労働災害が発生した場合の会社の対応

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
労働者の安全・安心を確保することは、事業主の大きな責務といえます。そのため、労災発生時も、事業主は速やかに適切な措置をとり、労働者が十分な補償を受けられるよう支援することが重要です。とはいえ、いざ労災が発生すると焦ってしまったり、慣れない手続きに手間取ったりすることも想定されます。
そこで本記事では、労災発生時に事業主がとるべき対応の流れを説明していきます。各段階における注意点も解説しますので、「万が一」のケースに備え、しっかり確認しておきましょう。
目次
労災発生における企業の対応
労災が発生した場合、保険金給付を受けるには労働基準監督署への請求手続きが必要になります。
また、労災保険の請求手続きは“被災した労働者本人又はその遺族”が行うのが基本です(労災保険法12条の8第2項)。
しかし、症状によっては労働者が自力で請求手続きを行うのは困難ですし、業務上発生した災害ですから、事業主は適切なサポートをすることが求められます。そこで、実際には、事業主が労働者の代わりに請求手続きを行うケースも多く見受けられています。例えば、請求書類の作成と労働基準監督署への提出、労働基準監督署による調査への対応を代行します。
なお、「そもそも労災とは何か」「どんなケースが労災にあたるのか」等、労災の基礎について知りたい方は、以下のページをご覧ください。
企業の協力義務
労災保険給付を受けるには、事業主の協力が不可欠です。そこで、労災保険法規則23条1項では、「労働者が自ら保険給付の請求を行うのが難しい場合、事業主はその手続きについて助力しなければならない」と事業主の助力義務を定めています。
また、同条2項では、「保険給付を受けるために必要な証明を労働者から求められた場合、事業主はすみやかに証明しなければならない」とも定めています。
ここでいう“証明”とは、通常、「負傷又は発病の年月日」と「災害の原因及び発生状況」を明示することをいいます。労災保険の請求書では、これらについて事業主が記載する必要があるためです(同規則12条の2第2項)。
ただし、事業主が「業務上の災害ではない」といった意見をもつ場合、必ずしも証明を行う必要はありません。その場合、事業主は、労働基準監督署に対してその旨を申し出ることが認められています(同規則23条の2)。
労災手続きの流れ
ここで、労災手続きの一連の流れをみてみましょう。例として、“業務災害における療養補償給付(治療にかかる費用)”を請求するケースでご説明します。
なお、労災発生時は、療養補償給付以外にもさまざまな給付金が支払われる場合があります。詳しくは以下のページでご紹介していますので、併せてご覧ください。
労災発生時の対応
労災発生時、まず行うべきなのは“被災者の救護”です。直ちに最寄りの労災指定病院に、それが難しければ一般の病院に行くよう指示します。
また、重傷であれば救急車を呼んだり、交通事故による災害であれば警察に通報したりと、状況に応じて適切な対応をとることが必要です。
その後は、事故状況や災害が発生した原因の調査・労働基準監督署への報告といった対応も忘れずに行いましょう。
以下のページでは、これらの対応についてより具体的に解説しています。ぜひご覧ください。
労災保険給付手続き
では、労災保険給付手続きの流れも具体的にみていきましょう。
労災が認定された場合、労働者は自己負担なく治療を受けることができますが、“受診した病院”によって手続きが異なるため注意が必要です。
労災指定病院の場合
「労災指定病院」で治療を受ける場合、基本的に労働者が治療費を立て替える必要はありません。かかった治療費は、労働基準監督署から直接病院に支払われます(ただし、初回の受診時は手続きが済んでいないため、立て替えが発生するのが通常です)。
ここでの請求手続きは、以下の流れで行います。
- 労働者が労災保険の請求書を作成する
↓ - 会社が請求書に証明事項を記入・押印する
↓ - 受診した労災指定病院に請求書を提出する
↓ - 病院から労働基準監督署に請求書を提出する
↓ - 治療費が病院に支払われる
なお、請求書の取り寄せ・作成は労働者本人が行うのが基本ですが、重傷で作成が難しいような場合、会社は積極的にサポートすることが求められます。
労災指定病院以外の場合
一方、「労災指定病院以外」で治療を受ける場合、労働者は一旦治療費を立替え払いする必要があります。その後、労働者自身が労働基準監督署に請求書を提出することで、立て替えた治療費を受け取ることができます。
ここでの請求手続きの流れは、以下のとおりです。
- 労働者が請求書を作成する
↓ - 病院や事業主が証明事項を記入・押印する
↓ - 労働者が労働基準監督署に請求書を提出する
↓ - 立て替えた治療費が労働者に支払われる
なお、労災指定病院以外を選んだ場合、給付金の請求時に領収書の添付が必要となるため、必ず受け取るよう労働者に伝えておきましょう。
また、「病院で健康保険証を提示しないよう」注意しておくことも重要です。健康保険証を提示すると、労災保険ではなく健康保険が適用され、労働者に3割の自己負担が発生します。この点、労災保険であれば労働者の自己負担は“0円”ですので、しっかり説明しておきましょう。
労災給付の必要書類
労災保険の請求に必要な書類は、以下のものがあります。支給される給付金の種類によって異なりますので、適切な書類を準備・作成し、各機関に提出しましょう。
また、書類は厚生労働省のホームページからダウンロードすることができます。

なお、それぞれの給付金の詳細は以下のページで解説しています。支給されるケースや金額を知りたい方は、ぜひご覧ください。
労働基準監督署の調査
労災発生後は、労働基準監督署による立ち入り調査が行われることがあります。労災の認否はこの立ち入り調査の結果を踏まえて判断されるため、事業主はきちんと対応する責任があります。
