制度を適用できません。
裁量労働制
裁量労働制とは、専門性が高い業務や企画を前提とした業務などを行っている労働者の労働時間を、前もって定めた時間とみなす制度です。
裁量労働制を適用できるのは、専門性が高いとされている業務(弁護士、税理士、公認会計士、コピーライター、デザイナー等)を行っている労働者や、事業運営の企画、立案、調査及び分析の業務を行っている労働者だけです。
労働時間や業務を行う方法及び時間配分について個人の裁量に委ねることが適切な労働者にのみ適用される点に注意が必要です。
固定残業手当のメリット・デメリット
メリット
まずは、固定残業手当の導入によって両者に生じるメリットについて説明します。
企業側のメリット
企業側には、固定残業手当を導入すると次のようなメリットがあります。
- 毎月の給与が増えるため、人材を採用しやすくなる
- 人件費の変動が少なくなり、経営が安定しやすくなる
労働者側のメリット
労働者側には、固定残業手当が導入されると次のようなメリットがあります。
- 定時で仕事を終えるなどによって、月間の残業時間を短くできれば、労働時間あたりの給与が増える
- 残業の有無にかかわらず支給されるため、収入が安定し生活に余裕が生まれる
デメリット
一方、固定残業手当には、企業側にも労働者側にもデメリットがあります。
固定残業手当のデメリットについて、以下で解説します。
企業側のデメリット
企業側には、固定残業手当を導入すると次のようなデメリットがあります。
- 残業していない労働者にも、みなし残業代を支払わなければならない
- 固定残業手当に相当する残業をさせようとして、時間外労働が増大するおそれがある
- 求人票へ明記する必要があり、求職者から、毎月固定残業手当に相当する時間外労働をさせられるという誤解を受けやすい
労働者側のデメリット
労働者側には、固定残業手当が導入されると次のようなデメリットがあります。
- 多少の残業時間では割増賃金がもらえなくなる
- 固定残業手当が組み込まれている分、基本給が低めに設定されるおそれがある
固定残業手当導入要件
法律上に“みなし残業”“固定残業手当”という言葉や、明確なルールは記載されていませんが、過去の固定残業手当を巡る裁判例から、次の判断要素と考えられています。
- ①就業規則や雇用契約書で定める(合意の成立)
- ②通常の賃金と固定残業手当を明確に区別する(明確区分性)
- ③固定残業手当が時間外労働の対価として支給されていること(対価性)
これらの判断要素について、以下で解説します。
就業規則や雇用契約書で規定
企業は、「固定残業手当」を適用して残業代を支払うことについて就業規則に明記して、適用対象の労働者全員にきちんと知らせるか、雇用契約書に記載して、労働者に個別に合意してもらう必要があります。
「固定残業手当」の導入は、労働者にとって大切な“賃金”に関する労働条件を変更することになりますので、口頭で説明するだけでは足りません。
通常の賃金と固定残業代を明確に区別
基本給にあたる部分の金額と、固定残業手当にあたる部分の金額が明確に区別できるように、また、固定残業手当が何時間分の残業代にあたるのかわかるように、就業規則等に記載する必要があります。次項で、具体的な記載例を紹介します。
就業規則の記載例
《例》月給22万円(30時間分のみなし残業代4万円を含む)
第●条(定額残業手当)
1.基本給のうち、4万円を、所定労働時間外の労働、法定休日労働、及び深夜労働※30時間分の定額残業手当として支給する。
2.前項の手当は、従業員が実際に所定労働時間を超えて勤務したかに関わらず支給する。
3.みなし残業代が、実際の労働時間に基づき本規定に則って計算した金額を下回る場合には、その差額分(下回る部分)について、会社から別途残業代として支給する。
※法定休日労働、深夜労働をみなし残業代に含めない場合には、その旨について記載する必要があります。
求人広告への記載
平成29年に行われた職業安定法の改正によって、会社が求人広告等を出すときには、賃金などの労働条件を適切に明示する義務を負うこととなり、固定残業手当を明記することが必要になりました。
固定残業手当を導入する会社では、以下の3点を記載する必要があります。
- 固定残業手当を除く基本給の額
- 固定残業手当の対象となる残業時間と、それに基づく割増賃金の計算方法
- 固定残業手当の対象となる残業時間を超えて働いた場合の、追加残業代の支払いを行う旨
以前は、求人広告に、固定残業手当を含む額であることを明記せずに“月給25万円”といった表記をしていたが、実際には「基本給が20万円だった」といったトラブルが少なくありませんでした。
このようなトラブルの防止のために法律が見直されており、違反が発覚すれば、ハローワークでは求人票を受け付けないものとされていますし、一般的な求人広告でも明記することが必須とされることが増えています。
給与明細書への記載
明確区分性を維持し続けるためには、給与明細書には、基本給とみなし残業代を明記するのが望ましいでしょう。例えば、基本給が昇給により変動すれば、固定時間外手当の時間数も変動する可能性があるからです。
少なくとも、金額を明示せずに「固定残業手当を含む」といった記載をするだけでは、基本給と固定残業代が区別されているとはいえず、労働者とのトラブルを招くおそれがあるので、固定残業手当の金額と固定残業手当の対象となっている残業時間、実際に働いた時間外労働時間数を明記することが望ましいでしょう。
実労働時間がみなし残業時間を下回った場合
実際の残業時間が固定残業手当の対象となる残業時間よりも少ないからといって、固定残業手当として定めた金額から、固定残業手当の対象となる残業時間に足りない時間分の金額を差し引いて支払うことはできません。この場合も、固定残業手当として定められた金額は全額支払う必要があります。
みなし残業時間の超過分に対する割増賃金支払
労働者が固定残業手当の対象となる残業時間を超えて働いた場合、その超えた時間分について、会社は固定残業手当とは別に、割増賃金を支払わなければなりません。
固定残業手当を導入した企業の中には、どんなに残業させても残業代が発生しないと誤解している企業や、労働者の残業時間がみなし残業時間を超えていることを把握していない企業もあるようですが、法的な観点からは明らかに誤りです。
固定残業手当の運用を正しく理解し、労働時間を適切に管理して、未払いの割増賃金請求といった労働者とのトラブルを起こさないように注意しましょう。
割増賃金とみなし残業代
割増賃金を支払うべき場合のうち、固定残業手当の支払いで済ませてもよいケースとしては、次の3つが代表的です。
- 法定時間外(週40時間を超過した分)の労働に対する割増賃金
- 法定休日(週1日以上or4週4日以上の休日)の労働に対する割増賃金
- 深夜(夜10時から翌朝5時)の労働に対する割増賃金
通常の賃金計算では、それぞれどのくらいの割合で賃金が増額するのかなど、「割増賃金」について詳しく知りたい方は、以下のページでご覧いただけます。
休日労働・深夜業の場合の割増賃金
法定休日労働や深夜労働に対する割増賃金も、就業規則等に記載することで、固定残業手当に含めることができます。その場合、固定残業手当の対象となる残業時間を超える労働時間があれば、その時間分の割増賃金を別途支払います。
一方で、そもそも法定休日労働や深夜労働に対する割増賃金を、固定残業手当には含めないという場合には、発生した法定休日労働時間、深夜労働時間の総数に応じて、休日労働手当、深夜労働手当として割増賃金を支払います。
みなし残業制を導入する際の留意点
固定残業手当を導入するときには、次に挙げる点に留意しましょう。
- ①残業時間の上限
- ②最低賃金を下回らない
これらの点について、以下で解説します。
みなし残業時間の上限
1ヶ月の固定残業手当の対象となる残業時間を、45時間を超える時間で設定している場合には、法律に違反と判断される可能性があります。
会社が労働者に残業をさせる場合には「36協定」を締結する必要があり、36協定における1ヶ月の残業時間の上限は45時間となっています。45時間を上回る残業をさせるために、36協定に特別条項を設けることもできますが、あくまでも臨時的な事情がある場合に限られます。
法律では、みなし残業時間の上限は明確には設けられていませんが、60時間を超える固定残業手当については無効と判断している裁判例があるなど、あまりにも長時間に設定してしまうと、固定残業手当が法的に無効とされるおそれがあるので注意しましょう。
なお、36協定について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
最低賃金を下回らない
基本給にみなし残業代を含めて支払う場合、純粋に基本給にあたる部分が「最低賃金」を下回らない容器をつける必要があります。これを下回ると最低賃金法違反となります。
最低賃金は、最低賃金法によって都道府県ごとに定められている最低限の時給であり、基本給を時給に換算したときに最低賃金を下回ると違法になります。
最低賃金の引き上げは、ほとんど毎年行われているため、引き上げられた最低賃金を下回っていないかについて確認するようにしましょう。
最低賃金制度について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
不利益変更の禁止
「固定残業手当」の導入によって、これまでの労働条件を下回る場合には注意が必要です。
例えば、月給額をそのままに、そのうちのいくらかを固定残業手当として支払う内容で労働条件を変更した場合、基本給部分が減ってしまうことになります。このように、労働者の労働条件を切り下げる変更は法律上制限されています(労契法9条、10条)。
労働者と合意ができた場合、合意できないとしても就業規則の変更に高度の必要性が認められ、変更内容が合理的な場合にのみ、変更が許されます。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある