離職票の離職理由に関する異議申し立ての対応

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

会社は、従業員が会社を退職する際、ハローワークに対して、雇用保険被保険者離職証明書(離職証明書)を添えて雇用保険被保険者資格喪失届(資格喪失届)等を提出する必要があります。ハローワークは、資格喪失届等の提出を受けると、会社が提出した資格喪失届等の記載内容を踏まえて離職票を作成して会社に交付し、最終的に会社から従業員に離職票が交付されることになります。

離職票は、退職者が失業手当等を申請する際に必要な書類であり、退職後の生活保障という面において重要なものです。
しかし、ハローワークに提出した資格喪失届等の記載内容によっては、後に発行される離職票の内容をめぐって、退職者との間で大きなトラブルに発展しかねません。
以下では、離職票に関連して起こりがちなトラブルが発生した時の対処法等を解説していきます。

離職理由に関する労働者からの「異議申し立て」とは

退職者が、失業手当等を申請するためには、ハローワークにおいて、求職の申し出を行うとともに、会社から交付された離職票をハローワークに提出しなければなりません。その際、退職者は、離職票の「離職理由」の「事業主記入」欄に事業主がチェックをつけている離職理由に間違いないかを確認します。

間違いのある場合は、異議「有り」へ退職者でチェックをつけることになります。退職者が、離職票の異議「有り」にチェックをした上で、異議申し立てを行う旨の書面をハローワークに提出した場合は、離職理由について「異議申し立て」があったと扱われ、ハローワーク所長等が離職理由を判断する流れになります。

なぜ離職票の離職理由に関するトラブルが多いのか?

離職票の離職理由欄には、様々な離職理由が記載されていますが、離職理由を大きく分けると会社都合退職と自己都合退職に分類されます。会社と退職者の間では、離職理由がいずれに該当するかで争いになることがあり、裁判にまで発展するケースも往々にして存在します。

では、なぜ離職理由をめぐってトラブルになることが多いのでしょうか?以下では、離職理由が法的トラブルに発展する理由を解説していきます。

離職理由は失業給付の金額や支給期間に影響する

離職理由が自己都合退職にあたる場合、失業給付の金額やその支給期間に影響が及びます。
例えば、失業給付の受給資格を得るには、自己都合退職の場合であれば、雇用保険の被保険者期間が12ヶ月間以上(離職以前2年間)必要であるところ、会社都合退職の場合であれば、被保険者期間が12ヶ月以上(離職以前2年間)なくとも6ヶ月(離職以前1年間)以上あれば受給資格を得ることができます。また、失業給付の所定給付日数が長くなることがあるなど、様々なメリットがあります。

このような仕組みになっているのは、会社都合退職によって離職した者は、十分な準備を経ないままに職を失ってしまったことに鑑みて、失業給付において手厚い保護が必要とされている一方で、自己都合退職の場合はそのような保護の必要性が低いとされているためです。

会社が受給する助成金との関係

離職理由は、退職者の失業給付の条件のみならず、会社が受給する雇用関連助成金の給付の可否にも関わってきます。

雇用関連助成金の中には、会社都合退職者がいることが、助成金の不支給要件となっているものがあります。そうすると、退職者としては、好条件で失業給付の支給を受けたいという立場から会社都合退職であることが望ましい一方で、会社としては、助成金を受給したいという立場から自己都合退職であることが望ましいというように、双方で利害が対立する状況が生じるのです。

離職票の離職理由に異議を申し立てられたらどう対応すべき?

退職者が、会社側が離職理由を自己都合退職としているのは誤りであるとして、ハローワークに対して、異議申し立てを行った場合、会社はどのように対応するべきでしょうか?以下で会社がとるべき対応について解説していきます。

ハローワークによる調査

異議申し立てが行われた場合、ハローワークによる調査が行われます。調査方法は様々ですが、職員による立ち入り検査や質問、関係文書の提示を求められること等があります。

調査のために会社が準備しておくべきこと

会社としては、ハローワークの立ち入り検査等の際に、退職者の離職理由を客観的に明らかにすることができるよう退職者との面談記録等の資料を適切に作成・保管しておく必要があります。

万一、そういった資料を紛失・破棄してしまった等の理由でハローワーク職員に文書の提示ができなかった場合、直ちに退職者の主張が認められることになるわけではありませんが、事実上会社に対する心証が悪くなるということはあり得えます。資料の作成・保管には十分ご留意ください。

ハローワークによる調査後の会社の対応

もし労働者の主張が認められたら?

退職者の主張のとおり、離職理由が会社都合退職であった場合は、雇用保険被保険者離職票記載内容訂正願(訂正願)を提出する必要があります。加えて、訂正願を提出し、離職理由が変更された場合、再度退職者に対して正しい離職票を交付する必要があります。

調査に応じなかった場合はどうなる?

ハローワークによる立ち入り検査等に応じなかった場合、事業主に対して、6ヶ月以下の懲役又30万円以下の罰金が科せられることがあります(雇用保険法第83条第5号、第79条第1項)。

ハローワークは、あくまで中立的立場に立って、退職者の離職理由を見極めるために調査を行っているに過ぎませんので、ハローワークの調査には協力するようにしましょう。

離職理由を正しく選択するためには

そうすると、会社においては離職理由を正しく離職証明書に記載してハローワークに提出することで、後々に退職者との間で紛争に発展しないように注意する必要があります。では、離職理由を正しく把握・記載するには、会社はどのような点に気を付ければいいのでしょうか。以下で解説していきます。

離職理由の判断基準

離職理由が会社都合対象と自己都合退職のいずれに該当するかの判断は、離職票の記載に加え、会社側が作成した退職経緯に関する書面や、退職者側の主張等のあらゆる事情を踏まえて、判断されます。

退職事由と解雇事由に関しては以下のページをご覧ください。

特定受給資格者・特定理由離職者における注意点

特定受給資格者とは、倒産・解雇等の理由によって再就職準備をする時間的余裕もなく、離職を余儀なくされた者をいいます。
他方、特定理由離職者とは、特定受給資格者以外の者であって期間の定めのある労働契約が更新されなかったことや、その他のやむを得ない理由によって離職した者をいいます。

仮に、退職者がハローワークに対して行った異議申し立てが認められた結果、離職理由が自己都合退職ではなく会社都合退職であると認定された場合、当該退職者が特定受給資格者ないし特定理由離職者に該当することとなります。
そうすると、退職者にとっては、失業等給付の受給期間等においてメリットがある一方、会社にとっては、雇用関連助成金が受給できない等のデメリットが生じることになります。

会社が虚偽の離職理由を記載するとどうなる?

万一、会社が雇用関連助成金の不正受給等のために虚偽の離職理由を届け出てしまうと、受給していた助成金の返還等の金銭的ペナルティに加え、詐欺罪等の刑事罰に問われるおそれがあります。

場合によっては、退職者との間で裁判にまで発展し、会社にとって、金銭的にも時間的にも大きな負担となりかねませんので、離職理由の認定・記載は慎重かつ丁寧に行う必要があります。

離職理由について争いとなった裁判例

離職理由の異議申し立てについて、会社と退職者との間で大きな争いになると、場合によっては、裁判にまで発展することがあります。以下では、実際に会社と退職者との間で離職理由について争われた裁判例について検討していきます。

事件の概要
会社を退職した従業員が、会社から、業績悪化を理由として自宅から通勤することが困難な子会社への出向を受け入れるか、退職するかの二者択一を迫られた結果、やむを得ず退職願を提出せざるを得ない状況に追い込まれたもので自己都合による退職ではないと主張し、退職金の支払いを求めた事案です。
会社側は、従業員が自己都合によって退職したものであると主張し、退職者との間で争いとなりました。

裁判所の判断
裁判所は、当該従業員が出向者として選定された当時、当該従業員が属していた部署の業績の悪化等から人員整理を行う必要があったことを認定しました。

その上で、出向を命令する過程として、従前の当該従業員の業務と同一の業務を出向先において任せる予定であったこと等、出向の内示には首肯するに足るその目的と必要性が認められることや、社長や元上司が説得を試みた際、このままでは出向命令拒否による懲戒処分もあり得ることを示唆して翻意を促す等、手続きにも特に不備があったとはいえない等としました。
加えて、当該従業員が主張した通勤事情については、その一事情をもって出向を拒否する理由にはなり得ないとしました。

結論として、従業員の退職は会社の勧奨によるものではなく、退職は自己都合退職によるものであると結論付けました(平成6年(ワ)第517号・名古屋地方裁判所・平成7年3月6日判決)。

ポイント・解説
この裁判例のポイントとしては、出向命令について、命令を行う必要性と合理性があったことと、命令を下す際に適切な手続きをとっていたことから、会社が従業員に退職を勧奨したのではなく、従業員自らの意思によって退職を選択したと裁判所が認定した点にあります。

仮に、この事案で、会社内の一部門が経営不振の状況にはなく、従業員に出向を命じる必要性がなかったにもかかわらず、敢えて従業員を自ら退職するように追い込んでいると捉えられかねない態様で、出向命令を下そうとしていたという事情があったのであれば、会社都合退職であったと評価された可能性もありました。

裁判例の考え方を踏まえるのであれば、従業員からの退職の申し出を受ける際、退職の申し出以前の従業員との間のやりとりに問題があったと裁判所から指摘を受けないように、従業員の自由意思を尊重するように努めることに加え、会社が適切な手続きをとっていたことを示す客観的資料を適宜証拠として残しておくことが必要となるでしょう。

離職理由について異議を申し立てられたら、弁護士に解決を委ねることが得策です。まずは一度ご相談下さい。

離職理由は、会社と退職者の間で利害対立が生じやすく、離職理由の認定をめぐって法的紛争に発展した場合、労務問題に関する深い知見と経験が必要となります。離職理由について、退職者から異議を申し立てられたら、まずは弁護士にご相談ください。

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執筆弁護士

 榊原 誠史
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所榊原 誠史(東京弁護士会)
プロフェッショナルパートナー 弁護士 田中 真純
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所プロフェッショナルパートナー 弁護士田中 真純(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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