具体的には、労働条件や労働時間、従業員の人数、安全管理体制等が調査され、災害の原因や法令違反の有無について判断されます。事業主や労働者本人だけでなく、労働者の家族や主治医への聞き取り調査が行われる場合もあります。また、現場検証の実施に備え、現場は災害発生時の状態を維持しておくのが望ましいでしょう。
なお、調査では就業規則や雇用契約書、賃金台帳といった資料が求められる場合があるため、事前に準備しておくことをおすすめします。
調査後は、是正勧告書や指導票が交付され、それに対する報告書の提出が求められます。勧告に従わない場合や報告書の提出を怠った場合、書類送検され罰則を受けるおそれがあるため注意しましょう。
労働者死傷病報告の届出
労災によって労働者が死亡又は休業した場合、事業主は労働基準監督署に「労働者死傷病報告書」を提出することが義務付けられています(労安衛則97条)。なお、業務中の事故だけでなく、事業場や附属の建物で発生した災害も報告の対象です。
報告書の提出期限は、労働者の状況によって以下のように異なります。
・死亡又は休業日数が4日以上の場合
報告書を「遅滞なく」提出します。一般的には“災害発生後1~2週間”が目安とされており、災害から1ヶ月を超えるような場合、報告遅延理由書の提出を求められるおそれがあります。
・休業日数が3日以内の場合
3ヶ月に一度、その期間に発生した災害をすべて報告します。提出期限は、以下のとおりです。
・1~3月分:4月末日
・4~6月分:7月末日
・7~9月分:10月末日
・10~12月分:翌年1月末日
なお、労働者死傷病報告を怠ったり、虚偽の申告をしたりした場合、「労災隠し」として罰則を受ける可能性がありますので注意が必要です。
通勤災害発生時の対応
労働者の通勤中に発生した災害は、業務災害ではなく「通勤災害」として労災補償の対象になります。補償内容や請求手続きは業務災害とほぼ同じですが、必要書類の様式が異なるためご注意ください。
通勤災害については以下のページで詳しく解説しています。併せてご確認ください。
労災保険の消滅時効
労災保険の請求には時効があり、時効成立後は基本的に給付金を請求できません。ただし、“時効成立までの期間”や“時効の起算日”は給付金の種類によって異なります。
詳しくは以下のページでご説明していますので、ご確認ください。
休業補償給付における注意点
労災保険では、労災で働けなくなったことによる減収分に対して「休業補償給付」が支払われます。しかし、休業補償給付には“待機期間”があり、その間の収入は補償されません。
そこで労働基準法では、事業主に対し、労働者の待機期間中の休業補償を行うよう義務付けています。ただし、この義務を負うのは“業務災害”の場合のみであり、“通勤災害”の場合は適用外とされています。
休業補償の義務については、以下のページでより詳しく解説しています。
労災により死亡した場合
労災によって労働者が亡くなった場合、事業主は遺族への配慮を十分に行わなければなりません。
例えば、遺族が給付金をスムーズに受け取れるよう、請求手続きを支援する必要があります。
また、遺族から責任を追及された場合も誠意をもって対応し、必要な補償を行うことが求められるでしょう。
また、労災保険における遺族への補償内容は、以下のページでご紹介します。
本人が労災申請を拒否した場合
「会社に迷惑をかけたくない」「手続きが面倒だ」といった理由で、労災申請を拒否する労働者もいます。しかし、労災申請せずにいると、事業主や労働者にさまざまなリスクがあります。
まず、事業主が免責されないことです。そもそも労働者への補償責任は事業主が負うものであり、“労災保険を利用することで”その責任が免除されます(労基法84条)。そのため、労災を利用しないと、後に事業主が労働者から補償を求められたり、労災隠しが問われたりするリスクがあります。
また、労災保険ではなく健康保険を使って通院した場合、健康保険組合から治療費の返還を求められる可能性もあります。本来、労災による怪我の治療費は、健康保険ではなく労災保険が負担すべきものだからです。
もっとも、労災保険最大のメリットは労働者の自己負担が“0円”になることですので、この点をしっかり説明し、労災申請を促すと良いでしょう。
企業に対する罰則規定
事業主の中には、社会的批判や会社のイメージダウンをおそれ、労災の発生を隠蔽しようとする人もいます。しかし、そのような行為は「労災隠し」として罰則を科せられる可能性があるため注意が必要です。例えば、労働基準監督署への報告を怠ったり、虚偽の申告をしたりした場合が挙げられます。
労災隠しとなるさまざまなケースや罰則については、以下のページで解説します。しっかり確認しておきましょう。
損害賠償請求への対応
労災保険による給付があっても、事業主はすべての損害賠償責任を免れるわけではありません。労災保険でカバーしきれない部分は、労働者や遺族から損害賠償請求がなされる可能性があります。
損害賠償責任を負うと、事業主は高額な賠償金を支払ったり、会社のイメージダウンにつながったりとさまざまなデメリットが起こり得ます。早めに弁護士に相談し、適切な対応をとるべきでしょう。
会社が問われる責任や損害賠償金の詳細は以下のページで解説していますので、併せてご確認ください
再発防止策の策定
労災が発生した場合、事業主は同種の災害が再び起こらないよう対策を講じる必要があります。具体的には、労災の原因究明や再発防止策の検討及び実施等が求められます。例えば、
・労働者の教育や指導における管理体制の見直し
・労働時間の管理の厳格化
・労働者の身体面、精神面における健康管理
といった措置が挙げられるでしょう。
また、同種の災害だけでなく、新たな災害の発生を防止することも重要です。
防止策について詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある