就業規則の記載事項
監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員
就業規則を作成するうえで、検討しなければならないのは記載事項です。記載事項は法律で義務づけられている項目を含め、次の3種類です。
- 絶対的必要記載事項
- 相対的必要記載事項
- 任意的記載事項
今回は、この3種類について解説するとともに、ハラスメントに関する事項等、就業規則の作成上の注意点をご紹介します。
目次
労働基準法が定める就業規則の記載事項
就業規則とは、従業員が守るべきルールや労働条件などを定めたものです。常時10人以上の従業員が働いている事業場では作成して周知し、労働基準監督署へ届け出る義務があります(労基法89条)。
就業規則の記載事項は以下の3種類で、下表のような事項です。
①絶対的必要記載事項 | 必ず記載しなければならない事項 |
---|---|
②相対的必要記載事項 | 定めをおく場合は記載しなければならない事項 |
③任意的記載事項 | 任意に記載することができる事項 |
就業規則について、さらに詳しく知りたい方は、以下の記事を併せてご覧ください。
①絶対的必要記載事項
「絶対的必要記載事項」とは、労使間で共通の認識を持っておくべき最低限の事項であり、法律上就業規則への記載が必須とされている項目です。
就業規則にひとつでも絶対的必要記載事項が記載されていない場合、30万円以下の罰金が科されるおそれがあります(労基法120条1項)。
ただし、他の要件を備えていれば、記載漏れがあっても就業規則としては有効です。
絶対的必要記載事項には次の3項目があり、労働基準法89条1~3号に列挙されています。
- 労働時間に関すること
- 賃金に関すること
- 退職に関すること
労働時間に関する事項
労働基準法89条1号で掲げられている、「労働時間に関すること」とは次のとおりです。
- 始業及び終業の時刻
- 休憩時間(休憩時刻、長さ、与え方等)
- 休日(日数、与え方、振替え、代休等)
- 休暇(年次有給休暇、産前産後休暇、生理休暇、その他特別休暇等)
- シフト制を採用している場合は、就業時転換に関する事項(交代期日、交代時刻、交代順序等)
なお、「休暇」については、法律で付与することが義務づけられている年次有給休暇などだけでなく、会社独自の誕生日休暇などについても明記しなければなりません。
労働時間や休憩時間、休日、休暇などについて詳しく知りたい方は、下記の各記事も併せてご覧ください。
賃金に関する事項
労働基準法89条2号で掲げられている、「賃金に関すること」とは次のとおりです。
- 賃金の決定(賃金の決定要素と賃金体系等)
- 計算方法
- 支払方法(直接支給か銀行振込みか等)
- 締切日・支払日
- 昇給に関する事項(昇給の時期、条件等)
なお、対象となるのは定期的に支払う賃金であって、臨時に支払われる賃金(賞与)等は含まれません。
賃金の構成要素や支払い方法など、賃金について詳しく知りたい方は以下の各記事をご覧ください。
退職に関する事項
労働基準法89条3号で掲げられている、「退職に関すること」とは次の項目です。なお、退職手当に関する事項は相対的必要記載事項となります。
- 退職、解雇、定年に関する事由
- 退職、解雇、定年に関する手続き
- 契約期間の満了による労働契約の終了
退職や解雇についてはトラブルが起こりやすく、手続きや要件などについて不備がないように記載しましょう。
より詳細に説明しているので、以下の各記事も併せてご覧ください。
②相対的必要記載事項
相対的必要記載事項は、就業規則に必ず記載する必要はありませんが、一定の制度を導入する際には記載が必要となります。
また、既に社内で慣行として当該制度が運用されている場合も、就業規則に明記する必要があります。
相対的必要記載事項は以下になります。
【相対的必要記載事項(労働基準法89条3号の2~10号)】
- 退職手当に関すること(対象となる労働者の範囲、計算要素、計算方法、支給方法、支給時期)
- 退職手当以外の一時金、臨時の手当(賞与)、最低賃金額に関すること
- 労働者の費用負担に関すること(食費、作業用品等)
- 安全および衛生に関すること
- 職業訓練に関すること(訓練の種類、時期、対象者、訓練中の処遇)
- 業務上および通勤途上の災害補償、業務外の傷病に関すること
- 表彰や制裁に関すること(表彰・制裁の種類、事由、手続き)
- 当該事業場の労働者すべてに適用される定めに関すること(休職、出向、出張旅費等)
これらの事項のうち、退職金制度や賞与についてはトラブルが発生しやすい項目なので、注意するべきこと等を、以下の各記事でご確認ください。
③任意的記載事項
「任意的記載事項」とは、就業規則への記載が任意である項目です。一般的には、次に挙げるような規定等を設ける場合が多いです。
- 就業規則を制定した趣旨や目的
- 根本精神の宣言
- 企業理念
- 用語の定義
- 従業員の心得
- 服務規律
- 福利厚生に関する事項
これらの項目は、法律では記載が義務づけられていませんが、就業規則をより自社に適したものにして有効性を高めるためにも、記載を充実させることが大切だといえます。
ハラスメントに関する記載事項について
会社内のハラスメントに対応するために、就業規則にはハラスメントを防止する規定、つまり、ハラスメントに該当する言動や、ハラスメントを行った者に対する懲戒処分の規定などを設ける必要があります。
同時に、企業には、ハラスメントは「あってはならない」ものであることを明らかにして、ハラスメントを行った者には厳しい姿勢で臨むことが求められています。
ハラスメントを防止するための記載事項について、以下で解説します。
パワハラ防止措置に関する事項
2020年6月1日から改正後の労働施策総合推進法が施行され、事業主にパワーハラスメント(以下、「パワハラ」)を防止するための措置を講じることが義務づけられました。
2022年4月1日からは、それまで努力義務とされていた中小企業についても、パワハラ対策が義務化されています。
パワハラを防止するための措置としては、就業規則等、職場における服務規律を定めた書面に、パワハラの定義やパワハラを防止する旨の方針を記載し、労働者に周知することが挙げられます。
また、パワハラ等のハラスメント行為者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、労働者に周知・啓発することが必要です。
企業のパワハラ問題や、取るべき対応などについて知りたい方は、以下の記事で解説しておりますのでご覧ください。
マタハラ防止措置に関する事項
マタニティハラスメント(以下、「マタハラ」)とは、妊娠や出産、育児などに関連するハラスメントです。例えば、次に挙げるような行為が該当します。
- 妊娠した女性を解雇する
- 育児をしている女性からの時短勤務の申し出を拒絶する
- 「女は子育てに専念しろ」などと発言する
改正後の雇用機会均等法および育児・介護休業法が2017年に施行されたことに伴い、事業主にはマタハラを防止するための措置を講じる義務が課せられました。
この義務の一環として、事業主は、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントを行った者について、厳正に対処することを就業規則等の文書に規定したうえで、労働者に周知・啓発することが必要です。
マタハラや、それに関連したハラスメントについては、以下の記事でも解説しておりますのでご覧ください。
就業規則の記載事項に関する留意点
就業規則を作成するときには、記載する事項について、次のような点に留意しなければなりません。
- ①法令又は労働協約に反してはならない
- ②事業場の実態に合ったものでなければならない
- ③分かりやすく明確に記載しなければならない
これらの留意点について、以下で解説します。
法令又は労働協約に反してはならない
法令又は労働協約に反する規定を設けた就業規則は、その部分について無効となります。例えば、休憩や有給休暇を与えることは労基法による義務であるため、これらについて「与えない」といった定めを設けても無効です。
労働協約とは、労働組合と使用者が行った取り決めです。基本的には、労働協約を締結した当事者である使用者と、労働組合の組合員に適用されます。
取り決めに反する就業規則は無効となります。そのため、例えば「休憩は1時間30分以上与える」といった労働協約を締結していた場合には、就業規則に異なる定めをしても、労働協約を締結した組合員には1時間30分以上の休憩を与えなければなりません。
事業場の実態に合ったものでなければならない
就業規則は、事業場の実態に合ったものとしなければなりません。安易に考えて他社の就業規則を流用すると、労使トラブルを招くおそれがあるだけでなく、想定外の費用などを負担するリスクが生じます。
例えば、通常よりも多くの休暇や長時間の休憩、高額な賞与などが規定されていると、それらを請求されたときに拒否できなくなってしまいます。
就業規則を作成するときには、厚生労働省が公表している「モデル就業規則」を参考にしながらも、自社の状況に応じた内容を盛り込むようにしましょう。不安であれば、弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。
厚生労働省のモデル就業規則(外部リンク)
分かりやすく明確に記載しなければならない
就業規則の表記は分かりやすいものでなければなりません。曖昧な表現や抽象的な表現は、解釈を巡る労使トラブルの原因になってしまうことがあります。
そのため、就業規則の記載は、誰が読んでも同じ解釈になるものにしましょう。
就業規則を作成したときには、複数の人に文面をチェックしてもらい、意味が2通りに解釈できる文章を修正する等の対応をしておくと良いでしょう。
10人未満の事業場で就業規則がない場合
従業員が10人未満の事業場では、就業規則の作成・届出を行う義務が課されません。しかし、たとえ従業員が10人未満の会社や事業場であっても、就業規則を作成しておくのが望ましいでしょう。
就業規則はすべての従業員が守るべきルールであり、懲戒処分を行う根拠にもなります。就業規則があることによって、職場の秩序を維持し、トラブルを回避することにつながります。
ただし、従業員が10人未満の事業場で定めた就業規則であっても、絶対的必要記載事項を盛り込む義務があるため注意しましょう。
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この記事の監修
- 弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)
執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。
近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある