労働災害(労災)・過労死が発生した場合の初動対応

弁護士法人ALG 執行役員 弁護士 家永 勲

監修弁護士 家永 勲弁護士法人ALG&Associates 執行役員

労災が発生した場合、企業は速やかに適切な対応をとる必要があります。初動対応を誤ると、被災者や遺族とトラブルになったり、罰則を受けたりするおそれがあるためです。
また、労災保険の申請では、被害に遭った従業員をしっかりサポートすることも重要です。

本コラムでは、労災発生時に企業がとるべき対応や労災保険の手続き、注意点などを詳しく解説していきます。自社で労災が発生しても焦らないよう、ぜひご確認ください。

労災・過労死が発生した際の初動対応

労災が発生した場合、事業主は適切な初動対応をとることが重要です。初動対応を怠ると、企業の労災隠しを疑われたり、被害者や遺族に高額な損害賠償金を請求されたりするおそれがあるためです。
また、企業が「労災ではない」と思っていても、従業員が労災申請をする場合事業主は一定の協力をすることが義務付けられています。

労災発生時に企業に求められる対応について、以下で具体的にみていきましょう。
なお、各ステップについてより細かく知りたい方は、以下のページもご覧ください。

①救急車や警察への通報

労災につながるような重大事故が発生した場合企業は救急車の出動要請や警察への通報を行う必要があります。
企業が従業員に対して、従業員の生命及び健康が損なわれないよう安全を確保する義務を負っていることからも、当然に企業が対応すべき事項となります。

②労災保険手続きと労働基準監督署への届出

労災保険の手続きは、労災指定病院とそれ以外の病院で手順が異なります。

【労災指定病院】 「療養補償給付たる療養の給付請求書」を作成し、病院に提出します。これにより、被災者は費用を支払うことなく治療を受けることができます。
【労災指定病院以外】

被災者が一旦治療費を立て替え、後日労災保険に立替分を請求します。
そのためには、「療養補償給付たる療養の費用請求書」を作成し、領収書などを添えて所轄の労働基準監督署に提出する必要があります。

申請は本来被災者本人が行いますが、怪我などで手続きが難しい場合は企業がサポートしなければなりません。
また、従業員が「死亡した」または「休業する」場合、労働基準監督署に「労働者死傷病報告書」を提出する必要があります。

③被害者・遺族への対応

企業は労災の被害者に対し、使用者責任としての損害賠償義務を負う可能性があります。
また、労災について企業の安全配慮義務違反が認められる場合には、労災を受けた又は過労死した従業員の遺族に対して損害賠償義務を負う可能性があります。

なお、賠償金額や過失割合は交渉で決める必要があるため、弁護士に相談のうえ進めることをおすすめします。

④事故原因の調査

労災が発生した原因を細かく調査します。労災発生の原因には、主に以下の2つがあります。

  • 機械設備等の状態が不安全だったという「物的要素」
  • 従業員の行動が不安全だったという「人的要素」

また、この2つの原因が生じたのは、「安全管理における不備や欠陥」があったからだといえます。

なお、原因を調べる際は、直接的なものだけでなく、間接的なものまで掘り下げることがポイントです。例えば、従業員が不安全な行動をとった原因(作業の流れが確立できていなかったことなど)も調べ、明確にしておくことが望ましいでしょう。

労災が起きた場合の企業の義務

従業員が労災申請を行う場合企業は一定の協力をすることが義務付けられています(労災保険法施行規則23条)。
具体的には、以下2つの対応が必要です。

・手続きについての助力義務
被災者が怪我などで労災申請を行うのが難しい場合、企業が手続きをサポートしなければならないという義務です。
そのため、実際は企業が労災申請の窓口になるケースも多いです。

・必要な証明
労災の申請書には、災害の発生原因や発生状況、従業員の勤務状況や平均賃金などの記入欄があります。
従業員から求められた場合、事業主は速やかにこれらの事項を証明する必要があります。

適切な対応をとらないと、被災者や遺族の不満を招き、高額な損害賠償請求をされるリスクが高まります。

労災における企業の責任

労災が発生した場合、企業は被災者や遺族に対して「民事上の責任」を負う可能性があります。具体的には、以下2つの責任を問われるおそれがあります。

・安全配慮義務違反に基づく債務不履行
事故対策を何もしていなかった、作業環境が劣悪だったなど、従業員の安全を守る措置を怠っていた場合、「安全配慮義務違反」として被災者側から損害賠償請求される可能性があります。

・不法行為
指導ミスや長時間労働など、企業の違法行為などによって労災が発生した場合、被災者側への損害賠償責任を負う可能性があります。

労災対応に関する注意点

労災の対応では、以下の3点に注意が必要です。

  • 従業員に健康保険証を使用しないよう周知する
  • 通勤災害は手続きが異なる
  • 労災隠しを行ってはならない

次項からそれぞれ詳しく解説していきます。

従業員に健康保険証を使用しないように周知する

労災保険と健康保険は併用できないため、受診時に健康保険証を提示しないよう注意喚起しておく必要があります。
労災保険を利用すれば“自己負担なし”で済みますが、健康保険だと“3割負担”になるため、被災者が損をしてしまうからです。

もっとも、搬送時など労災申請がまだの段階では、被災者が一旦費用を立て替えるため、健康保険を利用してしまうケースもあるでしょう。
その場合、健康保険組合等に負担してもらった7割を返金し、後日改めて労災申請することで、労災保険に切り替えることが可能です。

通勤災害は手続きが異なる

労災は、仕事上で発生する「業務災害」と、通勤途中で発生する「通勤災害」の2つに分けられます。
通勤災害の場合、手続きの流れはほぼ同じですが、労基署に提出する書類が異なります。

〈通勤災害で使用する書類〉
・労災指定病院の場合:療養給付たる療養の給付請求書
・労災指定病院以外の場合:療養給付たる療養の費用請求書

なお、通勤災害については「労働者死傷病報告書」の提出は不要です。

労災隠しを行ってはならない

労災隠しとは、労働災害の発生を隠すための“犯罪行為”です。具体的には、以下のような行為が該当します。

  • 故意に労働者死傷病報告書を提出しない
  • 虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告書を提出する

また、以下のような行為も労災隠しとなる可能性があります。

  • 事故を下請け業者の責任にする
  • 被災者に健康保険を使うよう強要する
  • アルバイトやパートに労災申請をさせない
  • 労災保険に加入していない、労災にはあたらないと虚偽の説明をする

労災隠しが発覚した場合50万円以下の罰金を科せられるおそれがあるため注意が必要です。

企業に求められる再発防止策の徹底

労災発生後は、同じ事故を繰り返さないよう再発防止策を講じる必要があります。そのためには、災害の原因をしっかり調査し、原因を取り除く取り組みが求められます。
再発防止策の例は、以下のようなものです。

  • 機械の定期点検やメンテナンスの頻度を増やす
  • 過重労働をなくすため、人員配置や業務量を見直す
  • 作業中の注意点や機械の操作方法などをまとめたマニュアルを作成し、配布する
  • 安全教育訓練を徹底する

海外派遣の労災特別加入制度について

労災特別加入制度とは、海外で働く日本人が労災に遭ったとき、日本と同水準の補償を受けるための制度です。

労災保険は日本国内で働く人のみが対象のため、海外赴任者には適用されません。しかし、海外にはそもそも労災保険がなかったり、補償が薄かったりすることも多いため、リスクが大きいといえます。

労災特別加入制度を利用することで、海外赴任者でも日本と同様の補償が受けられるようになります。
労災特別加入制度の要件や申請の流れは、以下のページで解説しています。

従業員の過労死で使用者への責任が問われた判例

長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた従業員が、うつ病にり患し自殺して、企業に対する損害賠償責任が肯定された判例があります(平10(オ)217 最高裁 平成12年3月24日第二小法廷判決、電通過労自殺事件)。

事件の概要

原告の長男は、大学卒業後に大手広告代理店である被告企業に入社したが、当初から、長時間にわたる残業を行うことが常況となっており、次第にこれが悪化する傾向にありました。その後、業務遂行のために徹夜まですることもある状態であり、企業の上司らは、このような状況を認識していましたが、具体的な対応としては、業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うように、等と指導したのみでした。その後、原告の長男は、うつ病にり患し、業務を終えて帰宅後に死亡しているところを発見され、原告が被告企業に対して損害賠償請求を行ったという事案です。

裁判所の判断

本判決の原審は、原告の長男が再び従前と同様の長時間労働の日々が続くことをむなしく感じ、うつ病によるうつ状態が更に深まって、衝動的、突発的に自殺したと認められるとし、最高裁も当該認定を肯定して、原告の被告企業に対する損害賠償請求を認めました。

ポイント・解説

本判決においては、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」として、安全配慮義務には「使用者の心身の健康配慮義務が含まれること」を認定しました。また、通常、自殺は本人の自由意思に基づく「労働者の故意による死亡」となりますが、本判決では、業務と自殺との因果関係を認めた点に大きな意義があります。

企業としては、過労死につながる業務を従業員に強いることがないよう、また、適切な業務負担軽減措置を取るようにすべきであるといえます。

労働災害や過労死の対応について労働問題に詳しい弁護士法人ALGにご相談ください

労災や過労死が発生した場合の対応については、事後的なトラブルや高額な損害賠償義務が発生する可能性もあるため、確実に行うことが重要です。しかし、被害者や遺族への対応など、デリケートな問題も含むため、社員の方だけで対応するのが難しい場合もあります。

事態を悪化させず、きちんと収束させることができるよう、労災や過労死についてご不安がある場合は、専門的な知識と経験を有する弁護士に対応を依頼することをおすすめします。

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執筆弁護士

弁護士 東條 迪彦
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所弁護士東條 迪彦(東京弁護士会)

この記事の監修

執行役員 弁護士 家永 勲
弁護士法人ALG&Associates 東京法律事務所執行役員 弁護士家永 勲 保有資格弁護士(東京弁護士会所属・登録番号:39024)

執行役員として法律事務所の経営に携わる一方で、東京法律事務所企業法務事業部において事業部長を務めて、多数の企業からの法務に関する相談、紛争対応、訴訟対応に従事しています。日常に生じる様々な労務に関する相談対応に加え、現行の人事制度の見直しに関わる法務対応、企業の組織再編時の労働条件の統一、法改正に向けた対応への助言など、企業経営に付随して生じる法的な課題の解決にも尽力しています。

近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」、エルダー(いずれも労働調査会)、労政時報、LDノート等へ多数の論稿がある

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