倒産と労働

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
会社の倒産は、従業員にとって予期せぬ出来事です。突然仕事を失い、収入が途絶えれば、生活にも大きな影響を及ぼします。ご家族がいる方は尚更ご不安でしょう。
さらに、倒産前は資金繰りが苦しいこともあり、給与の支払いが遅れているというケースも多いです。「未払いの賃金はどうなるのか」と頭を抱える方もいるでしょう。
そこで本記事では、倒産時の労務手続きについて解説していきます。会社には当然従業員を守る義務がありますが、国の救済措置を利用することも可能です。
企業再建を目指す方、会社の解体を決意された方、いずれにも役立ちますので、ぜひ参考になさってください。
目次
倒産した場合の従業員が賃金を受け取る権利
会社が倒産しても、使用者の賃金支払い義務がなくなるわけではありません。したがって、従業員は会社に対し、未払い給与や退職金などの労働債権を請求することができます。
ただし、会社の資産状況によってはすべての労働債権を回収できるとは限りません。会社に十分な資金がないと、賃金の支払いが遅れたり、減額されたりする可能性もあります。
この場合、会社は国の制度を利用し、できるだけ多くの債務を弁済するのが一般的です(詳しくは後ほど解説します)。
労働債権とは
労働債権とは、未払いの給与や退職金、賞与など、労働の対価として支払われるものをいいます。会社が倒産した場合、従業員には労働債権の請求権が認められます。
ただし、会社にあまり資産がない場合、すべての債務を弁済するのは難しいといえます。そこで、倒産手続きの種類によって優先順位が設けられています。
労働債権の優先順位は以下のとおりです。
- 会社更生手続き・・・納期未到来の税金と同じく最優先で扱われ、抵当権付の債権よりも優先される(ただし、手続き開始前6ヶ月以降の給与に限る)
- 民事再生手続き・・・抵当権付きの債権に次いで、税金や社会保険料と同じく優先的に支払われる
- 任意整理・・・社内預金などの一般債権よりも優先されるが、抵当権付きの債権や税金の優先順位よりも低い
では、破産手続きにおける労働債権はどのような位置付けでしょうか。詳しくは以下のページをご覧ください。
会社の倒産により解雇される従業員の待遇
企業再生を図る場合でも、事業譲渡などにより従業員を解雇せざるを得ないケースがあります。また、再建が難しく破産手続きをとる場合、基本的に従業員全員を解雇しなければなりません。
会社に貢献してくれた従業員のためにも、解雇手続きは特に真摯に対応することが重要です。以下で具体的にみていきましょう。
従業員の解雇
従業員を解雇する場合、倒産手続きの申立て前に即日解雇するケースが多いです。即日解雇とは、従業員に解雇を通知した当日に、雇用関係を終了する方法です。
通常、通知から解雇日までは30日以上空けるのがルールですが、倒産すると知りながら働き続けるのは従業員にとって困難です。また、早く必要書類を交付することで、従業員がすぐに失業手当を受け取れるようになります。
このため、倒産時は即日解雇するのが現実的とされています。
ただし、即日解雇の場合、給与に応じた解雇予告手当を支払わなければなりません。解雇予告手当を用意できない場合、倒産手続きの中で工面する必要があります。
未払い給与
未払い給与の取扱いは、倒産手続きの種類によって異なります。
【会社更生手続き】
- 更生手続き前6ヶ月の給与および更生手続き後に発生した給与:「共益債権」にあたり、更生手続きとは関係なく随時請求できる
- それ以外の給与:「更生債権」にあたり、更生担保権の次に優先して支払われる
【民事再生手続き】
- 手続き開始前に発生した給与:「一般優先債権」にあたり、優先的に支払われる
- 手続き開始後に発生した給与:「共益債権」にあたり、手続きに関係なく随時請求できる
【破産手続き】
- 手続き開始前3ヶ月の給与:「財団債権」にあたり、破産手続きとは関係なく随時請求できる
- それ以外の給与:財団債権の弁済後、破産手続きの中で配当する
退職金
退職金も、倒産手続きの種類によって以下のとおり異なります。
【会社更生手続き】
- 手続き開始前に退職した場合:「退職前6ヶ月の給与の総額に相当する額」と「退職金の3分の1の額」のうち、いずれか高い方が「共益債権」となり、更生手続きとは関係なく随時請求できる
- 手続き開始後に退職した場合:退職金の全額が「共益債権」となり、随時請求できる
【民事再生手続き】
- 手続き開始前に退職した場合:退職金は「一般優先債権」として、再生手続きによらず随時弁済を受けられる
- 手続き開始後に退職した場合:退職金は「共益債権」となり、再生手続きによらず随時弁済を受けられる
【破産手続き】
- 手続き終了前に退職した場合:「退職前3ヶ月の給与の総額に相当する部分」と「破産手続き前3ヶ月の給与の総額に相当する部分」のうち、いずれか高い方が「財団債権」となる
- それ以外の場合:「優先的破産債権」として、他の債権より優先的に支払われる
失業手当
倒産によって解雇されても、失業保険は支払われます。また、通常の失業保険と比べ以下のようなメリットがあります。
- 早く受給できる
解雇などの会社都合退職の場合、7日の待機期間後すぐに失業保険が支給されます(ただし、振り込まれるのは約1ヶ月後です)。
一方、転職などの自己都合退職の場合、7日+2ヶ月の給付制限があります。 - 受給要件が緩い
倒産やリストラによる退職者は、特定受給資格者になりえます。具体的には、離職日前1年間の被保険者期間が通算6ヶ月以上であることが要件です。
一方、自己都合退職の場合、離職日前2年間の被保険者期間が通算12ヶ月以上でないと失業保険を受給できません。 - 受給資格期間が長い
会社都合退職では、失業保険の支給期間は離職時の年齢と被保険者期間によって変わります。
例えば、受給者が45歳で10年勤務した場合、自己都合退職による受給期間は120日間ですが、会社都合退職では270日間と長くなります。
なお、失業保険の申請手続きは従業員本人が行うため、会社は速やかに必要書類を交付する必要があります。
未払賃金立替払制度とは
未払賃金立替制度とは、会社の倒産によって未払いとなっている賃金を、国が立て替える制度です。労働基準監督署や労働者保険安全機構が主体となり実施しています。
「給与や退職金が支払われないまま辞めてしまった」という従業員の救済措置といえるでしょう。
本制度の利用要件は、以下のとおりです。
【会社の要件】
- 労災保険の適用事業で、1年以上事業を継続していること
- 倒産していること
- 法律上の倒産(破産、会社更生、民事再生が決定していること)
- 事実上の倒産(事業が停止し、再建の見込みがないこと)
【従業員の要件】
- 倒産手続き申立て6ヶ月前から2年間の間に退職していること
- 未払賃金額について、破産管財人の証明または労働基準監督署の認定を受けていること
- 手続きの決定日や倒産の認定日から2年以内に立替払請求をしていること
立替払される未払賃金総額の限度額
国が立て替えてくれる金額は、未払賃金額の8割までと決まっています。
また、退職日の年齢によって立替上限額が異なります。
退職日の年齢 | 未払賃金の上限額 | 立替払いの上限額 |
---|---|---|
30歳未満 | 110万円 | 110万円×0.8=88万円 |
30歳以上45歳未満 | 220万円 | 220万円×0.8=176万円 |
45歳以上 | 370万円 | 370万円×0.8=296万円 |
ただし、以下の点に注意が必要です。
- 退職日の6ヶ月前から立替払請求日の前日までに支払期限が到達している未払い賃金を対象とする
- 未払い賃金額が2万円に満たない場合、立替払されない
- ボーナスや解雇予告手当、年末調整の還付金、福利厚生による手当などは含まれない
倒産時の法的整理について
倒産時の対応には、法的整理と私的整理があります。
「法的整理」とは、裁判所の管轄下で、法律に基づき“再建”や“清算”を行う方法です。
一方、「私的整理」とは、法律によらず当事者の協議によって手続きを進める方法となります。
ここでは、4つの「法的整理」について紹介していきます。
民事再生と会社更生
民事再生と会社更生は、いずれも再建型の倒産手続きです。
民事再生とは、倒産した法人や個人事業主が再建を図るための手続きです。主に中小企業を対象としています。
経営陣が残留できたり、担保権の行使が認められたりと、比較的簡便な手続きです。
会社更生とは、株式会社が再建を目指す手続きです。
民事再生よりも複雑で、外部による担保権の行使も禁止されています。また、経営権は管財人に引き継がなければなりません。
そのため、債権者や債権額が多い大規模な事案で用いられる傾向があります。
それぞれの詳細は、以下のページをご覧ください。
破産と特別清算
破産と特別清算は、いずれも清算型の倒産手続きです。
破産とは、法人や個人事業主が会社の清算するための手続きです。申立人は、債権者や債務者、取締役などとなります。
また、債権者や株主の同意がいらないため、比較的ハードルが低い方法といえます。
ただし、財産の管理処分権は破産管財人に一任されるため、会社が自由に処理することはできません。
特別清算とは、株式会社を対象とした清算手続きです。監査役や株主も申し立てることができます。
特別清算の特徴は、株主との結びつきが強いということです。例えば、手続きには株主と債権者の同意を得る必要があります。
また、株主総会で選任された清算人が、財産の管理処分権を有します。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある